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第二章 過去との対峙編
92.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか18
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戦闘を終えた三人は、ライトの元へ少しずつ歩み寄った。どこか項垂れているようなライトは徐に顔を上げると、弱々しい声で三人に問いかける。
「……なんで、ここまでできるんだ?」
「?」
「屋敷を抜け出したことはいずれじじぃ共にバレる。それ相応の罰が用意されるかもしれないのに……何で、無関係のお前らがここまでしてくれるんだよ」
ライトには分からなかった。
勇者でさえも簡単に子供を、一族の人間を見殺しに出来るというのに。
勇者でさえも〝自らを顧みずに弱者を救う〟という、勇者として当たり前のことをしなかったというのに。
自分より年下の、勇者に憧れも希望も抱いていない子供たちが、どうして一番勇者らしいことをしてしまうのか。
――どうして、彼らが勇者ではないのか。
そんなどうしようもない歯がゆさを込めて尋ねたライトだったが、答えはあまりにもあっさりとした形で返ってきた。
「何でって……ダチだからに決まってんだろうが」
「っ!……ダチ?」
「?俺らとお前、もうダチだろ?」
呆気にとられたように目を丸くしたライトに対し、ユウタロウは然もありなんとでも言いたげな様子で尋ねた。
誇れるような崇高な志でも、尊ぶような清い動機でもない。とても単純明快で利己的な答えは、逆にライトを安堵させてくれた。
思わず、心の引っ掛かりも傷の痛みも忘れて、ライトは苦笑を零す。
「……ふっ、ははっ……そうか。……てっきり、嫌われてるもんだと思ってた」
「最初はいけすかねぇ奴だと思ってたけどよ、今じゃ大分印象違うぜ?同級生の為に、たった一人で災害級野獣三体を相手にするなんて、誰でも出来ることじゃねぇよ。アンタも結構漢なんだな。誤解して悪かったよ」
「いや、そんなこと……」
自分はそんな大層な人間では無い。そんな本音を込めてライトは否定した。
ライトが今回同級生の彼らを助けたのは、一年前と同じ過ちを犯したくなかったから。父のような無慈悲な人間にはなりたくなかったから。もし見ない振りをして、彼らの身に何かあれば、ライトは自分自身を許せなくなるから。
どれも自分本位な理由ばかりで、ライトは自然と俯いてしまう。だが、そんな彼の憂いを振り払うように、ユウタロウは清々しいほど晴れやかな笑顔を降り注いだ。
「俺、お前みたいな奴嫌いじゃないぜ?どうせなら、お前も俺のもんになっちまえよ」
「……俺が、お前の?」
「あぁ。血の契約、ハヤテから聞いてるだろ?」
「あぁ……」
ユウタロウの問いに対し、ライトは当惑気味に首肯した。御伽噺の中に出てくる血の契約にかけた、仲間の誓い。ハヤテは、ユウタロウを勇者――自らが従うに値する存在であると勇者一族の血に誓い、彼の仲間になった。
つまり、ハヤテと同じように自分の仲間にならないかと、ユウタロウはライトに持ち掛けているのだ。
ユウタロウにとってそれは冗談交じりの提案だったのか、心の底からの希望だったのか。ライトには分からない。だが少なくともライトにとっては、深く熟考してしまう程度に重大な問題であった。
(仲間、か……。考えたこともねぇや。
……でも、ユウタロウたちは……家族でもないのに、俺を助けに来てくれた。ユウタロウは、一族が望むような勇者とは大分かけ離れてるけど、今にも死にそうだった俺の元に、誰よりも早く駆け付けて、救ってくれた。ユウタロウの姿を見た瞬間、心の底からホッとして、〝あぁ……強がってもやっぱ、俺……死にたくなかったんだな〟って気づかされた。……多分、俺が信じていたものは、こういう奴なんだ)
観念したようにふっと微笑むと、ライトは目の前に佇むユウタロウを見上げた。勇者一族という異質な環境下でも、ユウタロウのような信用に値する子供が成長しているという事実が、ライトは何よりも嬉しく、何よりも誇らしかった。
初めてライトが出会った、勇者と呼んで相違ない存在。そんな人物から手を差し伸べられて、それを握り返さない程、ライトは臆病では無かった。
「っ!」
ライトがその場に跪くと、ユウタロウたちは困惑気味に目を丸くした。何か吹っ切れたような表情を浮かべるライトは、精一杯の誠意を込めて口を開く。
「……いいっすよ」
「?」
「俺、一生お頭の下僕でも」
「お頭?」
「俺らが付き従うべき勇者はアンタです。仲間と言えど、忠誠を誓った相手を呼び捨てにするのは憚れるんでね」
「なぁ、はばかれるってなんだ?」
「遠慮するということだ。というか、今はそんなことどうでもいいだろう」
大事な話をしているというのに、かなりどうでもいい疑問を呈したユウタロウに対し、ハヤテは眉を顰めつつ鋭いツッコみを入れた。
そんな二人の様子を微笑ましそうに眺めると、ライトは晴れやかな表情で問いかける。
「お頭……俺にとっての勇者はアンタただ一人です。俺を、勇者の僕にしてくれますか?」
「は?俺勇者になるつもりねぇからヤダ」
「ハハッ!マジでハヤテの言う通りになった」
顔を顰めたユウタロウがバッサリと拒否すると、ライトはその返答を予期していたかのように哄笑した。共用風呂での会話を知らないユウタロウは思わず「あ?」と、怪訝そうに首を傾げてしまう。一方、ライトに口止めしていたハヤテは、どこか気まずそうな相好で「おい……」と、苦言を呈している。
「……?ま、よく分からねぇけどよ。取り敢えずお前も、今日から俺の家族ってことで異論ねぇな?」
「はい。よろしくお願いします、お頭」
「……なんかてめぇに畏まれると気持ちわりぃな」
「えぇー?そうっすかぁ?じゃあこれからもっと畏まりますね」
「お前やっぱ性格わりぃだろ」
照れたように手を後頭部に回すと、ライトはだらしのない満面の笑みで言った。するとユウタロウは、苦虫を噛み潰したように顔を顰めて、ライトにこれ以上無いほどのジト目を向けるのだった。
********
それからユウタロウたちは森から脱出する為、災害級野獣の気配を避けながら結界まで向かった。怪我をしているライトをおぶってやっているユウタロウは、不意に空を見上げると、どこか他人事のようなケロッとした表情を浮かべる。
「さて。どう言い訳したもんかね」
「どうもこうもない。ライトの怪我はどうせ、重鎮の方々に治療してもらわなければならないんだ。俺らは授業をサボってしまっているし……一体どんな罰が課せられるのか……」
のんびりと構えているユウタロウに対し、ハヤテは状況を冷静に分析した上で危機感を露わにした。
ライト含めた全員には、屋敷を無断で離れた件と、二年の訓練を妨害した件で罰が下されるだろう。ユウタロウたちにはこれに加えて、一年の訓練を欠席したことで、重鎮たちから叱責を受ける羽目になるのは必至。
叱責だけなら大分マシだが、規則を破った人間に一体どの程度の罰が課せられるのか、ハヤテにすら想像できていない。
「まぁなるようにしかなんねぇだから、うじうじ悩んでも仕方ねぇだろ。今はこの結界を壊すことに専念しようぜ」
そう言うと、ユウタロウは目の前に立ちはだかる結界を見上げた。先刻はライトの同級生七人分のマンパワーがあったので何とか内側から結界を破れたが、今回動けるのは実質四人だけ。災害級野獣が街に出没するのを防ぐために張られた結界が強固に出来ていないわけが無いので、例え身体強化術を施したとしても、子供四人の力で破れるかは五分五分と言ったところであった。
「取り敢えず、この一点に攻撃を集中させて試してみよう」
ハヤテが結界の一点を指差して提案すると、四人は抜刀して剣を構えた。
「チサト。ありったけのジル頼むぞ」
「うんっ」
チサトの返事を皮切りに、彼らは一斉に剣を振り上げる。「せーのっ」というハヤテの掛け声と同時に、剣を力強く振り下ろすと、ガキンっ!!と耳を劈くような衝撃音が響き渡り、チサトは思わずビクッと肩を震わせた。
恐る恐る瞼を開くと、そこには傷一つついていない結界が映り、チサトは肩を落としてしまう。ユウタロウは剣の棟を肩に預けると、苛立ったように舌打ちをかます。
「チッ……駄目か……」
「おいササノ。お前もっと気合い入れろや。こう腹の底からぐわぁ!って感じで力を込めんだよ」
「えぇ……ぼ、僕如きの気合いでどうにかなる問題じゃ……」
「つべこべ言う前に行動しろ。やる前から文句言ってんじゃねぇよ」
「うっ……せ、正論……」
セッコウに論破されてしまったササノは、弱々しく唇を噛みしめる。感覚派のセッコウの助言はイマイチ参考にならないが、ササノは取り敢えずお腹に力を入れ、それを放出する感覚で剣を振るうことにした。
双子の口論(?)が落ち着いたのを確認すると、ユウタロウは口を開く。
「じゃあもう一回行くぞ。……せーのっ!!」
(腹の底から、ぐわぁっと……!)
ユウタロウたちとタイミングを合わせて、ササノは今自分が出せる精一杯を込めて剣を振り下ろした。
シュ!!と、空気を切り裂く音の後、パリンッ……という、明らかに先刻とは異なる音が鳴り、彼らは縋るように顔を上げた。
結界には大きなひびが入っており、ユウタロウたちは思わず嬉々とした表情を浮かべる。一方、セッコウの助言に従った途端、結界にひびを入れられたことで、ササノは茫然自失としていた。
「よっしゃ!ほらなササノっ。お兄様の言うことに間違いはねぇんだよ!てめぇもやればできるじゃねぇか!」
「ほ、ホントに……?セッコウ兄すごいっ」
「何で俺なんだよ。頑張ったのはササノだろうが。凄いのはてめぇだよ」
「っ!……えへへ……」
本人よりも嬉しそうに破顔すると、セッコウはササノの頭をぐちゃぐちゃに撫でまわした。頭を揺さぶられるような感覚にササノは目を回すが、ボサボサになった髪を整えながらはにかんだ。
「おっし。これで帰れるな……ちゃっちゃとじじぃ共にライトの治療させねぇと」
ユウタロウは結界のひびに蹴りを入れて穴をあけると、一時的に地面に下ろしていたライトを再びおぶって言った。
ユウタロウのあけた、人一人分の穴を通って森の外に出ると、彼らは力を合わせて結界を塞いだ。そしてそのまま、一族の屋敷へと帰還するのだった。
********
屋敷に帰還した彼らを待ちかまえていたのは、ライトの父――エイトだった。今回の件にはあまり関わりのない彼がライトたちを出迎えたことに、彼らは少なからず衝撃を受けたが、重鎮に出くわすよりはまだマシだと思うようにした。
何せエイトは、ライトの傷ついた左腕を見た途端、血相を変えて彼の治療を行ってくれたのだから。
ライトは物凄い仏頂面で治療を受けており、ユウタロウたちは内心苦笑を零していた。嫌っている父の力に頼る羽目になり、それが不快だったのだろう。
「年寄り共には私から上手く言っておこう。何のお咎めも無しというのは流石に無理だが、悪いようにはならないだろう」
ライトの治療を終わらせると、エイトはぶっきら棒にそう言った。だが、それはライト一人だけに向けられた言葉で、その対象にユウタロウたちは含まれていない。それを理解したライトは、ムッと顔を顰めて口を開いた。
「コイツらは死にかけの俺を助けてくれました。災害級野獣を倒せる程の戦闘能力もあります。きっと将来、勇者一族に貢献してくれるでしょう。なので、コイツらのことも無下にはしないでやってください」
「……。……はぁ。分かった。私からそのように話しておこう」
「……ありがとうございます」
全く心の籠っていない謝辞をライトが伝えると、エイトは徐に立ち上がり、そのまま立ち去って行った。相変わらずの仏頂面でその背中を見つめるライトに、ユウタロウは困ったような笑みを向ける。
「親父さん、根は悪い人じゃないのかもしれねぇな」
「は?」
「ハハッ、そう睨むなよ」
「っ、すいません」
ユウタロウの呟きが受け入れられないあまり、思わずライトは怪訝そうな声を上げてしまうが、即座に自らの失態に気づいて頭を下げた。
「いっつも思ってることではあるんだけどよ、俺らがクソだと思ってるじじぃ共も、最初からクズってわけじゃないんだよな。アイツらも元は、この狂った一族の中で苦汁を舐めさせられてきた側だし」
「……それは……」
ライトは口惜しくも、ユウタロウの主張に反論することが出来なかった。今、理不尽な運命を子供たちに与えている彼らも、言ってしまえばこの狂った一族の被害者だ。謂わば洗脳のような形で異常な思想を植え付けられ、彼らは自らの行為を正義と信じて疑わないのだから。
「ただ、この一族で成長していく内に、おかしいことが当たり前になっていって、酷いことも平気で出来るようになっちまってんだ。……でも親父さん、お前のこと、ちゃんと息子として愛してると思うぜ?」
「……違いますよ。あれが俺にかまうのは、勇者である自分の血を引いている人間が俺だけで、将来的に俺に勇者になることを求めているからで」
「でも、もしそれだけの情だったら、模擬戦で俺に負けた時点で見限られてんじゃねぇの?」
「っ!……それは……」
確かに妙な話であった。ライトはあの模擬戦で、父の言いつけを破ってユウタロウに負けた。手を抜いたつもりはなかったが、投げやりになっていたのもまた事実。にも拘らず、エイトはその敗戦を責め立てず、寧ろライトを鼓舞していた。
あの時は父が現実から目を逸らしているだけだと思っていたが、本当にただ敗戦を喫した息子を励ましていたとしたら?
ライトの中で、カチッと、何かが切り替わるような音がした。
「ま、だからと言って、ライトが親父さんのことを好く必要はねぇよ。アンタがあそこまで嫌うってことは、親父さん、それ相応のことをしたんだろ?親父さんの心境がどうであれ、悪いことをした人間を許す必要はねぇよ。……俺も、ハヤテやロクヤを蔑ろにするじじぃ共が大嫌いだからな」
俯きがちに翳りの見える笑みを浮かべると、ユウタロウは静かに断言した。その精悍な主張に返答する者はいない。示しあわずとも、それに何か言葉を返す行為は不躾だと理解していたから。
温かく、そして青い。そんな一陣の風が吹き、その場に穏やかな沈黙が流れた。
「……なんで、ここまでできるんだ?」
「?」
「屋敷を抜け出したことはいずれじじぃ共にバレる。それ相応の罰が用意されるかもしれないのに……何で、無関係のお前らがここまでしてくれるんだよ」
ライトには分からなかった。
勇者でさえも簡単に子供を、一族の人間を見殺しに出来るというのに。
勇者でさえも〝自らを顧みずに弱者を救う〟という、勇者として当たり前のことをしなかったというのに。
自分より年下の、勇者に憧れも希望も抱いていない子供たちが、どうして一番勇者らしいことをしてしまうのか。
――どうして、彼らが勇者ではないのか。
そんなどうしようもない歯がゆさを込めて尋ねたライトだったが、答えはあまりにもあっさりとした形で返ってきた。
「何でって……ダチだからに決まってんだろうが」
「っ!……ダチ?」
「?俺らとお前、もうダチだろ?」
呆気にとられたように目を丸くしたライトに対し、ユウタロウは然もありなんとでも言いたげな様子で尋ねた。
誇れるような崇高な志でも、尊ぶような清い動機でもない。とても単純明快で利己的な答えは、逆にライトを安堵させてくれた。
思わず、心の引っ掛かりも傷の痛みも忘れて、ライトは苦笑を零す。
「……ふっ、ははっ……そうか。……てっきり、嫌われてるもんだと思ってた」
「最初はいけすかねぇ奴だと思ってたけどよ、今じゃ大分印象違うぜ?同級生の為に、たった一人で災害級野獣三体を相手にするなんて、誰でも出来ることじゃねぇよ。アンタも結構漢なんだな。誤解して悪かったよ」
「いや、そんなこと……」
自分はそんな大層な人間では無い。そんな本音を込めてライトは否定した。
ライトが今回同級生の彼らを助けたのは、一年前と同じ過ちを犯したくなかったから。父のような無慈悲な人間にはなりたくなかったから。もし見ない振りをして、彼らの身に何かあれば、ライトは自分自身を許せなくなるから。
どれも自分本位な理由ばかりで、ライトは自然と俯いてしまう。だが、そんな彼の憂いを振り払うように、ユウタロウは清々しいほど晴れやかな笑顔を降り注いだ。
「俺、お前みたいな奴嫌いじゃないぜ?どうせなら、お前も俺のもんになっちまえよ」
「……俺が、お前の?」
「あぁ。血の契約、ハヤテから聞いてるだろ?」
「あぁ……」
ユウタロウの問いに対し、ライトは当惑気味に首肯した。御伽噺の中に出てくる血の契約にかけた、仲間の誓い。ハヤテは、ユウタロウを勇者――自らが従うに値する存在であると勇者一族の血に誓い、彼の仲間になった。
つまり、ハヤテと同じように自分の仲間にならないかと、ユウタロウはライトに持ち掛けているのだ。
ユウタロウにとってそれは冗談交じりの提案だったのか、心の底からの希望だったのか。ライトには分からない。だが少なくともライトにとっては、深く熟考してしまう程度に重大な問題であった。
(仲間、か……。考えたこともねぇや。
……でも、ユウタロウたちは……家族でもないのに、俺を助けに来てくれた。ユウタロウは、一族が望むような勇者とは大分かけ離れてるけど、今にも死にそうだった俺の元に、誰よりも早く駆け付けて、救ってくれた。ユウタロウの姿を見た瞬間、心の底からホッとして、〝あぁ……強がってもやっぱ、俺……死にたくなかったんだな〟って気づかされた。……多分、俺が信じていたものは、こういう奴なんだ)
観念したようにふっと微笑むと、ライトは目の前に佇むユウタロウを見上げた。勇者一族という異質な環境下でも、ユウタロウのような信用に値する子供が成長しているという事実が、ライトは何よりも嬉しく、何よりも誇らしかった。
初めてライトが出会った、勇者と呼んで相違ない存在。そんな人物から手を差し伸べられて、それを握り返さない程、ライトは臆病では無かった。
「っ!」
ライトがその場に跪くと、ユウタロウたちは困惑気味に目を丸くした。何か吹っ切れたような表情を浮かべるライトは、精一杯の誠意を込めて口を開く。
「……いいっすよ」
「?」
「俺、一生お頭の下僕でも」
「お頭?」
「俺らが付き従うべき勇者はアンタです。仲間と言えど、忠誠を誓った相手を呼び捨てにするのは憚れるんでね」
「なぁ、はばかれるってなんだ?」
「遠慮するということだ。というか、今はそんなことどうでもいいだろう」
大事な話をしているというのに、かなりどうでもいい疑問を呈したユウタロウに対し、ハヤテは眉を顰めつつ鋭いツッコみを入れた。
そんな二人の様子を微笑ましそうに眺めると、ライトは晴れやかな表情で問いかける。
「お頭……俺にとっての勇者はアンタただ一人です。俺を、勇者の僕にしてくれますか?」
「は?俺勇者になるつもりねぇからヤダ」
「ハハッ!マジでハヤテの言う通りになった」
顔を顰めたユウタロウがバッサリと拒否すると、ライトはその返答を予期していたかのように哄笑した。共用風呂での会話を知らないユウタロウは思わず「あ?」と、怪訝そうに首を傾げてしまう。一方、ライトに口止めしていたハヤテは、どこか気まずそうな相好で「おい……」と、苦言を呈している。
「……?ま、よく分からねぇけどよ。取り敢えずお前も、今日から俺の家族ってことで異論ねぇな?」
「はい。よろしくお願いします、お頭」
「……なんかてめぇに畏まれると気持ちわりぃな」
「えぇー?そうっすかぁ?じゃあこれからもっと畏まりますね」
「お前やっぱ性格わりぃだろ」
照れたように手を後頭部に回すと、ライトはだらしのない満面の笑みで言った。するとユウタロウは、苦虫を噛み潰したように顔を顰めて、ライトにこれ以上無いほどのジト目を向けるのだった。
********
それからユウタロウたちは森から脱出する為、災害級野獣の気配を避けながら結界まで向かった。怪我をしているライトをおぶってやっているユウタロウは、不意に空を見上げると、どこか他人事のようなケロッとした表情を浮かべる。
「さて。どう言い訳したもんかね」
「どうもこうもない。ライトの怪我はどうせ、重鎮の方々に治療してもらわなければならないんだ。俺らは授業をサボってしまっているし……一体どんな罰が課せられるのか……」
のんびりと構えているユウタロウに対し、ハヤテは状況を冷静に分析した上で危機感を露わにした。
ライト含めた全員には、屋敷を無断で離れた件と、二年の訓練を妨害した件で罰が下されるだろう。ユウタロウたちにはこれに加えて、一年の訓練を欠席したことで、重鎮たちから叱責を受ける羽目になるのは必至。
叱責だけなら大分マシだが、規則を破った人間に一体どの程度の罰が課せられるのか、ハヤテにすら想像できていない。
「まぁなるようにしかなんねぇだから、うじうじ悩んでも仕方ねぇだろ。今はこの結界を壊すことに専念しようぜ」
そう言うと、ユウタロウは目の前に立ちはだかる結界を見上げた。先刻はライトの同級生七人分のマンパワーがあったので何とか内側から結界を破れたが、今回動けるのは実質四人だけ。災害級野獣が街に出没するのを防ぐために張られた結界が強固に出来ていないわけが無いので、例え身体強化術を施したとしても、子供四人の力で破れるかは五分五分と言ったところであった。
「取り敢えず、この一点に攻撃を集中させて試してみよう」
ハヤテが結界の一点を指差して提案すると、四人は抜刀して剣を構えた。
「チサト。ありったけのジル頼むぞ」
「うんっ」
チサトの返事を皮切りに、彼らは一斉に剣を振り上げる。「せーのっ」というハヤテの掛け声と同時に、剣を力強く振り下ろすと、ガキンっ!!と耳を劈くような衝撃音が響き渡り、チサトは思わずビクッと肩を震わせた。
恐る恐る瞼を開くと、そこには傷一つついていない結界が映り、チサトは肩を落としてしまう。ユウタロウは剣の棟を肩に預けると、苛立ったように舌打ちをかます。
「チッ……駄目か……」
「おいササノ。お前もっと気合い入れろや。こう腹の底からぐわぁ!って感じで力を込めんだよ」
「えぇ……ぼ、僕如きの気合いでどうにかなる問題じゃ……」
「つべこべ言う前に行動しろ。やる前から文句言ってんじゃねぇよ」
「うっ……せ、正論……」
セッコウに論破されてしまったササノは、弱々しく唇を噛みしめる。感覚派のセッコウの助言はイマイチ参考にならないが、ササノは取り敢えずお腹に力を入れ、それを放出する感覚で剣を振るうことにした。
双子の口論(?)が落ち着いたのを確認すると、ユウタロウは口を開く。
「じゃあもう一回行くぞ。……せーのっ!!」
(腹の底から、ぐわぁっと……!)
ユウタロウたちとタイミングを合わせて、ササノは今自分が出せる精一杯を込めて剣を振り下ろした。
シュ!!と、空気を切り裂く音の後、パリンッ……という、明らかに先刻とは異なる音が鳴り、彼らは縋るように顔を上げた。
結界には大きなひびが入っており、ユウタロウたちは思わず嬉々とした表情を浮かべる。一方、セッコウの助言に従った途端、結界にひびを入れられたことで、ササノは茫然自失としていた。
「よっしゃ!ほらなササノっ。お兄様の言うことに間違いはねぇんだよ!てめぇもやればできるじゃねぇか!」
「ほ、ホントに……?セッコウ兄すごいっ」
「何で俺なんだよ。頑張ったのはササノだろうが。凄いのはてめぇだよ」
「っ!……えへへ……」
本人よりも嬉しそうに破顔すると、セッコウはササノの頭をぐちゃぐちゃに撫でまわした。頭を揺さぶられるような感覚にササノは目を回すが、ボサボサになった髪を整えながらはにかんだ。
「おっし。これで帰れるな……ちゃっちゃとじじぃ共にライトの治療させねぇと」
ユウタロウは結界のひびに蹴りを入れて穴をあけると、一時的に地面に下ろしていたライトを再びおぶって言った。
ユウタロウのあけた、人一人分の穴を通って森の外に出ると、彼らは力を合わせて結界を塞いだ。そしてそのまま、一族の屋敷へと帰還するのだった。
********
屋敷に帰還した彼らを待ちかまえていたのは、ライトの父――エイトだった。今回の件にはあまり関わりのない彼がライトたちを出迎えたことに、彼らは少なからず衝撃を受けたが、重鎮に出くわすよりはまだマシだと思うようにした。
何せエイトは、ライトの傷ついた左腕を見た途端、血相を変えて彼の治療を行ってくれたのだから。
ライトは物凄い仏頂面で治療を受けており、ユウタロウたちは内心苦笑を零していた。嫌っている父の力に頼る羽目になり、それが不快だったのだろう。
「年寄り共には私から上手く言っておこう。何のお咎めも無しというのは流石に無理だが、悪いようにはならないだろう」
ライトの治療を終わらせると、エイトはぶっきら棒にそう言った。だが、それはライト一人だけに向けられた言葉で、その対象にユウタロウたちは含まれていない。それを理解したライトは、ムッと顔を顰めて口を開いた。
「コイツらは死にかけの俺を助けてくれました。災害級野獣を倒せる程の戦闘能力もあります。きっと将来、勇者一族に貢献してくれるでしょう。なので、コイツらのことも無下にはしないでやってください」
「……。……はぁ。分かった。私からそのように話しておこう」
「……ありがとうございます」
全く心の籠っていない謝辞をライトが伝えると、エイトは徐に立ち上がり、そのまま立ち去って行った。相変わらずの仏頂面でその背中を見つめるライトに、ユウタロウは困ったような笑みを向ける。
「親父さん、根は悪い人じゃないのかもしれねぇな」
「は?」
「ハハッ、そう睨むなよ」
「っ、すいません」
ユウタロウの呟きが受け入れられないあまり、思わずライトは怪訝そうな声を上げてしまうが、即座に自らの失態に気づいて頭を下げた。
「いっつも思ってることではあるんだけどよ、俺らがクソだと思ってるじじぃ共も、最初からクズってわけじゃないんだよな。アイツらも元は、この狂った一族の中で苦汁を舐めさせられてきた側だし」
「……それは……」
ライトは口惜しくも、ユウタロウの主張に反論することが出来なかった。今、理不尽な運命を子供たちに与えている彼らも、言ってしまえばこの狂った一族の被害者だ。謂わば洗脳のような形で異常な思想を植え付けられ、彼らは自らの行為を正義と信じて疑わないのだから。
「ただ、この一族で成長していく内に、おかしいことが当たり前になっていって、酷いことも平気で出来るようになっちまってんだ。……でも親父さん、お前のこと、ちゃんと息子として愛してると思うぜ?」
「……違いますよ。あれが俺にかまうのは、勇者である自分の血を引いている人間が俺だけで、将来的に俺に勇者になることを求めているからで」
「でも、もしそれだけの情だったら、模擬戦で俺に負けた時点で見限られてんじゃねぇの?」
「っ!……それは……」
確かに妙な話であった。ライトはあの模擬戦で、父の言いつけを破ってユウタロウに負けた。手を抜いたつもりはなかったが、投げやりになっていたのもまた事実。にも拘らず、エイトはその敗戦を責め立てず、寧ろライトを鼓舞していた。
あの時は父が現実から目を逸らしているだけだと思っていたが、本当にただ敗戦を喫した息子を励ましていたとしたら?
ライトの中で、カチッと、何かが切り替わるような音がした。
「ま、だからと言って、ライトが親父さんのことを好く必要はねぇよ。アンタがあそこまで嫌うってことは、親父さん、それ相応のことをしたんだろ?親父さんの心境がどうであれ、悪いことをした人間を許す必要はねぇよ。……俺も、ハヤテやロクヤを蔑ろにするじじぃ共が大嫌いだからな」
俯きがちに翳りの見える笑みを浮かべると、ユウタロウは静かに断言した。その精悍な主張に返答する者はいない。示しあわずとも、それに何か言葉を返す行為は不躾だと理解していたから。
温かく、そして青い。そんな一陣の風が吹き、その場に穏やかな沈黙が流れた。
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※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
※2026年半ば過ぎ完結予定→七月に完結(決定)
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