【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−番外編−

我慢はしないとあなたはいう(1)

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 いつかのように、ランプを持って奥の部屋の扉の前に立つ。
 心臓がうるさくて落ち着かない。

 サヨがいるのは、以前、季節ひとつ分くらいの期間だけ住まわせてもらったディルの城のサヨの部屋だ。
 ……いまはなぜか、以前とはまたちがった家具が配置されているのだけれども。

 それはどうやら、サヨのためだけに新調された家具らしい。なんだかとっても、ありがたくも気恥ずかしい気持ちでいるわけで。
 でも、いま、落ち着かない原因はそれだけじゃなくて。


 ――私、変じゃ、ないだろうか……。

 盛大な結婚式を挙げて、その日の夜――つまり、これから初夜というわけなのだが。
 シルギアも軻皇国と同じで、初夜はやっぱりとても大切にされているらしく。ここに至るまでも、エレナたち侍女の気合いの入りようがすごかった。

 風呂で全身を磨かれて、たっぷりと香油を塗りたくられて……。
 なんだか自分じゃないような甘い香りがする。

 それだけではない。
 今、サヨが身にまとっている寝巻が問題だった。

 エレナの方で初夜の夜着は用意してくれていたのだけれども、サヨとてトキノオから持ってきてはいたわけで。
 どちらがよいだろうか――という、女性たちによる熱心な討論のすえ、ここはあえてトキノオの寝巻にしようと決まったわけである。
 いわく、記念日に相応しい一枚であると。

 ――ううう……でも、シルギアの……すごかったな……。

 ひらひらの、ほわほわの、すけすけだった。
 サヨの脳内でもはや再現不可能な謎の夜着であった。

 それが逆にサヨを不安にさせる。
 なぜなら、もしあれをディルが求めているのなら、トキノオの夜着など場違いもいいところなわけで。
 真っ白な生地に、うっすらと同じ色の模様が入った――清楚といえば聞こえはいいものの、なんだか飾り気のない寝巻だと思えてきてしまう。
 いや、もちろん、生地はなめらかで、とてもいいものなのだけれども。
 しかも襟と裏地が深紅に染められていて、妙に目立つ気がする。そこがけばけばしく感じられてしまったらどうしよう。

 ――こわい……こわい……。

 この寝巻に着替えたあと、エレナも、他のみなも何も言ってくれなかったのだ。ただただ目を丸めてサヨを見つめていただけで――余計に自信がなくなってしまって。
 でも、今日は初夜だ。
 さすがにこの扉を開けないわけにはいかなくて。

 深呼吸。
 そして、以前と同じように、そっと扉をノックする。

「――サヨか。おいで」

 当然のことながらディルの声が聞こえてきて、心臓の鼓動がますます大きくなって。
 もう一度深呼吸してから、そっとその扉を開けた。



 扉の向こうの部屋もまた、あたたかなランプのあかりが灯っているようだった。
 わざわざランプを持っていく必要はなかっただろうか。
 どうしよう――と思いながらもそのまま一歩足を踏み入れる。すると、寝台に座ってくつろいでいたディルとバッチリ目があってしまった。

「えっと」
「……っ」

 ぱち。ぱち。ぱち。
 彼は瞬きをするだけで、いっさい言葉を発してはくれない。
 いよいよいたたまれなくなって、部屋に引き返したい気持ちになるけれども、サヨは彼の妻となるわけで。
 勇気を出して、もう一歩彼の部屋へ踏み入れ、扉を閉める。

「……おまたせ、した」

 なんだかとても見られている。
 食い入るような目で、サヨの全身をじっくりと見つめられているわけだが、やっぱり期待はずれだったのだろうか。

「し、シルギアのっ、寝巻のほうが、よかったかっ」

 なかばヤケになって言ったら、声が裏返った。
 ああ、緊張するといつもこうだ。以前からまったく成長していない。

「や、やっぱり、着替えて――」
「まってくれ!」

 と、ここでようやくディルが反応する。
 彼は焦って寝台から降り、足早にサヨの方へと近寄って。

「――――うん。サヨ」
「ああ」
「反則だ」
「ぇ?」
「こうきたか。うん。うん――いや。素晴らしい」
「???」

 彼は噛みしめるようになにかを呟いている。
 そのまま彼はごく自然にサヨのランプを奪い、火を消してしまう。
 明かりはひとつで十分だろう? そう言いながら、気がつけば抱き上げられてしまっていて。

「わ! わ!」

 あっという間に寝台のほうへと連れていかれてしまった。

「軻皇国で見たときも思ったが――それ以上に。今日の夜着はすごいな」
「え」
「先に言っておく。悪い意味じゃないぞ?」
「……」
「君はすぐに発想を飛躍させるからな」

 すっかり頭のなかを読まれてしまっている。

 もともとディルの部屋を灯していた明かりは薄暗く、寝台の方は少し影になっている。
 その薄明かりのなか、ディルに熱っぽく見つめられてようやく、似合っていないわけではないと思えるようになったけれども。

「ぁの。き、気に入ってもらえた、だろうか?」
「ああ。とても。昼間の健康的な君も凜として美しいが――いまの君は、とても艶めかしくて」
「ぅ……あり、がとう……」
「軻皇国の女性が足を見せてはいけないというのが――よくわかるな。これは、たまらん」
「ひゃ……っ」

 いつの間にか、裾がすっかりとはだけてしまっている。裏地の深紅が広がって、サヨの脚がいっそう白く見えていた。

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