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第4章
#01
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穀物粉、ジャム、コンフィチュール。
変質や虫喰いは無いようだ。
飴、溶けていない。糖蜜も綺麗に透き通っている。
ナッツのクリーム、缶の腐食は無い。
ひとつひとつ確認し、リストにチェックを書き込んでゆく。厚く漉かれた樹皮紙を表紙に紐綴じされた紙の束。ページを捲るごとに馴染んだ筆跡が遠くなってゆく。
癖の強い字で書かれた、ガレットのサイン。
あの黒い竜巻は森から来た。森へ入った調査隊は、随行したクルー達は無事だろうか。
──ガレットは、無事だろうか。
自分達の、否、この船の父とも兄とも言える存在。その付き合いと面倒見の良さから彼を慕うクルーや取引先も多い。彼がここに居ないのは正直、痛い。
兄も治療に入った今、船の管理はプラリネの手に余った。
航行管理や商談があるわけではないが、兄かガレットが戻ってくるまではこの船を守らなければならない。流石に未知の世界で船から逃げ出そうとするクルーはいないと思うが、先の見えない不安は必ず彼らを蝕んでゆくだろう。
「ガナッシュ……」
チェックの終わった帳面を胸に抱き締める。
「……ガレットさん……」
無事であって欲しい。
無事であって欲しい。
二人ともこの船に戻って、いつも通りに。
目を閉じる。
天を仰ぐ。
じんわりと視界をボヤけさせていた涙が鼻の奥を通り喉の方へと逃げてゆくのを感じながら瞬きを繰り返す。
兄もガレットも居ない今、この船の責任者は自分だ。不安に泣いている場合ではない。
帳面を閉じたところへ、ぽんと肩を叩かれた。
「姐さん、検品どうだい」
「……ジャーキーさん」
ガレットよりも頭ひとつ分は高いところにある、浅黒い顔。人懐っこい笑みにほっとする。
「……ええ、そうね。酵母の瓶が三つ駄目になってしまっていたわ。もったいないけどこれは捨てなきゃね」
「代わりのを育てるかい?瓶、出そうか」
「……どうしようかしら……いえ、暫くは仕事にならないしクルーのみんなに堅パンを焼くだけなら今ある分で暫く足りると思うわ」
洞窟を出たとしてもどこに港があるかもわからないのだ。材料は温存したほうが良いだろう。
「じゃあ、駄目になっちまったって酵母貰っていいかい?」
「食べたらお腹を壊すと思うのだけど」
まさか傷んだ生の酵母をすすったりはしないだろうが……心配は顔に出てしまったらしい。頭をぐりぐりと撫でられる。
「食わんよ。魚を捕るんだ」
干しとこうぜ、との言葉に納得して頷いた。商品や材料の在庫ばかりに気を取られて船の食料を新規調達する考えがどこかに飛んでしまっていた。酵母だって足りるとは言ったものの堅パンの在庫だって確認していない。
「ごめんなさい……」
陸の仕事が無いとはいえ、倉庫にばかりかまけてもいられない。
「在庫管理は最優先だとしても……魔除けも私だけじゃ心許ないから護符を貼らなきゃ……陽が当たらないから船上菜園のハーブも心配だしここを脱出するためには外の様子も見なくちゃね。怪我した人のお薬は足りてる?包帯は?あ、そうしたら真水もそろそろ作らなきゃ……」
「待った待った」
ぷに、と両頬をつままれて口を閉ざさざるを得なくなってしまった。
「……いいか、姐さんにしかできない仕事はふたつだけだ」
視線を合わせた瞳が真っ直ぐ見据えてくる。
「ひとつは、みんなの報告を聞いてまとめること」
頬をつまんでいた手が離れ、今度は掌で挟み込む。
「もうひとつは」
「……いつも通り、みんなを励ましとくれ」
目の前に屈み込む大きな身体の後ろから女性の声が飛んできた。
「オレが言おうとしたのに」
「誰が言ったって変わんないよ」
女性にしては長身の、すらりとしたエプロン姿。頬を挟んでいた手が離れた。
「……キャンディさん……」
キャンディ。職人を統括している『キャンディストライクのオカアサン』だ。
「あたし達だって在庫の傷み具合くらい判るし堅パンとかクラッカーの減り具合も知ってる。倉庫番のみんなと組んだら在庫管理なんてあっという間だよ」
今は客もいないから菓子職人も手が空いてるしね、と笑うキャンディに、そして少しだけむくれているジャーキーに頭を下げる。
「ごめんなさい……みんなを信じていないわけじゃないの……ガレットさんもガナッシュもいなくて、私」
「色々言わなくて良いんだ。船長らしく命じておくれ」
温かい声に、詰まりそうになる喉をこくりと鳴らして顔を上げる。
「じゃあ……皆さんを甲板に集めてください」
変質や虫喰いは無いようだ。
飴、溶けていない。糖蜜も綺麗に透き通っている。
ナッツのクリーム、缶の腐食は無い。
ひとつひとつ確認し、リストにチェックを書き込んでゆく。厚く漉かれた樹皮紙を表紙に紐綴じされた紙の束。ページを捲るごとに馴染んだ筆跡が遠くなってゆく。
癖の強い字で書かれた、ガレットのサイン。
あの黒い竜巻は森から来た。森へ入った調査隊は、随行したクルー達は無事だろうか。
──ガレットは、無事だろうか。
自分達の、否、この船の父とも兄とも言える存在。その付き合いと面倒見の良さから彼を慕うクルーや取引先も多い。彼がここに居ないのは正直、痛い。
兄も治療に入った今、船の管理はプラリネの手に余った。
航行管理や商談があるわけではないが、兄かガレットが戻ってくるまではこの船を守らなければならない。流石に未知の世界で船から逃げ出そうとするクルーはいないと思うが、先の見えない不安は必ず彼らを蝕んでゆくだろう。
「ガナッシュ……」
チェックの終わった帳面を胸に抱き締める。
「……ガレットさん……」
無事であって欲しい。
無事であって欲しい。
二人ともこの船に戻って、いつも通りに。
目を閉じる。
天を仰ぐ。
じんわりと視界をボヤけさせていた涙が鼻の奥を通り喉の方へと逃げてゆくのを感じながら瞬きを繰り返す。
兄もガレットも居ない今、この船の責任者は自分だ。不安に泣いている場合ではない。
帳面を閉じたところへ、ぽんと肩を叩かれた。
「姐さん、検品どうだい」
「……ジャーキーさん」
ガレットよりも頭ひとつ分は高いところにある、浅黒い顔。人懐っこい笑みにほっとする。
「……ええ、そうね。酵母の瓶が三つ駄目になってしまっていたわ。もったいないけどこれは捨てなきゃね」
「代わりのを育てるかい?瓶、出そうか」
「……どうしようかしら……いえ、暫くは仕事にならないしクルーのみんなに堅パンを焼くだけなら今ある分で暫く足りると思うわ」
洞窟を出たとしてもどこに港があるかもわからないのだ。材料は温存したほうが良いだろう。
「じゃあ、駄目になっちまったって酵母貰っていいかい?」
「食べたらお腹を壊すと思うのだけど」
まさか傷んだ生の酵母をすすったりはしないだろうが……心配は顔に出てしまったらしい。頭をぐりぐりと撫でられる。
「食わんよ。魚を捕るんだ」
干しとこうぜ、との言葉に納得して頷いた。商品や材料の在庫ばかりに気を取られて船の食料を新規調達する考えがどこかに飛んでしまっていた。酵母だって足りるとは言ったものの堅パンの在庫だって確認していない。
「ごめんなさい……」
陸の仕事が無いとはいえ、倉庫にばかりかまけてもいられない。
「在庫管理は最優先だとしても……魔除けも私だけじゃ心許ないから護符を貼らなきゃ……陽が当たらないから船上菜園のハーブも心配だしここを脱出するためには外の様子も見なくちゃね。怪我した人のお薬は足りてる?包帯は?あ、そうしたら真水もそろそろ作らなきゃ……」
「待った待った」
ぷに、と両頬をつままれて口を閉ざさざるを得なくなってしまった。
「……いいか、姐さんにしかできない仕事はふたつだけだ」
視線を合わせた瞳が真っ直ぐ見据えてくる。
「ひとつは、みんなの報告を聞いてまとめること」
頬をつまんでいた手が離れ、今度は掌で挟み込む。
「もうひとつは」
「……いつも通り、みんなを励ましとくれ」
目の前に屈み込む大きな身体の後ろから女性の声が飛んできた。
「オレが言おうとしたのに」
「誰が言ったって変わんないよ」
女性にしては長身の、すらりとしたエプロン姿。頬を挟んでいた手が離れた。
「……キャンディさん……」
キャンディ。職人を統括している『キャンディストライクのオカアサン』だ。
「あたし達だって在庫の傷み具合くらい判るし堅パンとかクラッカーの減り具合も知ってる。倉庫番のみんなと組んだら在庫管理なんてあっという間だよ」
今は客もいないから菓子職人も手が空いてるしね、と笑うキャンディに、そして少しだけむくれているジャーキーに頭を下げる。
「ごめんなさい……みんなを信じていないわけじゃないの……ガレットさんもガナッシュもいなくて、私」
「色々言わなくて良いんだ。船長らしく命じておくれ」
温かい声に、詰まりそうになる喉をこくりと鳴らして顔を上げる。
「じゃあ……皆さんを甲板に集めてください」
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