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共和国再興

モルデン掌握1

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 大陸歴1658年4月18日・モルデン

 今夜は、ヤチメゴロドの宿で仮眠する。早朝に出発すれば明日の内にモルデンに到着できるはずだ。
 私とオットーは同じ部屋に宿泊し、オットーには私のこれからの考えを伝えておいた。
 そして、私は偽の皇帝の命令書を作成する。命令書を書いているヴァーシャの筆跡、皇帝イリアの署名をまねた。本物と見間違う命令書ができた。おそらく、ばれることはないだろう。

 夜が明け、早朝にヤチメゴロドを出発した。結局ほとんど眠ることができなかったが、先を急がなければならない。急げば、夕方早い時間にはモルデンには到着できるだろう。

 夕刻、我々は、モルデンに到着した。
 街壁の門の衛兵には、皇帝からの命令で来たと言えば、何も疑問を持たれず通過できた。場合によっては偽の命令書を見せても良いが、結局はその必要はなかった。モルデンの軍内部でも私は“帝国の英雄”として有名になっている。こういう時、有名人であるのは悪くないと初めて思った。
 城への途中、とこかで煙が上がって、何かが燃えている焦げた匂いがする。さほど遠くないところで暴動が起こっているようだ。いまはそれを気にしている場合はない。さらに馬を急がせて城内に入った。城門も衛兵達に止められることなく移動できた。
 ここまでくれば、急ぐ必要はない。普通に命令を受けやって来たようにふるまえば良い。

 馬屋に馬をつないだ後、城内にいた衛兵に副旅団長のブルガコフの居場所を聞き、そちらに移動する。
 彼は作戦室で他の上級士官と、発生している暴動の対応策を話し合っているところだという。
 そこで、我々はブルガコフが出て来るまで待つことにした。衛兵に空いている別の作戦室に案内された。

 十五分ほど待っただろうか。ブルガコフが現れた。
「お待たせして申し訳ございません。クリーガー隊長。そちらはクラクス副隊長でしたね、ご無沙汰しております」。
 彼はそう言うと敬礼した。私とオットーも立ち上がり敬礼し返した。
「急ですが、皇帝からの命令書をお持ちしました」。
 私は偽の命令書を手渡した。
 ブルガコフは命令書を読んで、驚いているようだ。
「これは…」。
「命令書にあるように、これより、私は第四旅団の旅団長となりモルデンでの統治を行ないます」。
「わかりました。クリーガー新旅団長を歓迎します」。
 ブルガコフは笑顔で話した。
 命令書が偽と気付かれなかったようだ。私は安堵した。
「それで、イェブツシェンコ旅団長…、いえ、前旅団長は今どちらに?」
「首都におります。彼は第二旅団長に就任しました」。
 私は適当に嘘をついた。
「なるほど。わかりました。それにしても急ですね」。
「ソローキンとキーシンは命令違反で公国に侵入し、ソローキンは打ち取られ、キーシンは現在、捕虜となっています」。
 これは本当だ。私は続ける。
「戦闘は終わりましたが、彼らの穴を埋めるため急いで旅団長の異動を行う必要があったのです。詳細は後日、首都から報告があるでしょう」。

 私はこの話題を早く打ち切りたかったので、別の話を振った。
「それよりも、現在の起きている暴動についてですが」。
「先ほど、兵士を向かわせたところです」。
「彼らをすぐに城に戻してほしい」。
「えっ?」、ブルガコフは驚いて目を見開いた。「しかし」。
 彼が言葉をつづける前に私が発言してそれを遮る。
「私に任せてほしい」。
「わかりました」。
 ブルガコフは疑問があったようだが、とりあえず、この場は納得したようだ。
 私は隣にいるオットーに小声で耳打ちした。
「指導者のコフに、『モルデンはクリーガーが掌握したから暴動を止めろ』と伝えてくれ」。
「わかりました」。
 オットーはすぐに部屋を出て行った。
「彼に任せてください。暴動はすぐ治まります」。

 オットーは部屋を出て、急いで馬屋に向かう。そして、馬にまたがり、コフ達がいる隠れ家に目指す。
 オットーは城を出て街中を進み、酒場“パーレンバーレン”の前に馬をつなぎ、店の裏の狭い路地を進んだ。
 そして、コフ達のいる建物に入って、地下室へ向かった。

 ランプの明かりしかない薄暗い部屋にはコフが1人でいた。
 コフが剣を構えていたが、オットーを見て剣を置いた。
「誰かと思ったら、オットーじゃないか。驚いたぞ」。
「驚かせてすみません、急な話があってきました」。
 オットーは呼吸を整えてから話す。
「このモルデンは師、クリーガー隊長が掌握しました。まずは暴動を止めてください」。
「何だと?」
 コフは、しばらく何も話さなかった。オットーの話の内容を頭の中で繰り返した後、ようやく口を開いた。
「本当か?」
 コフは驚いた表情で訊き返した。
「でも、どうやったんだ?」
「偽の命令書で副司令官を騙しました」。
「わかった一旦暴動は止めさせるが、クリーガーに会わせてくれ、この目で見るまでちょっと信じられん」。
「わかりました。師は城にいますので、ご案内します」。
 オットーとコフは地下室から上がった。オットーは建物を出て、酒場“パーレンバーレン”の前につないである馬にまたがった。コフは建物の表につないでいた馬を乗って、酒場でオットーと合流した。

 二人は暴動が起こっている方へ向かう。そこは煙が立っていて、何かが燃えるにおいがする。通りの真ん中で瓦礫に火を起こして、その周りに数百人の人々が集まっていた。
 その中にルイーザ・ハートマンとリアム・クーラの姿があった。コフは彼らに近づき、火を消すように伝えた。
 ほどなくして火が消える。クリーガーがモルデンを掌握したと聞いて、その場にいた人々が、次々に歓喜の声を上げ始めた。

 オットー、コフ、ハートマン、クーラの四人はその場を離れ、城に向かう。

 四人は城に着き、私の待つ部屋に向かう。
 部屋では私一人で待っていた。四人が入室すると、私が立ち上がった。
 コフは握手のため手を指し出してあいさつした。
「私は共和国派、モルデンでの指導者の一人、エリアス・コフ。こちらは、仲間のルイーザ・ハートマンとリアム・クーラ」。
 私も手を差し出して握手しつつ言った。
「初めまして、オットーから聞いています。ユルゲン・クリーガーです」。
「本当にやったのですね。オットーから少し話を聞きました。偽の命令書を使ったとか」。
「ええ、上手くいきました」。
 オットーは口を挟んだ。
「師は“帝国の英雄”だから、帝国軍の者は彼の言うことは信じて疑いません」。
「なるほど、あなたが長いこと帝国軍に所属していると聞いていたので、実は少々疑っていたのです。共和国派の事を探っているのではないかとね」。
 私は肩をすくめて言った。
「まあ、仕方ありません。これで信じてもらえましたか?」
「もちろんです」。
 私は皆に腰かける様に促し、着席したのを見て、切り出した。
「ところで、次にやってほしいことがあります」。
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