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ソローキン反乱

クリーガーの憂鬱

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 謁見の間から戻り、私は城の中のあてがわれた、いつもの部屋で休んでいた。
 公国との国境から首都に移動して来て二日、部隊も明日まで休息として、明後日にはズーデハーフェンシュタットに向け出発する予定だ。

 しばらくすると召使いが夕食を運んできた。
 首都に来て、何人かの召使いと会ったが、皆、オレガの話題をきっかけにして、私に話しかけて来る。
 ここの召使いは皆、オレガの元同僚だ。私がその師ということもあるし、“帝国の英雄”と呼ばれていることもある。それに初めて会う旧共和国のズーデハーフェンシュタット出身の者が珍しいのだろう、興味津々で色々尋ねて来る。

 オレガは、首都に来てから、頻繁に召使いの控室に出向いて、元同僚達と話をしているらしい。その中で気になることが一つあった。オレガと同僚達は、ほとんどが首都の北部にある貧困地域で生まれ育ったそうだ。今は、その地域で帝国政府に対する不満が高まっているということを聞いている。以前、貧困地域で反政府の活動を見かけたが、オレガがそれに同調しているようなのだ。
 元々、オレガも貧困地域の状況について不満を持っていたのは知っていた。私に弟子にして欲しいと言ってきた時、その理由に“自分の生まれた地域を何とかしたい”、と言っていたのを思い出した。
 彼女が、自分の生まれ育った地域の境遇を不満に思うのは無理もないことだが、早まった行動をしなければ良いと思っている。彼女はまだ若い。まだ子供な部分もあるだろう。そして、普段、感情を表に出さないが、心に強い感情を秘めているのを知っている。それが軽はずみな行動のきっかけとして表面に出ないように、私が注視しないといけないと感じた。
 近々、会って話をしてみよう。いつもは、剣や魔術の話ばかりで、これまで彼女の心の内を深く知ろうとしなかった。反省すべき点だ。

 考え事をしていると、食事が進まない。折角の食事が冷めては勿体ない。一旦、考え事を止めて食事に集中しよう。
 夕食はいつもの様に素晴らしい食事だった。今回もまた皇帝が配慮して、シェフに言ってくれたのだろう。
 城の近くのレストラン“ストラナ・ザームカ”の食事も素晴らしいし、以前、行った市場の食べ物も美味しかった。帝国の食べ物はどこも良い味をしている。それとも、個人的に舌が合っているのだろうか。

 私は食事を終え、服を脱いでベッドに横になった。
 ここは快適だが、休暇と言ってもやることがなくて、いつも暇を持て余してしまう。部隊の他の者は、一緒の部屋に居るので話し相手に困ることはないだろうが、こういう時は隊長とは孤独なものだ。
 やることがないと、どうしても考え事をしてしまう。国境や公国領内での出来事を思い出した。
 今回の戦いは後味が悪かった。作戦はイワノフの立案だということだが、多くの犠牲者が出たことは、少し見通しが甘かったようだ。

 ベッドに横になって、これまでの戦闘や、今後、結ばれるという不可侵条約について思いを馳せていた。いろいろ考えていたが、過去のことは変えられないし、私の立場では今後の条約の事など、政治には関与できない。
 自分で、もうどうにもできないことについて考えても無駄だ。諦めて眠ろうと思った。

 もう少しで眠りに落ちようとしたところ、ドアをノックする音が聞こえた。
 私は何とか目を開き、ガウンを羽織って扉を開けた。そこに立っていたのは、ヴァーシャだった。美しい金髪を下ろして、今夜は、茶色いロングドレスを身に着けている。
「おやすみでしたか?」
「いや、まだ起きていました」。
 私は、ヴァーシャを部屋の中に招き入れた。
 ヴァーシャは部屋の中の長椅子に深く腰掛けて、話し出した。
「今回の作戦もご苦労様でした。また、活躍されましたね」。
 私は、ヴァーシャの隣に座った。
「陛下の命令ですから」。
 彼女は、私の顔を覗き込んで言った。
「お疲れのようですね。今日は遠慮した方がよかったかしら?」
「いや、大丈夫」。私はヴァーシャの肩を抱き寄せた。「もし、私が疲れているように見えたら、その理由は今回の作戦の後味が悪いせいです。本当にこれでよかったのか、悩んでいました」。私はため息をついた。「確かにソローキン達は、帝国を牛耳っていました。しかし、殺害までする必要があったかどうかと考えていました」。
「あなたは、陛下の命令に従っただけです。気に病むことはありません」。
 ヴァーシャはソローキンと個人的にも仲が悪いのを思いだした。これは彼女にとっては都合のいい結果なのだろう。しかし、帝国と公国合わせて約二万人の犠牲者だ。私は納得がいかなかった。

「皇帝は、イワノフの作戦に疑問を持っていなかったのだろうか」。
「私は、ずっとお傍にいましたが、皇帝にも葛藤はあったようです。それにイワノフもソローキンが独断で越境する可能性は低いと思っていたようです」。
 私は黙り込んだ。もう考えるだけ時間の無駄か。
 そろそろ眠くなってきた。瞼を開けているのが限界だ。
「今日は、もう眠りたい」。
「私も自分の部屋に戻ります」。
「いや、そばにいてほしい」。
 私はヴァーシャの手を取った。私はガウンを脱いで置き、ヴァーシャはロングドレスを脱いで下着姿となり私と一緒にベッドに入った。
 私はヴァーシャをしっかりと抱きしめ、彼女の香りと温もりを感じながら眠りに着いた。
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