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最終章 平凡的幸福論のメソッド
平凡的幸福論のメソッド2
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明日歌たちが高校を卒業してから約一か月。透巳たちは高校三年生になり、ネクタイも二年のベージュから三年の青色に変わっていた。
そんな中この日、透巳は久しぶりに慧馬からの頼みで警視庁を訪れていた。慧馬の頼みは、当然事件解決の手助けをして欲しいというものである。
「で。今回はどんな事件なわけ?」
慧馬の席を堂々と陣取り、自動販売機で買った缶コーヒーを一口飲んで、優雅なコーヒーブレイクを楽しんでいる透巳は興味なさそうに尋ねた。
相変わらず自由な透巳を目の前に顔を顰めた慧馬だったが、こちらが頼んでいる側だったので苦言を呈することは無かった。
「殺人だ」
「どんな?」
「被害者の共通点の分からない連続殺人事件だ」
「……共通点が分からないのに、連続殺人なの?」
慧馬の言っていることは、理屈が通っていなかった。被害者に共通点が無いというのに、それを連続殺人だと断定する根拠は何なのか。本来であれば、別々の、全く関係のない殺人事件の可能性だってあるというのに、それを警察が連続殺人だと思う理由が透巳には分からなかった。
「犯人が一緒なんだよ」
「え。犯人分かってるの?」
「一応な」
「じゃあ解決じゃん。何で俺が……」
透巳の疑問に答えた慧馬だったが、彼の答えで増々透巳は首を傾げる結果になる。犯人が分かっている――事件が解決しているというのに、透巳がわざわざ呼ばれた理由が分からなかったからだ。
「その犯人ってのが、どこにいるのか分からないから困ってるんだよ」
「どこにいるか分からない…………まさかとは思うけど、木藤友里とか言わないよね?」
「……流石だな。そのまさかだ」
「はぁ……めんど」
行方知れずという点において、透巳は一人だけ心当たりのある人物がいた。それが友里だった。透巳からしてみれば当てずっぽうだったのだが、慧馬の感嘆したような表情でその認識が誤りであることを知らされる。
透巳にとっては久しぶりに出てきた名前に、思わず本音が漏れてしまった。
「当たり前だけど、この前の連続殺人とはまた別なんだよね。被害者に共通点が無いってことは」
「あぁ」
以前、廓井圭一が計画し、友里が実行犯となった連続殺人事件は、被害者全員が元犯罪者という共通点があった。計画犯である圭一は逮捕され、今回の事件の被害者に共通点はない。今回の事件は前回の続きではなく、全く別の事件なのだ。
「それで?何で木藤友里が犯人って分かるの?」
「青ノ宮薔弥くんが刺されたときに使われたナイフ。それについてた木藤友里の指紋と、今回の事件の凶器についていた指紋が一致したんだよ」
廓井圭一が企てた連続殺人事件の際に使われた凶器には、木藤友里が犯人だと断定できる程の証拠は残っていなかった。圭一が犯行に慣れていない友里の尻拭いをしていたからだ。
なので警察側が所持している木藤友里の指紋は、彼女が薔弥のことを私怨で襲った際に使われたナイフに残されたものだけだった。
「ふーん……でもさ、被害者と木藤友里の間にこれといった関係は見つかってないんでしょ?」
「それも今回の事件で頭を悩ませていることの一つなんだ。木藤友里には動機が無い。被害者たちと木藤友里の関係、被害者たちの共通点。今俺たちはそれを必死に捜査しているってわけだ」
証拠はあるというのに、動機が不明。その上重要参考人は指名手配もされているほどの行方知れず。刑事たちが頭を悩ませるのも無理はない。
「その被害者、見せてくれる?」
「あぁ。……被害者は現段階で三人。一人は警視庁の刑事だった林道和也、六一歳」
慧馬は写真を一枚差し出すと、その男性についての説明を始めた。それは、恐らく警察手帳に使われていたであろう写真で、制服を着た初老の男性が写っていた。
「刑事、だった……あぁ、定年退職したんだ」
透巳の推測に、慧馬は首肯して返した。六一歳ということは、被害者が定年退職したのはつい最近であることが分かる。
「二人目の被害者は、会社員の桃山一斎、四七歳。三人目の被害者は専業主婦の山下幸、四五歳だ」
「……中年ばっかだね」
「……あぁ、まぁ、そうだな」
無理矢理被害者の間に共通点を見出すのなら、それは全員の年齢が四十代より上という点だけだろう。
机の上に並べられた三人の写真を見た透巳は、ふと気になったことを口にする。
「この林道刑事って、どんな人だったの?」
「さぁな……俺はあんまり話したことが……」
「なら。俺が教えてやろうか?坊主」
透巳の質問に答える術を慧馬は持っていなかった。だがそんな二人の会話に割って入ってきたのは、慧馬と透巳が普段から世話になっている武井であった。
「えっと……武井さん」
「おう、正解だ。偉いぞ、坊主」
「武井さん、透巳を甘やかさないでください」
後ろから肩を組んできた武井の顔をじっと見つめた透巳は、以前頭にインプットした記憶を必死に起こして名前を思い出した。キチンと名前を憶えていた透巳の頭を撫でて褒めた武井だったが、その程度で褒められては透巳がつけあがりそうなので慧馬は苦い相好をした。
「武井さんは、この刑事さんのこと知ってるんですか?」
「あぁ。あんまり相性の合うタイプでは無かったがな」
「それはどういう?」
透巳の問いに何故か顔を顰めて答えた武井は、その刑事のことをどこか苦手にしていたように感じられる。それに逸早く気づいた透巳は、武井が被害者に対して苦手意識を持っていた理由を尋ねた。
「なんつうかなぁ……まさに気難しい昭和の刑事って感じでな。取り調べの尋問もえげつないし、自分のミスとかは絶対に認めないタイプだったな」
「へぇ……それなりに恨まれてそうな人ですね。……木藤友里と関係があるとは思えないけど」
武井が語った林道和也は、まさに誰もが恐れる融通の利かない昭和親父のような刑事だった。そんな人間像であれば、どこかで恨みを買う機会も多かっただろう。
そんな林道和也の人間像を聞いた透巳は、こういう人間が冤罪を生み出してしまうんだろうなと、朧気に思った。
「どうだ?透巳。何か分かったか?」
「木藤友里が犯人じゃないってこと以外は、何にも分かんないね。今のままじゃ」
「……はっ?」
透巳の発言は、慧馬たちにとって想定外過ぎるものだった。透巳にしては珍しく真相に辿り着けていないことはさておき、唯一透巳が分かっている事実自体が衝撃的だったのだ。
木藤友里が犯人だということしか分かっていないはずのこの事件。その唯一の手掛かりその物が間違いであるのなら、増々この事件は迷宮入りしてしまう。
「おい坊主。それはどういうことだ?」
「えっと……理由はまだちょっと言えないんですけど。木藤友里は絶対犯人じゃないですよ」
「おい透巳……またなんか変なこと企んでるんじゃないだろうな?」
「大丈夫大丈夫。そんな変なことはしてないから」
透巳基準での大丈夫が全く信用できない慧馬は、怪訝そうな眼差しで透巳を睨んだ。
友里が絶対犯人では無いと言い切れるほどの情報を透巳が持っているということは明らかだが、慧馬が危惧しているのは何故そんな情報を透巳が手にしているのかという点だ。
また慧馬の知らないところで、透巳が何か暗躍しているのではないかという不安は、恐らく慧馬が死ぬまで付いて回って来てしまうことだろう。
「あ。そういえば兄ちゃん」
「何だよ?」
ふと何かを思い出したように声を上げた透巳に、慧馬は投げやりな感じで尋ねた。またもや透巳に隠し事をされていることで不機嫌になってしまったようだ。
「木藤友里って指名手配されてるから、懸賞金とかあるんだよね?いくらぐらいなの?」
「連続殺人犯だからな。確か今のところ、五百万ぐらいじゃなかったか?事件が発生してからまだそこまで年数がたってないから、こんなもんなんだろうけど」
「ふーん」
何故透巳がそんなことを気にするのか、慧馬は一瞬不思議に思ったが、現段階で分かっていることを素直に教えてやった。だが透巳は興味なさそうに返すだけで、慧馬は増々首を傾げてしまう。
この時慧馬は、一瞬抱いたその疑問を追求しなかったことを、後々心底後悔することになる。
********
透巳が連続殺人事件の件を知った翌日。いつも通り学校に登校した透巳だったが、この日はいつも通りではないことが起こった。
昼休み。鷹雪からの呼び出しで、F組生徒と透巳が保健室に集められたのだ。
その日の保健室は珍しく透巳たち以外の生徒がおらず、いつもとは違う静けさがあった。
「今日は、お前たちの進路を聞いておこうと思ってな」
「え。じゃあ何で俺まで呼ばれたんですか?」
「お前もうF組みたいなもんだろ」
「えぇ……」
鷹雪はただの養護教諭なので、生徒たちの進路相談や三者面談に参加することは無い。だが面倒を見ているF組の生徒たちが将来のことをどう考えているのか、鷹雪は気になっていたのだ。
だが透巳は厳密に言えばF組生徒ではない。F組生徒たちとつるんでいるだけの一般生徒だ。つまりは鷹雪の世話にもなっていない。だが鷹雪は、いつもF組生徒たちと一緒にいる透巳も、自分が世話している生徒だと錯覚していたらしい。
「俺たちは大学進学。そんで卒業したら広告系の会社に勤めようと思ってる」
「双子揃って同じ進路なのか?」
「はい……示し合わせたわけでは無いんですけどね……」
ぶっきらぼうに答えた巧実に、鷹雪は純粋な疑問をぶつけた。そんな鷹雪に苦笑いを浮かべつつ答えたのは宅真だ。性格は正反対の双子だが、やはり根本的な部分は似ているのだろうと、全員が感心している。
「暁弟はどうだ?」
「姉貴たちと、同じ大学……行く」
「ま、そんなとこだろうと思ったよ」
兼の進路はあまりにも予想通りで、全員が苦笑してしまった。ちなみに大学卒業後の進路も明日歌同様決まっていないようで、結果的に二人が遥音の大学をパクった形になった。
「で。神坂はどうなんだ?」
「ねこちゃんと同じ大学の教育学部に行こうかと」
「は……?教育、学部?」
「?はい」
透巳の答えは、今までの想定通りという流れ完全無視の想定外すぎるものだった。
大きな疑問は二つ。一つは、そもそも透巳の進路が決まっていたという点だ。以前、将来の夢が無いと語っていた透巳なので、この短期間の間にどんな心境の変化があったのだろうという疑問である。
二つ目は、そんな透巳が決めた進路がまさかの教育学部だったという点だ。教育学部ということは、将来的に教師になろうとしているということなので、鷹雪たちの当惑も仕方のないものである。
「こう言っちゃなんだが、向いてないと思うぞ」
「知ってますけど」
「じゃあ何で教師なんか……」
「ねこちゃんが教師になりたいみたいなので」
「まさかそれだけの理由とか言わねぇよな?」
鷹雪たちは透巳が自身に教師が向いていないと分かっていながら、それを選択した理由が分からなかった。向いていないというのは、出来ないということと同義ではない。透巳であれば教師になるのは簡単だろう。だが透巳の人間性を理解している者にとって、教師というのはあまりにも似合わない職業なのだ。
そんな鷹雪たちの疑問に対する透巳の答えは、言ってしまえば不純な動機だった。あまりにも現実的でない動機に、巧実は思わず不満を零した。
「ありがとう、巧実くん」
「あ?何でこの流れで礼なんか……」
「俺の将来心配してくれてるんでしょ?」
「いや、心配っつうか……なんだ、その」
図星を突かれたことで、ほんの少し言い淀んでしまう巧実に、透巳は嬉々とした笑みを浮かべた。巧実の意外な一面を発見できたことと、彼が自分の心配をしてくれている事実が、透巳にとっては何よりも嬉しかったのだ。
「でもごめんね。俺、こういう動機じゃないと物事を決められない質だから」
「……はぁ……まぁ、お前が本当にそれでいいなら文句なんてねぇけどよ」
「……」
困ったように笑ってそう言った透巳を目の当たりにした巧実は、ため息をついて折れてやった。透巳の性格も思考回路も、何となく分かり始めてきたからこそ、巧実は納得せざるを得なかったのだ。
そんな巧実をじっと見つめて来た透巳に、巧実は怪訝そうな表情で首を傾げる。
「巧実くん……遥音先輩みたいになろうとしてるの?」
「は?いや、無理だろ。あの人になるとか無理ゲーすぎて、馬鹿馬鹿しいにもほどがあんわ」
何となく、面倒見が良いところが遥音に似てきたと感じた透巳は、唐突に湧いた疑問をそのままぶつけた。だが巧実としてはそんなつもりは毛頭なく、透巳の推測をバッサリと否定した。
「……そうだね、ごめん。よく考えたら巧実くんと遥音先輩なんて、比べるのも烏滸がましいほど性格違うし」
「おい。俺はそこまで貶される前提で否定したんじゃないからな?」
先刻の自身の考えが血迷った結果によるものだと気づいた透巳は、すぐに考えを改めて謝罪した。だが謝罪されたというのに気分が良くなるどころか、貶されたように感じた巧実は、透巳の遠回しなイジリに気づいてしまう。そしてその怒りを蟀谷に青筋を立てることで表現しながらも、必死に口角を上げることで巧実は隠そうと努力するのだった。
そんな中この日、透巳は久しぶりに慧馬からの頼みで警視庁を訪れていた。慧馬の頼みは、当然事件解決の手助けをして欲しいというものである。
「で。今回はどんな事件なわけ?」
慧馬の席を堂々と陣取り、自動販売機で買った缶コーヒーを一口飲んで、優雅なコーヒーブレイクを楽しんでいる透巳は興味なさそうに尋ねた。
相変わらず自由な透巳を目の前に顔を顰めた慧馬だったが、こちらが頼んでいる側だったので苦言を呈することは無かった。
「殺人だ」
「どんな?」
「被害者の共通点の分からない連続殺人事件だ」
「……共通点が分からないのに、連続殺人なの?」
慧馬の言っていることは、理屈が通っていなかった。被害者に共通点が無いというのに、それを連続殺人だと断定する根拠は何なのか。本来であれば、別々の、全く関係のない殺人事件の可能性だってあるというのに、それを警察が連続殺人だと思う理由が透巳には分からなかった。
「犯人が一緒なんだよ」
「え。犯人分かってるの?」
「一応な」
「じゃあ解決じゃん。何で俺が……」
透巳の疑問に答えた慧馬だったが、彼の答えで増々透巳は首を傾げる結果になる。犯人が分かっている――事件が解決しているというのに、透巳がわざわざ呼ばれた理由が分からなかったからだ。
「その犯人ってのが、どこにいるのか分からないから困ってるんだよ」
「どこにいるか分からない…………まさかとは思うけど、木藤友里とか言わないよね?」
「……流石だな。そのまさかだ」
「はぁ……めんど」
行方知れずという点において、透巳は一人だけ心当たりのある人物がいた。それが友里だった。透巳からしてみれば当てずっぽうだったのだが、慧馬の感嘆したような表情でその認識が誤りであることを知らされる。
透巳にとっては久しぶりに出てきた名前に、思わず本音が漏れてしまった。
「当たり前だけど、この前の連続殺人とはまた別なんだよね。被害者に共通点が無いってことは」
「あぁ」
以前、廓井圭一が計画し、友里が実行犯となった連続殺人事件は、被害者全員が元犯罪者という共通点があった。計画犯である圭一は逮捕され、今回の事件の被害者に共通点はない。今回の事件は前回の続きではなく、全く別の事件なのだ。
「それで?何で木藤友里が犯人って分かるの?」
「青ノ宮薔弥くんが刺されたときに使われたナイフ。それについてた木藤友里の指紋と、今回の事件の凶器についていた指紋が一致したんだよ」
廓井圭一が企てた連続殺人事件の際に使われた凶器には、木藤友里が犯人だと断定できる程の証拠は残っていなかった。圭一が犯行に慣れていない友里の尻拭いをしていたからだ。
なので警察側が所持している木藤友里の指紋は、彼女が薔弥のことを私怨で襲った際に使われたナイフに残されたものだけだった。
「ふーん……でもさ、被害者と木藤友里の間にこれといった関係は見つかってないんでしょ?」
「それも今回の事件で頭を悩ませていることの一つなんだ。木藤友里には動機が無い。被害者たちと木藤友里の関係、被害者たちの共通点。今俺たちはそれを必死に捜査しているってわけだ」
証拠はあるというのに、動機が不明。その上重要参考人は指名手配もされているほどの行方知れず。刑事たちが頭を悩ませるのも無理はない。
「その被害者、見せてくれる?」
「あぁ。……被害者は現段階で三人。一人は警視庁の刑事だった林道和也、六一歳」
慧馬は写真を一枚差し出すと、その男性についての説明を始めた。それは、恐らく警察手帳に使われていたであろう写真で、制服を着た初老の男性が写っていた。
「刑事、だった……あぁ、定年退職したんだ」
透巳の推測に、慧馬は首肯して返した。六一歳ということは、被害者が定年退職したのはつい最近であることが分かる。
「二人目の被害者は、会社員の桃山一斎、四七歳。三人目の被害者は専業主婦の山下幸、四五歳だ」
「……中年ばっかだね」
「……あぁ、まぁ、そうだな」
無理矢理被害者の間に共通点を見出すのなら、それは全員の年齢が四十代より上という点だけだろう。
机の上に並べられた三人の写真を見た透巳は、ふと気になったことを口にする。
「この林道刑事って、どんな人だったの?」
「さぁな……俺はあんまり話したことが……」
「なら。俺が教えてやろうか?坊主」
透巳の質問に答える術を慧馬は持っていなかった。だがそんな二人の会話に割って入ってきたのは、慧馬と透巳が普段から世話になっている武井であった。
「えっと……武井さん」
「おう、正解だ。偉いぞ、坊主」
「武井さん、透巳を甘やかさないでください」
後ろから肩を組んできた武井の顔をじっと見つめた透巳は、以前頭にインプットした記憶を必死に起こして名前を思い出した。キチンと名前を憶えていた透巳の頭を撫でて褒めた武井だったが、その程度で褒められては透巳がつけあがりそうなので慧馬は苦い相好をした。
「武井さんは、この刑事さんのこと知ってるんですか?」
「あぁ。あんまり相性の合うタイプでは無かったがな」
「それはどういう?」
透巳の問いに何故か顔を顰めて答えた武井は、その刑事のことをどこか苦手にしていたように感じられる。それに逸早く気づいた透巳は、武井が被害者に対して苦手意識を持っていた理由を尋ねた。
「なんつうかなぁ……まさに気難しい昭和の刑事って感じでな。取り調べの尋問もえげつないし、自分のミスとかは絶対に認めないタイプだったな」
「へぇ……それなりに恨まれてそうな人ですね。……木藤友里と関係があるとは思えないけど」
武井が語った林道和也は、まさに誰もが恐れる融通の利かない昭和親父のような刑事だった。そんな人間像であれば、どこかで恨みを買う機会も多かっただろう。
そんな林道和也の人間像を聞いた透巳は、こういう人間が冤罪を生み出してしまうんだろうなと、朧気に思った。
「どうだ?透巳。何か分かったか?」
「木藤友里が犯人じゃないってこと以外は、何にも分かんないね。今のままじゃ」
「……はっ?」
透巳の発言は、慧馬たちにとって想定外過ぎるものだった。透巳にしては珍しく真相に辿り着けていないことはさておき、唯一透巳が分かっている事実自体が衝撃的だったのだ。
木藤友里が犯人だということしか分かっていないはずのこの事件。その唯一の手掛かりその物が間違いであるのなら、増々この事件は迷宮入りしてしまう。
「おい坊主。それはどういうことだ?」
「えっと……理由はまだちょっと言えないんですけど。木藤友里は絶対犯人じゃないですよ」
「おい透巳……またなんか変なこと企んでるんじゃないだろうな?」
「大丈夫大丈夫。そんな変なことはしてないから」
透巳基準での大丈夫が全く信用できない慧馬は、怪訝そうな眼差しで透巳を睨んだ。
友里が絶対犯人では無いと言い切れるほどの情報を透巳が持っているということは明らかだが、慧馬が危惧しているのは何故そんな情報を透巳が手にしているのかという点だ。
また慧馬の知らないところで、透巳が何か暗躍しているのではないかという不安は、恐らく慧馬が死ぬまで付いて回って来てしまうことだろう。
「あ。そういえば兄ちゃん」
「何だよ?」
ふと何かを思い出したように声を上げた透巳に、慧馬は投げやりな感じで尋ねた。またもや透巳に隠し事をされていることで不機嫌になってしまったようだ。
「木藤友里って指名手配されてるから、懸賞金とかあるんだよね?いくらぐらいなの?」
「連続殺人犯だからな。確か今のところ、五百万ぐらいじゃなかったか?事件が発生してからまだそこまで年数がたってないから、こんなもんなんだろうけど」
「ふーん」
何故透巳がそんなことを気にするのか、慧馬は一瞬不思議に思ったが、現段階で分かっていることを素直に教えてやった。だが透巳は興味なさそうに返すだけで、慧馬は増々首を傾げてしまう。
この時慧馬は、一瞬抱いたその疑問を追求しなかったことを、後々心底後悔することになる。
********
透巳が連続殺人事件の件を知った翌日。いつも通り学校に登校した透巳だったが、この日はいつも通りではないことが起こった。
昼休み。鷹雪からの呼び出しで、F組生徒と透巳が保健室に集められたのだ。
その日の保健室は珍しく透巳たち以外の生徒がおらず、いつもとは違う静けさがあった。
「今日は、お前たちの進路を聞いておこうと思ってな」
「え。じゃあ何で俺まで呼ばれたんですか?」
「お前もうF組みたいなもんだろ」
「えぇ……」
鷹雪はただの養護教諭なので、生徒たちの進路相談や三者面談に参加することは無い。だが面倒を見ているF組の生徒たちが将来のことをどう考えているのか、鷹雪は気になっていたのだ。
だが透巳は厳密に言えばF組生徒ではない。F組生徒たちとつるんでいるだけの一般生徒だ。つまりは鷹雪の世話にもなっていない。だが鷹雪は、いつもF組生徒たちと一緒にいる透巳も、自分が世話している生徒だと錯覚していたらしい。
「俺たちは大学進学。そんで卒業したら広告系の会社に勤めようと思ってる」
「双子揃って同じ進路なのか?」
「はい……示し合わせたわけでは無いんですけどね……」
ぶっきらぼうに答えた巧実に、鷹雪は純粋な疑問をぶつけた。そんな鷹雪に苦笑いを浮かべつつ答えたのは宅真だ。性格は正反対の双子だが、やはり根本的な部分は似ているのだろうと、全員が感心している。
「暁弟はどうだ?」
「姉貴たちと、同じ大学……行く」
「ま、そんなとこだろうと思ったよ」
兼の進路はあまりにも予想通りで、全員が苦笑してしまった。ちなみに大学卒業後の進路も明日歌同様決まっていないようで、結果的に二人が遥音の大学をパクった形になった。
「で。神坂はどうなんだ?」
「ねこちゃんと同じ大学の教育学部に行こうかと」
「は……?教育、学部?」
「?はい」
透巳の答えは、今までの想定通りという流れ完全無視の想定外すぎるものだった。
大きな疑問は二つ。一つは、そもそも透巳の進路が決まっていたという点だ。以前、将来の夢が無いと語っていた透巳なので、この短期間の間にどんな心境の変化があったのだろうという疑問である。
二つ目は、そんな透巳が決めた進路がまさかの教育学部だったという点だ。教育学部ということは、将来的に教師になろうとしているということなので、鷹雪たちの当惑も仕方のないものである。
「こう言っちゃなんだが、向いてないと思うぞ」
「知ってますけど」
「じゃあ何で教師なんか……」
「ねこちゃんが教師になりたいみたいなので」
「まさかそれだけの理由とか言わねぇよな?」
鷹雪たちは透巳が自身に教師が向いていないと分かっていながら、それを選択した理由が分からなかった。向いていないというのは、出来ないということと同義ではない。透巳であれば教師になるのは簡単だろう。だが透巳の人間性を理解している者にとって、教師というのはあまりにも似合わない職業なのだ。
そんな鷹雪たちの疑問に対する透巳の答えは、言ってしまえば不純な動機だった。あまりにも現実的でない動機に、巧実は思わず不満を零した。
「ありがとう、巧実くん」
「あ?何でこの流れで礼なんか……」
「俺の将来心配してくれてるんでしょ?」
「いや、心配っつうか……なんだ、その」
図星を突かれたことで、ほんの少し言い淀んでしまう巧実に、透巳は嬉々とした笑みを浮かべた。巧実の意外な一面を発見できたことと、彼が自分の心配をしてくれている事実が、透巳にとっては何よりも嬉しかったのだ。
「でもごめんね。俺、こういう動機じゃないと物事を決められない質だから」
「……はぁ……まぁ、お前が本当にそれでいいなら文句なんてねぇけどよ」
「……」
困ったように笑ってそう言った透巳を目の当たりにした巧実は、ため息をついて折れてやった。透巳の性格も思考回路も、何となく分かり始めてきたからこそ、巧実は納得せざるを得なかったのだ。
そんな巧実をじっと見つめて来た透巳に、巧実は怪訝そうな表情で首を傾げる。
「巧実くん……遥音先輩みたいになろうとしてるの?」
「は?いや、無理だろ。あの人になるとか無理ゲーすぎて、馬鹿馬鹿しいにもほどがあんわ」
何となく、面倒見が良いところが遥音に似てきたと感じた透巳は、唐突に湧いた疑問をそのままぶつけた。だが巧実としてはそんなつもりは毛頭なく、透巳の推測をバッサリと否定した。
「……そうだね、ごめん。よく考えたら巧実くんと遥音先輩なんて、比べるのも烏滸がましいほど性格違うし」
「おい。俺はそこまで貶される前提で否定したんじゃないからな?」
先刻の自身の考えが血迷った結果によるものだと気づいた透巳は、すぐに考えを改めて謝罪した。だが謝罪されたというのに気分が良くなるどころか、貶されたように感じた巧実は、透巳の遠回しなイジリに気づいてしまう。そしてその怒りを蟀谷に青筋を立てることで表現しながらも、必死に口角を上げることで巧実は隠そうと努力するのだった。
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