前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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61話 鎧熊 その7

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「おい……本当にこれで行くのか……」
「しょうがないだろ? 他に手もないんだし」
「だがなぁ……」

 目の前のクマのおっさんの後頭部が“困ったなぁ”とでも言いたげに左右に揺れた。
 表情は見えない。
 なにせ俺は今、クマのおっさんの背中にいるのだから。
 しかも、荷造り用のロープで俺とクマのおっさんをグルグルに固定した状態で、だ。
 クマのおっさんはその手にバカでかい斧を持っていて俺を支えることは出来ない。俺自身だってしがみつていられるだけの力は残ってはいない。
 結果、こういう力技で強引な手段で固定することになってしまった。
 振り落とされないように、かなりギッチリ縛られているので、多少痛いのは我慢だ。
 戦闘中に振り落とされたら、次は本当に死にかねないからな。
 決してそういった趣味があるとか、そういう意味ではない。
 ……ホントだぞ?

「フェオドルの言葉ではありませんが、本当に大丈夫なのですかロディフィス」

 クマのおっさんの背中ににグルグル巻きにされた俺を見て、神父様が不安そうに声を掛けて来た。

「大丈夫か……と、聞かれると“分からない”としか答えられないですかね……
 なにせ、今まで一度だって実験をしたことがない代物ですから……」

 そう答えて、俺は自分の手の中にあるものへと目を落とした。
 そこには俺の手の平サイズの木片が左右の手に一つずつ、計二つ。
 これが、今俺が持つ唯一の攻撃手段だった。

 俺がクマのおっさんに持ち掛けた相談……とはいっても、話したのはこの場の全員にだったが……
 それは、俺が作った“爆発する魔術陣”……ようは爆弾だ。それであの熊っコロを吹き飛ばす。
 と、いうものだった。

 爆発型術陣。
 それは、エーベンハルト氏が残したあの赤い表紙の本。
 その最後の方に書かれていた、見るからに物騒な魔術陣……
 それを以前、興味本位で試作したものが、この二つの木片だった。
 まぁ、本に載ってたい原型からいろいろと手を加えてはいたがな。
 ただし、この試作爆弾、ただの一度も稼働実験を行ってはいなかった。
 と、いうのも魔術陣は、それ自体を読み解くことが出来れば、おおよその内容は知ることが出来る。
 例えば“風を起こす”とか“発熱する”とか“冷却する”とか……“爆発する”とかな。
 しかし、魔術陣によって行使される魔術は、同じ量のマナを供給しても魔術回路の書き方一つでその力の強さが大きく変わってしまうのだ。
 この爆発型魔術陣がどれほどの威力をしているのか、正直皆目見当がつかないでいた。
 一応、魔術回路のなかには力の大きさを設定するコマンドがあるにはあのが、“威力1”としたところで、その“1”がどれほどの威力を秘めていのかは、実際に使って自分の目で確かめてみなければ分からないところがあった。
 “爆発する”とはいっても、その幅は実に広い。
 爆竹程度だと思って火を着けたら、ダイナマイトだった……とかな。その逆もまた然り。
 なんてことが起こらないとも言い切れないのだ。
 試しに使って、周囲を巻き込んで大爆発……なんてのは、さすがに笑えないが、切り札と出した手がネズミ花火でも、やはり笑えない。
 それが俺が今までこの爆発型魔術陣の起動実験に踏み切れないまま放置されていた訳でもあり、先ほど“賭け”といった理由でもあった。
 まぁ、今までこんなものを必要とする機会なんてなかったから、それでなんの問題もなかったのだが……
 物が物なだけに、他人の手に触れないよう厳重に梱包してカバンの奥底にしまっていたのが、まさかこんな形で日の目を見る羽目になるとは思いもしなかった。
 もともとは実験用に作ったものなので、設定出力は魔術回路上は“低出力”になっていたのだが、それでは心もとないので、無理やり魔術回路を追加して出力の向上を試みてはいるが……果たして、それがどれだけあの鎧熊アーベアに有効かは、やってみるまで分からない。
 はてさて、吉と出るか、凶と出るか……

「やはり、私が代わりに行きます。それを渡してくださいロディフィス」
「それはさっきも断ったじゃないですか。嫌です。
 ただでさせ未完成品なうえに、威力も不明じゃとても人には渡せませんよ。
 それに、使い方を一から説明している暇もないですしね。
 今しがた施した急ごしらえの改造も、うまくいっているか不安もありますし……
 最悪、マナを充填した途端に爆発……なんてことも考えられますからね」

 真剣な表情で心配してくれる神父様だが、それじゃ……と簡単に渡すわけにもいかない。
 何が起こるか分からない、というのもあるが、これでも一応誤作動防止のあれやこれやが施されているからな。
 いちいち使い方を説明している時間が、今は惜しい。

「……俺は今、そんな物騒なもんを背負ってんのかよ」

 とは、クマのおっさんだ。
 俺の位置からは表情は見えないが、声の調子から察するに、相当呆れている様子だな。

「獣は死して皮を残し、人は死して名を残す、ってな。
 いざとなったら、二人で英雄にでもなろうじゃないか。
 村で末永く語り継いでもらえるぜ?」

 俺はそう言いながら、クマのおっさんの肩をぽんぽんと力なく叩いた。

「嫌になる事を言うな……それでうまいことを言ったつもりか?
 誰が、お前のようなこまっしゃくれたガキと心中なんぞするか。まっぴら御免だ」
「俺だって、おっさんなんかと心中なんて嫌だよ」
「ロディフィスっ! ふざけていないで私の話をっ……!」

 そんな俺の態度に業を煮やして神父様が声を荒げて詰め寄って来た。
 普段もの静かな神父様が声を荒げるところなんて、俺は初めて見た。
 それだけ本気で俺の事を気にかけてくれている、ということなのだろうが……
 すいません、神父様。

「だっはっはっ!
 本人がやるって言ってんですから、やらせてやりぁいいじゃねぇですか。
 男が一度こうだと決めた事を、他人がとやかく言うのは無粋ってもんだぜ、ヨシュア殿」

 と、俺達に声を掛けて来たのはバルディオ副団長だった。

「しかし……」
「おい、ロディフィス」

 副団長は、神父様の言葉を遮るようにして、俺へと向き直った。

「俺たち自警団の責務は、獣を狩ることでも、悪人を懲らしめることでもねぇ、自分より弱い誰かを守ることだ。
 だからって、そのために自分が犠牲になっていい理由にはならねぇ。
 誰かを守って、ついでに自分も死なねぇようにする。
 それが出来て一人前だ。
 てめぇからやるって言ったんだ。だから、俺はもうお前の事をガキとは思わねぇ。
 それくらいの事はしてみせろ。
 いいな?」
「……ああ、努力はしてみるよ」

 俺は副団長の言葉に、強く首を縦に振った。

「つっても、俺は張り付いてるだけだからなぁ。
 俺の命運はクマのおっさん次第だな。
 ってことで、一つよろしくお願いします」
「ちっ、踏み台の次はクーパ扱いかよ」
「事が無事に済んだら“フェオドルという名の名馬がいた”と、子々孫々まで語り継いでやろう」
「ああ、そうかい! 楽しみにしてるよっ! このクソガキがっ!」

 そんな俺たちのやり取りを見ていた周囲から、一瞬、ふわっとした笑いが起きた。
 これはいってしまえばただのじゃれ合いだ。
 クマのおっさんだって別に本気で怒っている、という訳ではないのだろう。
 その証拠に、言葉の割りに声が笑っていた。
 張りつめていた周囲の緊張が、少しだけ緩み空気が軽くなるのを肌で感じる。
 正直、怖い。
 なにせ、さっき死にかけたばっかりだからな。
 こんなバカ話でもしていないと、怖くて逃げだしてしまいそうなくらいだ。
 たぶん……それはこの場にいる誰もが感じていることではないだろうか。

「……フェオドル。
 ロディフィスのこと、よろしくお願いします」

 周囲の笑いが収まったころ、神父様が不承不承といった顔で、クマのおっさんへと頭を下げた。

「任せてください。
 俺だって死にたくはありませからね。
 いざとなったら、すぐ逃げますよ」
「よしっ!
 野郎どもっ! 手筈はさっき決めた通りだ! 抜かるなよっ!
 行くぞ!」
『応っ!!』

 副団長の掛け声一つ。
 各々が自分の役目を果たすために、行動を開始した。

 皆が鎧熊アーベアへと向かっていく中、俺とクマのおっさんだけはまだその場に残っていた。
 こちらにもこちらの準備があるのだ。
 それが終わるまでは、向こうに行っても出来ることはない。
 副団長たちの役目は、俺の準備が整うまで鎧熊アーベアをこの場に釘付けにすることと、俺たちへ注意を向けないようにするための囮だ。
 ここで逃げられたら、目も当てられないからな。

「早めに終わらせろよ、ロディフィス」
「分かってるよ」

 言われるまでもなく、俺はもう準備を始めていた。
 手にした木片、それぞれに書かれた魔術陣に手を触れてマナのチャージを行う。
 この爆発型魔術陣は、その一つ一つが効果を持っているのではなく、二つでワンセットの魔術陣なのである。
 木片は、正六面体に近い形をしていて、五面にはマナの吸収用の魔術陣が、そして残りの一面に半分だけ・・・・の魔術陣がそれぞれに書かれていた。
 俺は二つの木片、それぞれに書かれた五つのマナ吸収用の魔術陣に指を走らせた。
 この爆発型魔術陣は、書かれた五つのマナ吸収用の魔術陣を決められた順序で起動した上で、分割された魔術陣を正しい形で合わせなければ術式が起動しない作りになっていた。
 これが、誤動作防止および防犯用のロックシステムになっていた。
 簡単に起動してしまっては、大事故につながりかねないからな。
 そのため起動までの手順は、少しだけ複雑にしていた。
 当たり前だが、ロック解除の手順を知っているのは俺だけだ。

 俺がマナ吸収用の魔術陣に触れるたびに、その一つ一つが淡く輝きだす。
 すべてのマナ吸収用の魔術陣が光ったところで、分割されていた魔術陣を結合して一つにする。
 のだが、魔術陣が分割されている、とはいってもそれが分かっているのは現状俺しかいないのだ。
 ぱっと見、ただ模様が刻まれているだけだから、それが術式の全部なのか一部なのかなんて一般人には区別がつかない。
 何処と何処を合わせれば完成した術式になるのかわからない、というのもまたロックシステムの一部なのだ。

 俺は手早くロックを解除して結合。
 ここまでの全ての手順が正しく処理された場合のみ“吸着”の魔術陣が起動するように設定されていた。
 こうなってしまえば、この二つの木片は内部マナが枯渇するまで分離することはない。
 ここまでして、ようやく爆発型魔術陣の起動準備が整ったことになる。
 ちなみに、手順が何処か一つでも間違っていた場合は結合した時点でエラーが出てリセット、最初からやり直しになってしまうので気をつけねばならない。
 作っておいてなんだが、正直かなりめんどくさいのだ。

 で、いよいよ爆発型魔術陣へのマナの充填になるのだが……

「おいっ! まだかロディフィスっ!」
「ちょっと待てって……今準備してるから……」

 元が実験用であるため、マナ吸収効率はかなり低く設定されていた。
 その上で火力を上げるために内包するマナを媒体が崩壊する限界ギリギリまで押し込み爆発力を上げているため、チャージにどうしても時間がかかってしまうのだ。
 吸収効率に関する部分にも手を加えられれば良かったのだろうが、改造を前提として作っていないので火力についてはなんとかごまかせても、吸収効率の方には手が出せなかった。
 チャージには、今しばらく時間が掛かりそうだ。

 その間、鎧熊アーベアの相手をしている前線組がどうなっているのか目向ければ、なんとディムリオ先生が正面を張って戦っているではないか。
 遠目でよくは見えないが、鎧熊アーベアの剛腕を器用に避けているのだけは分かった。
 しかも、回避ざまに先生は振るわれたその腕にカウンターで一撃、二撃と見舞っていた。
 ホント、器用なことをするものだ。と舌を巻く。
 先生の得意とする得物はレイピアのような刺突を得意とした細身の小剣だ。
 その銀閃が舞う度に、鎧熊アーベアの背が仰け反っていた。
 防御の面に関しては、心許なくはある武器だが“当たらなければどうということはないっ!”を地で行っている先生だからこそ扱える武器、といったところだろう。

 そんな前線組の奮闘を見守るうちに、魔術陣からマナを吸い上げるあの感覚がなくなった。
 チャージが完了したようだ。

「おっさん! 準備出来たぜっ!
 これであの熊公を吹き飛ばせるっ! と、思う……」
「そこは不安でも言い切っておけっ! こっちまで不安になるじゃねぇかっ!」

 そう言って、クマのおっさんは前線組のところ、つまりは鎧熊アーベアへと向かって走り出していた。

「おいっ! そこっ! 手、止まってんぞっ! 意地を見せんかっ! 意地をっ!
 近くにいる森狼バァルフには手を出すんじゃねぇぞっ!
 恨みなんぞ買いたくはないからなっ!」

 現場まで近づくと、バルディオ副団長の怒声が響いていた。

「お待たせしましたっ!
 準備が完了した様ですっ!」
「おうっ! 遅かったなっ!
 このまま倒しちまうところだったじゃねぇかっ!」

 副団長はそう言ってはいたが、先よりも確実に傷が増えているのが一目で分かった。

「ホントだよ。
 このままボクが倒しちゃってもよかったんだけどね。
 折角だから、見せ場は残しておいてあげたよ、ロディ」

 近づいて来たこちらには見向きもせずに、鎧熊アーベアの相手をしたまま、ディムリオ先生がそう続けた。
 遠くからは気付かなかったが、先生もそうとう傷だらけだった。
 その整った顔には、自分のものとも鎧熊アーベアのものともつかぬ血が付着し汚れていた。

「全員退避っ!! 
 後はこいつらに任せるぞっ!」

 俺たちの準備が整った時点で、前線組とは入れ替わりになる手筈となっていた。
 爆発の規模が正確に把握出来ていない以上、一ヶ所に固まっているのはむしろ危険だ。
 バルディオ副団長の号令で、周りにいた団員が次々と離れて行く。
 そして、残ったのは俺とクマのおっさんの二人だけだった。
 何かを感じ取ったのか、いつの間にか森狼バァルフたちの姿もなくなっていた。
 こちらの攻撃に巻き込むなくて済む分、好都合だ。 

「いいか?
 鎧熊やつの攻撃を受け止められるのも、精々あと一撃か二撃が関の山だ。
 好機チャンスは一度だと思え。
 ……しくじるんじゃねぇぞ?」
「分かってるって」
「じゃ、行くぞ……」

 “うおおおぉぉ!!”そんな地響きのような咆哮を上げて、クマのおっさん手にした斧を振り上げて鎧熊アーベアへと斬りかかって行った。
 鎧熊アーベアもまた低く吠えると、その腕を振り上げ、振り下ろす。
 初めから攻撃が目的ではないため、素早く防御姿勢を取り、クマのおっさんはこれを受け止めた。

「ぐぅぅ!」

 クマのおっさんの背中越しに、重い衝撃が伝わって来た。
 その衝撃で、巨漢なクマのおっさんの体が少し地面に沈んだような錯覚を覚えたほどだ。 

「今だっ!! ロディフィスっ!」
「おうよっ!」

 俺はクマのおっさんの合図で、その肩口から目一杯体を乗り出すと、眼前に迫った鎧熊アーベアに向かって手にした魔術陣を突き付けた。

「これでも喰らっとけぇ!!」

 そして、起動最後のロックを解除した。
 ……瞬間。
 目が眩むほどの閃光が辺りを包み、鼓膜を破るほどの轟音が響いたのだった。

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