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第3章
#04
しおりを挟む『ホーリィ』
聞き覚えの無い名前。
けれど口にすればどこか懐かしく目の奥が熱くなるほど切なく胸を締め付ける、名前。
それが何を意味するのかは判らない。自分は少年の身の上どころか自分の正体すら判らない。けれどこれが少年の名であるのだと、妙な確信が有った。
意識の無い頬を指でなぞる。
少年が寝ぐらにしている岩の張り出しは二人入れば少し窮屈で、寝転がってしまえばどうしてもどこかが触れ合ってしまう。けれどこうやって隣に居ることが、小さな身体に触れていることが妙に自然に感じた。
目を閉じる。
煙のにおい。
炎の気配。
伸ばせども、伸ばせども触れることのできなかった指。
失った記憶の何処かで会っていたのかも知れない。
自分を知っていたから助けてくれたのかも知れない。
そもそも
自分の居場所はここだったのかも知れない。
自分が少年の暮らしを異質だと感じたことも、帳面や菓子の謎も、もうどうでも良かった。
少年が既知の存在で
自分の居場所がここで
お互いが、生きている。
ならば他に考えるべきことなど、無い。
どうせ忘れてしまったことなんて、たいしたことではないのだ。
頭の隅に、胸の奥に残る違和感に蓋をする。
それでいい。
それでいい。
もう何も思い煩うことは無い。
幸いにして一人くらい住人が増えても食うに困らない実りがここには有る。少年にその習慣は無さそうだが小さな川と池には魚や貝も見られる。捌いて干せば食べられるだろう。
ここで少年と二人、豊かな自然に任せて暮らしてゆけば良いのだ。
そう考えれば少し気が楽になった。
今は少しでもこの少年が安心して眠れれば良い。
いつしか、自分の指が少年の手に握られていることに気付く。そういえば陽が落ちると少年はこの指を握って眠るようになっていた。
手の中に指を握り込んだときの少年は泣き出す前のような、それでいて安堵したような不思議な表情を浮かべる。
事情は知らない。
けれど目の前の存在を護らねばならないことだけは判っていた。何故かそう『刻まれていた』。
助けられたのは自分のほうであるのに護るべき存在であると感じていた。
だから。
「……一緒に居てやるよ」
小さく呟く。
「……お前を、ずっと探してた気がする」
おそらくは、きっと。
「……俺の還る場所はここだったんだ」
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