前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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ターニング・ポイント スレーベン領 その3

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 “サンチョ・ホフステンと言う商人の身元を洗え”

 それが、グリエルムがヴァルターに調べさせている事の一つだった。
 グリエルムはあのちんけな商人からは、商人としての気質以外の何かを感じ取っていた。
 そして、それがどうにも気に掛かってならなかった。

「出し惜しみなしで、一言で言うぜ?
 “気をつけろ”
 ……今はそれしか言い様がないねぇ、悪いな大将」
「いや、それ・・が分かっただけでも上等だろう……」

 グリエルムは、出会い方はどうあれ……ヴァルターと言う男の能力・・には一角の信頼は置いていた。
 その男を以ってして“気をつけろ”と、注意に止まるような事しか言えない時点で、サンチョと言う男もまた、見縊みくびる事が出来ない人物であると言う事を物語っていた。
 グリエルムはヴァルターに、事の子細を尋ねた。
 ヴァルター曰く……
 まず、“サンチョ・ホフステン”なる人物を知る者は多くいたが、その誰もが“顔と名前は知っている”と言うだけで、友人であったり出身や家族構成、人柄についてなど詳しく知るものは一人もいなかったと言うことだった。
 たった一つ得られた証言と言えば、

 “あいつは根暗で無口で、とにかく何も言わないやつだ。
 いつも酒場の隅で、安酒をちびちびナメていたなぁ……最近めっきり見なくなったが……”

 と言う、場末の酒場の客の言葉だけだった。
 話の中の“サンチョ”と、自分の見た“サンチョ”とのあまりの違いに、別人なのではないかと疑うグリエルムだったが、ヴァルターの話では容姿の特徴は一致していると言う……
 しかも、これだけの証言のために、ヴァルターは店で一番高い酒を3杯も奢らさせられたと語った。
 故に、“経費を要求するっ!”とグリエルムに向かってずいっとその手を差し出したのは、ヴァルターにしてみれば当然の事と言えた。
 グリエルムは嘆息一つ、財布の中から最高額通貨を取り出すとヴァルターのその手の中へと押し付けた。
 “毎度~”っとニヤリと笑うヴァルターの顔が何とも憎らしいが、仕方がない。
 勿論、調査の報酬は別途ちゃんと支払っている。それもグリエルムの自費でだ。
 さらに、ヴァルターは数十回に渡りサンチョの尾行を試みるもその全てで振り切られていると言った。
 ヴァルターの本職は“賊”だ。
 しかもかなり手足てだれの、だ。
 それを振り切ったとなると、やはりサンチョと言う人物は堅気の人間ではないのだろう。

 グリエルムもグリエルムで、ヴァルターとは違う方面でサンチョについて調べていた。
 商人というからには“商業許可手形”を持っているだろうと提示を求めたところ、サンチョは待っていましたとばかりに“ホフステン商会”と書かれた手形を躊躇いなくグリエルムへと見せ付けたのだった。
 登記簿と照合したところ、その手形は間違いなく本物である事が分かっている。
 しかし……グリエルムが独自に入手した資料には、どうしても腑に落ちない点があった。
 それは、ホフステン商会が屋敷を出入りする以前に行っていた取引の主な品が“乾物”である、と言う点だった。
 今、サンチョが扱っているものは本人曰く美術品・骨董品と言う名のガラクタだ。
 乾物屋が美術屋へ転向……そんな事があるのだろうか? と、グリエルムの中でサンチョに対する猜疑心は膨張の一途を辿っていた。

(確証はない。れど信じるにあたわず……)

 グリエルムの中で、サンチョへの警戒心はより厳たるものへと変わっていった。

「それと、もう一つ……」

 この話に区切りが付いたと見たのか、ヴァルターは別件を口にした。

「“ソロバン”ってやつが何処で作られてるかって話だが……」

 それもまた、グリエルムがヴァルターに調査を依頼していた事の一つだった。
 ヴァルターはそう言いながら、グリエルムの作業机の方へと向かって歩いていった。
 “ソロバン”とは、今領内に出回っている算術補助具の名称だった。
 それはある日突然姿を現し、あっと言う間に市場を席巻した。
 それは最早一種の“発明”と言っても過言ではない代物だった。
 小型で多機能と言う事で、数字を扱う者たち……とりわけ、役所や商人などに爆発的な人気を博したのだ。
 それこそ、現状出回っている“和算卓”など目ではない程に……
 構造が単純と言う事もあり、早々に類似商品が作られ今では、領内のいたるところで見かけるようになった。
 しかし……
 肝心の“誰が、何処で作ったものなのか?” と言う事に関しては、今を以ってしても判然としないままだったのだ。
 “ハロリア商会”という中規模の商会がスレーベン領において、“ソロバン”を初めて取り扱った商会である、と言うことまでは分かっているのだが、そこから先の足取りがまったく見えないのだ。
 そもそも、領内で作られた物なのか、領外から持ち込まれた物なのかもはっきりしないのだ。
 領内で作られているとするなら“誰が、何処で”、領外から持ち込まれたなら“何処から”なのか……
 それを知る為にグリエルムはヴァルターに、この“ソロバン”の追跡調査を頼んでいたのだった。

(獣は獣の道を知る……とも言うしな……)

 グリエルムは、自身を“義賊”と語ってはばからないヴァルターなら、何か掴めるかもしれないと考えたのだ。
 そして、期待通り……と言うべきか、ヴァルターは何かを掴んだようだった。

「……たぶんここだ。
 確証はまだないが、十中八九間違いないだろうな」

 グリエルムの仕事机の前で足を止めたヴァルターは、机の上に広げられていたスレーベン領近隣を描いた地図の一点に指を突いた。
 そこは、スレーベン領の東の端にある小さな村……
 その村の名前に、グリエルムは眉をひそめた。

「領内で……製造されている……と?」
「たぶんな。
 いやぁ~、苦労したぜホント……
 どうやら“ハロリア商会あちらさん”にとんでもないキレ者がいるよだぜ大将。
 領内のあっちこっちで、ほぼ同時期に販売が開始された所為で、出元のおおよその位置すら掴めなかったんだからな……
 いや、結果から・・・・見たら、間違いなく俺は相手の術中にはまっていた事になるんだけどな……」

 ヴァルターはまず、ハロリア商会が独自に製造している線を当たる事にした。が、この線はすぐに消えることになった。
 ハロリア商会は、スレーベン領を中心とした近域で仕入れと販売で財を成した中規模な商会に過ぎない。
 自前で何かを製造し販売する余力などないのだ。
 となれば、製造している場所、ないしは流通元と直接取引をしている可能性の方ががずっと高い。
 そして、手に入れた商品は手に入った場所から近い順・・・に売りに出されているだろうと、ヴァルターは踏んでいたのだ。
 だから、手始めにソロバンが売られた日時と場所別を調べる事にした。
 ヴァルターは持てる情報網の全てを駆使して、情報を集めた。
 これでもその筋では名の通った存在であり、思いの外顔も広いのだ。
 結果はヴァルターの予想した通り、販売された日時が場所によって微妙に違っていた。
 最も早く販売されたのは領地の西の端・・・、そこから日ごとに東へと移動していたのだった。 
 そこはヴァルターが“ここだ”と指し示した場所とは、まさに正反対の場所だった。
 最も遠い場所から、最も早く売る……
 そうする事で、ヴァルターの様な考えをした者たちの注意を、西へと向けさせていたのだ。
 お陰様で、ヴァルターはありもしない情報を求めて、奔走させられた。
 ヴァルターはその何者かが仕掛けた罠にまんまとはまってしまったのだ。
 
「試しに何処で仕入れてるのか聞いてみたら、西に向かった隊商からは“東の方で仕入れた”っ言われて、東に向かった隊商に同じ事聞いたら“西の方から仕入れた”って言うんだぜ?
 北なら“南”、南なら“北”だ……まいっちまうぜ、まったく……」

 ヴァルターの話を聞く限り、それは明らかな情報の撹乱だった。
 仮にヴァルターの憶測が真実だとするなら、“ソロバンを考案した者”はこの小さな村に住んでいる事になる。
 だとすれば……
 ハロリア商会が、商品を独占する為に……正確には商品ではなく“考案者”をだが……偽りの情報を流したと考えるのは、至極当然の流れと言えた。
 これだけの品だ。ちょっとした思い付きで作れるものではない。
 “ソロバン”を作った者は間違いなく、天才か奇才の類だろう……
 とにかく、並大抵の人物ではないことだけは確かだ。
 そんな人物の存在が同業者にもしバレでもしたら、自分たち以外に商取引を持ちかけようとする者達がごまんとやってくるのは目に見えている。
 しかも、これだけの才覚のある人物だ。
 その“発明品”が“ソロバン”だけで終わるとは、到底思えない。
 ならば、自分たちだけで囲ってしまった方がいいに決まっている。
 そのために、わざわざ手間を掛けてまで情報を撹乱しているのだろう。
 だがしかし……
 そんな錯綜する情報のなか、なぜに“ここだ”とヴァルターが自信ありげに断定しているのか、その根拠がグリエルムには分からなかった。

そこ・・だと思う根拠はあるのか?」
「当然だろ? 
 絡め手で探すのは手間取りそうだったからな。
 手っ取り早く、ハロリア商会に忍び込んで、帳簿をちょっちょっとな……」

 当初は、もっと簡単に割れるだろうと高を括っていたヴァルターだったが、事は彼の想定を越えていた。
 故に、時間を掛けてしまうくらいなら、と直接的な手法に打って出たのだった。
 そう語りだしたヴァルターの言葉に、グリエルムは黙ったまま耳を傾ける事にした。
 勿論、言いたい事はあったのだが……
 それを察してか、ヴァルターは“何も盗んじゃいねぇーよ!”と多少不機嫌そうに答えてから続きを話したのだった。
 領主邸のあるここクラレンスの町は、スレーベン領において最大の町であり、また交通の要所としても機能している。
 領内のどこに行くにしても、一度この町を経由した方がいろいろと都合がいいのだ。
 そのため、各商会の本部、支部などが数多く居を構えている。
 それは、ハロリア商会とて例外ではなかった。
 ヴァルターは、ハロリア商会のスレーベン本部に忍び込むとソロバンに関する資料を漁ったのだがまるで見つからなかった。
 代わりに見つけたのが、ここ最近になって急激に収入を増やしているある地域の隊商の資料だった。
 その金額たるや、他の隊商よりも頭一つ、いや二つ三つは抜き出ている程だった。
 ヴァルターは考え方を少し変えてみることにした。
 
 まず、この一件で製造元は多額の収入があったことは間違いないはずだ。
 ならば、次に起こるであろう事は支出の増加だろう……
 収入が増えたのだから、購入するものがより多くなるのは当然の流れだ。
 金は、持っているだけではなんの約にも立たないのだから。
 ハロリア商会が独占的に取引をしているのは間違いないため、買取だけでなく販売もまたハロリア商会が行っているとみて間違いない。
 なら、そのハロリア商会の一部隊商で、ここ最近になって急激に取引金額が増額している場所があるのなら、それはつまり……

「……なるほどな」

 ヴァルターからの話を一通り聞いて、グリエルムはうむと顎を引いた。
 確かにヴァルターの推論は的を得ていると思えたのだ。

「で、この事を閣下は……?」
「知っていると思うか? 屋敷から一歩も外に出ない出不精が?
 てか、もしヤツが知ってたらもうとっくに何かしでかしてるだろ?」
「あの自称・商人、ヤツはどこまで知っていると思う?
 ヤツから話が伝わる可能性は?」
「そこはなんとも言えないな……
 ただ、調べた限り最近のあいつは商人としての活動を一切してないようだが……」

 とは言え、楽観視出来るものでもないだろう。
 グリエルムは静かにかぶりを振った。
 現状、プギャールにこの事を知られていないと言うのなら、今はまだこの情報は自分のところに留めておけばいい。
 そう、グリエルムは判断を下した。
 ただでさえ旱魃かんばつによる食糧問題を抱えている現状、これ以上の問題を抱えるわけにはいかないのだ。
 今でこそ、流通当初に比べ3分の1程の価格に落ち着いてはいるが、それでも決して安い物ではない。
 今までいくつ売ったのかは知る由もないが、そこから考えられる利益が膨大であることは想像に難くないのだ。
 もし、プギャールがそんな金脈の様なものの存在を知ろうものなら、良からぬ事をしでかすのは経験上理解している事だった。

 それは、以前……とは言っても今から10年以上も昔の話だが、スレーベン領にはコスターナと言う中規模の村があった。
 土壌が悪く、農耕に向く土地柄ではなかったが、代わりに果樹の栽培で成功し豊かではなかったが、貧しくもない、そんな感じの村だった。
 その村がある日、果実を使った酒造業を始めたのだ。
 珍しい事もる事ながら、その今までにない新しい味により人々は魅了された。
 そして、爆発的な人気を得た。
 降って湧いた様な幸運に潤いを得て、歓喜する村人だったが続いた幸運はここまでだった。
 当時、まだ領主を継いだばかりのプギャールがその収益に目をつけたのだ。
 プギャールは突然、“酒造許可法”なるものを制定し、施行した。
 “酒造許可法”は当時からあった“商業許可法”に習ったものだ。
 つまり、“領内での酒の製造は許可制であり、許可無き者がこれをする事を禁ず”と言うものである。
 ある日突然作った法の事など知るはずも無い村人たちに“領法の重大な違反”であると膨大な罰則金を要求したのだ。
 しかも、酒造を許可する“酒造許可手形”は、驚くほどの高額でとてもコスターナ村の者達が払える金額ではなかった。
 これは最早、法の不遡及ふそきゅうの原則に反する恥ずべき行いであった。
 グリエルムはその事後法とも言うべき悪行を止めようとしたのだが、かえってプギャールの怒りを買い、力及ばずプギャールの凶行を許してしまった……
 結果、コスターナと言う名の村は、スレーベン領の地図からその名を消したのだった……“酒造許可法”なる悪法を残したまま……

 酒造と言う行為に税金を掛けること、それ自体をグリエルムは悪く言っているのではない。
 やり方が極端過ぎることを、責めていたのだ。
 本来なら、コスターナ村はスレーベン領に莫大な利益をもたらす村になっていたはずだった。
 “産業が興る”という事は、領地において死活問題なのだ。
 長期的に安定した財源の確保をするために、むしろ領主であるプギャールが資金なりなんなりの支援をし、領内の経済を活性化するべきだったのだ。
 だが、プギャールはそうはしなかった。
 長期的な視野を持たず、短絡的な、刹那的な思考しかしないのだ。
 もし、あの時と同じような事をされれば……
 スレーベン領は立ち直ることが出来ない程の打撃を被ることになるだろう。
 実った麦を全て食べてしまっては、来年蒔く籾がなくなる……そんな単純な話すら、当代の当主には分からなかったのだ……

 プギャールは、とにかく面倒なことは全てグリエルムに押し付けていた。
 それは領主が執り行うべき領地の運営に関してもだ。
 そのおかげで……というのも変な話だが、今まではグリエルムの手腕によりなんとか騙し騙しやってこれていた。
 スレーベン領が、経済破綻も領民の暴動も起こさずになんとかその体を保っていられるのは、偏にグリエルムの働きなくしてありえないことだった。
 グリエルムは深いため息を一つ吐いた。
 問題は山積みで、解決の糸口は見えない……
 気ばかりが重く圧し掛かる。
 グリエルムは、机の上に広げられた地図に視線を落とした。
 見つめる先はただ一点。
 ヴァルターが指し示した小さな村……

(バルトロ……お前はそこで何をしようとしているんだ……)
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