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第五章 不変の√コーナー
不変の√コーナー1
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結菜との騒動が起きてから早数か月。季節は春になっていた。
つまり透巳たち一年生組は二年生に、明日歌たち二年生組は三年生に進級したのである。見上げると桜色が広がるこの季節、新入生も多く入ったようで青ノ宮学園は更に賑やかになっている。
だがこれと言って透巳たちに変化はない。文芸部(もしくはF組)の新たなメンバーを期待していた明日歌は落胆していたが、他の面々は微塵も期待していなかったのでダメージはゼロである。
そもそも文芸部に興味を持つ生徒はいるのだが、明日歌たちが全くそれらしい活動をしていないのでこの結果は当たり前でもあり、自業自得なのだ。
********
そんな春うららな東京の街中。
街の中心にすっと背を伸ばして佇んでいる一人の少女は、人々の注目の的だ。
汚れを知らない様な白と、薔薇のように鮮やかな赤。その二つが美しく配置されている巫女服を纏った少女は、その美しさに引けを取らないほどの美少女だ。優しく風が吹くと巫女服の袖が膨らみ、彼女の髪がそっと揺れる。
俯いて優しい眼差しを斜め下に向けているささは、当に大和撫子といった感じである。
「あ、あの……お姉さん、もしかして……レイヤーさんですか?」
「れいやー?」
そんなささに話しかけた成人男性は、当にオタクといった感じの容姿だった。肥え太った身体は、春だというのに暑そうに見える程。ささに話しかけた男の隣にはオタク仲間らしき男性もいて、同じような容姿である。
コスプレイヤーの略称を知らなかったささは、尋ねられた意味が分からずキョトンと首を傾げた。
「れいやー……あの、私……見ての通り純日本人ですので、人違いかと」
〝レイヤー〟を外国人の名前だと勘違いしたささは素っ頓狂な返事をしてしまい、オタク二人の困惑を生み出してしまっている。
意思の疎通が上手くできず三人がおどおどとしていると、ズンズンと遠慮のない足取りで向かってくる百弥の姿がささの視界に入った。百弥はどこか不機嫌そうな相好だったのでささは首を傾げ、オタク二人はその場からいそいそと逃げだしてしまった。
「おい、ささ。もう撤収すんぞ」
「ももくん……もう薔弥さんいいって?」
ささの腕を掴んだ百弥の提案に、ささはそんな問いを投げかけた。ささが薔弥を気にするのには理由がある。
何せささが東京のど真ん中で佇んでいたのは、薔弥の思い付きが原因だったからだ。
――数十分前――
「ささ。目立つところでぼーっと突っ立ってみんか?」
「……えっと、どうしてですか?」
「んなことしたらささがナンパに会っちまうだろうが」
木藤友里を捜索中の三人なのだが、季節が変わっても見つけるどころか手掛かりすら掴めていなかった。そんな手詰まりの状態で薔弥が口にしたのが今回の提案だった。
だがあまりにも唐突な提案だったうえ、意味が全く分からなかったのでささは首を傾げてしまった。一方の百弥はそもそも薔弥の発言の意味を理解できると思っていないので、ささの心配だけをしている。
「それはそれで好都合やな」
「はぁ?何言ってんやがんだ。ささが変な男に捕まった方がいいって言うのか!?」
「ったく……百弥がおると話が進まへんわ」
どんな方法を使ってでも木藤友里を見つけたい薔弥と、ささに関しては異常なほど過保護になる百弥がこうして対立してしまうのは必然である。
「ええか?えらい分かりやすぅ説明するとやな、ささを目立たせたいんや」
「あぁ、なるほど。それで友里ちゃんの目に入って、あっちから接触してくればいいなってことですか」
「まぁ、そういうことやな」
百弥一人が取り残された世界で、二人の話が進んでいた。これは本当に策の無くなった薔弥が絞り出した作戦なので多少無茶がある。
ささを何らかの方法で目立たせると言っても、友里がそれを見てくれなければ何の意味もない。薔弥はささのことを撮影した誰かがネットにそれをアップする、もしくは自作自演で公開すれば友里の目に留まる可能性が高いと思っているが、それも絶対ではない。
そもそも友里がそれを見たとしても、あちらから接触する可能性も高いわけでは無いのだ。
「うーん……分かりました。いいですよ」
「おいささ、やめとけよ……」
予想はしていたが、こうもあっさり了承されると手応えがまるで無いので薔弥は苦笑いを浮かべた。一方の百弥はささのことが心配でこの作戦にあまり肯定的ではない。
「大丈夫。もしもの時はももくんが守ってくれるでしょ?」
「お、おう!もちろんだぜ!」
(チョロいわぁ、百弥)
ささにそう言われてしまえば百弥は頷くほかないだろう。これでも尚反対すれば、百弥にささを守り切る自信がないということになってしまうから。百弥はそんな高度(?)なささの口車に気づけていないので、ただ単に馬鹿なだけなのだが。
いつも通りの柔らかい笑みを浮かべたささにそういった魂胆があったかは不明だが、ささの鶴の一声でこの作戦は実行に移されたのだった。
********
薔弥は不気味な笑みを浮かべながらスマホに視線を注いでいて、それはまるで悪役の顔である。場所はささの様子を見ることの出来るカフェで、注文した珈琲は既に飲み干してしまっている。
すると店のドアから新たな客の来訪を知らせる鈴の音が鳴り響く。カジュアルなカフェに巫女服姿のささは異質以外の何者でも無いが、本人は全く気にしていないようだ。
店中の視線を集めながら、ささと百弥は迷わず薔弥の座る席まで向かい、彼と向かい合うように腰を掛けた。
「上手くいったのですか?」
「あぁ。俺が手を煩わせんでも良かったわ。キモーいオタク共がネットに拡散しとるわ」
「よく分かりませんが、それで友里ちゃんの目に入れば第一段階成功ってことですか?」
「せや」
ささの問いを満足気な笑みを浮かべて肯定した薔弥。
店の店員がささと百弥の注文を聞くためにテーブルの横にそっと寄ると、ささと百弥は各々の注文を始めた。
「えっと。ぜんざいとほうじ茶をお願いします」
「俺クリームソーダ」
「ガッキやなぁ」
「あぁ!?」
「この五月蠅い二人は気にせずお願いします」
見た目通りの注文をしたささと百弥。ささは元々和風なものが好きで、百弥は珈琲やお茶に興味が無いのだ。幼稚園児のような注文をした百弥に薔弥は煽る様な笑みを浮かべた。当然百弥は馬鹿の一つ覚えのように突っかかり、店員が顔を青くしてしまっている。
そんな店員の緊張を解すように対照的な笑顔を浮かべたささ。そんな彼女に店員は何度もお辞儀をした後、その場を立ち去った。
「まぁまぁももくん。あとで私のぜんざい半分あげるから」
「ちっ……おい薔弥。ささに感謝しろよ」
「へーへー」
ぜんざいで薔弥に対する怒りを沈めてしまう百弥もどうかと思うが、コーヒーカップの底の輪を観察するばかりで聞く気のない薔弥も薔弥である。
そんな相変わらずの二人をささは温かい眼差しで見守るのだった。
********
「うふふふ、一年生は可愛いなぁ」
「俺たちもこの前まで一年だったんですけど」
多目的室の窓から光を浴びながら、外の新入生たちを眺める明日歌の笑い声は不気味である。多目的室は四階に位置しているので、そこから見下ろすと生徒たちがかなり小さく見える代わりに全体をよく見渡せる。
巧実は苦笑いを浮かべながら、自身たちを指差したが明日歌は何故か酷く衝撃を受けたような表情を浮かべている。
「え!?何ピーマンくん、私に可愛がられたいのかい?」
「思考回路どうなってるんですか」
「まったくだ」
バックに雷が見えるほど驚いたような表情で頓珍漢なことを言った明日歌に、巧実は遥音ばりのツッコみをかました。
遥音が巧実に同調するように頻りに頷いていると、多目的室の扉が昼休み中の透巳によって開かれた。
「あ!透巳くんいらっしゃーい…………ってどしたの?そんな嬉しそうな顔して」
お弁当を片手にF組生徒たちと合流した透巳は見るからに明るい相好で、普段の無表情とはかけ離れていた。
「あぁ、バレちゃいましたか。やっぱり……ふふっ……」
「もう、もったいぶらずに教えてよ。なんか良いことあった?」
堪え切れないように笑い声を零した透巳に、明日歌は拗ねた子供のような表情で尋ねた。弧を描く口元に拳を添えて隠した透巳はそっと口を開く。
「実は俺……今度初めての兄弟が出来るんです」
「この裏切り者」
心底嬉しそうな顔と弾んだ声でその事実を告げた透巳に逸早く反応したのは遥音だ。遥音は以前から周りに兄弟持ちが多いことを不満に思っており、遥音を除いて唯一の一人っ子である透巳に仲間意識を芽生えさせていたのだ。
だが透巳の告白でまたもや遥音はたった一人の一人っ子になってしまったので拗ねているのだ。
「結菜ちゃんがいるじゃないですか、はるとお兄ちゃん」
「お前少し馬鹿にしてるだろ」
「いえ、まったく。これっぽっちも」
微笑みながらいつものトーンで結菜の呼び真似をした透巳を恨めし気に見上げる遥音。だが透巳が怯むわけも無く、動揺を一切見せずに返答した。
「兄弟が出来るって……」
「はい。俺の父さんと、再婚相手の女性との間の子なので、腹違いの兄弟になりますね」
明日歌と兼は体育祭の際に透巳の父親――純と会っていて、その過程でかおりの存在も知っていた。だが他の面々は透巳の家庭の複雑な事情を知らなかったので、サラッと語られた新事実に目を丸くしている。
以前明日歌が純と話した際、彼は透巳が生まれてくるであろう兄弟を喜んでくれるか不安に思っていたが、あれは本当の杞憂だったのだと透巳の反応で理解できた。
「妹でも弟でも可愛がる自信しかありません」
「良かったね、透巳くん」
「はい」
誇らしげに言った透巳は年相応で、明日歌は思わず笑みを浮かべた。
「なので今度の休日、久しぶりに実家に帰ろうかと思いまして」
「へぇ。そうなんだ」
軽くそんなことを言った透巳に明日歌は平淡なトーンで返した。だがその時明日歌が何かを企んでいる様な悪い表情になっていることに遥音は気づいていた。
いつもの突拍子もない思い付きが始まってしまったと予期した遥音は、思わず零れるため息を抑えることが出来なかった。
********
その日。珍しく一人で外に出た透巳は、最初から妙な違和感を覚えていた。その違和感の正体には見当がついていたが、無視することにした。気にしたところで結果が同じであることが見えていたからだ。
快晴といって申し分ない空の下、花見をしている家族が多くいる道を透巳は進む。桜の花びらによる絨毯を足で踏みしめながら、透巳は実家へと向かった。
透巳の実家はマンションの一室で、五十階建ての高層マンションである。特待生として入学している透巳は良く勘違いされるのだが、貧乏というわけでは決してない。寧ろ世間一般からすればかなり裕福な家で育っている。
そんな高いビルを見上げた透巳は、先刻からの違和感を振り返った。
「それで。何してるんですか?」
「あれ。ばれちった」
「神坂は最初から気づいていただろう」
困ったような笑みを浮かべながら、明日歌たちに問いかけた透巳。透巳の視線の先にはF組生徒たちが見事に全員集合していた。
明日歌は自身の尾行スキルに謎の自信があったのか、気づかれていたことに驚いていたが、遥音たちはバレバレであることを自覚しながら明日歌の後ろをついてきただけだ。
「何で尾行なんてしてるんですか?」
「いやぁ、透巳くんパパの奥さんに会ってみたくてさぁ」
「ま、そんなとこだろうと思いましたよ」
隠すことなく打ち明けた明日歌に、透巳は驚くことなく返した。そしてそのままマンションの入り口へと足を踏み入れたので、明日歌たちは何食わぬ顔でついていく。
透巳は何も言わなかった。明日歌たちは何も言わないということはついてきても問題ないという意味だと勝手に解釈する。
エレベーターで四五階まで上がると、透巳は〝神坂〟とローマ字で表記された表札の前に立つ。そして躊躇いなくインターホンを押すと、扉の向こう側から微かに足音が聞こえてきた。
「はーい…………何の用?」
「こんにちは。かおりさん」
ドアから顔を覗かせた瞬間、当たり障りのない笑顔を浮かべていたかおりだったが、透巳を視界に入れた途端その表情を曇らせた。
思いきり睨まれても動じることなく、笑みを浮かべながら挨拶した透巳に、かおりは増々不機嫌そうな相好を露わにした。
つまり透巳たち一年生組は二年生に、明日歌たち二年生組は三年生に進級したのである。見上げると桜色が広がるこの季節、新入生も多く入ったようで青ノ宮学園は更に賑やかになっている。
だがこれと言って透巳たちに変化はない。文芸部(もしくはF組)の新たなメンバーを期待していた明日歌は落胆していたが、他の面々は微塵も期待していなかったのでダメージはゼロである。
そもそも文芸部に興味を持つ生徒はいるのだが、明日歌たちが全くそれらしい活動をしていないのでこの結果は当たり前でもあり、自業自得なのだ。
********
そんな春うららな東京の街中。
街の中心にすっと背を伸ばして佇んでいる一人の少女は、人々の注目の的だ。
汚れを知らない様な白と、薔薇のように鮮やかな赤。その二つが美しく配置されている巫女服を纏った少女は、その美しさに引けを取らないほどの美少女だ。優しく風が吹くと巫女服の袖が膨らみ、彼女の髪がそっと揺れる。
俯いて優しい眼差しを斜め下に向けているささは、当に大和撫子といった感じである。
「あ、あの……お姉さん、もしかして……レイヤーさんですか?」
「れいやー?」
そんなささに話しかけた成人男性は、当にオタクといった感じの容姿だった。肥え太った身体は、春だというのに暑そうに見える程。ささに話しかけた男の隣にはオタク仲間らしき男性もいて、同じような容姿である。
コスプレイヤーの略称を知らなかったささは、尋ねられた意味が分からずキョトンと首を傾げた。
「れいやー……あの、私……見ての通り純日本人ですので、人違いかと」
〝レイヤー〟を外国人の名前だと勘違いしたささは素っ頓狂な返事をしてしまい、オタク二人の困惑を生み出してしまっている。
意思の疎通が上手くできず三人がおどおどとしていると、ズンズンと遠慮のない足取りで向かってくる百弥の姿がささの視界に入った。百弥はどこか不機嫌そうな相好だったのでささは首を傾げ、オタク二人はその場からいそいそと逃げだしてしまった。
「おい、ささ。もう撤収すんぞ」
「ももくん……もう薔弥さんいいって?」
ささの腕を掴んだ百弥の提案に、ささはそんな問いを投げかけた。ささが薔弥を気にするのには理由がある。
何せささが東京のど真ん中で佇んでいたのは、薔弥の思い付きが原因だったからだ。
――数十分前――
「ささ。目立つところでぼーっと突っ立ってみんか?」
「……えっと、どうしてですか?」
「んなことしたらささがナンパに会っちまうだろうが」
木藤友里を捜索中の三人なのだが、季節が変わっても見つけるどころか手掛かりすら掴めていなかった。そんな手詰まりの状態で薔弥が口にしたのが今回の提案だった。
だがあまりにも唐突な提案だったうえ、意味が全く分からなかったのでささは首を傾げてしまった。一方の百弥はそもそも薔弥の発言の意味を理解できると思っていないので、ささの心配だけをしている。
「それはそれで好都合やな」
「はぁ?何言ってんやがんだ。ささが変な男に捕まった方がいいって言うのか!?」
「ったく……百弥がおると話が進まへんわ」
どんな方法を使ってでも木藤友里を見つけたい薔弥と、ささに関しては異常なほど過保護になる百弥がこうして対立してしまうのは必然である。
「ええか?えらい分かりやすぅ説明するとやな、ささを目立たせたいんや」
「あぁ、なるほど。それで友里ちゃんの目に入って、あっちから接触してくればいいなってことですか」
「まぁ、そういうことやな」
百弥一人が取り残された世界で、二人の話が進んでいた。これは本当に策の無くなった薔弥が絞り出した作戦なので多少無茶がある。
ささを何らかの方法で目立たせると言っても、友里がそれを見てくれなければ何の意味もない。薔弥はささのことを撮影した誰かがネットにそれをアップする、もしくは自作自演で公開すれば友里の目に留まる可能性が高いと思っているが、それも絶対ではない。
そもそも友里がそれを見たとしても、あちらから接触する可能性も高いわけでは無いのだ。
「うーん……分かりました。いいですよ」
「おいささ、やめとけよ……」
予想はしていたが、こうもあっさり了承されると手応えがまるで無いので薔弥は苦笑いを浮かべた。一方の百弥はささのことが心配でこの作戦にあまり肯定的ではない。
「大丈夫。もしもの時はももくんが守ってくれるでしょ?」
「お、おう!もちろんだぜ!」
(チョロいわぁ、百弥)
ささにそう言われてしまえば百弥は頷くほかないだろう。これでも尚反対すれば、百弥にささを守り切る自信がないということになってしまうから。百弥はそんな高度(?)なささの口車に気づけていないので、ただ単に馬鹿なだけなのだが。
いつも通りの柔らかい笑みを浮かべたささにそういった魂胆があったかは不明だが、ささの鶴の一声でこの作戦は実行に移されたのだった。
********
薔弥は不気味な笑みを浮かべながらスマホに視線を注いでいて、それはまるで悪役の顔である。場所はささの様子を見ることの出来るカフェで、注文した珈琲は既に飲み干してしまっている。
すると店のドアから新たな客の来訪を知らせる鈴の音が鳴り響く。カジュアルなカフェに巫女服姿のささは異質以外の何者でも無いが、本人は全く気にしていないようだ。
店中の視線を集めながら、ささと百弥は迷わず薔弥の座る席まで向かい、彼と向かい合うように腰を掛けた。
「上手くいったのですか?」
「あぁ。俺が手を煩わせんでも良かったわ。キモーいオタク共がネットに拡散しとるわ」
「よく分かりませんが、それで友里ちゃんの目に入れば第一段階成功ってことですか?」
「せや」
ささの問いを満足気な笑みを浮かべて肯定した薔弥。
店の店員がささと百弥の注文を聞くためにテーブルの横にそっと寄ると、ささと百弥は各々の注文を始めた。
「えっと。ぜんざいとほうじ茶をお願いします」
「俺クリームソーダ」
「ガッキやなぁ」
「あぁ!?」
「この五月蠅い二人は気にせずお願いします」
見た目通りの注文をしたささと百弥。ささは元々和風なものが好きで、百弥は珈琲やお茶に興味が無いのだ。幼稚園児のような注文をした百弥に薔弥は煽る様な笑みを浮かべた。当然百弥は馬鹿の一つ覚えのように突っかかり、店員が顔を青くしてしまっている。
そんな店員の緊張を解すように対照的な笑顔を浮かべたささ。そんな彼女に店員は何度もお辞儀をした後、その場を立ち去った。
「まぁまぁももくん。あとで私のぜんざい半分あげるから」
「ちっ……おい薔弥。ささに感謝しろよ」
「へーへー」
ぜんざいで薔弥に対する怒りを沈めてしまう百弥もどうかと思うが、コーヒーカップの底の輪を観察するばかりで聞く気のない薔弥も薔弥である。
そんな相変わらずの二人をささは温かい眼差しで見守るのだった。
********
「うふふふ、一年生は可愛いなぁ」
「俺たちもこの前まで一年だったんですけど」
多目的室の窓から光を浴びながら、外の新入生たちを眺める明日歌の笑い声は不気味である。多目的室は四階に位置しているので、そこから見下ろすと生徒たちがかなり小さく見える代わりに全体をよく見渡せる。
巧実は苦笑いを浮かべながら、自身たちを指差したが明日歌は何故か酷く衝撃を受けたような表情を浮かべている。
「え!?何ピーマンくん、私に可愛がられたいのかい?」
「思考回路どうなってるんですか」
「まったくだ」
バックに雷が見えるほど驚いたような表情で頓珍漢なことを言った明日歌に、巧実は遥音ばりのツッコみをかました。
遥音が巧実に同調するように頻りに頷いていると、多目的室の扉が昼休み中の透巳によって開かれた。
「あ!透巳くんいらっしゃーい…………ってどしたの?そんな嬉しそうな顔して」
お弁当を片手にF組生徒たちと合流した透巳は見るからに明るい相好で、普段の無表情とはかけ離れていた。
「あぁ、バレちゃいましたか。やっぱり……ふふっ……」
「もう、もったいぶらずに教えてよ。なんか良いことあった?」
堪え切れないように笑い声を零した透巳に、明日歌は拗ねた子供のような表情で尋ねた。弧を描く口元に拳を添えて隠した透巳はそっと口を開く。
「実は俺……今度初めての兄弟が出来るんです」
「この裏切り者」
心底嬉しそうな顔と弾んだ声でその事実を告げた透巳に逸早く反応したのは遥音だ。遥音は以前から周りに兄弟持ちが多いことを不満に思っており、遥音を除いて唯一の一人っ子である透巳に仲間意識を芽生えさせていたのだ。
だが透巳の告白でまたもや遥音はたった一人の一人っ子になってしまったので拗ねているのだ。
「結菜ちゃんがいるじゃないですか、はるとお兄ちゃん」
「お前少し馬鹿にしてるだろ」
「いえ、まったく。これっぽっちも」
微笑みながらいつものトーンで結菜の呼び真似をした透巳を恨めし気に見上げる遥音。だが透巳が怯むわけも無く、動揺を一切見せずに返答した。
「兄弟が出来るって……」
「はい。俺の父さんと、再婚相手の女性との間の子なので、腹違いの兄弟になりますね」
明日歌と兼は体育祭の際に透巳の父親――純と会っていて、その過程でかおりの存在も知っていた。だが他の面々は透巳の家庭の複雑な事情を知らなかったので、サラッと語られた新事実に目を丸くしている。
以前明日歌が純と話した際、彼は透巳が生まれてくるであろう兄弟を喜んでくれるか不安に思っていたが、あれは本当の杞憂だったのだと透巳の反応で理解できた。
「妹でも弟でも可愛がる自信しかありません」
「良かったね、透巳くん」
「はい」
誇らしげに言った透巳は年相応で、明日歌は思わず笑みを浮かべた。
「なので今度の休日、久しぶりに実家に帰ろうかと思いまして」
「へぇ。そうなんだ」
軽くそんなことを言った透巳に明日歌は平淡なトーンで返した。だがその時明日歌が何かを企んでいる様な悪い表情になっていることに遥音は気づいていた。
いつもの突拍子もない思い付きが始まってしまったと予期した遥音は、思わず零れるため息を抑えることが出来なかった。
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その日。珍しく一人で外に出た透巳は、最初から妙な違和感を覚えていた。その違和感の正体には見当がついていたが、無視することにした。気にしたところで結果が同じであることが見えていたからだ。
快晴といって申し分ない空の下、花見をしている家族が多くいる道を透巳は進む。桜の花びらによる絨毯を足で踏みしめながら、透巳は実家へと向かった。
透巳の実家はマンションの一室で、五十階建ての高層マンションである。特待生として入学している透巳は良く勘違いされるのだが、貧乏というわけでは決してない。寧ろ世間一般からすればかなり裕福な家で育っている。
そんな高いビルを見上げた透巳は、先刻からの違和感を振り返った。
「それで。何してるんですか?」
「あれ。ばれちった」
「神坂は最初から気づいていただろう」
困ったような笑みを浮かべながら、明日歌たちに問いかけた透巳。透巳の視線の先にはF組生徒たちが見事に全員集合していた。
明日歌は自身の尾行スキルに謎の自信があったのか、気づかれていたことに驚いていたが、遥音たちはバレバレであることを自覚しながら明日歌の後ろをついてきただけだ。
「何で尾行なんてしてるんですか?」
「いやぁ、透巳くんパパの奥さんに会ってみたくてさぁ」
「ま、そんなとこだろうと思いましたよ」
隠すことなく打ち明けた明日歌に、透巳は驚くことなく返した。そしてそのままマンションの入り口へと足を踏み入れたので、明日歌たちは何食わぬ顔でついていく。
透巳は何も言わなかった。明日歌たちは何も言わないということはついてきても問題ないという意味だと勝手に解釈する。
エレベーターで四五階まで上がると、透巳は〝神坂〟とローマ字で表記された表札の前に立つ。そして躊躇いなくインターホンを押すと、扉の向こう側から微かに足音が聞こえてきた。
「はーい…………何の用?」
「こんにちは。かおりさん」
ドアから顔を覗かせた瞬間、当たり障りのない笑顔を浮かべていたかおりだったが、透巳を視界に入れた途端その表情を曇らせた。
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