紅き鬣と真珠の鱗

緋宮閑流

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第4章 水底

4-5 青海龍

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──海面は遠く凪いでいた。

けれど、物事は表層に出るものが全てだとは限らない。
現在の、この海のように。
『青海龍』アラナミが眺めるのは水平線の向こうに揺れる陸の影だった。
蒼く揺蕩う影は、しかしそこに島が在ると確約するものではない。遠く遠く離れた島の影が光の悪戯でそこに像を結ぶこともあるのだ。
悪意によるものでないとはいえ、穢れを隠してきらきらと輝く海面も虚構の島もアラナミを静かに打ちのめす。
真面目で意地っ張りな弟分が姿を消してどのくらい経っただろう。
新たな龍が生まれるのであればまたそれも致し方無しとは構えていたけれど、未だにその兆候は無い。それは弟分である『瘴気喰い』ワダツミが存命であることを示している。どこかで力を失ったか、もしくは海の力が遠く及ばない地に隠れているのか、彼の気配が捜索の網に掛からぬ理由は判らない。けれど確実に、この世界のどこかに生きている。
解っているからこそ落ち着かない。
あれは短気で狭量、いつも仏頂面でものの言い様もわきまえぬが仕事には真面目な龍長だ。戯れにお役目を放り出して遊び回るような者ではない。そんな彼が生きているのにもかかわらず戻ってこないということは、即ち彼自身にも処理できない事態に陥っているということだ。
──俺を呼べ
苦しんでいるのなら。
──俺を呼べ、ワダツミ
救いに行ってやるから。海の届くところならどこへでも。
そう、思っているのに。
「……なんで、呼ばねぇんだよ」
波の乙女からもたらされる情報は今日も空虚だ。
治める範囲が広いとはいえ、内陸へは遠視も及ばない。捜索も感覚や眷属の力だけでは限界があった。
「……コマいもんを探すならもっと近付かねぇとな……ひさかたぶりだが陸に上がるかねぇ……」
陸に上がる。
それでも海の統治を疎かにできない以上は沿岸部に限られるが、今よりずっとマシな気がした。少なくとも頭打ちになった方法を続けるよりはずっと、何かをしている気になれる。
波の上に揺れていた影が掻き消える。決めてしまえば、じっとしていられないのがアラナミであった。

陸に上がれば打ち上げられた砂溜まりはヒトガタの脚にやたらと纏わりついた。砂浜には濡れた脚で立つべきではないかもしれない。
肩口に垂れる紫紺の鬣は鱗の無い肌に張り付いて鬱陶しいので背に払った。
ヒトガタを取るのも移動範囲が狭いのも面倒だが、龍型のままでいては探索の網にもかからぬほど小さなものなど探せまい。
「さて、と。ヤツのねぐら辺りから潮に流されたんならこの辺からだろ。どっちに向かうかねぇ」
海岸沿いに意識を流すと、割と近くに瘴気の塊を感じた。マモノかニンゲンの群れだろう。
瘴気に苛まれていたワダツミが今もそれを糧とできているかと聞かれたら疑問しか無いが、本能で引かれていっていても不思議は無い。駄目は元々、とりあえず少しでも可能性があるならば迷わず進むのみだ。
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