レディバグの改変<W>

乱 江梨

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第一章 学園編

23.武闘大会2

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 ユウタロウが予想した通り、いや。予想以上に、その戦いはあっさりと終幕を迎えた。

 第二試合も、第三試合も、第四試合も――。
 全てユウタロウの白星。ユウタロウの圧勝。ユウタロウの独走態勢である。

 ユウタロウは真剣を使うことも、ジルを操ることすら禁じられているというのに、だ。

 観客も、そして負けた対戦相手も、ここまでのハンデを背負った上でユウタロウが勝つのは不可能だと思っていたのか、第一試合が決着して以降、あんぐりと口を開けたまま、閉じるのを忘れている。


(今何試合やったとこだっけか……ひぃふぅみぃよぉ……八?いや九か?)


 そんな中、ユウタロウただ一人がマイペースに、あと何試合でこの縛りから解き放たれるのかを気にしている。指を折りながら数えていると、


「で、では次が最後の十試合目となります……」


 答え合わせするように、試合開始直前のアナウンスが流れた。心なしか、司会進行役の生徒の声も萎れており、この状況に困惑している様子が犇々と伝わってくる。


(お、次が最後か。ラッキー)


 ボケーっと空を見つめていたユウタロウは、徐に視線を下げる。
 すると、目の前に最後の対戦相手が現れた。そして何故か、その対戦相手は意味深な笑みを浮かべている。


「ここで再戦できるとは思ってもいなかったぞ、勇者一族の恥さらし」
「……どちら様で?」
「入学式の時に会っただろうが!?」


 ユウタロウは本気で見覚えが無く、キョトンと首を傾げた。対戦相手の男子生徒に怒鳴られたユウタロウは念の為、じっとその容姿を観察してみる。

 紫色の短髪に、黒い瞳。よくいる平凡な顔立ちである。ただ、よく鍛えられた、剣士らしい身体であることは確かで、ユウタロウはほんの少し感心した。
 国立操志者育成学園に在籍する生徒の多くは、操志者としての実力を伸ばすことばかりに重きを置き、それ以外の鍛錬を軽視する悪癖を持っている。

 だが目の前の生徒は、操志者としての才能に胡坐をかくことなく、剣術に磨きをかけているように見える。皮膚の硬そうな掌が、それを物語っていた。

 とは言っても、やはりそこはユウタロウクオリティ。有象無象の一人でしかない対戦相手を、彼が覚えているはずも無かった。


「…………は?」
「何で思い出さないだ!?あんな出来事そうそう無いというのにっ」
「新手の詐欺?金ならやらねぇけど」
「お、お前……本気で覚えていないのか?」
「…………あっ!」
「はぁ、やっと思い出したか……」


 合点がいったような顔を上げると、男子生徒はホッと安堵の声を漏らした。ユウタロウはポンと手を叩くと、自信満々の相好で彼の正体を言い当てようとする。


「まんまる亭の跡取りか」
「誰だよそれ!ていうかまんまる亭って何だ!?」
「あぁ、今思い出した。入学式で突っかかってきたアホか」
「何でこのタイミングで思い出すんだよ!?というかアホ呼ばわりするな!そしてまんまる亭って何だ!?」


 本人に自覚は無いが、ユウタロウによる大量のボケが投下された。それに対し、男子生徒は鋭いツッコみの応酬を繰り出す。
 何はともあれ。目の前の人物が入学式の際に決闘を挑んできた生徒であることを、ユウタロウは漸く理解した。


「饅頭が有名な老舗和菓子店だ」
「そうかよ今度行ってみるよ!」
「……お前、そんなに叫んでよく疲れないな」
「お前にだけは言われたくない!」


 ジッと男子生徒を見つめると、ユウタロウは感嘆の声を漏らした。その声音には、困惑と純粋な驚きが入り混じっている。


「ははん……分かったぞ。さてはお前、実は良い奴だったポジを狙っているな」
「言っている意味がよく分からないが、称賛されている訳では無いことだけは理解した」
「結局アンタが誰かは思い出したが、名前が全然思い出せねぇな」
「名乗ってないからな……。俺はカケル・イチジョウという。覚えておけ」
「五流の癖に名前かっけーな」
「ふふん、そうだろうそうだろう……って五流ってなんだ!?俺を見縊るにも程があるだろう!」
「今までの奴らは七流。んで、お前は五流。今回の出場生徒の中、お前が一番マシってことだ」
「……お前…………それ褒められている気が全くしないのだが」


 一瞬、誤魔化されてもいいかもしれないと思ったカケルだが、それは彼のプライドが許さなかったらしい。どのように繕っても、ユウタロウから見て彼は五流。その判定は覆らないのだ。


「褒めてねぇからな。そりゃそうだ」
「あぁもういい!さっさと始めるぞっ」


 これ以上の口論は時間の無駄だと漸く悟ったのか、カケルは腰に帯刀している剣を抜いた。苛立っていても、剣を抜く動きは洗練されており、ユウタロウは彼の手元に注目してしまう。


「本来であればこのようなハンデは不本意なのだが、それが大会のルールとのなら致し方ない。それに俺は、以前の俺とは違う。
 貴様の実力は、勇者の称号を得るに相応しい物だと判断した。その実力に敬意を表し、このふざけたハンデも受け入れるとしよう」
「……」


 正直。ユウタロウは「何言ってんだコイツ」と思っていたが、それを言っては流石に哀れだと、グッと口を噤んだ。


「――始めっ!」


 試合開始の掛け声が場内に響き渡ると同時に、カケルは一気に駆け出した。すかさず剣を振り下ろすが、ユウタロウは涼しい顔で後方に跳び、それを避ける。

 避けられることは想定済みだったのか、カケルは怯むことなく連撃を入れ続ける。ユウタロウに反撃の機会を与えないように。

 一方、避けても避けても次の攻撃が繰り出されるせいで、ユウタロウは受けから攻めに転じることが出来ずにいた。


(ふーん……絶え間なく剣撃を繰り出すことで、俺の体力を消耗させるつもりか。まぁ、体力なら勝てると思ってんならお頭が弱すぎるが、確かに悪い手ではねぇかもな)


 カケル相手に体力で負けるつもりは毛頭ないが、疲れていくにつれ、反撃の機会が更に失われるのは確かなので、カケルの選択は正しいと言えるのだ。

 それから数分間。カケルは剣を振り続け、ユウタロウはそれらの攻撃を全て躱し続けた。カケルは合間合間、ジルを操って様々な攻撃を加えてみたものの、ユウタロウに直撃することは無かった。

 このままでは埒が明かないと、カケルが焦りを見せ始め。ユウタロウが疲労で汗を滲ませ始めた頃。


「っ……」
「……?」


 ピタリと――。ユウタロウは、その動きを止めた。

 停止したのはたった一瞬で、ユウタロウはすぐ、大きく距離を取るように後方へ一時撤退した。

 だが硬直したその一瞬、ユウタロウは大きな衝撃を受けたように目を見開いていた。切迫したその様子が気掛かりで、カケルは首を傾げた。


「…………っ、ち……チ、サト……?」


 カケルとの距離を取ったユウタロウは、軋むように痛む頭を右手で押さえ込みながら、愛しいその人の名前を掠れた声で呟いた。

 ぐわんぐわんと。耳鳴りなのか、定まらない視界がそんな音を鳴らしているのか。

 分からないというのに、たった一つだけ。ユウタロウには、明確に分かっていることがあった。

 それは、チサトが第三者による影響で、ユウタロウから遠ざかってしまったということ。

 チサトが今、彼の傍にいない――危機的状況に陥っているということだけ。


 ――刹那、ユウタロウから放たれる空気が一変する。

 憤り、怒り、不安。
 そして、自らの物に許可なく手を出されたことで、どうしようもない苛立ちがユウタロウの心を支配していく――その侵食の音が、彼にのみ聞こえていた。


「チサト……チサト、チサトっ……チサト……」


 何度もその名を呼びながら、頭を掻きむしるユウタロウはとても苦しげで、今にも壊れてしまいそうである。


「試合中に他のことに気を取られるとは、随分と見縊られたものだなっ!」


 カケルは気づけなかった。

 が、最早自らの手に負える存在では無くなっているということに。、手を出してはいけない、化け物と化していることに。

 カケルは、突如動かなくなったユウタロウに斬りかかった。彼の刃が、ユウタロウの肩へ到達するかと思われたその時――。

 ガシッ。


「なっ……!?」


 ユウタロウは何の躊躇いもなく、その刃を素手で掴み、彼の動きを封じた。カケルは狼狽えながらも、何とか剣を引き抜こうとするが、あまりにも強い力で掴まれているせいでビクともしない。
 ユウタロウの掌の中で剣が大暴れしているせいで、彼の右手には容赦なく生傷が刻まれる。指の間から鮮血が流れ、地面にぽたぽたと緋色の雫を落としていった。

 にも拘らず、ユウタロウは更に力を込め、右手に刃を食い込ませていく。傷は深くなり、同時に剣は軋み始める。そして瞬きする間に、カケルの剣はカキンっと折れ、ボロボロに砕け散った。


「っ……」


 思わずカケルは目を見開き、一歩後退る。

 ユウタロウは壊れた刃を乱暴に放ると、目の前のカケルを睨み据える。凍てつくような、飲み込まれてしまいそうな鋭い瞳孔で。

 まるでカケルを通して、別の何かを睨みつけるように。


「っ……チサトを、どこにやった……」


 唸るような、静かな問いかけだった。
 だが、内に秘めた憤りは犇々と伝わり、その声だけで身震いしてしまう程。

 その問いかけの意味が分からず、カケルは首を傾げるが、彼がそれを尋ねることは無かった。
 声を上げようとした刹那、ユウタロウの力強い拳が彼の鳩尾に直撃したから。


「ぐほっ……」


 僅かに吐血すると、カケルは成す術もなく、その場に倒れ込んだ。何が起きたのか理解できず、観客は騒然とし、場内は沈黙に包まれた。


「っ……しょ、勝者……勇者ユウタロウ!」


 沈黙を破ったのは、司会進行のコール。困惑混じりのその声を皮切りに観客たちは徐々に徐々に、喧騒を広げていった。

 だが彼らの困惑も、衝撃も、ざわめきも。ユウタロウにとっては全てどうでもよいことだ。

 故にユウタロウは、何の反応も示さないまま修練場から退出しようとする。だが――。


「お、お待ちくださいっ!表彰式はまだっ……」


 思わず、司会進行の生徒は慌てたようにユウタロウを呼び止めた。

 武闘大会における全試合は確かに終了したが、表彰式がまだ残っており、それにはユウタロウの参加が必要不可欠なのだ。
 故に、その生徒の行動は決して間違ったものでは無かった。……無かったのだが、彼は刹那の内に、自らの判断を呪うことになる。


「……止めるなら、お前も敵とみなして……殺すぞ?」
「ひっ……」


 それだけ言い放つと、ユウタロウは目にも止まらぬ速さで駆け出した。

 一方、彼の凄まじい殺気を一身に浴びてしまったその生徒は、恐怖のあまり腰を抜かし、そのまましばらく動けなくなるのだった。

 ********

「くそっ、何で繋がらないんだよっ……」


 修練場を飛び出すと、ユウタロウは使い物にならない通信機器を握り締めたまま、その苛立ちを露わにした。力が込められるあまり、ピシリと通信機器にひびが入る。

 外に出ると、ユウタロウを嘲笑う様な太陽の陽射しが強烈で、彼の焦りは増すばかり。


「チサトが近くにいない……通信機器これが繋がらないってことは生徒会長も……そうだっ、ルルはどこにっ……」


 ティンベルも何者かに連れ去られた可能性に気づいたユウタロウは、ルルの居所を探る為、彼の気配を察知しようと試みる。

 人の身体には必ずジルが存在し、その特徴は各個人によって異なる。ユウタロウほどの操志者ともなると、その違いを感じ取り、見知った人物が近くにいるか察知することも可能なのだ。


「…………ちっ、ルルもいねぇのかよっ!」

 ユウタロウの知るルルの気配が感じられず、彼は増々焦りを露わにする。

「クソっ。武闘大会で仕掛けてくるってこういう意味かよっ。あのクソ生徒会長、分かっててわざと黙ってやがったな……」


 ひとしきり文句を言い終えると、ユウタロウは思考を整理するように深く俯いた。

 今何が起きているのか。状況把握と、自分にできる最善手は何か。敵の目的は?何を優先すべきか?三人が同時に行方をくらました今、自らが最初に取るべき行動は?


 まとめると、ユウタロウは神妙な面持ちで目の前を見据える。

 怒りや、焦りや、苛立ち、憤り、殺気だけではない。
 冷静さと、息を呑むような気迫。その泰然自若とした面持ちは当に王の……いや。

 ――勇者その者であった。


「……ハヤテ、ライト、スザク、クレハ…………聞こえているな」


 不意に、ユウタロウは毅然とした声音で呼びかけた。
 ジルの術――通信の術である。


「今すぐ、俺の元へ来い。……来れない状況だったとしても、根性で来い。一分以内だ。
 いいか。もう一度言う。これは最優先事項だ。来なかったら…………。

 てめぇらはもう、俺のもんでも何でもねぇ」


 ユウタロウは舌鋒鋭く、今現在、傍にいない彼らに向けて言い放った。そして僅か数秒後、は突如訪れた。

 音は無い。ただ、空気が切り裂かれるような鋭さが広がり、その場一帯を彼らが支配しているようであった。


「「お呼びでしょうか……我らが主――勇者様」」


 呼びつけられた四人はユウタロウの元へ跪き、首を垂れる。一人のズレも生じない、統制の取れた美しい所作であった。
 まるで、それが当たり前であるかのように。そうすることこそが、摂理であるかのように。


「不届き者が俺のチサトに手を出しやがった……俺の友にもだ。許してはおけない。
 ……勇者を敵に回したということ。その不届き者たちに、地獄の果てまで後悔させてやるぞ」
「「――仰せのままに」」


 異口同音とは、当にこのことである。
 まるで、たった一人によって紡がれたかのような。その服従の意が、精悍に響き渡った。


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 今回で一日一話の投稿はお休みです。次回から二日に一話のペースになります。遅筆で申し訳ありません。明日は投稿をお休みし、次の投稿は明後日予定です。
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