28 / 34
第4章 水底
4-5 青海龍
しおりを挟む──海面は遠く凪いでいた。
けれど、物事は表層に出るものが全てだとは限らない。
現在の、この海のように。
『青海龍』アラナミが眺めるのは水平線の向こうに揺れる陸の影だった。
蒼く揺蕩う影は、しかしそこに島が在ると確約するものではない。遠く遠く離れた島の影が光の悪戯でそこに像を結ぶこともあるのだ。
悪意によるものでないとはいえ、穢れを隠してきらきらと輝く海面も虚構の島もアラナミを静かに打ちのめす。
真面目で意地っ張りな弟分が姿を消してどのくらい経っただろう。
新たな龍が生まれるのであればまたそれも致し方無しとは構えていたけれど、未だにその兆候は無い。それは弟分である『瘴気喰い』ワダツミが存命であることを示している。どこかで力を失ったか、もしくは海の力が遠く及ばない地に隠れているのか、彼の気配が捜索の網に掛からぬ理由は判らない。けれど確実に、この世界のどこかに生きている。
解っているからこそ落ち着かない。
あれは短気で狭量、いつも仏頂面でものの言い様もわきまえぬが仕事には真面目な龍長だ。戯れにお役目を放り出して遊び回るような者ではない。そんな彼が生きているのにもかかわらず戻ってこないということは、即ち彼自身にも処理できない事態に陥っているということだ。
──俺を呼べ
苦しんでいるのなら。
──俺を呼べ、ワダツミ
救いに行ってやるから。海の届くところならどこへでも。
そう、思っているのに。
「……なんで、呼ばねぇんだよ」
波の乙女からもたらされる情報は今日も空虚だ。
治める範囲が広いとはいえ、内陸へは遠視も及ばない。捜索も感覚や眷属の力だけでは限界があった。
「……コマいもんを探すならもっと近付かねぇとな……ひさかたぶりだが陸に上がるかねぇ……」
陸に上がる。
それでも海の統治を疎かにできない以上は沿岸部に限られるが、今よりずっとマシな気がした。少なくとも頭打ちになった方法を続けるよりはずっと、何かをしている気になれる。
波の上に揺れていた影が掻き消える。決めてしまえば、じっとしていられないのがアラナミであった。
陸に上がれば打ち上げられた砂溜まりはヒトガタの脚にやたらと纏わりついた。砂浜には濡れた脚で立つべきではないかもしれない。
肩口に垂れる紫紺の鬣は鱗の無い肌に張り付いて鬱陶しいので背に払った。
ヒトガタを取るのも移動範囲が狭いのも面倒だが、龍型のままでいては探索の網にもかからぬほど小さなものなど探せまい。
「さて、と。ヤツのねぐら辺りから潮に流されたんならこの辺からだろ。どっちに向かうかねぇ」
海岸沿いに意識を流すと、割と近くに瘴気の塊を感じた。マモノかニンゲンの群れだろう。
瘴気に苛まれていたワダツミが今もそれを糧とできているかと聞かれたら疑問しか無いが、本能で引かれていっていても不思議は無い。駄目は元々、とりあえず少しでも可能性があるならば迷わず進むのみだ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる