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第二章 過去との対峙編
87.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか13
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二年生との合同訓練の日から二日後。
ロクヤの体調もすっかり良くなったことから、ユウタロウはとある提案を彼らに持ち掛けた。
その提案の結果、ユウタロウたちはその日の夕刻、屋敷のとある場所に集まっていた。
その場所とは、屋敷の共用風呂――所謂銭湯で、屋敷に住まう子供から老人が集っている。とは言っても、一族の人間が住まう部屋には一つずつ個人用の風呂が完備されているので、共用風呂を訪れる人数はその日によってまちまちである。
〝男〟〝女〟の文字がでかでかと記された、大きな暖簾が垂れ下がった入り口の前には、ユウタロウ、ハヤテ、ロクヤ、ササノ、チサトの五人が集まっていた。
「どういう風の吹き回しだ?共用風呂に入りたいだなんて」
「たまにはでけぇ風呂入りてぇじゃん。それに、裸の付き合いしてみてぇし」
「はぁ……まぁ、身体が洗えるのなら何でもいいが」
相変わらず突拍子も無いことを思いついては、それにハヤテたちを巻き込むユウタロウの傍若無人さに、ハヤテはため息をついてしまった。
「セッコウも来ればよかったのにな」
「セッコウ兄と同じこと言わないでよ……」
何処まで行っても似た者同士の二人に、ササノは思わず辟易とした声で項垂れてしまう。セッコウ自体は共用風呂に入ることに乗り気だったことを、ササノの愚痴から察したユウタロウは、怪訝そうに首を傾げた。
「あ?アイツの意思じゃねぇのか?」
「セッコウ兄は能天気に〝俺も行きてぇ〟とか言ってたけど、もし万が一バレたらどうするんだって、僕が止めたんだよ」
今回ばかりは兄であるセッコウに歯向かわざるを得なかったのか、ササノは駄々をこねる彼を説得してここまで来たようだ。
セッコウは普段、術によって獣耳や尻尾を視界から消し、亜人であることを隠している。だが、共用風呂などという、普段とはかけ離れた環境下で術が解ける、ないし見破られる可能性を否定することなど出来ない。
衣服という盾は無い上、耳や尻尾が水に濡れた場合、術に影響が起きないとは言い切れないからだ。
「ほーん……ってお前、セッコウの物真似うめぇな」
「そ、そりゃあ双子だし、これぐらいは……」
先刻ササノがセッコウの真似をしたことに言及すると、彼は照れたように俯いた。
セッコウとササノは一卵性双生児なので、容姿も声も瓜二つではあるが、性格があまりにも正反対なので、普段見分ける分には苦労が無い。だがそれは逆に、意図的に彼らが性格を偽装した際、全く見分けがつかなくなるということでもあるのだ。
********
早速共用風呂に入ろうと、ユウタロウたちが男湯の暖簾をくぐろうとしたその時。彼らは妙な焦燥感――違和感を覚えて、恐る恐る後ろを振り返った。
するとそこには、何食わぬ顔で佇むチサトの姿があり、彼らは一瞬茫然自失と硬直してしまう。目を点にしながら女湯の方に視線を移すが、そんなことをしたところでチサトが男湯の前にいる事実は覆らない。諦めるようにチサトに視線を戻すと、彼らは無言の圧で彼女に訴えかけた。
「「…………」」
「……なによ?」
怪訝そうに首を傾げるチサトを目にしたユウタロウは、彼女が天然でその行為に及んでいることを察すると、苛立った様子で顔を顰めた。
「お前何サラッと男湯入ろうとしてんだよ。痴女かよ、きめぇよ」
「っ!……だ、だって、ユウちゃんと一緒がいい……」
「いいか、チサト。銭湯には男湯と女湯というものがあってだな、男と女は別々の風呂に入らなきゃいけねぇんだ」
「なんで?」
「恋人以外の異性に裸を見せちゃいけないからだ」
「っ!……」
ユウタロウの説明は合っているような合っていないようなチグハグさを孕んでいたが、チサトを説得させる為には有効的であった。事実、ユウタロウの話を聞いたチサトは、ハッと目を見開いている。
「俺はてめぇの裸他の男に見せたくねぇし、お前だって俺の裸他の女に見られるのは嫌だろ?」
「うん……」
「ってことだから、お前は女湯の方に」
「ちょっと待ってよ!」
この期に及んでまだ不満があるのか?と、全員が不可解そうに首を傾げた。チサトは我が儘で不平不満を口にしているというよりも、何か正当な言い分がある上で抗議しているように見え、それが更に彼らの困惑を深めていた。
「あ?なに?まだ何か……」
「だったらロクヤちゃんはどうなのよっ」
「「……は??」」
思わず、彼らは呆けた声を漏らしてしまう。何故ここでロクヤが出てくるのだ?という一致した疑問が彼らの頭を占領し、意味が分からないあまりにユウタロウは頓珍漢なことを口にする。
「お前が初めてロクヤの名前を呼んだことを喜ぶべきか、コイツの意味不明な発言を追及するべきか」
「後者に決まっているだろうが」
ハヤテの鋭いツッコみで現実に引き戻されると、ユウタロウは改めてその疑問をチサトにぶつける。
「何でここにロクヤが出てくるんだよ」
「だ、だって、私ばっかり除け者にする癖に、ロクヤちゃんのことは仲間外れにしないじゃない」
「??だから何でロクヤ限定なんだよ。お前のこと仲間外れにしてるつもりねぇし。純粋に性別で分けてるだけで」
「だからっ!ロクヤちゃんも女の子なのに、何でロクヤちゃんは男湯に入れるのよっ!?」
「「………………」」
沈黙。無言。呆然。
呆けた様にあんぐりと口を開けた彼らから発せられるものなど、乾いた空気ばかりで何の役にも立ちはしない。
チサトの心からの叫びによって、今までの彼女の不可解な行動の理由を理解した彼らは、その衝撃を処理するのに時間がかかってしまい、それはそれは長い沈黙が流れた。
そして、衝撃から解き放たれた瞬間、ユウタロウは堪え切れなくなったようにクツクツと笑い声を上げ始める。
「……ぶっ…………く……あははははははははははははっっ!!」
「っ……?」
「あはっ!ぶっ、くくっ……あ、アホがいるぞ……くくっ……」
「おい。笑いすぎだ」
チサトの顔を見る度に笑いが込み上げてしまうのか、ユウタロウは彼女から目を逸らすように身体を屈めると、お腹を押さえて哄笑し続けた。その笑いっぷりは、チサトが少し哀れに思えてくる程で、ハヤテは眉間に皺を寄せて苦言を呈した。
一方、たった一人状況を理解できていないチサトは、困惑と不満に歪ませた表情で口を開く。
「な、何なのよっ!ユウちゃんっ」
「くくっ……道理でっ、妙にロクヤに対してだけ当たりがキツイと思ってたが……くくっ……面白過ぎるっ」
「勘違いの、嫉妬?」
ユウタロウと同じように、段々と正気を取り戻していったササノは、コテンと首を傾けながら呟いた。
そう――。チサトは初めて会った時から、ロクヤのことを女児と勘違いしてしまったせいで、〝ユウタロウと親しげに接する女〟として、ロクヤに悋気を抱いていたのだ。当のロクヤは衝撃に加えて、女に見間違えられたという事実にショックを受けているのか、未だに茫然自失とした状態である。
ユウタロウは真実を伝えようと、笑いの止まらないその口を開く。チサトが、その核心に触れる瞬間であった。
「あー……ははっ、安心しろチサト。ロクヤは男だから」
「…………へ……。……?……ユウちゃん、今なんて……」
聞き間違いだと思ったのだろう。チサトは呆けた面で尋ねた。
「ロクヤは男」
「ロクヤちゃんが……おとこ……?」
「男」
「おとこ……」
その内〝男〟がゲシュタルト崩壊するのではないかと思える程、憑りつかれたように「男……」と呟くチサトは未だに呆然としており、ユウタロウは呆れたように口を開いた。
「ほら。ロクヤからも言ってやれ」
「あ、あのね?チサトちゃん……何で勘違いしたのかよく分からないんだけど……僕、男だよ?」
「うそ……う、嘘よ!」
「嘘じゃねぇって」
「だ、だって!あんなに料理が上手で、顔もまぁまぁ可愛いのにっ」
「お前そんなこと思ってたのか」
確かによく考えてみれば、幼子の性差など、髪の長さや服装の違いでしか判断できない場合は多々ある。ロクヤは一般的な人よりも中性的な顔立ちをしていて、髪もショートカットの女子と言えば通用するレベルの長さだ。
加えて料理上手なところや、温和な性格を踏まえて考えると、チサトがロクヤを女子と勘違いしたことも不自然ではない。
「うっ……だ、だって……普通、こんな料理上手で病弱な男の子がいるなんて思わないじゃない」
「な、なんかごめんね?」
「てか、今まで俺らの会話の流れで察せなかったのか?ロクヤ普通に自分のこと僕って呼んでただろ?」
「そ、それはっ……ぼ、僕っ娘なのかと思って……」
「ぶっ……」
「わ、笑わないでよっ!」
「あぁ、わりぃわりぃ。ついな」
勘違いされた側、謂わば被害者であるロクヤは何故か申し訳なさそうにしており、全くの無関係という訳ではないユウタロウが、他人事のように吹き出している図は、この上ない程対照的である。
「まぁでも、これで心配事はもうねぇだろ?分かったらチサトは女湯の方行ってこい」
「……うん」
ユウタロウが尋ねると、チサトは俯きがちに返事をした。その声音には、微かな疲労感と、今までロクヤを誤解し続けてきたことに対する罪悪感が滲んでいた。
一方のユウタロウたちは、これで心置きなく風呂に浸かることが出来ると、意気揚々と男湯の暖簾をくぐろうとしていた。列の一番後ろで、ユウタロウたちの背中を追っていたロクヤをジッと見つめると、チサトは意を決したように口を開く。
「ロクヤっ、くん」
「ん?」
ロクヤが振り返り、優しげに尋ねると同時に、前を進んでいたユウタロウたちも首を傾げた。彼らの注目を集めてしまったチサトは、一瞬躊躇うように服の裾をぎゅっと掴むが、固く目を瞑って己を鼓舞すると、ロクヤを真っすぐに見据えて言葉を紡ぎ始める。
「その……。勘違いして、失礼な態度とって、ごめんなさい。大人げなかったわ……。それと……いつも、美味しいご飯おすそ分けしてくれて、ありがとうっ」
「っ!」
初めて、チサトから好意的な感情をぶつけられたロクヤは目を瞠ると、心底嬉しそうにふわっと破顔した。目尻を下げたロクヤの柔和な表情を、チサトは初めて真正面から見つめ、こんなにも温かい子供を何故疎ましく思っていたのだろうと、彼女は過去の己を恥じる。
「……ロクヤちゃんでいいよ」
「っ!」
ニコっと、花弁が舞い散るような笑みで言ったロクヤに、思わずチサトは目を奪われる。先刻、チサトが無理矢理君付けにしたことを見透かしていたのだろう。
呆然とチサトが立ち尽くす間に、彼らは共用風呂へと吸い込まれていき、一人取り残された彼女はその内、女湯へと向かうのだった。
********
頭の先から爪先まで念入りに身体を洗った彼らは、既に数人が入浴している大浴場に入ることにした。大浴場は例え三十人入ったとしても余裕がある程広く、もくもくと視界が霞むほどの湯気が立っている。
「はああああああああああああああ……極楽極楽」
「じいさんか」
湯に浸かった瞬間、だらしのない声を漏らしたユウタロウに、ハヤテは鋭いツッコみを入れた。心底ご機嫌な様子のユウタロウは、最後に入って来たロクヤを一瞥すると、先の出来事を思い出してしまい、プルプルと口角を震わせてしまう。
「それにしても、ぶっ……くくっ」
「もういい加減にしてやれ」
「ユウタロウくん、嫌い」
同じネタで揶揄われ続けているロクヤはプクっと頬を膨らませると、不満げな声で批難した。
「わりぃわりぃ。何かツボに入っちまってな」
「なになに?何か面白いことでもあったのか?」
「「…………」」
和気あいあいとした会話に突如割って入って来た存在を前に、彼ら四人は一瞬茫然自失とする。声のする方を振り向き、湯気をかき分けた向こう側に見えたのは、先日ユウタロウと模擬戦で戦ったばかりのライトだった。
ニコニコとした胡散臭い笑みを浮かべる人物がライトであることを悟ると、ユウタロウ、ハヤテ、ササノの三人は無意識的に後退ってしまう。
「ちょ、何で後退るの」
「不審者から逃げるのは当然の反応だろ」
「ひどっ。仮にも同じ勇者一族の家族だろ?」
「心にもねぇこと言ってんじゃねぇよ。気色悪い」
思いきり眉を顰めて言い放つと、ユウタロウはロクヤたちを庇うように両手を広げてみせた。
一方、ユウタロウの「心にもない」という発言に妙な引っ掛かりを覚えたライトは、呆けているように目を丸くするのだった。
ロクヤの体調もすっかり良くなったことから、ユウタロウはとある提案を彼らに持ち掛けた。
その提案の結果、ユウタロウたちはその日の夕刻、屋敷のとある場所に集まっていた。
その場所とは、屋敷の共用風呂――所謂銭湯で、屋敷に住まう子供から老人が集っている。とは言っても、一族の人間が住まう部屋には一つずつ個人用の風呂が完備されているので、共用風呂を訪れる人数はその日によってまちまちである。
〝男〟〝女〟の文字がでかでかと記された、大きな暖簾が垂れ下がった入り口の前には、ユウタロウ、ハヤテ、ロクヤ、ササノ、チサトの五人が集まっていた。
「どういう風の吹き回しだ?共用風呂に入りたいだなんて」
「たまにはでけぇ風呂入りてぇじゃん。それに、裸の付き合いしてみてぇし」
「はぁ……まぁ、身体が洗えるのなら何でもいいが」
相変わらず突拍子も無いことを思いついては、それにハヤテたちを巻き込むユウタロウの傍若無人さに、ハヤテはため息をついてしまった。
「セッコウも来ればよかったのにな」
「セッコウ兄と同じこと言わないでよ……」
何処まで行っても似た者同士の二人に、ササノは思わず辟易とした声で項垂れてしまう。セッコウ自体は共用風呂に入ることに乗り気だったことを、ササノの愚痴から察したユウタロウは、怪訝そうに首を傾げた。
「あ?アイツの意思じゃねぇのか?」
「セッコウ兄は能天気に〝俺も行きてぇ〟とか言ってたけど、もし万が一バレたらどうするんだって、僕が止めたんだよ」
今回ばかりは兄であるセッコウに歯向かわざるを得なかったのか、ササノは駄々をこねる彼を説得してここまで来たようだ。
セッコウは普段、術によって獣耳や尻尾を視界から消し、亜人であることを隠している。だが、共用風呂などという、普段とはかけ離れた環境下で術が解ける、ないし見破られる可能性を否定することなど出来ない。
衣服という盾は無い上、耳や尻尾が水に濡れた場合、術に影響が起きないとは言い切れないからだ。
「ほーん……ってお前、セッコウの物真似うめぇな」
「そ、そりゃあ双子だし、これぐらいは……」
先刻ササノがセッコウの真似をしたことに言及すると、彼は照れたように俯いた。
セッコウとササノは一卵性双生児なので、容姿も声も瓜二つではあるが、性格があまりにも正反対なので、普段見分ける分には苦労が無い。だがそれは逆に、意図的に彼らが性格を偽装した際、全く見分けがつかなくなるということでもあるのだ。
********
早速共用風呂に入ろうと、ユウタロウたちが男湯の暖簾をくぐろうとしたその時。彼らは妙な焦燥感――違和感を覚えて、恐る恐る後ろを振り返った。
するとそこには、何食わぬ顔で佇むチサトの姿があり、彼らは一瞬茫然自失と硬直してしまう。目を点にしながら女湯の方に視線を移すが、そんなことをしたところでチサトが男湯の前にいる事実は覆らない。諦めるようにチサトに視線を戻すと、彼らは無言の圧で彼女に訴えかけた。
「「…………」」
「……なによ?」
怪訝そうに首を傾げるチサトを目にしたユウタロウは、彼女が天然でその行為に及んでいることを察すると、苛立った様子で顔を顰めた。
「お前何サラッと男湯入ろうとしてんだよ。痴女かよ、きめぇよ」
「っ!……だ、だって、ユウちゃんと一緒がいい……」
「いいか、チサト。銭湯には男湯と女湯というものがあってだな、男と女は別々の風呂に入らなきゃいけねぇんだ」
「なんで?」
「恋人以外の異性に裸を見せちゃいけないからだ」
「っ!……」
ユウタロウの説明は合っているような合っていないようなチグハグさを孕んでいたが、チサトを説得させる為には有効的であった。事実、ユウタロウの話を聞いたチサトは、ハッと目を見開いている。
「俺はてめぇの裸他の男に見せたくねぇし、お前だって俺の裸他の女に見られるのは嫌だろ?」
「うん……」
「ってことだから、お前は女湯の方に」
「ちょっと待ってよ!」
この期に及んでまだ不満があるのか?と、全員が不可解そうに首を傾げた。チサトは我が儘で不平不満を口にしているというよりも、何か正当な言い分がある上で抗議しているように見え、それが更に彼らの困惑を深めていた。
「あ?なに?まだ何か……」
「だったらロクヤちゃんはどうなのよっ」
「「……は??」」
思わず、彼らは呆けた声を漏らしてしまう。何故ここでロクヤが出てくるのだ?という一致した疑問が彼らの頭を占領し、意味が分からないあまりにユウタロウは頓珍漢なことを口にする。
「お前が初めてロクヤの名前を呼んだことを喜ぶべきか、コイツの意味不明な発言を追及するべきか」
「後者に決まっているだろうが」
ハヤテの鋭いツッコみで現実に引き戻されると、ユウタロウは改めてその疑問をチサトにぶつける。
「何でここにロクヤが出てくるんだよ」
「だ、だって、私ばっかり除け者にする癖に、ロクヤちゃんのことは仲間外れにしないじゃない」
「??だから何でロクヤ限定なんだよ。お前のこと仲間外れにしてるつもりねぇし。純粋に性別で分けてるだけで」
「だからっ!ロクヤちゃんも女の子なのに、何でロクヤちゃんは男湯に入れるのよっ!?」
「「………………」」
沈黙。無言。呆然。
呆けた様にあんぐりと口を開けた彼らから発せられるものなど、乾いた空気ばかりで何の役にも立ちはしない。
チサトの心からの叫びによって、今までの彼女の不可解な行動の理由を理解した彼らは、その衝撃を処理するのに時間がかかってしまい、それはそれは長い沈黙が流れた。
そして、衝撃から解き放たれた瞬間、ユウタロウは堪え切れなくなったようにクツクツと笑い声を上げ始める。
「……ぶっ…………く……あははははははははははははっっ!!」
「っ……?」
「あはっ!ぶっ、くくっ……あ、アホがいるぞ……くくっ……」
「おい。笑いすぎだ」
チサトの顔を見る度に笑いが込み上げてしまうのか、ユウタロウは彼女から目を逸らすように身体を屈めると、お腹を押さえて哄笑し続けた。その笑いっぷりは、チサトが少し哀れに思えてくる程で、ハヤテは眉間に皺を寄せて苦言を呈した。
一方、たった一人状況を理解できていないチサトは、困惑と不満に歪ませた表情で口を開く。
「な、何なのよっ!ユウちゃんっ」
「くくっ……道理でっ、妙にロクヤに対してだけ当たりがキツイと思ってたが……くくっ……面白過ぎるっ」
「勘違いの、嫉妬?」
ユウタロウと同じように、段々と正気を取り戻していったササノは、コテンと首を傾けながら呟いた。
そう――。チサトは初めて会った時から、ロクヤのことを女児と勘違いしてしまったせいで、〝ユウタロウと親しげに接する女〟として、ロクヤに悋気を抱いていたのだ。当のロクヤは衝撃に加えて、女に見間違えられたという事実にショックを受けているのか、未だに茫然自失とした状態である。
ユウタロウは真実を伝えようと、笑いの止まらないその口を開く。チサトが、その核心に触れる瞬間であった。
「あー……ははっ、安心しろチサト。ロクヤは男だから」
「…………へ……。……?……ユウちゃん、今なんて……」
聞き間違いだと思ったのだろう。チサトは呆けた面で尋ねた。
「ロクヤは男」
「ロクヤちゃんが……おとこ……?」
「男」
「おとこ……」
その内〝男〟がゲシュタルト崩壊するのではないかと思える程、憑りつかれたように「男……」と呟くチサトは未だに呆然としており、ユウタロウは呆れたように口を開いた。
「ほら。ロクヤからも言ってやれ」
「あ、あのね?チサトちゃん……何で勘違いしたのかよく分からないんだけど……僕、男だよ?」
「うそ……う、嘘よ!」
「嘘じゃねぇって」
「だ、だって!あんなに料理が上手で、顔もまぁまぁ可愛いのにっ」
「お前そんなこと思ってたのか」
確かによく考えてみれば、幼子の性差など、髪の長さや服装の違いでしか判断できない場合は多々ある。ロクヤは一般的な人よりも中性的な顔立ちをしていて、髪もショートカットの女子と言えば通用するレベルの長さだ。
加えて料理上手なところや、温和な性格を踏まえて考えると、チサトがロクヤを女子と勘違いしたことも不自然ではない。
「うっ……だ、だって……普通、こんな料理上手で病弱な男の子がいるなんて思わないじゃない」
「な、なんかごめんね?」
「てか、今まで俺らの会話の流れで察せなかったのか?ロクヤ普通に自分のこと僕って呼んでただろ?」
「そ、それはっ……ぼ、僕っ娘なのかと思って……」
「ぶっ……」
「わ、笑わないでよっ!」
「あぁ、わりぃわりぃ。ついな」
勘違いされた側、謂わば被害者であるロクヤは何故か申し訳なさそうにしており、全くの無関係という訳ではないユウタロウが、他人事のように吹き出している図は、この上ない程対照的である。
「まぁでも、これで心配事はもうねぇだろ?分かったらチサトは女湯の方行ってこい」
「……うん」
ユウタロウが尋ねると、チサトは俯きがちに返事をした。その声音には、微かな疲労感と、今までロクヤを誤解し続けてきたことに対する罪悪感が滲んでいた。
一方のユウタロウたちは、これで心置きなく風呂に浸かることが出来ると、意気揚々と男湯の暖簾をくぐろうとしていた。列の一番後ろで、ユウタロウたちの背中を追っていたロクヤをジッと見つめると、チサトは意を決したように口を開く。
「ロクヤっ、くん」
「ん?」
ロクヤが振り返り、優しげに尋ねると同時に、前を進んでいたユウタロウたちも首を傾げた。彼らの注目を集めてしまったチサトは、一瞬躊躇うように服の裾をぎゅっと掴むが、固く目を瞑って己を鼓舞すると、ロクヤを真っすぐに見据えて言葉を紡ぎ始める。
「その……。勘違いして、失礼な態度とって、ごめんなさい。大人げなかったわ……。それと……いつも、美味しいご飯おすそ分けしてくれて、ありがとうっ」
「っ!」
初めて、チサトから好意的な感情をぶつけられたロクヤは目を瞠ると、心底嬉しそうにふわっと破顔した。目尻を下げたロクヤの柔和な表情を、チサトは初めて真正面から見つめ、こんなにも温かい子供を何故疎ましく思っていたのだろうと、彼女は過去の己を恥じる。
「……ロクヤちゃんでいいよ」
「っ!」
ニコっと、花弁が舞い散るような笑みで言ったロクヤに、思わずチサトは目を奪われる。先刻、チサトが無理矢理君付けにしたことを見透かしていたのだろう。
呆然とチサトが立ち尽くす間に、彼らは共用風呂へと吸い込まれていき、一人取り残された彼女はその内、女湯へと向かうのだった。
********
頭の先から爪先まで念入りに身体を洗った彼らは、既に数人が入浴している大浴場に入ることにした。大浴場は例え三十人入ったとしても余裕がある程広く、もくもくと視界が霞むほどの湯気が立っている。
「はああああああああああああああ……極楽極楽」
「じいさんか」
湯に浸かった瞬間、だらしのない声を漏らしたユウタロウに、ハヤテは鋭いツッコみを入れた。心底ご機嫌な様子のユウタロウは、最後に入って来たロクヤを一瞥すると、先の出来事を思い出してしまい、プルプルと口角を震わせてしまう。
「それにしても、ぶっ……くくっ」
「もういい加減にしてやれ」
「ユウタロウくん、嫌い」
同じネタで揶揄われ続けているロクヤはプクっと頬を膨らませると、不満げな声で批難した。
「わりぃわりぃ。何かツボに入っちまってな」
「なになに?何か面白いことでもあったのか?」
「「…………」」
和気あいあいとした会話に突如割って入って来た存在を前に、彼ら四人は一瞬茫然自失とする。声のする方を振り向き、湯気をかき分けた向こう側に見えたのは、先日ユウタロウと模擬戦で戦ったばかりのライトだった。
ニコニコとした胡散臭い笑みを浮かべる人物がライトであることを悟ると、ユウタロウ、ハヤテ、ササノの三人は無意識的に後退ってしまう。
「ちょ、何で後退るの」
「不審者から逃げるのは当然の反応だろ」
「ひどっ。仮にも同じ勇者一族の家族だろ?」
「心にもねぇこと言ってんじゃねぇよ。気色悪い」
思いきり眉を顰めて言い放つと、ユウタロウはロクヤたちを庇うように両手を広げてみせた。
一方、ユウタロウの「心にもない」という発言に妙な引っ掛かりを覚えたライトは、呆けているように目を丸くするのだった。
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そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』
見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装…
俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。
突然の事で戸惑うクラスメート達…
だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。
「またか…」
王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。
そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
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