捨てられ王女は黒騎士様の激重執愛に囚われる

浅岸 久

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番外編

〈書籍化記念番外編〉あなたという檻を出て

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「俺が間違っていた」

 低い、声だった。
 腹の底から絞り出すような声。
 自分の中の執着と戦っているとき、リカルドはいつもこんな声を出す。

「あなたを、この部屋から出すべきではなかった」

 あ、と思ったころにはもう遅い。ベッドに押し倒されている。
 今のセレスティナに抵抗する力などなかった。
 ただただリカルドの激情を受け止め、ベッドに身を預けることしかできない。

 ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 せっかく、リカルドと外の世界に飛び出すことができたのに――。

 自分の不甲斐なさに、セレスティナはキュッと唇を噛んだ。





 リカルドと結婚してから、いくつか季節が巡った。
 暑い夏が過ぎて秋となり、そして今は凍てつく冬となっている。

 フォルヴィオン帝国の皇都は盆地になっており、冬は身体の芯から冷えるような寒さがある。
 北に位置する祖国ルヴォイア王国に負けず劣らずの気候で、セレスティナは屋敷の奥に籠もりながら外の景色を眺める日々が増えていた。

 そんなある日のことだ。
 その日はリカルドも休日で、朝からセレスティナにべったりだった。
 一日屋敷に籠もる日は、リカルドがやることはひとつ。夜通しどころか、夜が明けてからもセレスティナを抱きしめたままゆったりと過ごす。

 どれだけ外が寒かろうと、屋敷の中にいれば彼の結界に守られている。ぽかぽかと温かい寝室で微睡むはずだが、その日だけは少し違った。

「――まあ、雪! 雪が降っているわ」

 目が覚めて、ふと、窓の外に目を向けると、一面真っ白な雪景色になっていた。
 どうやらとろとろと眠っているうちに、雪が積もっていたらしい。

 地形というより、大地に注ぐ祝福に、各地の気候は影響される。
 ルヴォイア王国は比較的雪が多いが、フォルヴィオン帝国はさほどでもない。その分吹き付ける風は冷たく、身体の芯から冷えるような寒さが特徴なのだが、この日は珍しく雪が積もっていた。

 雪雲自体は夜のうちに流れたのか、空は青々としている。
 降り注ぐ陽光が反射して、雪の白が一層際立ち、とても美しい。
 丘の上の屋敷から真っ白に染まった皇都を一望でき、まさに絶景のひと言だ。

「ん、ティナ。もう少し、君と――」

 しかし、リカルドは雪になどちっとも興味がないらしい。
 というよりも、雪がどうとか外景色がどうとかに意識が向いていないという。

 セレスティナとしては、祖国を思い出す景色に心が躍ってしまうのだが、このままでは彼の腕の中から抜け出せず、今日も一日寝室に籠もりきりが決定だ。
 でもせっかくの雪なのだ。
 この美しい景色を、できればリカルドと楽しみたいというのは我が侭ではないと思う。

「ね、リカルド、見て」

 だからセレスティナは、するりと彼の腕の中からすり抜け、窓に向かって駆けていく。

「外、とっても綺麗なの。景色を見に行ってはだめかしら?」

 などと、キラキラ表情を輝かせながら告げてみる。

 この笑顔を見せられて、首を縦に振らないリカルドではない。
 リカルドはしばらく硬直した後、こくりと首を縦に振った。


 セレスティナが外に出るときは、リカルドと一緒か、彼に会いに行くときだけ。
 いまだにその約束を頑なに守り続けている。だからセレスティナは、屋敷からただの一歩も出ない。
 でも、今はリカルドが一緒だ。
 温かな白のコートに身を包み、リカルドの手を引いて外に出る。

「雪! ふふ、祖国にいたときはあまり降らないでって思ってたのに!」

 積もりすぎると、民の暮らしが大変になる。
 だから程々にしてほしいと、セレスティナは毎日神に祈りを捧げていたのだ。

「冷たい! ほら、リカルド。来て!」

 こうして手に触れるのも久しぶりで、童心に戻った気分で掬い取る。その冷たさを感じたくて、わざわざ手袋を脱いで、再び雪に触れた。

「ティナ、寒いだろう?」
「待って、リカルド! 結界は禁止よ?」
「は?」

 セレスティナを魔法で包み込み、温かくしてくれるつもりだったようだが、セレスティナは先回りして制止する。
 だって、雪は冷たくないと。冬ならではの遊びに今は身を投じたい。

「せっかくの雪だもの。今はこの冷たさを感じていたいの」

 口を尖らせ主張すると、リカルドは硬直していた。まさか止められると思っていなかったらしい。
 かと思えば、おろおろしはじめる。何か余計なことをしてしまったのかと不安になっている様子だ。
 雪を楽しむなんて感覚、持ちあわせていないのだろう。

(そっか、リカルドは――)

 これまでの人生、冬を楽しむ余裕などなかったはず。
 彼の生まれ育った村では、彼の扱いはひどいものだったと聞いている。特に冬の暮らしは厳しいもので、凍える日々、家族の苛立ちをぶつけられる立場だった。
 フィーガに見つけられ皇都に出てきてからも、彼はあの地下室に籠もりきりだった。季節の移ろい自体、目を向けてこなかったのかもしれない。
 でも、セレスティナはそれが寂しい。

「えいっ!」
「!?」

 だからセレスティナは、雪玉をぶつけてみることにした。
 突然の攻撃ともいえる行動に、リカルドはますます目を丸くしている。

「え? あ、え、ティナ。俺は――――」
「ほら、リカルド! 逃げなきゃびしょ濡れになっちゃうわよ!」
「おい!?」

 動揺するリカルドに、容赦なく雪玉を投げつける。
 リカルドは結界を作るような無粋なこともせず、両手をかざして雪から自分の身を守っていた。しかし、その腕の間をすり抜け、雪玉が彼の顔面にぶち当たる。

「っ……!?」

 その時の彼の顔ときたら!
 普段、誰と戦闘訓練をしても顔色ひとつ変えないのに、眉をハの字にしてオロオロとしてばかり。
 綺麗な顔が雪にまみれているのも愛嬌を感じて、笑いを禁じ得なかった。

「ふ、ふふっ、ふふふふふっ」

 こみ上げてくる笑いをどうすることもできなくて、口元を押さえる。
 彼がぽかんと口を開けたままでいるのが一層愛らしい。ずっとクスクス笑っていると、ようやくリカルドも表情を崩した。
 彼の頬が赤い。
 雪の冷たさで赤くなっているだけではないと思う。

「その――こういうとき、どうしたらいいのかわからないんだ」

 いくらセレスティナが事情を知っていると言っても、言いたくないのだろう。
 気恥ずかしそうに、同時にどこか歯がゆそうにそっぽ向く彼に、セレスティナはもう一度雪玉を投げつける。

「ただの遊びよ。だから、やり返せばいいのよ。――ね?」
「やり返し?」
「そう、ほら! やられてばかりでいいの?」

 きゃっきゃとはしゃぎながら雪玉を投げるセレスティナを見て、リカルドはようやく表情を緩める。
 それからゆったりした動きで地面に手を伸ばし、雪玉をひとつ。
 ニマリと口の端を上げ、大きく振りかぶる。

「あっ、あ、でも加減を――――きゃっ!?」

 次の瞬間には、ぼふっと柔らかい雪玉が飛んでくる。
 手加減はしてくれているが、ぶつかって砕けた雪玉が広範囲に広がり、コートを塗らす。
 目を白黒させるセレスティナを見て、リカルドも朗らかに笑った。

 そう、笑ってくれていたはずなのに――――。





「……心配かけてごめんなさい」

 今は強制的にベッドの上。
 背筋は凍るほどに寒いのに、顔には熱が集まっている。
 額は熱くてくらくらしていて、思考もぼんやりしっぱなし。

 つまり、風邪である。
 浮かれて雪の中ではしゃいだ結果、しっかり体調を崩してしまった。
 こうしてリカルドにのしかかられ、詰め寄られても文句は言えない。

 リカルドがセレスティナの額に己の額を重ね、ジッと訴えるように視線を投げかけてくる。

「――――もう、何があっても、あなたを外には出さない」

 よほど心配させているのだろう。彼の気持ちが痛いほどに伝わってくる。
 彼にとっては季節の移ろいも、セレスティナという存在の前には霞んでしまうということか。

 セレスティナは間違えた。
 彼に本当に楽しんでもらうためには、セレスティナが倒れてはいけなかったのに。
 少し、はしゃぎすぎたのだ。

 でも――――。

「だって、嬉しかったの」

 目を伏せて、セレスティナは語り出す。
 頭はまだぼんやりとしている。
 言葉を練って、選ぶ余裕なんてない。
 だからこれは、取り繕うことのない、全てが本当の気持ちだ。

「あなたと一緒に、真っ白な世界を堪能できて。あなたと一緒に、新しい喜びを見つけられて」

 リカルドは息を呑む。
 僅かに身体を離し、ギュッと唇を噛んでいる。

「これからも、あなたという檻に喜んで囚われるわ。それは本当よ? でもね――」

 思い描くのは、四季折々の窓からの景色だった。

「春はあなたと花を愛でたいし、夏は一緒に湖でボートを楽しみたい。秋はそうね、紅葉の庭を――――」

 ごほごほっと咳き込んでしまうと、リカルドが目に見えて狼狽える。
 そんな彼の手を掴み、己の頬にぴったりとくっつけた。
 骨張った細い指。
 指先がひんやりと冷えて心地いい。

「これからもね。あなたと一緒に、色んな場所を見てみたいの」

 そう告げて、今のセレスティナの精一杯で微笑む。

「――だめかしら?」

 掠れた声で呟くと、リカルドがぐっと口を引き結んだ。
 わかっている。こんな尋ね方はずるい。
 でも、セレスティナはつい夢を見てしまうのだ。
 彼と一緒に、新しい世界に歩み出す夢を。

「そう言われて、駄目と言えるはずがないだろう……?」

 リカルドが肩を竦めた。

「正直、雪の中で微笑むあなたは素敵だったから。はしゃぐあなたと共に過ごせたのは、本当に、嬉しくて、でも……」

 上手く言葉を紡げなくて、リカルドは唇を噛む。
 結局、彼の一番はセレスティナだから。
 セレスティナは、自分自身を一番に守らなければならなかった。

「ええ。ごめんなさい。はしゃぎすぎたの。今度からは気をつけるわ。だから――ね?」
「ん」

 リカルドは目を細める。
 そうして、降参とばかりに、セレスティナの額にキスを落としてくれた。

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みんなの感想(20件)

ななし
2025.02.16 ななし

最後の「くらしたそうな」が日本昔話を思い出しました

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東堂明美
2024.07.31 東堂明美

㊗️完結おめでとう🎊御座います🍾大変面白かったです。セレスティナとリカルドが幸せになれてよかったです。碌でもない王太子との結婚で大変な思いをしたセレスティナだけど家族やリカルドに愛されていて本当に良かったです。あのまま監禁されて魔力を奪われ続けたら死んでいたかもしれませんね。何も考えていない馬鹿だからできた所業でしょうね。次の作品も楽しみしています。これからも応援していまのすので頑張って下さいね♪

2024.08.01 浅岸 久

ありがとうございます💕
重たい事情がある人たちが全部丸ごと幸せになる話が大好物ですので、気に入っていただけて何より!
私も書いていて楽しかったです😚💕
これからも楽しく創作を続けて参りますので、投稿した折はお付き合いいただけると嬉しいです🙇‍♀️✨

解除
はなここ
2024.07.23 はなここ

楽しかった〜😆
子供ちゃんも産まれてよかったね✨

2024.07.23 浅岸 久

最後までお読みくださり、ありがとうございます💕

お子もわちゃわちゃ賑やか家族で、「俺にこんな人生があるなんて…」と、リカルド本人も、思い返すたびにめちゃくちゃびっくりしてそうですよね😂

楽しんでいただけて何よりでした〜🩷嬉しい!!!

解除

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