紅き鬣と真珠の鱗

緋宮閑流

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第4章 水底

4-4 月光龍3

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言ってしまってから気付いたが、ニンゲンであるカケスに『最近』は通じただろうか……いや、通じているはずだ。少なくともワダツミがいなくなってからニンゲンの幼生が成長して成体になるほどの時間は経っていない。
カケスは胸元に前脚を伸ばし、そこに下がった小さな貝を、更にそこへ彫り付けられた花をなぞりながら何やら思案している様子だった。瘴気を浄化する飾りに加えてその飾りが持つ浄化の力を増幅できる体質は、彼が『あの群れ』に属していたことを意味する。

『あの群れ』。
それを見つけたとき、ニンゲン種族の群れとは思えない瘴気の薄さに驚愕した。原因を調べるうち『あの群れ』に僅かながら瘴気を浄化できる者が生まれていたこと、浄化の力を分配できる方法を持っていることを発見した。故に絶やしてはならぬ種であると判断し、閉鎖された土地でも生きてゆけるよう不足していた湧水を導いてやったのだ。最後に訪れたのはついこの間だと思っていたのだが……

『あの群れ』と彼らの棲まう縄張りに思いを馳せていると、カケスは唸りながら口を開いた。
「……降臨された……と申し上げて良いのかは判りませぬが」
前脚が、その指がひとつの方向を示して止まる。
「ここから西方に荒野がございます。岩だらけで不毛の土地でございますが、先日その荒地を横切るように大地が大きく隆起しましてな……越えるに難儀する高さと鋭さの壁となっておりまする」
「……壁?」
「以前我々が住んでおりました『ツキノサト』を囲む壁によく似ておりますでの…」
『ツキノサト』とは件の縄張りに彼らが付けた名だ。その岩壁を思い起こす。
大地から生えた巨大にして無数の棘がお互いを割り合い、その隙間を埋め、上部を更に複雑な地形にしているためそれなりの幅が有りながら生物の居付かない岩の土地。
「……カケス、君は何故それを龍と結びつけたの?」
聞けば、老体は「はて?」と首を傾げた。
「私は父母からずっと『ツキノサト』の壁は龍神様が造られたと聞いておりましたで……同じ壁でありましたならば、龍神様のお手ずからかと思っておったのですが」
違いましたかな、と問われて返す言葉が無かった。曖昧に笑った表情をどう受け取ったのかはわからないが、カケスはそれ以上追求せず自分が知るのはこの限りだと締めて口を閉じる。

大地を隆起させ、それほどの地形を作る……否、作って『しまう』存在を、自分はひとつしか知らない。それをこのニンゲンに告げるべきかもわからない。
ニンゲンというものは理屈をよく解し先を細かく予想することができる稀有な生物ではあるが、その反面、細かく予想し過ぎて勝手に混乱する性質が有るのも観察を重ねるうちに知った。余計な情報は、ときに彼らを混乱させるだろう。
そして、ここが重要なのだが──混乱した生物は瘴気を多く生む。
ことニンゲンに至ってはその差が顕著に出るようだった。特に群れ同士が争った跡には地表であるにも拘らず瘴気溜まりが発生し、たった一度の争いでマモノが跋扈する荒地と化すことすら有った。
ワダツミのことを聞いたときも思ったが、ニンゲンの情報交換がどれほど発達したものかは判らない。カケスにその存在を明かすことでニンゲンの間に混乱を広げ瘴気の発生を促進するのは避けたかったのだ。
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