お菓子の船と迷子の鳩

緋宮閑流

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第4章

#03

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船外調査を頼んでから2日後、プラリネは目の前に置かれた報告書と『それ』に震えていた。
どう反応して良いのかわからない。
どう行動して良いのかわからない。

それは、紙の船だった。
菓子の包み紙で折った、船。

洞窟の奥、水流の滞るところに浮いていたと報告書にはあった。印刷された紋章は放射状に開いた羽根と赤い石、間違いなくキャンディストライクのもの。包み紙の色は販売予定の無い、船員のためのもの。そして紙で作られた船が朽ちても崩れてもいないという事実。
取り残されたクルーの誰かが、生きている。この船は殆どの船員が折れるから誰の作品かまではわからないけれど。
包み紙の船をそっと掌で包んで胸に寄せた。温度の無いものなのに、どこか温かい。

無事でいて。

今は祈るしか無い。けれど。

必ず迎えに行くから。

願わくば……
否、本当はそんなこと、願ってはいけない立場なのかも知れない。
でも。
紙の船を握る手に少しだけ力を込める。

願わくば、願わくばその人が、ガレットでありますように、と──



しかし結局、洞窟の奥へは進むことができなかった。
あれからクルーを増やして洞窟の奥を探ったけれど、奥へ進むにつれて水路は細く複雑になるばかり。偵察船代わりの艀船すら入れる水路が見つからなくなり、水路の探索は打ち切らざるを得なくなった。
これ以上探索を続ければ本当に物資が尽きてしまう。それではこの船を守れない。
船は洞窟を出て沿岸を進んでいた。
黒い竜巻の影は無く、穏やかに凪いだ海が続いている。
ジャーキーやキャンディ、そしてクルー達の協力により修繕や整備も滞りなく進んだ。職人たちも日持ちのする菓子からストックを作り始めている。手空きの者が作ることになっている紙袋や箱も少しずつ数を増やし始めていた。とりあえずは順調な再出発だと言えるだろう。
けれど。
見張り台の上でひとり、プラリネは深いため息をつく。
包み紙の船が見つかった日、まだ復調しない兄とグランマに報告に行った。眠り続ける兄はともかくグランマは喜んでくれると思ったのだが、出発を急かすばかりでマトモに会話ができなかったのだ。

──ハヤク ホシヲ マイテ……
いつも淡々と、どちらかといえば無機質なはずのその声がひどく焦って聞こえた。
──ハヤク オカシヲ ミンナニ……コノママジャ フネガ……ボクガ キエル……

あれはどういうことだったのだろう。
グランマの考えていることはイマイチ判りづらいことがある。
兄には通じているようだが。
星というのが何なのか、お菓子を売らないことが何だというのか、それがどう船に、グランマに繋がるのか、プラリネには解らない。いま大切なのは船とクルーを守ることだ。
……皆を大切に思う気持ちはグランマも同じだと思っていたのだけれど。
「……私だけ空回っているのかしら……」
もう何度目かも判らない、深い、溜息。
兄なら、ガナッシュならどうするだろう。
どう、思うのだろう。
どう……

「やーめやめ!!」
ぱん!と見張り台の手すりを叩く。
自分は自分、キャンディストライク号双子船長の一人、プラリネでしかない。どう頑張ったって兄にはなれない。この両手に握れるものには限りがあるのだ。

できることしか、できない。
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