前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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59話 鎧熊 その5

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 何度も何度も、それこそ水面を跳ねる水切り石の様に地面を激しく転がって、最終的に何か固い物にぶつかって俺の体はようやく停止した。

「がはぁっ……」

 背中を強打したことでが激痛が奔り、肺の中の空気が強制的に吐き出される。
 意識があり痛みも感じている……ということは、どうやら死んではいないらしい。
 死んではいないが……体中が激痛を感じた。
 全身バラバラになるんじゃなかってくらいの衝撃だったからな……
 鎧熊アーベアのからの一撃、プラス地面を転がっていた時に出来た擦り傷プラストドメに何かにぶつかって……もう全身ボロボロだ。
 しかし、このままここで転がっている訳にもいかない。
 こんな状態で追撃なんてされた日には、とてもじゃないが逃げられない。
 だから俺は、なんとか立ち上がろうと手足に力を入れようとするのだが……

 カクンッ

 あれ……?
 うまく力が入らない……
 手足……どころか、全身にまったく力が入らなかった。
 これではとても、すぐには立てそうもない。
 これはまずいなぁ……と思いつつも、先ほど突き飛ばしたあの子がどうなったのかも気になった。
 結果的にだが、鎧熊アーベアに殴り飛ばされたことで俺の方が鎧熊アーベアより遠ざかってしまっていた。
 となれば、次に狙われるのは遠ざかってしまった俺なんかより、まだ近くにいるあの子の可能性の方がずっと高い。
 俺は痛む体にムチ打って、なんと首だけをさっきまで自分がいたと思える場所へと向けた。
 そこに見えたのは、予想に反して俺の方へと走って来る鎧熊アーベアの姿だった。
 なぜ?
 とも思ったが、理由はすぐに分かった。
 鎧熊アーベアの背後に、クマのおっさんとバルディオ副団長の姿が見えたのだ。
 そして、二人の近くにはさっきの少女の姿も……
 俺がぶん殴られている間に、うまい具合に無事保護してくれたようだ。
 よかったよかった。
 これなら、殴られた甲斐もあるというものだ。
 死ぬほど痛い一発だったけどな……
 で、わざわざあの二人を相手にしてまで近くの獲物を狙うよりは、多少遠くても無防備な俺を狙った方が無難だと、そうあの熊っころは判断したのだろう。
 クソッ、無駄に賢いなあいつ。
 しかし、まぁ……
 さてどうしたもんかね……これ。
 次第に近づいてくる黒い巨体を前に、俺は薄ぼんやりとそんな事を考えていた。
 立ち上がるどころか、体が動かない以上俺に出来ることは何もないのだから、どうしたもこうしたもないだろうに……
 そして、自分で自分の無為な思考につっこみを入れて……こんな“死”が差し迫っている状況にいるにも関わらず、わりと冷静でいられている自分に驚いた。
 これが一度“死”というものを体験している所為なのか、それとも体中から発せられる痛みの所為で思考が麻痺してしまっているからなのか……
 なんにしても、言えることといばこちらに向かってくる鎧熊アーベアを早々にどうにかしなくては俺は終わりだ、という事だろう。

「ロディフィスっっっ!!」

 遠くからクマのおっさんの悲鳴にも似た叫び声が聞こえて来た。
 が、今の俺にそれに応えている余裕はない。
 ただそれを聞いている事しか出来なかったのだ。
 
 そして、目の前で振り上げられる狂腕。

 ちくしょう……こりゃどう考えたって助かりそうにないな……
 さっきは運よく助かったが、次も助かるという保証などどこにもないのだ。
 一撃目で死ななかったのが、そもそも奇跡のようなものだった。
 奇跡は二度は続かない。
 五年と……いやもうそろそろ六年か……短い異世界生活だったなぁ。
 まだこの世界でやりたいことや、見てみたいものが山ほどあるってのに……
 あっそういえば、魔術陣の研究も全然途中だったな。
 応用次第では、もっといろいろな事が出来そうなんだけどなぁ……
 それもこれも、ここでおしまい、か。 
 そう思うと、俺の脳裏に走馬燈……ではないが、やってみたかったあれやこれや、つまりは心残りのようなものが次々と浮かんでは消えていった。
 こうして思うと、40近く生きていた冴えない一度目の人生よりも、たかだか6年ちょっとしか生きていない今の、二度目の人生の方がずっと輝いているような気がした。
 まぁ、前回はそんな事を考える前に死んでしまった訳だけど……
 俺にとって、これは二度目の人生だ。
 いってしまえば“おまけ”のようなものだ。
 おまけにしては、十分に楽しい人生だったのではないだろうか。
 心残りも多いし、このあとのことも気掛かりではあったが、今は自警団の人たちが何とかしてくれると信じるしかないだろう。
 願わくば、即死がいい……痛いのや苦しいのは勘弁して欲しいからな。
 前世のあの死の間際の苦しさと言ったら、筆舌に尽くしがたいものがあった。
 そうして、俺がすべてを諦めた時……

 ふと、視界の外れを灰色の“何か”が過っていった。

「グガァァァァ!!」

 直後、けたたましい鎧熊アーベアの咆哮が響き渡った。
 何が起きたのかと思えば、いつの間にか鎧熊アーベアのその振り上げた腕に、一頭の森狼バァルフが喰らいついてた。
 どうやら、一瞬見えた灰色の物体はこの森狼バァルフであったらしい。
 しかし、どうして森狼バァルフがこんなところに?
 しかも、最初の一頭を皮切りに次から次へと森狼バァルフが現れては、鎧熊アーベアへと群がっていっては、腕だの足だのに喰らいついていったのだ。
 俺は事態についていけずに、その光景をただ見ていることしか出来なかった。

 一体どうなってるんだよ…… 

 そんな疑問を感じていた矢先、突然俺の体がとんでもない力であらぬ方向へと引っ張られていた。 

「グエっ!?」
「ボサっとするなっ! 逃げるぞっ!!」

 そこにいたのはクマのおっさんだった。
 鎧熊アーベアが怯んだ隙を突いて、俺の事を助けに来てくれたらしい。
 しかし……
 助けてくれたのは大変ありがたいく、いくら感謝しても感謝しきれないほどだが、襟首をおもいっきり引っ張るのはよして欲しいものだ。
 首が詰まって苦しいじゃないか……
 クマのおっさんは、そうして俺を引きずるようして他の団員のいる場所まで走って戻った。
 この時になってようやく俺は、自分が森の入口付近まで吹き飛ばされたのだという事に気が付いた。
 俺がぶつかったのは、太い木の幹だったらしい。
 元々いた場所からだと、大体20~30mは吹っ飛ばされた事になる……
 つくづく、よく生きていたものだと今更ながらにそう思った。

 クマのおっさんが足を止めたそこには、副団長を始めとして他数名の団員たちも集まっていた。
 勿論、俺が突き飛ばした子の姿もちゃんとあった。
 今は副団長に抱き上げられて、おとなしくしている。
 しかし……
 そこに集まっていた団員たちの中に無傷な者などなく、皆ボロボロの姿をしていた。
 まぁ、俺も人の事を言えないくらいボロボロだけどな。

「おいっ! 無事かロディフィスっ!!」

 俺を地面へと降ろして、クマのおっさんがそう尋ねて来た。

「ごほっ……ごほっ……おえぇっ……
 無事な訳あるかよ……
 全身死ぬほど痛いし、危うく今ので窒息死しそうにはなったし……
 “止めは救出時の窒息でした”なんて、笑い話にもなんねぇよ……
 助けれる前も後も、正直生きた心地がしなかった……
 でも、本気で助かりました。ありがとうございます」

 “もうダメだぁ、おしまいだぁ”と本気で思ってたしな。
 体がうまく動かないうえ、体勢も体勢だったので頭を下げ事は出来なかったが、心の中ではしっかりとお辞儀をしておく。
 まぁ、この世界にお辞儀の文化はないので、あくまで気持ちの問題だけどな。

「……はぁ、感謝されているのか、貶されているのか分からくなるような言い方だな」
「本気で感謝しております、はい」
「……まぁ、それだけ軽口が叩けるなら十分大丈夫だな。
 しかし……
 まったくお前ってやつは、なんて無茶をしやがるんだ。
 一歩……いや、半歩間違っていれば死んでいたかもしれないんだぞ?」

 クマのおっさんが心底呆れた様な口調で、転がっている俺を見下ろしていた。

「そんときゃ、そんときだよ……
 それに、なにもしなかったら……その子があの熊っころの餌食になってた訳だろ?
 ……俺は生きてるし、その子も助かった。被害ゼロ。だったら、結果オーライ。
 それでいいだろ?」

 クマのおっさんのその表情、そしてその声の調子から、俺のことを心底心配してくれていたことはすぐに分かった。
 それはクマのおっさんだけじゃなく、この場にいる誰からも感じる事が出来た。
 本気で心配されていた、それを実感する。
 そのことに申し訳ないやら、不謹慎だが少しうれしいやら、なんとも複雑な心境だった。
 俺は皆を安心させようと、痛みに歪みそうになる顔を必死に抑えて、クマのおっさんに向かってニカッと笑って見せた。
 そんな俺を見て、クマのおっさんは又しても呆れた様に溜息を吐いていた。

「あの……助けてくれて……ありがとう……
 えっと……大丈夫?」

 そう不安そうな声で話かけて来たのは、バルディオ副団長に抱きかかえれた女の子だった。
 余程怖かった違いない。その目が真っ赤になっているところを見ると、かなり泣いていたであろうことは簡単に想像が出来た。
 まぁ、当たり前だな。
 あんなんに襲われたら、誰だって泣くわな。

「全然大丈夫だって!
 こんなん掠り傷みたいなもんだから、ほっとけばすぐ治るよ。
 だから、心配しなくていい」 

 俺は安心させようと、出来だけ優しく女の子へと微笑みかけた。
 寝転がったままでは、説得力欠けるような気がしないでもないが致し方ない。
 近くで、クマのおっさんが“さっきと言ってることが全然違うじゃねぇか”とぶつくさ言っていたが軽く無視だ。
 たとえ幼女といえども、女の前ではかっこをつけたい。男とはそんな生き物なのである。

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