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第二章 過去との対峙編
68.ティンベルの悩みpartⅡ1
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「コニア様は…………女性の方、ですよね?」
「…………へ?」
あまりにも情けない声を上げたコニアは、ポカンと口を半開きにしており、その姿は当に茫然自失といった感じである。
二人の間に気まずい沈黙が流れるが、アデルが「ぷっ」と吹き出したことで、その静寂は破られた。
「流石はティンベル……よく気づいたのだ」
「な、な、な……なんで、バレた……?」
呆けた面を徐々に徐々に、衝撃で青ざめさせると、コニアは声を震わせて尋ねた。
短い髪に、女性にしてはハスキーな声。そして何より、男子生徒の着る学生服。一見しただけだと、コニアは美丈夫な青年にしか見えないので、ティンベルに性別を見破られた彼女の衝撃は一入であった。
「その……肩幅が、普通の男性より狭いように見えまして」
ティンベルが答えた直後、ガーン……という効果音が聞こえてきそうな程コニアはショックを受け、ガックリと膝から崩れ落ちてしまう。
それはコニアの第一印象で、ティンベルが違和感を覚えていた部分でもあった。男性の格好をしているというのに、平均よりも肩幅が狭かったので、ティンベルはあの時首を傾げていたのだ。
「肩、幅……そんな……オイラの完璧な男装が、肩幅一つで見破られるなんて……」
今まで見破られた経験が無かったのか、それとも己の男装に余程の自信があったのか。コニアは床に両手をついて項垂れるが、何を思ったのか唐突に顔を上げると、縋るような眼差しをアデルに向けた。
「主ぃ!肩パットを!どうかオイラに肩パットを恵んでくれませんかっ?」
「ティンベルの観察眼が鋭いだけなのだ。そう落ち込むでない」
「あ、主ぃ……」
アデルに励まされたコニアは、その優しさが心に沁みてしまい、ホロリと一粒の涙を零した。そんな中アデルは「肩パットとは何なのだ?」と、どうでもいい疑問を頭の隅に浮かべている。
「あの……何故男装をしているのですか?女性であることを隠さなければならない事情でもあるのですか?」
「いや?そんなことは全く無いのだ」
「オイラは……女の子らしい格好をするのが苦手なだけだよ」
「そうでしたか……それは失礼いたしました」
しゃがみ込み、ぷくりと頬を膨らませると、その頬を少し赤らめてコニアは言った。そんなコニアのいじらしい姿を見てしまえば、最早女性にしか見えなくなるが、それを言えば本人が傷つくだろうと、ティンベルは言葉を飲み込んだ。
「あの。コニア様は序列七位とのことでしたが……もしかして、手紙の件で?」
「あぁ。コニアは少々特殊な力を持っていてな。文字を操ることができるのだ」
「文字を操る……もしかして、先刻の不思議な技もその力で?」
「うん。オイラは文字に関することなら基本的に何でもできる、文字の専門家みたいなものなんだ」
コニアは得意気に立ち上がると、胸を張って説明した。
「コニアにはその力を生かして、件の手紙を書いた人物を特定してもらいたいのだ」
「まぁ正直言って、特定自体は難しくないんですけど、オイラの力は他国に伝わってないので、証拠になり得ない可能性が高いですよ?」
コニアの生まれ故郷は、他国との交流を完全に絶っている特殊な国で、その全容を知る者はほとんどいない。そしてコニアの行使する力は、そんな謎めいた国の中から選ばれた優れた操志者だけに伝承される物で、力の詳細を第三者に伝えることは禁忌とされている。つまり、コニアの力で手紙の送り主を特定できることを証明できないのだ。
「そうですか……その場合は、手紙を書いた人物を徹底的に調べ上げて、私が何とか犯罪の証拠を見つけ出すので、コニア様が気負う必要はありませんよ」
「おぉ……流石は主の妹君だ。言うことが違うぜ」
「……ティンベル。大丈夫であるか?」
気丈に振舞うティンベルをコニアは称賛したが、兄であるアデルはそんな彼女を心配そうに見つめている。彼の心配も当然だ。何せ彼女は今、学園中の嫌われ者になり、先刻も嫌がらせを受けたばかり。加えて、勇者一族とクルシュルージュ家の謎のせいで、思考が休まることもない。
それでもティンベルは自らの不安や疲れを悟られぬよう、表情を繕っていたのだが、アデルには通じなかったようだ。心の内を見透かされているというのは、ティンベルにとって由々しき事態だ。それでもそのようなこと、アデルに気遣ってもらうだけでどうでもよくなってしまうのだから、ティンベルは情けないやら可笑しいやらで苦笑を零してしまう。
「えぇ。あんな低俗な輩のすることを気にしていてはキリがありませんから。それに……私にはアデル兄様がついています。私は、アデル兄様が傍にいてくれさえすれば、本当にそれだけで十分なのですよ?」
「ティンベルは欲が無いのだな……だが、何かあれば必ず我に相談するのだぞ?」
「はい。ありがとうございます。アデル兄様」
ティンベルが微笑んで礼を言うと、アデルはホッと安堵した様に破顔した。そんな微笑ましい光景を傍から眺めていたコニアは「ムフフ……」と気味の悪い笑い声を漏らしており、美人が台無しである。
「いやぁ……尊い兄妹愛ですねぇ……眼福眼福」
コニアはニッコリと微笑むと、頻りに頷いて言った。
一方、兄妹愛という単語に過剰反応したティンベルは、照れた様子で火照る顔を俯かせてしまう。
するとティンベルは、その照れを隠すように声を上げる。
「あ、あのっ、アデル兄様」
「ん?」
「アデル兄様の件が世間に知られたおかげで、気づいたことがあるのです」
「何か分かったのか?」
「情報を仮面の組織に渡し、私を暗殺しようとしたのは、恐らくお父様ではありません」
「何故であるか?」
ティンベルが断言する根拠が分からず、アデルはキョトンと首を傾げた。
「犯人は仮面の組織に情報を提供する代わりに、何らかの報酬を受け取っているはずです。そうでなければ取引として成立しませんから。金銭なのか、目的を達する為の手助けなのか……犯人の狙いは分かりませんが、自らに利があるからこそ、犯人は情報を提供したはずなのです。ですが現状は、お父様にとって最悪なものです。クルシュルージュ家の評判は地に落ち、お父様への批判は凄まじいでしょうから」
「それは……単にあの男が仮面の組織に裏切られ、情報が流出しただけではないのか?そもそも今回の件が、仮面の組織に我の情報を流した人間の仕業とも限らぬ」
今回の騒動を引き起こしたのは仮面の組織なのか、ティンベルを殺そうとした人物なのか、それとも全くの無関係の人物なのか。現段階で判断することは出来ないと思っていたアデルに、ティンベルはどこか困ったような苦笑いを向けた。
「実はお父様の関与を否定するのに、誰が今回の件を引き起こしたどうかは、あまり関係ないのです」
「?」
「要は、お父様の立場になって、その思考回路を推測するだけでいいのですから」
「……主ぃ。カワイ子ちゃんが何言っているのか全然分からない。どうしよう」
「案ずるな。我もまだ分かっていない」
二人揃って顔中にクエスチョンマークを浮かべており、ティンベルは思わずクスリと微笑した。そんなことをしても二人の首が更に傾げられるだけで、ティンベルは丁寧に説明してやることにした。
「仮面の組織にアデル兄様の情報を流し、私の通信機器を抜き取るよう指示をした犯人……面倒臭いので、この方を仮にXとしましょう。このXさんが、お父様だったと仮定します。
お父様は何らかの目的で仮面の組織の力を借りる必要があった。その見返りとして、アデル兄様と私が兄妹だという情報を仮面の組織に流した。当然、組織にはその情報を世間に漏らさぬよう口止めをして。お父様のことですから、万が一違えた場合は、仮面の組織の情報を世間に公表する旨も伝えたでしょうね。その上で現状、クルシュルージュ家の真実が世間に知られてしまった……。
さてここで問題です。次に取るお父様の行動とは何でしょう?」
「……仮面の組織の情報を、逆に世間に公表する?」
難しい表情で答えたアデルに対して、ティンベルは微笑みで肯定を示した。
「はい。正解です。
本当にお父様がXなら、十中八九こう思うでしょう――仮面の組織に騙された、と。ですが、今のところ仮面の組織に関する情報は発表されていない。つまり、お父様は自らを貶めた存在に見当がついていないということです」
「なるほど……確かにそう言われると、あの男がXだとは到底思えぬな」
アデルが納得の声を上げる隣で、コニアも頻りに頷いてみせ、二人が漸くティンベルの発言の意味を理解できたことは明白であった。
「ですが、これでまた振出しに戻ってしまいました。今回の騒動で仮面の組織が得をするとはあまり思えないので、やはりこれは、Xの目的だと思うのですが……」
「?仮面の組織は得をしないのか?」
「はい。今回の騒動はお父様の問題です。これで悪魔や愛し子への嫌悪感が強まるかと問われると、微妙なのですよ。……寧ろこれは、お父様やクルシュルージュ家を徹底的に貶める為に引き起こされた騒動に思えます」
「つまりXは、ルークスやクルシュルージュ家を恨んでいる者ということか?」
「えぇ。それはほぼ間違いないのですが……」
「「?」」
何故か苦い相好で言い淀むティンベルを前に、二人はキョトンと首を傾げてしまう。
「アデル兄様と私の関係を知っていて、且つクルシュルージュ家を恨んでいる人間となると……思いつく人物が私ぐらいしかいないのですよね……」
「…………えっ!?ってことは、主の妹君が犯人っ?」
「そんなわけが無いだろうが。少し落ち着くのだ、コニア」
「う、うす」
(ついさっきから思ってはいたけれど、コニア様って結構なお馬鹿さんなのね……)
コニアはアデルに窘められると、大いなる勘違いによる衝撃から一変、落ち着きを取り戻した。一方、そんなコニアの様子をスンとした表情で眺めていたティンベルは、心の中で大分失礼な認識を構築している。
「お父様は人として最低な方ですが、恨みを買うような行為をしていたのは、アデル兄様とネオン兄様に対してだけで……」
ネオンの名前を口にした刹那、ティンベルは何かが引っ掛かったように神妙な面持ちになる。ティンベルは自らの発言を皮切りに、何か大事なことを見落としているような気がしたのだ。深い思考に片足を突っ込んでしまったティンベルを、アデルは危惧して尋ねる。
「ティンベル?」
「……ネオン兄様は、私が生まれてから両親に構ってもらえなくなり、使用人にもきつく当たっていました。何より、ネオン兄様が殺された後も、家の中は普段と何ら変わりなく、ネオン兄様の死を悼む人はいないんだと、私は勝手に解釈していたのですが……それが誤りだとするのなら、Xの動機はここにあるのかもしれません」
「ネオンか……」
「あっ、申し訳ありませんアデル兄様っ。お気を悪くされてしまわれましたか?」
アデルが意味深にネオンの名前を呟くと、ティンベルは自らの失態に気づいて顔を青くした。
ネオンは生前、両親に見向きされないことを不満に思っており、その鬱憤をアデルや使用人にきつく当たることで発散していた。当然、アデルはネオンにいい印象を持っていないので、辛い過去を思い出させてしまったのではないかと、ティンベルは危惧したのだ。
「いや、違うのだ……。そういえば、久しくネオンの墓参りに行っていないなと思っただけである」
「……えっ?」
ティンベルの心配が杞憂に終わったのも束の間、アデルの口から告げられた想定外の事実を前に、彼女は呆けた声を漏らしてしまう。
「ネオン兄様の、お墓があるのですか?」
「あぁ。そう言えばティンベルは知らなかったな。
……ネオンが殺されたと知ったあの日、我は邸宅の焼却炉の中からネオンの遺体を持ち帰って、墓を作ったのだ」
「どうして……」
ティンベルは信じられなかった。というよりも、信じたくなかった。ほんの少しだけ泣きそうな顔で、ティンベルは疑問を呈してしまう。
「ネオン兄様は、アデル兄様に酷い暴言を浴びせていたというのに……それに、ネオン兄様は、私を……殺そうとしたのですよ?」
信じたくないという思いは、ティンベルの記憶に刻みつけられたその出来事が深く関わっていた。
――どうしてアデルは、妹を殺そうとした人間にまで情けをかけるのか。
そんな、ドロドロとした嫉妬にも似た、儘ならない感情がティンベルの中に渦巻き、彼女は深く俯いてしまう。きっと今、自分は醜い顔をしているから。そんな顔をアデルには見せたくなかったのだ。
「……そうであるな。我も、ティンベルを殺そうとした件については、どうしてもネオンを許すことができない。……だがあれは、まだ小さな子供であった。命を散らすには、あれは若すぎたのだ」
「っ!」
「幼い命が奪われたというのに、誰一人としてその死を悼んでくれないのかと思うと、遣る瀬無くなってしまったのだ……」
哀愁漂う笑みを浮かべながら、そんなことを言われてしまえば、それ以上の反論など出来るはずも無かった。ティンベルは俯いたまま、どこにぶつければいいのかも分からない感情を前に、唇を噛みしめることしか出来ないのだった。
「…………へ?」
あまりにも情けない声を上げたコニアは、ポカンと口を半開きにしており、その姿は当に茫然自失といった感じである。
二人の間に気まずい沈黙が流れるが、アデルが「ぷっ」と吹き出したことで、その静寂は破られた。
「流石はティンベル……よく気づいたのだ」
「な、な、な……なんで、バレた……?」
呆けた面を徐々に徐々に、衝撃で青ざめさせると、コニアは声を震わせて尋ねた。
短い髪に、女性にしてはハスキーな声。そして何より、男子生徒の着る学生服。一見しただけだと、コニアは美丈夫な青年にしか見えないので、ティンベルに性別を見破られた彼女の衝撃は一入であった。
「その……肩幅が、普通の男性より狭いように見えまして」
ティンベルが答えた直後、ガーン……という効果音が聞こえてきそうな程コニアはショックを受け、ガックリと膝から崩れ落ちてしまう。
それはコニアの第一印象で、ティンベルが違和感を覚えていた部分でもあった。男性の格好をしているというのに、平均よりも肩幅が狭かったので、ティンベルはあの時首を傾げていたのだ。
「肩、幅……そんな……オイラの完璧な男装が、肩幅一つで見破られるなんて……」
今まで見破られた経験が無かったのか、それとも己の男装に余程の自信があったのか。コニアは床に両手をついて項垂れるが、何を思ったのか唐突に顔を上げると、縋るような眼差しをアデルに向けた。
「主ぃ!肩パットを!どうかオイラに肩パットを恵んでくれませんかっ?」
「ティンベルの観察眼が鋭いだけなのだ。そう落ち込むでない」
「あ、主ぃ……」
アデルに励まされたコニアは、その優しさが心に沁みてしまい、ホロリと一粒の涙を零した。そんな中アデルは「肩パットとは何なのだ?」と、どうでもいい疑問を頭の隅に浮かべている。
「あの……何故男装をしているのですか?女性であることを隠さなければならない事情でもあるのですか?」
「いや?そんなことは全く無いのだ」
「オイラは……女の子らしい格好をするのが苦手なだけだよ」
「そうでしたか……それは失礼いたしました」
しゃがみ込み、ぷくりと頬を膨らませると、その頬を少し赤らめてコニアは言った。そんなコニアのいじらしい姿を見てしまえば、最早女性にしか見えなくなるが、それを言えば本人が傷つくだろうと、ティンベルは言葉を飲み込んだ。
「あの。コニア様は序列七位とのことでしたが……もしかして、手紙の件で?」
「あぁ。コニアは少々特殊な力を持っていてな。文字を操ることができるのだ」
「文字を操る……もしかして、先刻の不思議な技もその力で?」
「うん。オイラは文字に関することなら基本的に何でもできる、文字の専門家みたいなものなんだ」
コニアは得意気に立ち上がると、胸を張って説明した。
「コニアにはその力を生かして、件の手紙を書いた人物を特定してもらいたいのだ」
「まぁ正直言って、特定自体は難しくないんですけど、オイラの力は他国に伝わってないので、証拠になり得ない可能性が高いですよ?」
コニアの生まれ故郷は、他国との交流を完全に絶っている特殊な国で、その全容を知る者はほとんどいない。そしてコニアの行使する力は、そんな謎めいた国の中から選ばれた優れた操志者だけに伝承される物で、力の詳細を第三者に伝えることは禁忌とされている。つまり、コニアの力で手紙の送り主を特定できることを証明できないのだ。
「そうですか……その場合は、手紙を書いた人物を徹底的に調べ上げて、私が何とか犯罪の証拠を見つけ出すので、コニア様が気負う必要はありませんよ」
「おぉ……流石は主の妹君だ。言うことが違うぜ」
「……ティンベル。大丈夫であるか?」
気丈に振舞うティンベルをコニアは称賛したが、兄であるアデルはそんな彼女を心配そうに見つめている。彼の心配も当然だ。何せ彼女は今、学園中の嫌われ者になり、先刻も嫌がらせを受けたばかり。加えて、勇者一族とクルシュルージュ家の謎のせいで、思考が休まることもない。
それでもティンベルは自らの不安や疲れを悟られぬよう、表情を繕っていたのだが、アデルには通じなかったようだ。心の内を見透かされているというのは、ティンベルにとって由々しき事態だ。それでもそのようなこと、アデルに気遣ってもらうだけでどうでもよくなってしまうのだから、ティンベルは情けないやら可笑しいやらで苦笑を零してしまう。
「えぇ。あんな低俗な輩のすることを気にしていてはキリがありませんから。それに……私にはアデル兄様がついています。私は、アデル兄様が傍にいてくれさえすれば、本当にそれだけで十分なのですよ?」
「ティンベルは欲が無いのだな……だが、何かあれば必ず我に相談するのだぞ?」
「はい。ありがとうございます。アデル兄様」
ティンベルが微笑んで礼を言うと、アデルはホッと安堵した様に破顔した。そんな微笑ましい光景を傍から眺めていたコニアは「ムフフ……」と気味の悪い笑い声を漏らしており、美人が台無しである。
「いやぁ……尊い兄妹愛ですねぇ……眼福眼福」
コニアはニッコリと微笑むと、頻りに頷いて言った。
一方、兄妹愛という単語に過剰反応したティンベルは、照れた様子で火照る顔を俯かせてしまう。
するとティンベルは、その照れを隠すように声を上げる。
「あ、あのっ、アデル兄様」
「ん?」
「アデル兄様の件が世間に知られたおかげで、気づいたことがあるのです」
「何か分かったのか?」
「情報を仮面の組織に渡し、私を暗殺しようとしたのは、恐らくお父様ではありません」
「何故であるか?」
ティンベルが断言する根拠が分からず、アデルはキョトンと首を傾げた。
「犯人は仮面の組織に情報を提供する代わりに、何らかの報酬を受け取っているはずです。そうでなければ取引として成立しませんから。金銭なのか、目的を達する為の手助けなのか……犯人の狙いは分かりませんが、自らに利があるからこそ、犯人は情報を提供したはずなのです。ですが現状は、お父様にとって最悪なものです。クルシュルージュ家の評判は地に落ち、お父様への批判は凄まじいでしょうから」
「それは……単にあの男が仮面の組織に裏切られ、情報が流出しただけではないのか?そもそも今回の件が、仮面の組織に我の情報を流した人間の仕業とも限らぬ」
今回の騒動を引き起こしたのは仮面の組織なのか、ティンベルを殺そうとした人物なのか、それとも全くの無関係の人物なのか。現段階で判断することは出来ないと思っていたアデルに、ティンベルはどこか困ったような苦笑いを向けた。
「実はお父様の関与を否定するのに、誰が今回の件を引き起こしたどうかは、あまり関係ないのです」
「?」
「要は、お父様の立場になって、その思考回路を推測するだけでいいのですから」
「……主ぃ。カワイ子ちゃんが何言っているのか全然分からない。どうしよう」
「案ずるな。我もまだ分かっていない」
二人揃って顔中にクエスチョンマークを浮かべており、ティンベルは思わずクスリと微笑した。そんなことをしても二人の首が更に傾げられるだけで、ティンベルは丁寧に説明してやることにした。
「仮面の組織にアデル兄様の情報を流し、私の通信機器を抜き取るよう指示をした犯人……面倒臭いので、この方を仮にXとしましょう。このXさんが、お父様だったと仮定します。
お父様は何らかの目的で仮面の組織の力を借りる必要があった。その見返りとして、アデル兄様と私が兄妹だという情報を仮面の組織に流した。当然、組織にはその情報を世間に漏らさぬよう口止めをして。お父様のことですから、万が一違えた場合は、仮面の組織の情報を世間に公表する旨も伝えたでしょうね。その上で現状、クルシュルージュ家の真実が世間に知られてしまった……。
さてここで問題です。次に取るお父様の行動とは何でしょう?」
「……仮面の組織の情報を、逆に世間に公表する?」
難しい表情で答えたアデルに対して、ティンベルは微笑みで肯定を示した。
「はい。正解です。
本当にお父様がXなら、十中八九こう思うでしょう――仮面の組織に騙された、と。ですが、今のところ仮面の組織に関する情報は発表されていない。つまり、お父様は自らを貶めた存在に見当がついていないということです」
「なるほど……確かにそう言われると、あの男がXだとは到底思えぬな」
アデルが納得の声を上げる隣で、コニアも頻りに頷いてみせ、二人が漸くティンベルの発言の意味を理解できたことは明白であった。
「ですが、これでまた振出しに戻ってしまいました。今回の騒動で仮面の組織が得をするとはあまり思えないので、やはりこれは、Xの目的だと思うのですが……」
「?仮面の組織は得をしないのか?」
「はい。今回の騒動はお父様の問題です。これで悪魔や愛し子への嫌悪感が強まるかと問われると、微妙なのですよ。……寧ろこれは、お父様やクルシュルージュ家を徹底的に貶める為に引き起こされた騒動に思えます」
「つまりXは、ルークスやクルシュルージュ家を恨んでいる者ということか?」
「えぇ。それはほぼ間違いないのですが……」
「「?」」
何故か苦い相好で言い淀むティンベルを前に、二人はキョトンと首を傾げてしまう。
「アデル兄様と私の関係を知っていて、且つクルシュルージュ家を恨んでいる人間となると……思いつく人物が私ぐらいしかいないのですよね……」
「…………えっ!?ってことは、主の妹君が犯人っ?」
「そんなわけが無いだろうが。少し落ち着くのだ、コニア」
「う、うす」
(ついさっきから思ってはいたけれど、コニア様って結構なお馬鹿さんなのね……)
コニアはアデルに窘められると、大いなる勘違いによる衝撃から一変、落ち着きを取り戻した。一方、そんなコニアの様子をスンとした表情で眺めていたティンベルは、心の中で大分失礼な認識を構築している。
「お父様は人として最低な方ですが、恨みを買うような行為をしていたのは、アデル兄様とネオン兄様に対してだけで……」
ネオンの名前を口にした刹那、ティンベルは何かが引っ掛かったように神妙な面持ちになる。ティンベルは自らの発言を皮切りに、何か大事なことを見落としているような気がしたのだ。深い思考に片足を突っ込んでしまったティンベルを、アデルは危惧して尋ねる。
「ティンベル?」
「……ネオン兄様は、私が生まれてから両親に構ってもらえなくなり、使用人にもきつく当たっていました。何より、ネオン兄様が殺された後も、家の中は普段と何ら変わりなく、ネオン兄様の死を悼む人はいないんだと、私は勝手に解釈していたのですが……それが誤りだとするのなら、Xの動機はここにあるのかもしれません」
「ネオンか……」
「あっ、申し訳ありませんアデル兄様っ。お気を悪くされてしまわれましたか?」
アデルが意味深にネオンの名前を呟くと、ティンベルは自らの失態に気づいて顔を青くした。
ネオンは生前、両親に見向きされないことを不満に思っており、その鬱憤をアデルや使用人にきつく当たることで発散していた。当然、アデルはネオンにいい印象を持っていないので、辛い過去を思い出させてしまったのではないかと、ティンベルは危惧したのだ。
「いや、違うのだ……。そういえば、久しくネオンの墓参りに行っていないなと思っただけである」
「……えっ?」
ティンベルの心配が杞憂に終わったのも束の間、アデルの口から告げられた想定外の事実を前に、彼女は呆けた声を漏らしてしまう。
「ネオン兄様の、お墓があるのですか?」
「あぁ。そう言えばティンベルは知らなかったな。
……ネオンが殺されたと知ったあの日、我は邸宅の焼却炉の中からネオンの遺体を持ち帰って、墓を作ったのだ」
「どうして……」
ティンベルは信じられなかった。というよりも、信じたくなかった。ほんの少しだけ泣きそうな顔で、ティンベルは疑問を呈してしまう。
「ネオン兄様は、アデル兄様に酷い暴言を浴びせていたというのに……それに、ネオン兄様は、私を……殺そうとしたのですよ?」
信じたくないという思いは、ティンベルの記憶に刻みつけられたその出来事が深く関わっていた。
――どうしてアデルは、妹を殺そうとした人間にまで情けをかけるのか。
そんな、ドロドロとした嫉妬にも似た、儘ならない感情がティンベルの中に渦巻き、彼女は深く俯いてしまう。きっと今、自分は醜い顔をしているから。そんな顔をアデルには見せたくなかったのだ。
「……そうであるな。我も、ティンベルを殺そうとした件については、どうしてもネオンを許すことができない。……だがあれは、まだ小さな子供であった。命を散らすには、あれは若すぎたのだ」
「っ!」
「幼い命が奪われたというのに、誰一人としてその死を悼んでくれないのかと思うと、遣る瀬無くなってしまったのだ……」
哀愁漂う笑みを浮かべながら、そんなことを言われてしまえば、それ以上の反論など出来るはずも無かった。ティンベルは俯いたまま、どこにぶつければいいのかも分からない感情を前に、唇を噛みしめることしか出来ないのだった。
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