お菓子の船と迷子の鳩

緋宮閑流

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第4章

#04

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その港が見えてきたのは出航した翌々日、霧の壁に薄められた夕陽が海を柔らかく染める頃だった。

一言で港、と呼んでしまうと語弊が有るかも知れない。最初は湾になっていることしか判らなかったのだから。
夜をその湾で過ごそうと湾内へ侵入したとき、小さな船が数艘こちらへ向かってきたのだ。自分達のものとは似て非なる言語に戸惑いはしたものの、相手に少なくとも面に出るような敵意は無かったため身振り手振りを駆使してなんとかこの湾で過ごす許可を貰ったのだった。

割とあっさりと要望が通ったのには理由があった。
湾の奥には商船が数隻停泊している。見覚えの有る船ばかり、プロミネンスウィンディアから共に来た船たちだ。
恐らく彼らが先に現地の人々と遭遇し、霧の向こうから来た人間が害をなすものではないと解ってもらえていたのだろう。出遅れたことが逆に幸運となったようだ。

彼らが停泊している辺りへ船をつけるよう案内される。先に停泊していた船たちは見張り台のカンテラをちかちかと瞬かせたり旗や手を振ったりして湾の新参者を拒否することなく迎え入れてくれた。
有り難く手を振って応える。
「リトル・レディ?リトル・レディじゃないかね!無事だったのか!」
そこへ拡声管から呼びかけてきた船があった。アレグロサンセット号だ。
主に高級布を扱う商船なのだが船長は案外気さくな人物で、船上茶話会にも何度か来てくれた。甘いものが好きなのだそうだ。
彼の船は大型船でこそないが高級品を扱うため遠見や風読みの魔具を持ち、装備は細やかに整っているはずなのだが、その船がこんな場所で足踏みしているのが意外だった。

「ごきげんよう、ジョーゼット船長。アレグロサンセット号も避難を?もう先に行かれたと思っていましたわ」
ジャーキーに指示してアレグロサンセット号の傍につけ、使い魔通信を開く。見張り台の手摺りに取り付けられた球体にアレグロサンセット号の紋章を指先で絵描けば、隣人と通信が繋がった。これで拡声器で騒がなくても会話が可能だ。
「ああ……どこの船かはわからんが、やたらすばしっこい船に衝突されたのだよ……ようやく修理が終わったところだ」
穴が空いてしまってね、と苦々しげな声が告げる。こんな衝突事故があちこちで起こっていたのだろうか……あれだけ船が密集していたらそんなこともあるかもしれないが。
「こちらも他の船に横腹を当てられてしまって……岩の窪みで修理を」
「そうか……それはお互い災難だったな。ともかく無事で良かった。それにしてもプラリネ嬢が見張りとは珍しい」
ガナッシュ君は、と聞かれて怪我をした旨だけ告げる。ジョーゼットはこんな時にも綺麗に整えた口髭の端をしばらく弄り……再び口を開いた。

「……さて、菓子商船キャンディストライク号にすぐ出せる菓子はあるかね?」
「え……?……あ、はい、海洋薄荷の飴と堅焼きクッキーがお出しできます。そちらのお船ぶんのスポンジサンドなら夜半にはお届けできますが……」
それでは遅いかしら、と尋ねれば大いに結構、と返された。
「実はこの集落と交流してみようと思っていてね……使いを出しているんだ」
「ここで……」
「左様、本隊にはだいぶ遅れをとってしまっただろう?ここは見たところ大きくもない漁村だ。取引先として期待しているわけではないが、言葉と風習くらいは学べるかも知れん」
ジョーゼットは口角を上げた。
「ガナッシュ君が怪我をしているならとりあえず安心できる停泊地が必要だろう。どうだい、リトル・レディも一口乗らんかね?キャンディストライク製の菓子が有れば心強い」

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