レディバグの改変<W>

乱 江梨

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第二章 過去との対峙編

71.仮面の組織の噂1

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 ――数分前。

 勇者一族の重鎮二人はツキマの助言に従い、街中で発見したレディバグ構成員――リオたちの尾行をしていた。もちろん、リオたちに気取られない程の遠距離に位置する森からである。幸い、亜人であるナギカはこのアオノクニにおいて悪目立ちするので、遠くからでも十分に尾行が出来ていたのだ。


「おい。あの三人で間違いないんだな?」
「あぁ。以前チサトをかどわかした際に、ユウタロウと共に災害級野獣を倒した二人と、珍妙な術を使っていた男の特徴と一致している」


 ユウタロウとリオたちが共闘し、仮面の組織の人間が呼び出した災害級野獣を倒した際、ロクヤの生死を確認する為に散らばっていた一族の人間の一人が、リオとナギカの存在を視認していたのだ。加えて、アマノはヒメたちが尾行された際に、一族の人間と相対している。その為、仲間から容姿の特徴を聞いていたその二人は、初見でもリオたちがレディバグの関係者であることを見抜けたのだ。

 彼らの目的は、リオたちに悟られること無く尾行を敢行し、ロクヤが匿われている場所まで辿り着くこと。
 リオたちの強さは、仲間の話から理解しているつもりだったので、尾行のついでに殺めようという意図などなかった。

 ――そう。彼らは理解したつもりになって、彼の真の恐ろしさに気づけていなかった。
 安全と高を括り、リオの様子を十分に観察できない遠距離に身を置いていたことが仇となったのだ。だからこそ、リオの鋭い眼差しにも、その殺気にも気づけなかったのだから。

 事が起こるのは、一瞬である。


「まぁ。あの者らが馬鹿正直にロクヤの元まで連れて行ってくれれば、事はかんた……」


 ビュンっ――。空気を切り裂く鋭い音が遠くから聞こえたかと思うと、二人の視界に何かが迫ってくる。
 その何かの正体に気づくよりも早く、リオの放った日本刀は、勢いよく一人の右肩を貫いた。「ぐぁっ!」という苦悶の声を聞くよりも先に、日本刀は彼の傍にいたもう一人の左肩を続けざまに貫き、勢いに負けた二人はそのまま同時に後方の木に打ち付けられた。


「「がはっ……」」


 突然の出来事に二人の呻き声は重なり、焦点の合っていない目は彼らの困惑を体現していた。肩に走る激痛と、無理矢理アトラクションに乗せられた様な唐突さに、二人は上手く思考を働かせることができない。

 団子のように二人を突き刺した日本刀が木に刺さり、身動きが取れなくなってから数秒後、二人は徐々にこの状況の異質さを実感し始める。


(一体何が起こった……?これはどこから飛んできたっ?……まさかっ!あの剣士か?)
(あり得ないっ、ふざけるなよ……ここからレディバグの元まで一体どれだけ距離が離れていると思っているんだっ……しかも、二人同時に仕留めるなんて……)


 距離の離れた尾行にも気づく勘の良さ。追跡者の位置を把握し、どの方向に投げれば二人同時に仕留められるか瞬時に判断できる程の空間把握能力。そして、二人を貫いても衰えなかった威力。どれをとってもただの人間とは思えず、二人は当惑した。

 それから二人は、何とか木から日本刀を抜こうと試みるが、そうは問屋が卸さなかった。今二人はかなり出血しており、万全の状態ではない。加えて、日本刀を抜こうとすると、各々の肩に激痛が走るので、上手く抜くことができないのだ。

 そのせいでしばらく足止めを食らっていると、苦痛に脂汗を浮かべる二人の耳に、微かな足音が聞こえてきた。
 一般人よりも静かな足音は、淡々と彼らの元に向かっており、二人は警戒心を強めた。

 そして姿を現したその人物に、二人は不倶戴天の仇を睨むような眼差しを向ける。


「貴様っ……」
「おやまぁ……流石はリオ様といったところでしょうか。見事に的中させていますね」


 二人の鋭い睨みを一身に受けても、ケロッとした様子で呟いたのはナギカである。彼らが悪魔と愛し子の次に忌み嫌う亜人を前に、二人は今にも飛びかからん勢いであるが、リオの日本刀がそれを許してくれない。


「くっ……身動きの取れなくなった我らを仕留めに来るとは……何と卑怯なっ!これだから汚らわしい愛し子に与する輩はっ……」
「?……何か勘違いなされているようですが、私はその落とし物を拾いに来ただけですよ?」
「「……は?」」


 その落とし物と言ってナギカが指差したのは、彼らの肩を貫く日本刀で、二人は思わず呆けた声を漏らしてしまう。


「リオ様が……〝ナギ助ごっめーん!ついうっかり手を滑らせて日本刀落としちゃったから、探して回収してきてくれない?〟……と仰られたので、いやいやここまで来たのですが……」
「「……」」


 言葉を濁したナギカに、二人が困惑による無言で返すと、彼女は不意にニコっと破顔して見せた。普段あまり表情を変えないナギカなので、その小綺麗な笑顔には何とも言えない不気味さがある。


「動けなくて困っていらっしゃるのですね。よければ私がそれ、抜いて差し上げますよ」


 刹那、二人は途轍もない嫌な予感を察知した。だが、日本刀の柄に手を伸ばすナギカを止めることなど、今の二人に出来るはずも無い。

 ナギカは両手で柄を掴むと、一切の躊躇いなく、それを一気に下へと振り下ろした。刹那、二人の肩に言いようの無い激痛が突き抜ける。


「「があああああああああああああああああああっ!!」」


 肉と骨が絶たれる不快音と、後ろの木が削れる音が重なるが、それらを掻き消す二人の絶叫が痛々しい。それでも眉をピクリとも動かさないナギカは、木から日本刀を抜くと、間髪入れずに二人の肩目掛け、刀を素早く振り上げた。

 ズパッ――。
 一人の右腕が、もう一人の左腕が。同時に斬り落とされた音であった。


「「ぐぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」」


 スパッと日本刀を振るい、大雑把に血を払うと、ナギカはリオから預かっていた鞘にその刀身を納めた。二人の叫喚がナギカの猫耳を貫き、彼女は思わずへにょりと猫耳をたたむ。


「……これで、二人分の戦力は削れましたかね?」


 その場に倒れ込み、激しい痛みにのたうち回る二人を無機質な表情で見下ろすと、ナギカはボソッと呟くのだった。

 ********

 それから約一週間後。ティンベルを取り巻く環境は好転も悪化もしないまま、それでも学園内にはどこか不穏な空気が蓄積していた。

 生徒たちが不安を抱いているのか、日頃の鬱憤、ストレス、嫉妬、憎悪などといった暗然とした感情が、どんどん学園に広まっているような気味の悪さを、ティンベルは肌で感じていたのだ。
 そしてその元凶の正体にも察しがついており、ティンベルは少しずつ危機感を覚え始めた。

 移動教室に向かう道中、険しい表情で歩を進めていると、ティンベルを狙う不届き者が現れる。その者はニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべながら、折り畳み式の小型ナイフを取り出すと、それをティンベルに向けて投げつけたのだ。

 だが、ティンベルは俯きながら考え事をしているせいで、自らに迫る脅威に気づけていない。
 シュ……と、空気が切り裂かれる音で漸く顔を上げると、ティンベルは迫りくる刃先を振り向いた。

 刹那、そのナイフはティンベルの顔スレスレでピタっ……と、まるで魔法にかかったかのように、その動きを止めた。空中に佇むナイフを前に、思わず固唾を飲んだティンベルは、ふらっと一歩後退る。すると、彼女の後ろにいた人物とぶつかってしまい、ティンベルは焦った様子で振り返った。


「っ!すいま……」
「生徒会長。大丈夫ですか?」
「……アリザカくん…………」


 ティンベルが振り向いた先にいたのは、ルルの姿をしたアデルで、彼がナイフという脅威から救ってくれたのは明らかであった。アデルがすぐ傍にいるという事実で気が緩んだのか、ティンベルは強張った身体を解きほぐす。

 アデルはナイフ周囲の空気に含まれるジルを操ってその動きを止めていたのだが、今度はナイフ自身のジルを操ることで、刃先の方向を変化させた。ナイフを投げつけてきた生徒は、その刃が自身に狙いを定めていることに気づくと、一瞬の内に顔面蒼白になる。

 アデルはその生徒を冷たい眼差しで捉えると、お返しとも言わんばかりにナイフを投げつけた。目にも止まらぬ速さでナイフは生徒の眼前まで到達し、彼は恐怖で一歩も動けないまま、ぎゅっと固く目を閉じた。

 いつまで経っても予期する痛みが訪れないことを悟ると、生徒はそーっと瞼を開くが、刹那の間にその行為を後悔することになる。


「っ……!?」


 何故ならば、ナイフの刃先が自らの眼球スレスレの所まで迫っており、一ミリでも顔を動かせば失明しかねない勢いだったから。呼吸が荒くなるのを自覚し、ごくりと固唾を飲むと、生徒は疲れてしまったように後方へ尻餅をついた。

 それを合図に、周囲からは若干のざわめきが起き始めるが、アデルはそんなこと気にも留めず、ナイフを自らの手元へ運んだ。アデルがナイフを折り畳む間に、生徒はこの場から逃げ出そうと、地面を這いつくばった。


「くそっ……」

 だが、そんな彼の行く手を阻む存在が唐突に現れる。


「てめぇ何で寸止めしてんだよ。どうせなら目ん玉の一つや二つ潰せばいいじゃねぇか」


 生徒の前に立ちはだかったのは、偶々通りかかったユウタロウとチサトで、ユウタロウはナイフを寸止めで済ませたアデルに不満を口にした。

 随分な物言いのユウタロウを前に、生徒は思わず後退るが、ユウタロウがそれを見逃すはずも無い。


「ひっ……」
「せめて一発ぶん殴れよな。こんなクソ野郎」


 言い終わるよりも先に、ユウタロウは鞘に納まったままの剣で生徒の蟀谷を思い切り突いた。ガンっ!という鈍い音が鳴ったかと思うと、その生徒は白目を剥きながら倒れ込んでいき、その哀れな姿にアデルは思わず合掌してしまう。


「……目ん玉は二つしかないので、一つや二つ潰すのは流石に不味いかと」
「普通に考えろよ。殺人未遂だぞ殺人未遂」
「まぁ……そうですが」


 ユウタロウほど極端な罰を与える気にはなれないが、彼の言い分は尤もなので、アデルは言い淀んでしまう。

 そんな二人に礼をする為、ティンベルは改めて頭を下げた。


「あの、アリザカくん。ユウタロウ様。助けていただき、ありがとうございます」
「ホントよぉ、感謝してよねぇ?」
「何でてめぇに感謝する必要があんだよ」


 何故か何もしていないチサトが偉そうな物言いをした為、ユウタロウは怪訝そうに尋ねた。するとチサトは、いじけた子供のように唇を尖らせる。


「だってぇ……私のユウちゃんなのに……。
 いい?私は、ユウちゃんが他の女を守ることを慈悲深い心で許してやってるんだから、あなたは私に感謝する必要があるの。分かる?」
「はぁ……」
「まったく。両手に花でいいご身分だこと」


 イマイチピンと来ていないように呆けた声を漏らしたティンベルに、チサトは皮肉を込めて言い放った。〝両手に花〟の使い方を間違っている感は否めないが、ティンベルはわざわざをそれを指摘したりはしなかった。

 一方、花扱いされたアデルは、どこか納得いかないように首を傾げている。


「ユウタロウ様はともかく、僕は花になり得ないと思うのですが……」
「いや。コイツにとっちゃお前が一番の大輪だろうよ。気づけ」
「あの。勝手に話を進めないでいただきたいのですが」


 キーンコーンカーンコーン――。
 ティンベルが眉を顰めると、次の授業を知らせる鐘の音が学園中に響き渡った。それを合図に周囲にいた生徒たちは教室へ向かい、ユウタロウに殴られた生徒は置き去り状態である。

 全員が音の方を向く中、アデルは先刻上の空だったティンベルを気にかけていた。


「……生徒会長。何か思い悩んでいる様子でしたが、何かありましたか?」
「っ!……えぇ」


 アデルに図星をつかれたティンベルは目を見開くと、重苦しい声で肯定した。そして、数秒何かを考え込むと、意を決したように顔を上げる。


「……授業をサボります。少し、お話ししたいことが」


 ティンベルは今すぐにでも話したいことがあったのか、先刻鳴り響いたチャイムを無視することにした。優等生のティンベルが授業をサボるというのは、中々の一大決心なのだが、それを嘲笑うようにユウタロウは、のほほんとした声を上げる。


「おー。じゃあさっさと生徒会室行こうぜ」
「……ユウタロウ様はもう少し、授業をサボることに躊躇いを覚えて欲しいのですが」


 「このままだとまた留年するぞ」とでも言いたげな苦い相好をユウタロウに向けると、ティンベルはマイペースな彼に呆れるのだった。

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