前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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73話 午後の始まり

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 それは午後の作業を始めて、まだそう時間が経っていない時のことだった。

「うぅ~……なんかヘンな感じがするっ!!」

 突然、タニアがそんなことを言い出して辺りをキョロキョロとし出したのだ。

「ヘンな感じって、どんなんよ?
 気持ち悪い、とか、おなかが痛い、とかか?
 あっ、さては落ちたものを食べたりしたんだろ?
 地べたに落ちたものはばっちぃから食べたらダメだっていつも言ってるのに、言わんこっちゃない……」
「そんなんじゃないやいっ!
 それに、落ちたの草の上だからセーフだもん!」

 草の上ならセーフというタニア理論は分からんが、まぁ、土の上にダイレクトで落とすよりは確かにマシか……
 って、やっぱり落としたもん食ってたのかよこいつっ!
 だがまぁ、大丈夫だろう。きっと……タニアだし。
 こいつらは現代日本のような無菌生活とは程遠い生活をしているから、ちょっとやそっとの菌ですぐ病気に罹ってしまうようなもやしっ子ではないのだ。
 むしろ、多少の菌なら体内に取り込んだところで、そのまま消化吸収してしまいそうなパワフルさがある。
 
 多少呆れつつも、俺はタニアに症状について詳しく聞いてみることにした。
 万が一、億が一にも風邪とかだったらひどくなる前に休ませる必要がある。
 タニアはまぁ、あれなので、自分が風邪の初期症状で体調が悪くなっているということに気づいていない、という可能性も捨てきれないからなぁ……

「んとねぇ……あのねぇ……
 なんかジリジリしてチリチリするのっ!」

 ここからタニア先生のなんとも感性に富んだ説明が続いたので要約すると、朝からずっと誰かに見られているような視線を感じる、とのことだった。
 初めのうちは気のせいだと我慢していたそうなのだが、あまりに長く続くものだから我慢の限界に達したようなのだ。
 今日は村人総出で作業しているから、ここだけでも百人規模の人間がいる。
 視線の数などそれこそいくらでもある訳なのだが、どうやらそれらとは別物であるらしいのだ。
 タニア曰く“知らない人にじっと見られてる感じ”らしい。
 そりゃ、知らない奴に、じっと見られ続ければ落ち着かないというのは分からんでもないが……
 それに今日はイスュの隊商が村に来ているので、タニアの知らない人間だって沢山いるのは確かだ。
 しかし、それは今までだってあったことなのになんで今日だけ?
 
 取り敢えず、ウロウロキョロキョロするタニアは他の作業者にとっては邪魔でしかないので、一旦作業の輪から外した。
 で……

「と、いう訳なんですけど……」
「なるほど」

 困った時は相談だ。
 俺はタニアを連れて近くで別の作業に当たっていた神父様を捕まえると、タニアの症状について相談することにしたのだ。
 一応、他の人たちの邪魔にならないように場所を移して、今は倉庫の裏手にいる。

「聞く限りだと見気けんきの一種に思えますが……」
「そうですね……」

 で、たまたま近くにいたディムリオ先生がなぜか一緒に来て、相談に乗ってくれている訳なのだけど……
 えっ? なに“見気けんき”って?
 やたら特殊能力チックな名称ですけど!?

「あの、見気けんきってなんすか先生?」
「あー、なんて言うのかな……こう……“感じ”て“見る”んだよ。
 実際には見えないんだけど、“感じる”と“見える”だ」

 はい。この人も感性派の人間なのでいまいち何を言っているのか分かりませんっ!
 天才ってやつはこれだから嫌だっ!

「訳分かんねぇ!
 ってな訳で、神父様解説お願いしますっ!」
「聞いておいてそれかい……? ひどいなぁ……」

 俺は先生からの説明を早々に諦めると、神父様へと向き直り新たに解説を求めた。

「“見気けんき”とは魔力感知能力の通称です。
 他にも“先見”や“魔眼”“聖眼”とも呼ばれることがありますね」

 神父様の話では、人間はただ立って呼吸をしているだけでも、微量の魔力マナを体外に放出しているらしい。
 これら、放出された魔力マナを感じ取る事が出来る能力を見気けんきと通称している、とのことだった。
 熟練した戦士ともなると、この放出された魔力マナを感じ取る事で、敵が何処に潜伏しているか、とか、対峙している相手の動きを読んだり、次の行動を予測したりとか、そんなようなことが出来るのだと先生が補足してくれた。
 かく言う先生自身も、この見気けんきというのが使えるらしい。
 とは言え……
 この見気けんき、後天的に身に付けることが非常に難しく、出来たとしてもそのレベルは大して高くないという。
 先生も後天的に身に着けた一人で、感知出来る範囲は集中しても精々半径数m、一度に一人が限界なんだとか。
 逆に、先天的にこの能力を宿している人は極めて強い力を発揮するらしい。
 たぶんだが、メル姉ぇのあの“魔力マナが色として見える”ってのも見気けんきの一種なんだと思う。
 特に訓練なんかで身に着けたという話は聞かなかったので、先天的なものなんだろうな。

 で、話はタニアに戻って……

「その見気けんきってのを、タニアが使える、と?」
「まだそうと決まった訳ではないですけど……彼女の話を聞く限りだと、可能性がある、という程度のことです」
「でも、見気けんきって習得するのが大変なんですよね?」
「そうだね……
 本当なら高名な方に師事したうえで数年単位で修練して、それでようやく使えるようになる人たちがちらほらいるっていう程度だからね。
 まぁ、ボクは天才だから独学で修行して二年かからなったけどねっ!」
「先生の自慢話は聞き飽きました」
「連れないなぁ~ロディフィスは……
 正直、ボクもにわかには信じられないんだけど……
 でも、話してる感じだとその可能性もないとは言えないんだよねぇ」

 とは、先生の言葉だ。
 悪い人じゃないんだが、すぐに自慢話を始めるからちょっとウザいんだよなぁ……
 まぁ、天才……か、どうかは分からないが、強いのは確かだから言い返せないのだけど。

「でも、なんでまた急に……
 今までそんな素振り微塵もなかったのに」
「ですね……
 タニア、貴女が言う“ヘンな感じ”とはいつから感じていたのですか?」
「朝からですっ!」
「それ以前に、違和感などは感じましたか?」
「ないですっ!」

 と、神父様が投げかけるいくつかの質問に、はきはき答えるタニアだったが、これといった情報が出てくることはなかった。

「ちょっといいですか?
 これはボクの勘なんですけど……」

 俺と神父様がうーむと呻る中、先生がそう言って話を切り出した。

「浴場に出来た、“あの椅子”が何か関係しているんじゃないかと思うんですよ」
「どゆことっすか?」

 “あの椅子”って、間違いなく俺が作った健康椅子のことだよな……
 あれがどうしたって?

「実はボクも“あの椅子”は使わせてもらったんだけど、使った後にびっくりするくらい魔力の制御がスムーズになったんだよ。
 こう……淀みがなくなったって言うのか、今まで以上に思い通りに操れるって言うか……
 目に見えて闘技のキレが良くなったんだ」
「ああ、分かります。
 私も同じようなことを感じていましたから」

 先生の言葉に、神父様が激しく同意していた。
 って、俺は別に何も感じてないんですがそれは……
 あれだけ試作段階で試乗していたはずなのに。

「でも、それがタニアと何の関係が?」
「この間、そのタニアが“あの椅子”に乗っているのを見たんだ」
「お前、“あの椅子”に乗ったの?」

 という訳で、一応本人に確認してみる。

「ん? ポカポカボコボコするいすになら、父ちゃんと一緒に乗ったぞっ!
 ポカポカボコボコして面白かったっ!」

 ああ、乗ったんだ。

「ボクは以前からタニアには闘技の才能があると見ていたんだ。
 この年にしては体内魔力の循環がうまいっていうか……ちゃんと制御しているみたいなんだ。
 本人は無自覚に行っているみたいだけどね……」

 相手の魔力マナが見えるが故の意見ってやつだな。
 てかなに?
 タニアってばそんな才能があったのかよ? 全然分からなかった。
 ただ、無暗やたらと元気ですばしっこい子ってだけじゃなかったんだな。
 ん……? ちょっと待てよ……
 ミーシャとシルヴィには魔術の才能があって、タニアには闘技の才能があって……
 じゃあ、俺は?

「それが、“あの椅子”を使ったことによってなにかしらの影響を受けたのではないか……と、そう言いたのですか?」
「はい。
 あの年の子は、何が切っ掛けで化けるか分かりませんからね……
 元々才能があったところに、外部から強い刺激を受けて一気に開花したのではないか……と。
 あくまでボクの勘で、根拠はまったくないんですけどね。
 って、ロディフィス? そんな所にうずくまってどうしたの?」
「いえ……なんでもないっす。ほっといてください……」

 一人、地面に“の”の字を書いていた俺の横を通り過ぎ、先生はタニアの前にゆっくりと膝を突いて視線を合わせると、タニアへと話しかけた。

「ねぇ、タニアちゃん」
「ん? なに、せんせー?」
「その“ヘンな感じ”ってどっちから感じるんだい?」
「ん~……あっち」

 そう言ってタニアはある一点に向かって指を向けたのだが、その方向には何もなく、ただただ畑とあぜ道が続いているだけだった。

「何もありませんね……」
「……いえ、たぶん向こうに見える林を指しているじゃないでしょうか」

 確かに、タニアの指の先をずっと追っていくと畑の向こうに林が見えた。
 正確には分からないが、1kmくらい離れてるんじゃないだろうか?

「いくらなんでも……
 ここからあそこまで、一体どれほど離れてると思っているのですか?」
「ボクも言っておいてなんですが、信じられませんよ……
 ねぇ、タニアちゃん。
 今、ミーシャちゃんやシルヴィアちゃんが何処にいるか分かるかい?」

 何を思ったのか、先生はおもむろにタニアに向き直るとそんな事を尋ねた。

「ん? あっちにいるよ?」

 当然というのか……
 案の定タニアは、先ほどまでミーシャたちと一緒にいた方に向かって指を向けた。

「もっと詳しい事は分かるかな?
 誰の近くにいる、とか、今何してる、とか」
「そんなのわかんないよっ!」

 そんな先生の意味の分からない質問に、タニアがややご立腹気味に答えた。
 まぁ、だろうな……そんなん聞かれても知らんわっ! としか答えようがない。
 ミーシャたちと別れて随分と経つ。
 今あの子たちが何をしているかなんて、実際に見に行かなければ分かるはずがないのだ。
 
「本当に?
 それじゃあ試してみようか?
 まずは体の力を抜いて目をつむって深呼吸」
「う、うん……?」

 タニアは半信半疑というか、戸惑った様子ながらも先生の指示に従って目を閉じて、深呼吸。
 なんだかんだで、タニアも素直な子だからな。
 目上の人の言葉にはちゃんと従うのだ。その時は……
 で、あとになって言いつけを忘れたり、破ったりして結局叱られて、またその時だけは素直に頷いて、あとになって……
 ということを繰り返すんだよなぁ、この子は。

「次は、ミーシャちゃんやシルヴィアちゃんと一緒にいる時ってどんな感じだったか思い出してみようか?
 ゆっくりでいいからはっきり思い出して……」
「ミーシャとシルヴィと一緒のとき……?
 う~ん……え~っとねぇ~……う~ん~……ん?」

 それからしばらくは、うんうん呻っているだけでこれといった変化はなかった。

「ん~そうだなぁ……あっ!
 ミーシャちゃんたちと一緒にいる時と、リュドたちと一緒にいる時って同じ感じかな?」
「ちがうよ! 全然、ちがう!」
「どういう風に違うんだい?」
「んっとねぇ~、えっとぉ~……
 ミーシャはねぇ~、ホカホカするのっ! フニフニでぬくぬくなんだよっ!」

 タニアは言われた通り目を瞑ったまま、身振り手振りを使って全身で表現する。
 のだが……
 なるほど。よく分からんな。

「へぇ~、そうなんだ。
 それじゃあシルヴィアちゃんは?」

 先生は一つ頷くと、タニアに先を促した。
 てか、えっ!? 先生今ので分かったのか?
 すげー……

「シルヴィはねぇ~、ちょっとカチカチだけど、ほわほわしてるっ!」
「それじゃあリュドは?」
「アニキはねぇ……やぁ~、な感じがする。ツンツンしててチクチクすんの……
 でもたまにほくほくしてたりするんだよねぇ……」

 なんか酷い言われようだぞリュドよ……
 と、丁度その時、

「あっ! 父ちゃんだっ! 父ちゃんが来た!」

 突然タニアは閉じていたままの目を開いて、そう言いだしたのだった。
 何を言い出すのかと、そう思った直後……

 倉庫の正面側から、野太い男性の声が聞こえて来た。
 どうやら、畑から追加の麦が届いたらしい。
 ってか、この声って……

「あっ! ミーシャとシルヴィも来てる! あたしもいーこおっと!
 父ちゃーん! げっ、アニキがいるしぃ~!」

 そう言って、タニアは倉庫の正面に向かってぴゅーっと走って行ってしまった。
 今の声……間違いなくタニアの親父さんのものだった。
 当然だが、ここから正面は見えるはずもない。
 ましてや、タニアは今の今まで目を閉じていたのだ。親父さんが近くにいたなど見えるはずもない。
 なのにタニアは親父さんの声が聞こえるより早く、親父さんが近くに来ていたことに気づいていた……
 それにミーシャやシルヴィが、自分の父親の近くにいることにも気づている? のか?

「ヨシュアさん、あの子は本物ですよ、きっと」
「そのようですね……」

 神父様と先生の二人は、普段よりも真剣みをおびた顔で立ち去るタニアの背中を見送っていた。

「それに、まだうまく力を使えていない……というか、自分の中にある力に気づていてすらいないのでしょうね、あの子は……
 現に、意識の方向を少しずらしてあげたらもう違和感については何も言ってませんでしたからね」

 言われててみれば、確かにそうだ。
 タニアは途中から“ヘンな感じ”がどうのと言わなくなっていた。
 最後には、そんなこと忘れたように走り去ってしまったからな。
 て、タニアのことだからたぶん本気で忘れているのだと思うけど……

「あの子の見気けんきの才に信憑性が出てきたところで……
 先に確認だけでもしておいた方がよさそうですね」
「そうですね」

 と、二人して明後日の方角……タニアが指さした林の方へと視線を送っていた。
 例の“ヘンな感じ”の元凶がある場所だ。

「まずはボクが行って様子を見てきますよ。
 もし本当に何かいるようなら、直ぐに戻ってきます。
 村のみんなに話すのはそれからにしましょう。
 不確かな情報でみんなを不安にさせたくはありませんからね」

 まぁ、情報の出所がタニアの“ヘンな感じ”だからなぁ……
 しかし、少し前の鎧熊アーベアの一件もある。
 放っておくには怖すぎるのは確かだ。

「分かりました。
 ですが、一人で大丈夫ですか?
 もし何かあったら……」
「ボクを誰だと思ってんですか?
 そんなへましませんよ。
 それじゃちょっと行ってきま……」
「ちょっーーーと、待ったーーー!」

 俺は立ち去ろうとする先生を、一昔前に深夜で放送していた某カップリング番組の要領で呼び止めた。

「ロディフィス?」

 俺の呼び止めに、先生が若干不機嫌そうに振り返った。

「相手が何であるのか、数がどれくらいなのかとか……
 なんにも分からない状態で、一人で近づくのは流石に危険ですって」

 鎧熊アーベアのような獣が相手ならまだしも、もし人間だった場合は質が悪い。
 最近は野盗の類も出ると聞くしな。

「もし相手が人間でしかも複数いて、先生が近づいたところで突然襲い掛かってきたらどうするんですか?」
「えっ?
 これで返り討ちにするだけだけど?」

 と、先生は手にしてた三本すきを軽く掲げて平然とそう答えた。
 ま、まぁ、この人だったら可能な気もするが……

「じ、じゃあ、先生が近づいてくるのに気づいて、相手に逃げられたらどうすんですか?」

 相手を人間と仮定した場合、潜伏しているのには必ず理由があるはずだ。
 こういう手合いはとっ捕まえて、持ってる情報をありったけ吐き出させておかないと後顧に憂いが残ることになる。
 逃がすのだけは厳禁なのだ。

「バレないようにこっそり近づく?」
「ここから林まで、何処を見ても何の障害物もないんですよ?
 少し近づいただけで向こうからは丸見えなのに、どうやってこっそり近づくつもりなんですか?」
「ボクのセンスで……」
「センスでどうこうできる問題じゃないでしょう……
 無理に決まってじゃないですか」
「じ、じゃあどうしようって言うのさ?
 そこまで言うからには、何か案があるんだよねロディフィス」
「ぐっふっふっふっふぅ~
 実はいいものがあるんですよ!
 ちょっと家に取りにいってくるんで待っててください。
 いいですか? 先に行ったらだめですからね?」

 俺は先生にそう念を押すと、急ぎ自宅へと戻ったのだった。
 そういえばあれ……どこしまったけっなぁ……
 すぐ見つかるといいけど。
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