紅き鬣と真珠の鱗

緋宮閑流

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第3章 月の里

3-5 オニイサマ

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「水、ねぇ……」
イスカは、否、イスカの属する群れは水場を欲している……と、話はなんとなく解った。
陸に棲まう者たちの糧は、基本的に真水だ。それも理解している。しかし。
「なんでオレ?」
「……ダメ……かしら」
「いやダメとかじゃなくてよ……水場が枯れたなら移動すりゃ良いンじゃねぇ?」
実際、他の動物は大半がそうしている。
食物や水が枯れればそこには住めないのだから、乾燥に耐えられないなら移動するのはごく自然な選択肢だろうに。
指摘してやるとイスカは顔を顰めて小首を傾げた。
「……移動したことないから……」
「それは水とか食いもんが潤沢だったからだろ?」
「たくさん有るっていうほどではないけど……元々有った湧水に龍神様が分けてくれた泉がふたつ有って、なんとか生きていける感じかしら」
生きていけるだけのものがあるなら移動する必要も無いから移動しなかったのは特に不思議なことでも……そこまで考えて、はた、と気付く。
……『龍が分けてくれた泉』?
龍が、分けた?
「……ここに龍が来たことがあンのか?水場を分けるってどういうことだよ」
「ちょ、ツミ?ちょっと待って?」
乗り出した半身をぐいと押し戻される。必要以上に力が入ってしまっていたことに気づいて頭を掻いた。
「……悪ぃ」
「……ちょっとびっくりしただけだから大丈夫」
イスカは大きく息をつく。
「私の集落……えっと、群れにはね、湧水がみっつ有るの。そのうちふたつはひいお爺様が龍神様に頂いたものなのですって」
ヒイオジイサマというのはオトウサマのオトウサマのオトウサマ、との解説が付け加えられる。ニンゲンの寿命を考えると、イスカにとっては相当昔の話だろう。しかし。
「……どんな龍か……判るか?」
マトモな答が返らないつもりで聞いてみればイスカは、正確ではないかも知れないけれど、と前置いて話し出した。
「その龍神様は、お父様やお母様がいらした頃までは降臨されていたみたい。白い肌に銀の髪だったって……」
「……龍型は?」
「ごめんなさい。私ではわからないの」
声が沈む。
「……直接お会いしたことが無いから……」
「……じゃあ、オトウサマかオカアサマに話は聞けないのか?」
言い募った言葉に、イスカは首を振った。
「お父様もお母様ももういないのよ。私が幼い頃に死んでしまったから。でも」
視線が上がる。
「お兄様なら少しは知っているかもしれないわ」


「お初にお目にかかる。コルリと申します」
そのニンゲンは低く身体を折り畳んだまま、そう名乗った。
これがイスカの『オニイサマ』らしい。
このオニイサマも、イスカが自分のものだという木材で作られた巣も、おおよそニンゲンと聞いて予想される量の瘴気を感じない。瘴気の浄化ができるのか、もしくはそもそもが似て非なる種族なのか、意図してニンゲン種族との関わりを避けてきた自分には見分けが付かなかった。
「あー……顔が見えねぇから伸びてくれ」
この巣に入ったときから平べったくなったまま動かないコルリに声を掛ける。どうも顔の見えない方向を向かれると居心地が悪い。ニンゲンには尾が無いからかもしれない。
改めてこちらへ向き直ったその顔は、イスカとよく似ていた、が……
「……ん?お前……」
胸元に知った気配が有る。それが何かを認識した途端、前脚が勝手にコルリの喉元を引っ掴んでいた。
「お前……コイツをどこで……っ?!」
「ちょっ……?!ツミ……?!」
イスカが乗り出す気配があったが、コルリは片方の前脚を上げた。止まれという合図らしい。
「……ご存知でしたか」
落ち着き払った声は名乗ったときの口調を崩しはしなかった。海底の闇にも似た黒い瞳は瞬きこそすれ、揺らぎは無い。

「そのことをお聞きにいらしたのでしょう?私の存じていることであれば全てお話致します……とは申しましても私も幼い頃のことゆえ、覚えていることもさほど多くはございませぬが」
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