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第4章 水底
4-2 月光龍
しおりを挟む何故なのだろう。
夜の空に恵みと安らぎの龍雲を敷きながら地上へと意識を馳せる。
自分が『月の長』となってから管轄する世界の様子を知ることができるようになった。広げた意識は空気や光と同化して地表を巡り、また眷属の眼や皮膚を通してその情報を伝えてくる。アラナミやワダツミが一足先に見ていた世界は余りにも広くて。なのに、否、だから。
──たったひとつが見つからない。
誰よりも見つけなければならないその気配が見つけられない。
今日も巡る夜の世界に懐かしい気配を探す。ほんの一欠片でいい。ほんの一瞬でいい。僅かな手がかりを自分に与えてくれたなら、君を見つけてみせるのに。
少しは直して欲しいと思っていた仏頂面が恋しい。行方が知れなくなってからそれほどの月日が過ぎたわけでもないのに既に懐かしく感じる己の感覚に戦慄する。彼の存在がこのまま過去のものとして記憶の隅に追いやられ、無くなってしまう様など想像もしたくない。揺らいでいた髭が震え、角が軋むほどに。
「ワダツミ」
いつか編み直しを宣言された龍雲を振り返る。
「……次会ったときには合格、貰えるかな」
離れるほどにゆっくりと崩れて降り注ぎ闇へと溶ける龍雲の欠片は大気や大地に溶け込み、或るものには癒しとなり、或るものには糧となる。あの時よりは上手く編めていると思うのだけれど。
時折流れてくる瘴気の雲は噛み砕き、飲み飲んだ。
最近は瘴気の発生が多い所為か、はたまた海底へ手伝いに降りている所為なのか、小さな雲でも疲労感が募る。
アラナミに頼まれ初めて海底まで降りたあの日、瘴気溜まりの多さに戦慄した。海底の民は長不在の穴を埋めようと、ずっと必死に働いている。けれどそれはどう贔屓目に見ても決して追い付いてはおらず、既にワダツミ直属の眷属にすら異形化の兆候が出始めていて。
ギシギシと牙をこすり合わせる。
完全に異形化して海溝に篭ってしまった海底の民の一体は、ワダツミに一番近しい友だったという。彼から名すら与えられ、大切にされていたそうだ。
天の民も、いつかはそうなってしまうのだろうか。地の民、海の民は。
出処を思えば真っ先に動くべきと考えられる大地龍の長は、ワダツミ出奔以前から沈黙を守っていた。
生きとし生けるものは全てが自然発生し独自の進化を辿るゆえに、責任の所在がどこに有るかなどという不毛な考えを巡らす気は無い。しかし大地を滑り川へ運び、海へ、そして海底へと流れ込む瘴気の流れを地上で少しでも食い止めようとする気概が大地龍とその一族にわずかなりとも見られないことについては腹を立てざるを得なかった。このまま瘴気が蔓延すれば、自分達の眷属や民とて無事では済むまいに。
流れる雲も、風も、いつも通りの空。けれど瘴気の塊だけは日に日に量を増してゆく。
「……ホント、どこに居るのさ……」
地上にポツポツと点るのが当たり前になった炎の光を見下ろす。
「……君はお役目を放り出して逃げるような奴じゃないから心配だよ……ワダツミ」
光の元は繁殖力も逞しく数を増やし地を覆うニンゲンたち。星屑の如く散らばるその数は明らかに増え続けている。彼らと交流を持ち、その存在もまた世界に棲まう生き物として日々営みを続けているのだと理解してしまった自分には憎しみを抱くことはできない。
けれど、かの幼馴染がその広がりを見たら果たして正気でいられるのだろうか。
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