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60話 鎧熊 その6
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「しかし、森狼ら、一体何処から湧いて来たのか……」
俺の様態を確認し、無事であるというのが分かったところで、クマのおっさんが鎧熊と戦っている森狼の集団を見てそうつぶやた。
多少動けるようになった体で、首を向ければ、大体六、七頭前後の森狼が鎧熊へと襲い掛かっていた。
鎧熊も突然現れた森狼を相手にするので必死らしく、俺たちの方など見向きもしなくなっていた。
森狼たちのおかげで、こちらは態勢を立て直す時間が稼げている訳なのだけど……
現状、数で優ってはいても、その体格差は如何ともしがたいようで散発的な攻撃を繰り返すに留まっていた。
「ふんっ、どうせそこらからこっちの様子でも伺ってたんだろ」
そう、クマのおっさんに応えたのは、バルディオ副団長だった。
「いくらここが森の外つっても、やつらにしたら自分らの庭の目と鼻の先だ。
こんな所で切った張ったしていりゃ、そりゃ気付くだろうよ。
しかも“よそ者同士”が勝手に殺り合ってくれてるとなりゃ、森狼どもにしたらこんな都合のいい話もねぇ。
あとは、頃合いを見ておいしいところを搔っ攫おうって腹づもりだったんだろうよ」
どいうことだろうか?
バルディオ副団長の言い方だと、森狼と鎧熊が初めから敵対していたようにも聞こえる。
そもそも生息域が異なる種であるため、彼らが出会うことはまずない。
それがこうして、真っ向から戦っているという状態がすでに普通ではなないのだと、今更ながらに気づかされる。
「……どういうことっすか?」
いまいちバルディオ副団長の言っている意味が分からなかったので、俺は尋ねてみることにした。
「ん? ああ……
やつは……鎧熊は初めから手負いだったんだよ。
なんで鎧熊なんぞが、こんな森の表層にいるのかは知らん。
ただ、どうやらやつは俺らと遭遇する以前に一戦交えていたようでな……
おそらくは、縄張り争いか何かで森狼どもにつけられた傷だろう。
おかげで本調子の鎧熊を相手にしなくて済んだ。
もし、鎧熊が無傷だったらと考えると……
被害は今の比ではなかっただろな。正直ぞっとする。
それもこれも森狼どもおかげかと思うと、ちと癪な話ではあるがな……
とにかく、だ。
森狼どもは鎧熊と一度戦ったが、決着はつかなかった。
しかも、森狼どものあの頭数を見るに、初戦は両者痛み分け、ってところだろうな……」
森狼は群れで戦う。
狩猟の時も、縄張りを外敵から守るときもそれは変わらない。
ここ、北の森に住みついている森狼の群れの規模は非常に大きいため、鎧熊クラスの大物を相手にするなら、戦線に投入出来る戦力は20頭ほどいてもおかしくはないはずだった。
それが、今目の前で鎧熊を相手にしている森狼の数は10頭もいない。
先の戦いにおいて、鎧熊に手傷を負わせた彼らではあったが、彼らの群れもまた鎧熊から手痛い被害を受けたのだろう。
傷を負わされた鎧熊と、頭数を減らされた森狼。
そんな中、俺たちがのこのこやって来て、鎧熊と遭遇してしまった。
森狼にとっては渡りに船。鎧熊にとっては、弱り目に祟り目といった感じだろうか。
森狼たちは、人間に鎧熊の相手をさせつつ、自分たちは物陰に潜み残された戦力を温存。
鎧熊を打ち取る機を、虎視眈々と狙っていたのではないか……
と、いうのがバルディオ副団長の見立てだった。
「ですが……
だとするなら、今のこのタイミングで飛び出すのは些か早すぎではないかと……
あれではまるで……それこそロディフィスを助けるために飛び出して来た様にも見えましたが……」
と、バルディオ副団長の考えに異を唱えたのがクマのおっさんだった。
確かに、あのタイミングはぎりぎりだった……
もう少し遅ければ、俺は生きてはいなかっただろう。
それに、あのタイミングが鎧熊を倒す絶好の機会だった……とは、とても思えない。
だったら、なんであの時森狼たちが飛び出して来たのか、という疑問は確かにあった。
「犬っコロどもの考えなんぞ、俺が知るかよ。
ただ“助けるため”ってのはないだろうな。
やつらが人間を助ける義理も道理もねぇうえ、んな話聞いたこともねぇ。
“たまたま近くにボウズがいた”
それだけの話だろ」
「……ふむ、それもそうですな」
たまたま……か。
まぁ、そりゃそうだわな。
人間のピンチを救ってくれるくらい友好的な関係を築いているなら、そもそも縄張り問題で対立などしていないという話だ。
それでも俺が彼らに命を救われたのは事実だ。
恩人ならぬ、恩犬? 恩狼? である事に違いはない。
だから、生きて戻れたらあいつらに何か食い物でも持って来てやろう、とそう決めた。
受けた恩は返すが道理だ。
神父様にはまた怒られるかもしれないけどな……
「はぁ……はぁ……副団長っ!」
森狼たちが対鎧熊戦に参戦して少ししたころ、息を切らした一人の団員がバルディオ副団長へと駆け寄って来た。
その後ろには、ずらりと自警団員たちの姿があった。
「まだ戦えそうなやつら集めてきましたっ!」
「おうっ! どれくらいいた?」
「10人ですっ!」
「10人か……で、死んだやつは?」
「重傷者は数名……しかし、今のところはいませんっ!」
「今のところは……か……」
団員からの報告を聞いて、バルディオ副団長は眉を顰めた。
どうやら、団の現状の戦力と被害の確認を部下に行わせていたらしい。
いつの間にそんな指示を出していたのだろうか……全然気が付かなかった。
そこは副団長、しっかり次を見据えて行動していたって訳だ。
しかし……
最初は30人くらいいた団員が10人って……
その中には、子どもたちの避難に加わってこの場にはいない若い団員の人数も含まれているのだが、それでも被害は甚大だった。
「さてどうする隊長よ?
戦力は激減、負傷者多数……それも、すぐに治療を必要とする者たちばかり……
それでもこのまま攻めるか、それとも建て直しのために一度引くか……」
バルディオ副団長が、まるで試すかのよにクマのおっさんへとそう問いかけた。
「……」
クマのおっさんは、今まで見たことがないくらい真剣な表情で眉間に皺を寄せていた。
重傷者、そのフレーズが重くのしかかる。
団員さんの報告だと、今は生きているが放っておいたら死ぬ、とも受け取れる。
治癒魔術が使えるシスターも、今は子どもたちの避難に同行してこの場にはいない。
シスターをここへ連れて来るなら逸早く鎧熊を倒すなり追い払うなりしなければ治療行為など無理だろうし、かといって怪我人をシスターの下へ連れて行くには人手が足りない。
多少でも動ける団員を総動員して負傷者の搬送に当たれば、何とかなるかもしれないが、その場合は鎧熊との戦闘の継続は困難に……いや放棄するしかないだろう。
鎧熊との戦闘を森狼たちに押し付けての撤退だ。
これはかなりの不安要素を含む選択だろう。
結果的にだが、彼らに助けられる形となって俺としては、森狼たちを見捨てるようなことはして欲しくないという思いもあったが、それを差っ引いても撤退という選択にはかなりのリスクが伴う。
まず、撤退中にもし鎧熊が気まぐれでも起こして、俺たちに襲い掛かって来たら対抗する手段がない、ということだ。
動ける者が総出で負傷者を担いでいるのだから、戦える訳がない。
最悪、全滅というケースだって十分に想定出来ることだ。
次に、鎧熊の生存の可能性が高くなる、ということ。
贔屓目に見ても、森狼たちに鎧熊を仕留めるだけの戦力はない。
このまま戦ったとしても、倒すには至らず、また痛み分けになるのが関の山だ。
もし、鎧熊がどこかにその身を隠し、傷を癒し全快でもされたらたまったものではない。
こういってはなんだが、手負い相手にこれだけの被害が出ている現状、完全回復されたら自警団では手に負えないだろう。
また、そんな存在が村の近くにいるという村人たちの精神的ストレスだって相当なものになる。
特に最近は、村の外から人が入って来たばかりだからな。
勿論、この戦いで負った傷が原因で、例えば狩りが出来ずに餓死するなど、鎧熊が死に至る可能性……も、否定は出来ないが、この場合希望的観測は捨てた方がいい。
それらを踏まえて考えれば、ここは……
「今は無理を承知で押すべきでしょうな……
ここで逃がせば、次に出会ったとき我々に勝てる望みはまずありますまい。
それに、日々を鎧熊に怯えて過ごすには精神的負担が大きすぎます故」
クマのおっさんの考えも俺と同じようだった。
その返答を聞いて、バルディオ副団長は口角を吊り上げた。
「よしっ! そう言うと思ってたぜ!
おいっ! 隊を再編成して今一度やつに仕掛けるっ!
戦える奴と言わず、歩ける奴、武器を手に出来る奴なら全員連れて来いっ!
テメェーらっ! 根性見せろよっ!」
『応っ!!!』
「なら、それにはボクも加えてよ父さん。
戦力は一人でも多い方がいいだろ?」
団員たちの野太い掛け声のあとに、やたら若い声が割り込んできた。
そして……
「はぁ……はぁ……まっ、待ってくださいディム……
この距離を……走るのは……ろ、老体には……さすがに……ごほっごほっ……」
「だから、神父様は待ってればいいって言ったじゃないですか~
もう若くないんですから、無茶しないでくださいって……」
「い、いくら老いたとはいえ……若い方には……まだまだ……まっ、負けませんよ……」
「そんな、はぁはぁいいながら言われても、説得力ありませんって……」
「……先生? それに、神父様? なんで?」
そこにいたのは、ディムリオ先生と神父様だった。
「やぁ、ロディ。
聞いたよ、現場に残って取り残された子がいないか見て回っていたって?
大活躍じゃないか。
それは名誉の負傷ってやつかい?」
先生は横たわる俺を見てそう聞いて来た。
「あはは……まぁ、そんな感じ……」
「ロディフィスっ! 一体何が……
それより大丈夫なのですかっ!」
先生とは打って変わって、神父様は俺の姿を見て狼狽したように駆け寄って来た。
「えっと……その話はまたあとでってことで……
取り敢えず、なんとか死なずには済んでますから、大丈夫といえば大丈夫です」
俺は神父様に向かってそう答えた。
「ディム、お前には子どもたちの避難誘導を頼んだはずだが……
なぜここにいる?」
少し険のある感じで、バルディオ副団長は先生に声を掛けた。
与えられた任務を放棄してこの場に来たと、そう判断したのか、はたまた、別の何かがあるのか……
「そっちはもう終わったよ。
まだ逃げていないのは、ロディとその子だけ。
あとは全員無事。だから加勢に来たって訳。
それに……」
一瞬、先生はちらりと俺の方へと視線を向けると、
「グライブたちに“ロディフィスのことを助けてくれっ!!”ってせがまれたからね。
教え子たちに泣き付かれたら、“先生”としては応えない訳にはいかないでしょ?」
と、言葉を続けた。
あいつら……
「……いいのか?
下手を打てば死ぬぞ?」
「ボクが? あり得ないね。
さぁ、サクッと仕留めて、みんなで村に帰ろうかっ!
今晩は熊鍋だなっ!」
「……ふんっ、口ばっかり達者になりやがって……」
「私も微力ながら尽力させて頂きたいと思います」
「忝い……ヨシュア殿にお力添え頂けるならこちらも心強い」
「なんだかボクの時と態度が違いすぎやしないかい父さん」
「うるさい」
どうやら二人とも加勢に加わってくれるらしい。
副団長ではないが、心強い話だ。
しかし……
それが、戦況をひっくり返せるほどの増強かというと不安が残る。
神父様の実力を俺は知らないのでなんとも言えないが、もし、一人で鎧熊をどうのと出来るほどの実力があるなら端から戦線に参加していただろう。
先生に関しては、強いことは認めていがその体格から、父親である副団長のような一撃の重さは期待できない。
つまり、戦力は増強されたが、決め手に欠ける状態であることに変わりはないのだ。
「なぁ、クマのおっさん」
「ん? なんだ?」
「これで勝てると思うか?」
「……」
俺はそう、クマのおっさんに問いかけた。
細かくは言わない。
だが、それだけで俺が言わんとしていることは伝わったらしい。
「勝てる。
と、言いたいところだが、正直厳しいのは変わらんな……
ヨシュア殿にディムが加わったことで戦力は増強されたがそれだけだ。
やはり、奴を仕留めるには一撃の火力が足りなすぎる……
持久戦をするには、我々は傷つきすぎているしな……」
だよなぁ……
俺はそっと、自分が下げていたカバンへと目を向けた。
一撃の火力……か。
「なぁ、おっさん
ちょっと相談があるんだけどいいか?」
「相談? なんだ?」
「いやなに……
ちょっとした賭けの話だよ。
うまくいけば鎧熊を仕留められるかもしれない。
その代わり、チップは俺たちの命だけど……どうよ?」
俺の様態を確認し、無事であるというのが分かったところで、クマのおっさんが鎧熊と戦っている森狼の集団を見てそうつぶやた。
多少動けるようになった体で、首を向ければ、大体六、七頭前後の森狼が鎧熊へと襲い掛かっていた。
鎧熊も突然現れた森狼を相手にするので必死らしく、俺たちの方など見向きもしなくなっていた。
森狼たちのおかげで、こちらは態勢を立て直す時間が稼げている訳なのだけど……
現状、数で優ってはいても、その体格差は如何ともしがたいようで散発的な攻撃を繰り返すに留まっていた。
「ふんっ、どうせそこらからこっちの様子でも伺ってたんだろ」
そう、クマのおっさんに応えたのは、バルディオ副団長だった。
「いくらここが森の外つっても、やつらにしたら自分らの庭の目と鼻の先だ。
こんな所で切った張ったしていりゃ、そりゃ気付くだろうよ。
しかも“よそ者同士”が勝手に殺り合ってくれてるとなりゃ、森狼どもにしたらこんな都合のいい話もねぇ。
あとは、頃合いを見ておいしいところを搔っ攫おうって腹づもりだったんだろうよ」
どいうことだろうか?
バルディオ副団長の言い方だと、森狼と鎧熊が初めから敵対していたようにも聞こえる。
そもそも生息域が異なる種であるため、彼らが出会うことはまずない。
それがこうして、真っ向から戦っているという状態がすでに普通ではなないのだと、今更ながらに気づかされる。
「……どういうことっすか?」
いまいちバルディオ副団長の言っている意味が分からなかったので、俺は尋ねてみることにした。
「ん? ああ……
やつは……鎧熊は初めから手負いだったんだよ。
なんで鎧熊なんぞが、こんな森の表層にいるのかは知らん。
ただ、どうやらやつは俺らと遭遇する以前に一戦交えていたようでな……
おそらくは、縄張り争いか何かで森狼どもにつけられた傷だろう。
おかげで本調子の鎧熊を相手にしなくて済んだ。
もし、鎧熊が無傷だったらと考えると……
被害は今の比ではなかっただろな。正直ぞっとする。
それもこれも森狼どもおかげかと思うと、ちと癪な話ではあるがな……
とにかく、だ。
森狼どもは鎧熊と一度戦ったが、決着はつかなかった。
しかも、森狼どものあの頭数を見るに、初戦は両者痛み分け、ってところだろうな……」
森狼は群れで戦う。
狩猟の時も、縄張りを外敵から守るときもそれは変わらない。
ここ、北の森に住みついている森狼の群れの規模は非常に大きいため、鎧熊クラスの大物を相手にするなら、戦線に投入出来る戦力は20頭ほどいてもおかしくはないはずだった。
それが、今目の前で鎧熊を相手にしている森狼の数は10頭もいない。
先の戦いにおいて、鎧熊に手傷を負わせた彼らではあったが、彼らの群れもまた鎧熊から手痛い被害を受けたのだろう。
傷を負わされた鎧熊と、頭数を減らされた森狼。
そんな中、俺たちがのこのこやって来て、鎧熊と遭遇してしまった。
森狼にとっては渡りに船。鎧熊にとっては、弱り目に祟り目といった感じだろうか。
森狼たちは、人間に鎧熊の相手をさせつつ、自分たちは物陰に潜み残された戦力を温存。
鎧熊を打ち取る機を、虎視眈々と狙っていたのではないか……
と、いうのがバルディオ副団長の見立てだった。
「ですが……
だとするなら、今のこのタイミングで飛び出すのは些か早すぎではないかと……
あれではまるで……それこそロディフィスを助けるために飛び出して来た様にも見えましたが……」
と、バルディオ副団長の考えに異を唱えたのがクマのおっさんだった。
確かに、あのタイミングはぎりぎりだった……
もう少し遅ければ、俺は生きてはいなかっただろう。
それに、あのタイミングが鎧熊を倒す絶好の機会だった……とは、とても思えない。
だったら、なんであの時森狼たちが飛び出して来たのか、という疑問は確かにあった。
「犬っコロどもの考えなんぞ、俺が知るかよ。
ただ“助けるため”ってのはないだろうな。
やつらが人間を助ける義理も道理もねぇうえ、んな話聞いたこともねぇ。
“たまたま近くにボウズがいた”
それだけの話だろ」
「……ふむ、それもそうですな」
たまたま……か。
まぁ、そりゃそうだわな。
人間のピンチを救ってくれるくらい友好的な関係を築いているなら、そもそも縄張り問題で対立などしていないという話だ。
それでも俺が彼らに命を救われたのは事実だ。
恩人ならぬ、恩犬? 恩狼? である事に違いはない。
だから、生きて戻れたらあいつらに何か食い物でも持って来てやろう、とそう決めた。
受けた恩は返すが道理だ。
神父様にはまた怒られるかもしれないけどな……
「はぁ……はぁ……副団長っ!」
森狼たちが対鎧熊戦に参戦して少ししたころ、息を切らした一人の団員がバルディオ副団長へと駆け寄って来た。
その後ろには、ずらりと自警団員たちの姿があった。
「まだ戦えそうなやつら集めてきましたっ!」
「おうっ! どれくらいいた?」
「10人ですっ!」
「10人か……で、死んだやつは?」
「重傷者は数名……しかし、今のところはいませんっ!」
「今のところは……か……」
団員からの報告を聞いて、バルディオ副団長は眉を顰めた。
どうやら、団の現状の戦力と被害の確認を部下に行わせていたらしい。
いつの間にそんな指示を出していたのだろうか……全然気が付かなかった。
そこは副団長、しっかり次を見据えて行動していたって訳だ。
しかし……
最初は30人くらいいた団員が10人って……
その中には、子どもたちの避難に加わってこの場にはいない若い団員の人数も含まれているのだが、それでも被害は甚大だった。
「さてどうする隊長よ?
戦力は激減、負傷者多数……それも、すぐに治療を必要とする者たちばかり……
それでもこのまま攻めるか、それとも建て直しのために一度引くか……」
バルディオ副団長が、まるで試すかのよにクマのおっさんへとそう問いかけた。
「……」
クマのおっさんは、今まで見たことがないくらい真剣な表情で眉間に皺を寄せていた。
重傷者、そのフレーズが重くのしかかる。
団員さんの報告だと、今は生きているが放っておいたら死ぬ、とも受け取れる。
治癒魔術が使えるシスターも、今は子どもたちの避難に同行してこの場にはいない。
シスターをここへ連れて来るなら逸早く鎧熊を倒すなり追い払うなりしなければ治療行為など無理だろうし、かといって怪我人をシスターの下へ連れて行くには人手が足りない。
多少でも動ける団員を総動員して負傷者の搬送に当たれば、何とかなるかもしれないが、その場合は鎧熊との戦闘の継続は困難に……いや放棄するしかないだろう。
鎧熊との戦闘を森狼たちに押し付けての撤退だ。
これはかなりの不安要素を含む選択だろう。
結果的にだが、彼らに助けられる形となって俺としては、森狼たちを見捨てるようなことはして欲しくないという思いもあったが、それを差っ引いても撤退という選択にはかなりのリスクが伴う。
まず、撤退中にもし鎧熊が気まぐれでも起こして、俺たちに襲い掛かって来たら対抗する手段がない、ということだ。
動ける者が総出で負傷者を担いでいるのだから、戦える訳がない。
最悪、全滅というケースだって十分に想定出来ることだ。
次に、鎧熊の生存の可能性が高くなる、ということ。
贔屓目に見ても、森狼たちに鎧熊を仕留めるだけの戦力はない。
このまま戦ったとしても、倒すには至らず、また痛み分けになるのが関の山だ。
もし、鎧熊がどこかにその身を隠し、傷を癒し全快でもされたらたまったものではない。
こういってはなんだが、手負い相手にこれだけの被害が出ている現状、完全回復されたら自警団では手に負えないだろう。
また、そんな存在が村の近くにいるという村人たちの精神的ストレスだって相当なものになる。
特に最近は、村の外から人が入って来たばかりだからな。
勿論、この戦いで負った傷が原因で、例えば狩りが出来ずに餓死するなど、鎧熊が死に至る可能性……も、否定は出来ないが、この場合希望的観測は捨てた方がいい。
それらを踏まえて考えれば、ここは……
「今は無理を承知で押すべきでしょうな……
ここで逃がせば、次に出会ったとき我々に勝てる望みはまずありますまい。
それに、日々を鎧熊に怯えて過ごすには精神的負担が大きすぎます故」
クマのおっさんの考えも俺と同じようだった。
その返答を聞いて、バルディオ副団長は口角を吊り上げた。
「よしっ! そう言うと思ってたぜ!
おいっ! 隊を再編成して今一度やつに仕掛けるっ!
戦える奴と言わず、歩ける奴、武器を手に出来る奴なら全員連れて来いっ!
テメェーらっ! 根性見せろよっ!」
『応っ!!!』
「なら、それにはボクも加えてよ父さん。
戦力は一人でも多い方がいいだろ?」
団員たちの野太い掛け声のあとに、やたら若い声が割り込んできた。
そして……
「はぁ……はぁ……まっ、待ってくださいディム……
この距離を……走るのは……ろ、老体には……さすがに……ごほっごほっ……」
「だから、神父様は待ってればいいって言ったじゃないですか~
もう若くないんですから、無茶しないでくださいって……」
「い、いくら老いたとはいえ……若い方には……まだまだ……まっ、負けませんよ……」
「そんな、はぁはぁいいながら言われても、説得力ありませんって……」
「……先生? それに、神父様? なんで?」
そこにいたのは、ディムリオ先生と神父様だった。
「やぁ、ロディ。
聞いたよ、現場に残って取り残された子がいないか見て回っていたって?
大活躍じゃないか。
それは名誉の負傷ってやつかい?」
先生は横たわる俺を見てそう聞いて来た。
「あはは……まぁ、そんな感じ……」
「ロディフィスっ! 一体何が……
それより大丈夫なのですかっ!」
先生とは打って変わって、神父様は俺の姿を見て狼狽したように駆け寄って来た。
「えっと……その話はまたあとでってことで……
取り敢えず、なんとか死なずには済んでますから、大丈夫といえば大丈夫です」
俺は神父様に向かってそう答えた。
「ディム、お前には子どもたちの避難誘導を頼んだはずだが……
なぜここにいる?」
少し険のある感じで、バルディオ副団長は先生に声を掛けた。
与えられた任務を放棄してこの場に来たと、そう判断したのか、はたまた、別の何かがあるのか……
「そっちはもう終わったよ。
まだ逃げていないのは、ロディとその子だけ。
あとは全員無事。だから加勢に来たって訳。
それに……」
一瞬、先生はちらりと俺の方へと視線を向けると、
「グライブたちに“ロディフィスのことを助けてくれっ!!”ってせがまれたからね。
教え子たちに泣き付かれたら、“先生”としては応えない訳にはいかないでしょ?」
と、言葉を続けた。
あいつら……
「……いいのか?
下手を打てば死ぬぞ?」
「ボクが? あり得ないね。
さぁ、サクッと仕留めて、みんなで村に帰ろうかっ!
今晩は熊鍋だなっ!」
「……ふんっ、口ばっかり達者になりやがって……」
「私も微力ながら尽力させて頂きたいと思います」
「忝い……ヨシュア殿にお力添え頂けるならこちらも心強い」
「なんだかボクの時と態度が違いすぎやしないかい父さん」
「うるさい」
どうやら二人とも加勢に加わってくれるらしい。
副団長ではないが、心強い話だ。
しかし……
それが、戦況をひっくり返せるほどの増強かというと不安が残る。
神父様の実力を俺は知らないのでなんとも言えないが、もし、一人で鎧熊をどうのと出来るほどの実力があるなら端から戦線に参加していただろう。
先生に関しては、強いことは認めていがその体格から、父親である副団長のような一撃の重さは期待できない。
つまり、戦力は増強されたが、決め手に欠ける状態であることに変わりはないのだ。
「なぁ、クマのおっさん」
「ん? なんだ?」
「これで勝てると思うか?」
「……」
俺はそう、クマのおっさんに問いかけた。
細かくは言わない。
だが、それだけで俺が言わんとしていることは伝わったらしい。
「勝てる。
と、言いたいところだが、正直厳しいのは変わらんな……
ヨシュア殿にディムが加わったことで戦力は増強されたがそれだけだ。
やはり、奴を仕留めるには一撃の火力が足りなすぎる……
持久戦をするには、我々は傷つきすぎているしな……」
だよなぁ……
俺はそっと、自分が下げていたカバンへと目を向けた。
一撃の火力……か。
「なぁ、おっさん
ちょっと相談があるんだけどいいか?」
「相談? なんだ?」
「いやなに……
ちょっとした賭けの話だよ。
うまくいけば鎧熊を仕留められるかもしれない。
その代わり、チップは俺たちの命だけど……どうよ?」
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いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
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