紅き鬣と真珠の鱗

緋宮閑流

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第4章 水底

4-3 月光龍2

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もうすぐ、朝に追い付く。
仕事は一旦これで終わりだ──ワダツミのことを考えていたら終わってしまった。
明るく柔らかに色を変える朝日に食い込まぬよう慎重に龍雲を収める。次はまた違う夜と朝を追いかけねばない。常に世界の何処かでは夜が広がっているけれど、暫くは眷属が交代で治めてくれる。幸いにして天空の民に瘴気の影響は出ていない。
龍型を解いてヒトガタを取り、地上に降り立つ。

脚の裏に硬い石の感触。周囲には以前と変わらず草地と岩場が広がっているけれど、その中を突っ切るように不自然に長く伸びる平らな石の連なりはニンゲン達が作った通路だ。動物たちが同じ所を何度も通ることで勝手に作られる獣道とは違い、彼らは意志を持って通路を整備していた。通路のところどころには誰でも使える簡易な巣を作り、それなりに安心できる休息場所まで確保している。
それは自身を守る爪も牙も持たず、移動速度も遅く、足裏を保護する蹄や硬毛も無い彼らが移動する際の、言うなれば生き抜く知恵だ。
地上のどんな生物よりも脆弱で、なのに自らの力で貪欲に生き延びようとする彼らは瘴気さえ生まなければ好ましい存在であったかもしれない……まぁちょっと増える速度が早すぎる気もするが。
ほんのりと赤く空を染める朝焼けに、白っぽい石積みが浮かび上がり始めた。
ここに降りるのも久方ぶりだ。
前に会ったニンゲンはこの巣をシンデンとかヤシロとか呼んでいた。形は他の休息場所と大差ないが意図的に白みを帯びた石だけが積まれていて、龍の姿が浮かび上がった一枚岩がその出入り口を塞いでいる。トビラと呼ばれるこの一枚岩が巣の出入り口から風や雨が吹き込むことを防ぐものだと聞いたときには、利用される素材の多さやその構造も含めて大いに感心したものだった。
そっとトビラを引き、中に入り込む。

「……これは……龍神様……?!」

通常無人である他の休息場所とは違い、ここにはときどきニンゲンがいる。今日はその日らしい。
「生きてまたお目にかかれようとは……ほんに……ほんにお久しゅうございます……」
顔をくしゃくしゃにして笑顔を作るそのニンゲンには見覚えが無く……否、ニンゲンの老化があまりにも早いことに思い当たって脳内の面影を探せば、幼いニンゲンの幼生に辿り着いた。
「……ええと、間違ってたらごめんね?……もしかして、カケスかな」
「……左様でございます……左様でございます……!前にお会いしましたときはまだ子供でありましたゆえ……まさか覚えていて下さったとは……」
皮膚に刻まれた皺を伝って水が滴る。体の大きさは成体になったのだから大きくなっているのが当たり前だとはいえ、以前に会ったときの頬はふっくらと柔らかく膨らんでいたはずだ。ニンゲンの寿命が短いことは承知していたけれど、はっきりと意思を交わすことのできる存在が少々長く無沙汰をしている間にこうまで変わり果てている様を目の当たりにしてしまい時の流れを意識していなかったことを自覚した。
「……うん、カケスは……元気でいた?」
自分にはほんの暫くの間でも、このニンゲンにとっては一生の大半を越えての邂逅だっただろう。なんと声をかけて良いのか判らずに会わぬ間の健康状態を気遣えば、カケスは何度も頷いた。聞けば子孫を残すことができたらしく見守られていたおかげだとか感謝されてしまったけれど、実際は何もしていないから少々バツが悪い。神族でもこの数のニンゲンを一体一体見守るわけにはいかないと思うのだが……なにやらそれで安心して暮らせていたようなので何も言わないほうが良いだろう。
「今回は聞きたいことがあって寄ったんだけど……聞いても良いかな」
問えば、その老体は再び何度も頷いた。
「なんなりと」
ニンゲン同士の情報交換がどれほど発達しているものなのかはわからないけれど、一息ついて口を開く。

「最近……ニンゲンの世界に、僕以外の龍族が降りてないかな」
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