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第一章 学園編
7.ティンベル・クルシュルージュ1
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『一年アオ組。ユウタロウさん。至急、生徒会室までお越しください。繰り返します。一年アオ組、ユウタロウさん。至急、生徒会室までお越しください――』
国立操志者育成学園全体に、機械的な声で紡がれた校内放送が響き渡る。多くの生徒はこう思うだろう。
――勇者一族の恥さらしが何かやらかした、と。
その証拠に、校内ではユウタロウを嘲笑う声がポツリポツリ……。
そんな中、当の本人――ユウタロウは何をしていたかというと。
目を瞠るほどの青。雲一つない快晴の空の下。涼し気な木陰の中。愛する存在による、心地良い膝枕の上。
――校内放送に気づかない程、爆睡をかましていた。
********
「――ちゃん……ユウ――」
(……?)
聞き馴染みのある声で名前を呼ばれていることに気づき、朦朧とした意識の中、ユウタロウは脳を働かせる。いつもであれば無視して眠り続けるのだが、その声にはどこか切迫した雰囲気が感じられた為、彼は徐に瞼を開いた。
視界に映るのは、困ったような顔で自身を見下ろすチサトの姿。首を傾げつつ横を向くと、ユウタロウは突然すぎる展開に目を丸くした。
まず最初に目を惹かれるのは、先日の騒動で対面した学園の副生徒会長。ユウタロウを見下ろす瞳は凍てつき、相変わらず表情は乏しい。
そして、彼が引き連れている十数人の生徒は、ユウタロウの全く知らない顔ぶれであった。
起きた途端、ほぼ見知らぬ生徒十数人に囲まれ、鋭い眼光で睨まれているという、摩訶不思議な状況についていけなかったユウタロウは、
「……寝起きドッキリか何か?」
「ふざけているのですか」
思わず、コテンと首を傾げつつ尋ねてしまった。流石に想定外の第一声だったのか、副生徒会長もツッコみを入れてしまう。
「え。じゃあなに?」
「校内放送でいくら呼び掛けても生徒会室にいらしてくれなかったので、こちらから参った所存です」
「校内放送?え、なに。そんなの流れたのか?」
「うん。でも大した用じゃないと思ったから、起こさなかったのよ」
チサトはシレっと言ってのけた。「お前が元凶か」という、彼らの不満がありありと伝わるジト目がチサトに一点集中するが、その程度で怖気づくような可愛い性格を彼女はしていない。
「チサト……よくぞ無視してくれた。お前は最高にいい女だな」
「ありがと♡」
「「…………」」
彼らのジト目の矛先に、ユウタロウも追加される。バカップルのどこかズレたいちゃつきを見せつけられた上、完全に存在を無視されている彼らは、燻る苛立ちを睨みに乗せる他ない。
ユウタロウたちの態度は、彼らの用件を軽視しているも同然だったので、それは当然の反応であった。
「そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「はぁ……手短に済ませろよな」
「では単刀直入に言わせてもらいます。ユウタロウさん。
あなたに、通り魔事件関与の疑惑がかけられています」
「…………はぁ?」
唐突に告げられた内容が理解不能なあまり、ユウタロウは呆けたような疑問の声を上げた。
「ちょっと。言いがかりはやめてよね。何でユウちゃんが……」
「言いがかりなどではありません。……あなたが昨夜、悪魔教団〝始受会〟の二人と接触している場面を目撃したという生徒がいるのですよ。証拠の写真もあります」
「……で?」
通り魔事件の嫌疑をかけられているというのに、泰然自若とした態度でいるユウタロウ。思わず副生徒会長は眉を顰める。
「で?とは、どういうことですか?」
「悪魔教団の奴らと一緒にいたのは偶々だし、そもそもアイツらが通り魔事件に関わっている確証なんて無いだろうが」
「その話を私が〝はいそうですか〟と、信じるとでも思っているのですか?」
「……」
クソめんどくせぇ……とユウタロウは心の中でため息をつく。ユウタロウの話などまるで聞く気の無い彼の態度に、この舌戦が長期化する可能性を危惧したのだ。
「今回の通り魔事件の詳細は知っていますか?」
「おう」
「なら分かるでしょう?今回の事件は悪魔が大きく関係しています。そして未だ事件が解決していない中、被害者が頻繁に襲われている真夜中に悪魔教団の人間と接触しておいて、疑うなという方が無理な話だとは思いませんか?」
「いやだからそれは……」
昨夜、街で始受会の二人と遭遇するまでの経緯を説明しようとしたユウタロウ。だが、その言葉は副生徒会長によって遮られてしまう。
「仮に悪魔教団が事件とは全くの無関係で、偶々遭遇したというあなたの話が本当だったとしても、敵対関係である悪魔教団と相まみえた勇者であれば、迷うことなく交戦するべきだったのでは?目撃した生徒の話では、ただ言葉を交わしていただけらしいですし…………とにかく。あなたが疑わしい行動を取ってしまった以上、然るべき機関で事情を聞くべきかと思い、こうして馳せ参じた次第です」
「……騎士団にでも突き出すつもりか?」
「そうですね。端的に言ってしまえばそうです」
彼が生徒を引き連れてやって来た目的を察し、ユウタロウは唸るような声で尋ねた。そんな彼の睨みにも臆することなく、副生徒会長はサラッと言ってのけた。
(どう言ってもそういう意味だろうが……どうすっかなぁ……俺の苦手な分野だ。こいつらの馬鹿馬鹿しい誤解を解くために頭を働かしたくない……)
潜在的能力という観点で言えば、ユウタロウは聡明である。だが自ら進んで思考を働かせることを嫌っているので、解決にまで至らないことが多いのだ。
騎士団に連れて行かれるのは面倒なので、何とか誤解を解かなければ、という気持ちと。その為に副生徒会長の意見を論破する労力を被るのは面倒だ、という気持ちが拮抗している。
冤罪をかけられたユウタロウの脳内を説明するとこんな感じであった。
「ユウちゃん……」
どうしたものかと懊悩していると、チサトが不安気な瞳で彼を見上げてくる。その眼差しからはユウタロウを案じる気持ち。そして、騎士団に連行されることで離れ離れになってしまうのでは?という不安が犇々と伝わってきた。
恋人の救いを求める様な眼差しを浴びてしまえば、腰をあげない訳にもいかない。
チサトの為、ユウタロウが口を開こうとしたその時――。
「副生徒会長」
凛とした、穏やかな女性の声が鮮烈に響いた。
刹那、彼らの視線が声の主に集まる。
一六五センチのスラっとした背丈に、腰まで伸びた白藍の髪。頭の右側で小さなお団子を作っており、結び目からもサラッと髪が流れている。パッチリと大きな瞳は藍色で、どこか知的な雰囲気を醸し出している。
「……生徒会長……何故ここに?」
「生徒会長?」
副生徒会長は僅かに眉を顰めつつ尋ねた。その様子から、彼女の出現を歓迎していないことは明らかである。聞き捨てならない単語に、ユウタロウは疑問を呈した。
「初めまして、ユウタロウ様。私は本校で生徒会長を務めております、ティンベル・クルシュルージュと申します」
「ティンベル・クルシュルージュ?……アンタ、この国の人間じゃないな。どこ出身だ?」
「私はゼルド王国から留学しているのですよ」
「……生徒会長。私の質問に答えていませんよ」
副生徒会長を置き去りにしながら、ユウタロウとティンベルは他愛も無い会話を交わした。それが不満だったのか、副生徒会長は食い気味に尋ねる。
「あら。私がここにいるのはそんなにおかしいことでしょうか?まるで私が介入しないように、下手な小細工でもしていたかのような反応ですね」
「っ……」
図星を突かれたように、副生徒会長は言葉を詰まらせる。
ユウタロウたちは彼女がここに来た経緯を知らないので、首を傾げることしか出来ない。だが彼の反応を見る限り、ティンベルの登場が彼らにとって、想定外の出来事であることは明らかだった。
「まぁそんなことはどうでもいいのですよ。
副生徒会長。あなた、本気でこのユウタロウ様が通り魔事件に関わっているとお考えなのですか?」
「だったら何だというのですか?」
「いえ……ただ少し、そうね……
あなた方の正気を疑うだけかしら?」
「なっ……」
唐突に冷罵され、副生徒会長は言葉を失う。彼らのざわめきが広がる中、ユウタロウは好奇心いっぱい視線をティンベルに向けていた。
彼女がユウタロウの無実を確信しているように見えたから。彼女が何故か、勇者一族の恥さらしと嘲られるユウタロウを庇っているから。
理由はいくつかあるが、ユウタロウの目には彼女という存在が、この場において最も輝かしく、そして高潔に見えたのだ。
「そこのあなた」
「な、何でしょう?」
名指しされた生徒は、思わずビクッと肩を震わせた。
「あなたですね?昨夜、始受会の二人とユウタロウ様が一緒にいる場面を目撃したという生徒は」
「……そうですが」
「目撃したというのなら、彼らの会話内容を聞いていたのではないですか?それならユウタロウ様の証言が事実かどうか、キチンと検証できると思うのですけど」
「いえ……俺は遠くから見かけて、バレないように写真を撮っただけなので、会話の内容までは……」
目撃者である男子生徒は、恐らく虚偽の発言はしていないと思われた。もし彼がユウタロウたちの近くに潜んでいたのなら、その気配をユウタロウやクレハが察知できないはずがない。
……なのだが、彼の証言を聞いたティンベルは、不可解そうに首を傾げる。
「あら?それはおかしいですね」
「……どういう意味ですか?」
「いえ……確か今皆さんは、ユウタロウ様が悪魔教団始受会の二人組と接触していたから、このように騒ぎ立てているのですよね?」
「先程からそう言っているでは無いですか」
要領を得ないティンベルの物言いに、副生徒会長は苛立ったように言った。彼女が何を言いたいのか分からず、ユウタロウも首を傾げている。
そんな彼らを嘲笑う様に。素知らぬ顔で、ティンベルは尋ねる。
「ならお尋ねしますが、あなたは会話の内容すら聞こえない程遠くにいたというのに、何故その二人組が悪魔教団の信者だと分かったのですか?」
「…………っあ……」
ひゅっと、息を呑む音が彼らの耳にこびりつく。
男子生徒は自らの失態に気づき、血の気が引いていくのを感じた。瞬間、冷や汗が滝のように流れ、何も考えられない程頭は真っ白になる。
外界の音全て、靄がかかったように遠くなる。
耳鳴りが酷い中、男子生徒は必死に言葉を紡ごうとした。
「そ、それはっ……」
「おかしいですねぇ……確か始受会に規定の制服は存在しておらず、正体を示すアイテム等も無いと聞いていたのですが……どうやって彼らの正体を暴いたのでしょう?」
男子生徒の健闘虚しく、彼の言葉はティンベルに遮られた。そして煽る様にティンベルは捲し立てる。
「……す、すいませんっ……俺の記憶違いでしたっ!会話の内容は聞いていましたっ……この男はっ……」
「あら。そうだったのですか。それは丁度良かったです」
「へ?」
男子生徒の呆けた声が間抜けである。
何とか言い訳をしようと頭を捻らせたというのに、ティンベルの返答があれでは、彼が当惑するのも無理は無かった。
「実は私もその現場に居合わせていたのですよ。その際、何かの役に立てばと思い、会話の内容を録音していたのです。今ここで聞きましょうか?あなたの記憶している会話内容と齟齬が無いか」
「っ、そ、それは……」
刹那の内に、男子生徒の顔が再び真っ青になる。今ここで録音を流してしまえば、これ以上の言い逃れは出来なくなってしまう。
ティンベルが録音機器を取り出し、躊躇いなく再生ボタンを押そうとしたその時――。
「もう結構です」
それを遮る様に、副生徒会長が言い放った。瞬間、彼らの視線が一斉に集まる。
そして、副生徒会長は繕ったような無表情で頭を下げた。
「どうやら誤解があったようですね。失礼いたしました。私たちはこれで失礼いたします」
「はい、さようなら」
「っ……」
清々しいほどの満面の笑みで言われ、副生徒会長の繕った表情に僅かな綻びが生じる。すぐに元の無表情に戻ったが、ティンベルとユウタロウはその綻びを見逃してはいなかった。
副生徒会長はあっさりと、他の生徒を引き連れてその場から立ち去った。彼らは忌々し気にユウタロウたちを睨み据えており、副生徒会長の折角の繕いが可哀想になる程である。
そして、ユウタロウ、チサト、ティンベルの三人がポツンと残された。
「……ふふ。ざまぁみろです」
「アンタ……本当は録音なんてしてねぇだろ」
「当たり前じゃないですか。録音できる程近くにいたら、ユウタロウ様たちが勘付かれないはずがありませんもの」
そう言うと、ティンベルは悪戯っぽく破顔する。その晴れやかな笑顔は、真っ青な空の下にとてもよく似合っていた。
国立操志者育成学園全体に、機械的な声で紡がれた校内放送が響き渡る。多くの生徒はこう思うだろう。
――勇者一族の恥さらしが何かやらかした、と。
その証拠に、校内ではユウタロウを嘲笑う声がポツリポツリ……。
そんな中、当の本人――ユウタロウは何をしていたかというと。
目を瞠るほどの青。雲一つない快晴の空の下。涼し気な木陰の中。愛する存在による、心地良い膝枕の上。
――校内放送に気づかない程、爆睡をかましていた。
********
「――ちゃん……ユウ――」
(……?)
聞き馴染みのある声で名前を呼ばれていることに気づき、朦朧とした意識の中、ユウタロウは脳を働かせる。いつもであれば無視して眠り続けるのだが、その声にはどこか切迫した雰囲気が感じられた為、彼は徐に瞼を開いた。
視界に映るのは、困ったような顔で自身を見下ろすチサトの姿。首を傾げつつ横を向くと、ユウタロウは突然すぎる展開に目を丸くした。
まず最初に目を惹かれるのは、先日の騒動で対面した学園の副生徒会長。ユウタロウを見下ろす瞳は凍てつき、相変わらず表情は乏しい。
そして、彼が引き連れている十数人の生徒は、ユウタロウの全く知らない顔ぶれであった。
起きた途端、ほぼ見知らぬ生徒十数人に囲まれ、鋭い眼光で睨まれているという、摩訶不思議な状況についていけなかったユウタロウは、
「……寝起きドッキリか何か?」
「ふざけているのですか」
思わず、コテンと首を傾げつつ尋ねてしまった。流石に想定外の第一声だったのか、副生徒会長もツッコみを入れてしまう。
「え。じゃあなに?」
「校内放送でいくら呼び掛けても生徒会室にいらしてくれなかったので、こちらから参った所存です」
「校内放送?え、なに。そんなの流れたのか?」
「うん。でも大した用じゃないと思ったから、起こさなかったのよ」
チサトはシレっと言ってのけた。「お前が元凶か」という、彼らの不満がありありと伝わるジト目がチサトに一点集中するが、その程度で怖気づくような可愛い性格を彼女はしていない。
「チサト……よくぞ無視してくれた。お前は最高にいい女だな」
「ありがと♡」
「「…………」」
彼らのジト目の矛先に、ユウタロウも追加される。バカップルのどこかズレたいちゃつきを見せつけられた上、完全に存在を無視されている彼らは、燻る苛立ちを睨みに乗せる他ない。
ユウタロウたちの態度は、彼らの用件を軽視しているも同然だったので、それは当然の反応であった。
「そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「はぁ……手短に済ませろよな」
「では単刀直入に言わせてもらいます。ユウタロウさん。
あなたに、通り魔事件関与の疑惑がかけられています」
「…………はぁ?」
唐突に告げられた内容が理解不能なあまり、ユウタロウは呆けたような疑問の声を上げた。
「ちょっと。言いがかりはやめてよね。何でユウちゃんが……」
「言いがかりなどではありません。……あなたが昨夜、悪魔教団〝始受会〟の二人と接触している場面を目撃したという生徒がいるのですよ。証拠の写真もあります」
「……で?」
通り魔事件の嫌疑をかけられているというのに、泰然自若とした態度でいるユウタロウ。思わず副生徒会長は眉を顰める。
「で?とは、どういうことですか?」
「悪魔教団の奴らと一緒にいたのは偶々だし、そもそもアイツらが通り魔事件に関わっている確証なんて無いだろうが」
「その話を私が〝はいそうですか〟と、信じるとでも思っているのですか?」
「……」
クソめんどくせぇ……とユウタロウは心の中でため息をつく。ユウタロウの話などまるで聞く気の無い彼の態度に、この舌戦が長期化する可能性を危惧したのだ。
「今回の通り魔事件の詳細は知っていますか?」
「おう」
「なら分かるでしょう?今回の事件は悪魔が大きく関係しています。そして未だ事件が解決していない中、被害者が頻繁に襲われている真夜中に悪魔教団の人間と接触しておいて、疑うなという方が無理な話だとは思いませんか?」
「いやだからそれは……」
昨夜、街で始受会の二人と遭遇するまでの経緯を説明しようとしたユウタロウ。だが、その言葉は副生徒会長によって遮られてしまう。
「仮に悪魔教団が事件とは全くの無関係で、偶々遭遇したというあなたの話が本当だったとしても、敵対関係である悪魔教団と相まみえた勇者であれば、迷うことなく交戦するべきだったのでは?目撃した生徒の話では、ただ言葉を交わしていただけらしいですし…………とにかく。あなたが疑わしい行動を取ってしまった以上、然るべき機関で事情を聞くべきかと思い、こうして馳せ参じた次第です」
「……騎士団にでも突き出すつもりか?」
「そうですね。端的に言ってしまえばそうです」
彼が生徒を引き連れてやって来た目的を察し、ユウタロウは唸るような声で尋ねた。そんな彼の睨みにも臆することなく、副生徒会長はサラッと言ってのけた。
(どう言ってもそういう意味だろうが……どうすっかなぁ……俺の苦手な分野だ。こいつらの馬鹿馬鹿しい誤解を解くために頭を働かしたくない……)
潜在的能力という観点で言えば、ユウタロウは聡明である。だが自ら進んで思考を働かせることを嫌っているので、解決にまで至らないことが多いのだ。
騎士団に連れて行かれるのは面倒なので、何とか誤解を解かなければ、という気持ちと。その為に副生徒会長の意見を論破する労力を被るのは面倒だ、という気持ちが拮抗している。
冤罪をかけられたユウタロウの脳内を説明するとこんな感じであった。
「ユウちゃん……」
どうしたものかと懊悩していると、チサトが不安気な瞳で彼を見上げてくる。その眼差しからはユウタロウを案じる気持ち。そして、騎士団に連行されることで離れ離れになってしまうのでは?という不安が犇々と伝わってきた。
恋人の救いを求める様な眼差しを浴びてしまえば、腰をあげない訳にもいかない。
チサトの為、ユウタロウが口を開こうとしたその時――。
「副生徒会長」
凛とした、穏やかな女性の声が鮮烈に響いた。
刹那、彼らの視線が声の主に集まる。
一六五センチのスラっとした背丈に、腰まで伸びた白藍の髪。頭の右側で小さなお団子を作っており、結び目からもサラッと髪が流れている。パッチリと大きな瞳は藍色で、どこか知的な雰囲気を醸し出している。
「……生徒会長……何故ここに?」
「生徒会長?」
副生徒会長は僅かに眉を顰めつつ尋ねた。その様子から、彼女の出現を歓迎していないことは明らかである。聞き捨てならない単語に、ユウタロウは疑問を呈した。
「初めまして、ユウタロウ様。私は本校で生徒会長を務めております、ティンベル・クルシュルージュと申します」
「ティンベル・クルシュルージュ?……アンタ、この国の人間じゃないな。どこ出身だ?」
「私はゼルド王国から留学しているのですよ」
「……生徒会長。私の質問に答えていませんよ」
副生徒会長を置き去りにしながら、ユウタロウとティンベルは他愛も無い会話を交わした。それが不満だったのか、副生徒会長は食い気味に尋ねる。
「あら。私がここにいるのはそんなにおかしいことでしょうか?まるで私が介入しないように、下手な小細工でもしていたかのような反応ですね」
「っ……」
図星を突かれたように、副生徒会長は言葉を詰まらせる。
ユウタロウたちは彼女がここに来た経緯を知らないので、首を傾げることしか出来ない。だが彼の反応を見る限り、ティンベルの登場が彼らにとって、想定外の出来事であることは明らかだった。
「まぁそんなことはどうでもいいのですよ。
副生徒会長。あなた、本気でこのユウタロウ様が通り魔事件に関わっているとお考えなのですか?」
「だったら何だというのですか?」
「いえ……ただ少し、そうね……
あなた方の正気を疑うだけかしら?」
「なっ……」
唐突に冷罵され、副生徒会長は言葉を失う。彼らのざわめきが広がる中、ユウタロウは好奇心いっぱい視線をティンベルに向けていた。
彼女がユウタロウの無実を確信しているように見えたから。彼女が何故か、勇者一族の恥さらしと嘲られるユウタロウを庇っているから。
理由はいくつかあるが、ユウタロウの目には彼女という存在が、この場において最も輝かしく、そして高潔に見えたのだ。
「そこのあなた」
「な、何でしょう?」
名指しされた生徒は、思わずビクッと肩を震わせた。
「あなたですね?昨夜、始受会の二人とユウタロウ様が一緒にいる場面を目撃したという生徒は」
「……そうですが」
「目撃したというのなら、彼らの会話内容を聞いていたのではないですか?それならユウタロウ様の証言が事実かどうか、キチンと検証できると思うのですけど」
「いえ……俺は遠くから見かけて、バレないように写真を撮っただけなので、会話の内容までは……」
目撃者である男子生徒は、恐らく虚偽の発言はしていないと思われた。もし彼がユウタロウたちの近くに潜んでいたのなら、その気配をユウタロウやクレハが察知できないはずがない。
……なのだが、彼の証言を聞いたティンベルは、不可解そうに首を傾げる。
「あら?それはおかしいですね」
「……どういう意味ですか?」
「いえ……確か今皆さんは、ユウタロウ様が悪魔教団始受会の二人組と接触していたから、このように騒ぎ立てているのですよね?」
「先程からそう言っているでは無いですか」
要領を得ないティンベルの物言いに、副生徒会長は苛立ったように言った。彼女が何を言いたいのか分からず、ユウタロウも首を傾げている。
そんな彼らを嘲笑う様に。素知らぬ顔で、ティンベルは尋ねる。
「ならお尋ねしますが、あなたは会話の内容すら聞こえない程遠くにいたというのに、何故その二人組が悪魔教団の信者だと分かったのですか?」
「…………っあ……」
ひゅっと、息を呑む音が彼らの耳にこびりつく。
男子生徒は自らの失態に気づき、血の気が引いていくのを感じた。瞬間、冷や汗が滝のように流れ、何も考えられない程頭は真っ白になる。
外界の音全て、靄がかかったように遠くなる。
耳鳴りが酷い中、男子生徒は必死に言葉を紡ごうとした。
「そ、それはっ……」
「おかしいですねぇ……確か始受会に規定の制服は存在しておらず、正体を示すアイテム等も無いと聞いていたのですが……どうやって彼らの正体を暴いたのでしょう?」
男子生徒の健闘虚しく、彼の言葉はティンベルに遮られた。そして煽る様にティンベルは捲し立てる。
「……す、すいませんっ……俺の記憶違いでしたっ!会話の内容は聞いていましたっ……この男はっ……」
「あら。そうだったのですか。それは丁度良かったです」
「へ?」
男子生徒の呆けた声が間抜けである。
何とか言い訳をしようと頭を捻らせたというのに、ティンベルの返答があれでは、彼が当惑するのも無理は無かった。
「実は私もその現場に居合わせていたのですよ。その際、何かの役に立てばと思い、会話の内容を録音していたのです。今ここで聞きましょうか?あなたの記憶している会話内容と齟齬が無いか」
「っ、そ、それは……」
刹那の内に、男子生徒の顔が再び真っ青になる。今ここで録音を流してしまえば、これ以上の言い逃れは出来なくなってしまう。
ティンベルが録音機器を取り出し、躊躇いなく再生ボタンを押そうとしたその時――。
「もう結構です」
それを遮る様に、副生徒会長が言い放った。瞬間、彼らの視線が一斉に集まる。
そして、副生徒会長は繕ったような無表情で頭を下げた。
「どうやら誤解があったようですね。失礼いたしました。私たちはこれで失礼いたします」
「はい、さようなら」
「っ……」
清々しいほどの満面の笑みで言われ、副生徒会長の繕った表情に僅かな綻びが生じる。すぐに元の無表情に戻ったが、ティンベルとユウタロウはその綻びを見逃してはいなかった。
副生徒会長はあっさりと、他の生徒を引き連れてその場から立ち去った。彼らは忌々し気にユウタロウたちを睨み据えており、副生徒会長の折角の繕いが可哀想になる程である。
そして、ユウタロウ、チサト、ティンベルの三人がポツンと残された。
「……ふふ。ざまぁみろです」
「アンタ……本当は録音なんてしてねぇだろ」
「当たり前じゃないですか。録音できる程近くにいたら、ユウタロウ様たちが勘付かれないはずがありませんもの」
そう言うと、ティンベルは悪戯っぽく破顔する。その晴れやかな笑顔は、真っ青な空の下にとてもよく似合っていた。
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