61 / 85
74話 いざ、行かん! 徒歩で
しおりを挟む
時間にしたら十分くらいだろうか……探すのに少し時間が掛かってしまい、戻るのが遅くなってしまった。
得体の知れない何かがいる、かもしれないとはいえ別段急ぐ必要はない、と俺は思っている。
と、いうのも、朝から今に至るまで一向に行動を起こしていない、ということは村とはそもそも何の関係もないのか、もしくは“今は”動く気がない、という事だ。
野盗の類なら日没、夜陰に紛れて行動する方が得策なはずだからだ。
だから慌てる必要はない。
とはいえ、準備は手早く済ませるにこしたことはない。
俺は目的のものを手にして、神父様たちのいる所へと戻って来た、のだが……
「あれ? 神父様は?」
そこにはディムリオ先生の姿があるだけで、神父様の姿が見当たらなくなっていた。
「ん? ああ。
ロディフィスが行ったあとに、村長にだけは話を通しておいた方がいいだろうってことになってね。
ヨシュアさんはその報告に行ったよ……って、噂をすれば」
そう言って先生が首を向けた先に視線を巡らせれば、そこにはこちらに向かって歩いてくる神父様の姿があった。
「待たせてしまいましたか?」
「いえ、俺も今戻って来たところですよ」
「そうですか。
それは丁度よかった」
なんて、まるで付き合い始めたばかりのカップルのようなことを口にする。
俺がこの言葉を口にする日が来るとはな……しかも男に。
……言ってから気づいて、気持ち悪くなってきた。ぐえっ。
「村長、なにか言ってましたか?」
と、先生。
「ええ。
“無理だけはするな”と。
これで村のことはバルに任せておけば大丈夫でしょう」
まぁ、村長のことだから“もしも”のことを考えて、クマのおっさんやバルディオ副団長……は当然として、年配の自警団員の方くらいには連絡してるだろうな。
しかし、鎧熊の一件で怪我をした人たちの中には、まだあの時の傷が完治してない人たちもいる。
だから荒事にだけはなって欲しくないのが正直なところだ。
ちなみに俺は、怪我人の中では比較的重症な方だったのだが、若いお陰か治りが一番早かったのだ。
やっぱ、若いっていいね。
疲れも溜まらず、すっと抜けるし……年は取りたくないものだ。
「で、ロディフィス。
キミが言っていた“いいもの”とは何なのですか?」
戻って来た神父様は、自分の話はそこそこにさっそく俺にそう聞いて来た。
「ぐっふっふっふっふぅ~!
これですっ!」
と、俺は、待っていました、とばかりにどこぞの青ダヌキよろしく、ポケットの中から一枚の紙を取り出した。
「名付けて“折光陣”!
字の如く、光を折り曲げる魔術陣ですっ!」
「光を……」
「……折り曲げるぅ~?」
神父様と先生が“何言ってんだこいつ?”みたいな目で俺の事を見下ろしていた。
ちなみに、前半が神父様で後半が先生だ。
まぁ、二人が不審がるのも仕方がないことだろう。
なにせ、この世界の科学レベルでは“物が何故見えるのか”その原理を明確に理解している人間がほとんどいないだろうからな。
「まぁまぁ、取り敢えず現物を見てくださいって!
話はそれからってことで」
と、いう訳で、俺は二人から多少の距離を開けると、手にした札・折光陣へと魔力を供給、そして札を二人に向かって突き付けた。
「っ!? そんな……」
「ロ、ロディフィスが消えたっ!!」
おお! 驚いてる驚いてる。
ナイスリアクションです先生。
というのも、こちら側からは二人の姿が見えているが、向こう側からは俺の姿が消えたように見えているのだ。
「ロディフィス……そこにいるのですか?」
恐る恐ると言った感じで、神父様が問いかけて来た。
「ええ、いますよ。
そちら側からは、見えにくくなっているだけで、俺が移動したとか、そういう事じゃないですから。
試しに、ぐるっと横に回り込んでみてくださいよ」
俺の言葉に従って、二人はゆっりと俺の横へと向かって歩き始めた。
そして……
「おっ!! いたっ!」
「これは……なんとも……」
俺が姿勢を変えずにいると、ある一定角度を超えた辺りで二人が俺の姿を認識したようだった。
「これは、一体……?」
「細かい理屈は省きますが、簡単に言ってしまうと“人の視線”を曲げているんです。
本来見える物を飛び越えて、その真後ろが見えるような……
何と言いますか、そうですね……いわば、“結界”のようなものを展開しているんですよ。
ただし、実験段階かつ試作品ってことで、見えなくできるのは陣に対して正面と後ろだけですけどね」
“人の視線”とは、つまり“光”のことだ。
“ものを見る”という行為は、物体に光が当たり、その反射光を目が感知して脳が認識する行為一連を指していう。
つまり、俺に当たった光が反射して、それを神父様たちの目が捉えることで、俺の姿は神父様たちに認識されている訳だ。
では、この魔術陣が何を行っているかというと、光の通り道の迂回路の形成だ。
俺の周囲、とはいっても前面と背面のみだが、一部の空間の光の屈折率を制御して俺を飛び越えさせている。
これによって、神父様たちの視界から俺が消えたように見えるのだ。
分かりやすくいうなら、俺の前面に巨大なディスプレイがあり、それが真後ろの風景をリアルタイムで表示している、と思えば間違いではないだろう。
ただし、この方法では俺からも神父様たちの姿を確認することも出来なくなってしまう。
というのも、光とは双方向からの連続した情報であるため、一方からの光の流れが遮断された場合、もう片方も当然遮断されてしまう。
光を強引に曲げている以上、神父様側からの反射光が俺に届く事もない、といことだ。
ちなみに、なにもしていなければ、俺の前と後ろには真っ黒な壁が現れるだけで何も見えなくなってしまう。
片方からは見えないが、もう片方からは見える、という状態は通常ならあり得ないのだ。
だが、そのあり得ないを可能とするものがある。
そう、マジックミラーだ。
マジックミラーは、片側からは鏡に見えるが、反対側からは普通のガラスの様に向こう側を見ることが出来るという不思議な鏡だ。
とはいえ、原理だけなら至って単純な代物だ。
例えば夜間、明るい室内から暗い外を見ようとしたとき、ガラスに室内の風景が写り込んでしまい、外が見えにくい時がある。
反面、暗い外からは明るい室内がよく見える、なんてことを経験したことは誰にだってあるはずだ。
マジックミラーの原理は、まさにこれである。
ガラスに反射した明るい反射像が、外からの暗い透過像を打ち消してしまっているのだ。
だから、ただのガラスがまるで鏡の様になってしまう。
サングラスに施されているミラー加工も原理は同じだ。
俺が魔術陣で再現したのはこの原理の応用だった。
すべての光を屈折させるのではなく、七~八割ほど屈折させて残りを透過させる。
透過しているという事は、同じ量の光が外に出ているということでもあるので、こちらからの透過像が神父様たちに届ているはずなのだが、この時、俺の周囲の光量は透過分のみであるのでかなり暗くなっている。
そのため、周囲の明るい光に透過像がかき消され、俺の姿が見えにくくなっている。
というのが、この魔術陣・折光陣のからくりである。
なので、周囲を暗くし光量の差を減らして、目をこらしてよ~っく見ると、薄っすら見えたりする。
これはマジックミラーも同じだ。
ピッタリくっついて、手で庇を作り光を遮断。
そして、目を皿にしてよ~く見ると向こう側が見える。
もし街中で、全面鏡張りの車を見かけたら試してみるのもいいかもしれない。
何が見えても、責任は持てんがな。
これは、石ランプ・光術陣の改造をしていた時の副産物だ。
元々は夜間、クララで外出する際などに、遠くまで照らせるヘッドライト的なものが欲しいなっと思い、拡散する光を屈折させて集光、レーザー光線の様に指向性を持たせることは出来ないか? と実験していた時に思いついたものだった。
アルミホイルみたいなものでもあれば、光術陣だけでガンドウ(江戸時代に使われた懐中電灯のようなもの)を作ることもできたのだが、生憎とそんなものはないし金属そのものが高価なので無理だった。
で、光を曲げれるなら、光学迷彩的なSFチックなものが出来るかも? なんて思いから試しで作ったものがこれだ。
機械で出来た体を持ち、電脳化された刑事たちがドンパチするアレっぽいものが出来たらかっこいいな、という軽い気持ちだったのだが……
結論だけいってしまえば、これは失敗作だった。
まず自分だけを完全に透明化させる、ということが非常に難しくて挫折した。
人間の体は平面ではない、そのため当たった光をその都度反対側へ逃がす、という制御が情報量が膨大過ぎて手に負えないということが分かった。
ならばと、自分の周囲の光を曲げる事を考えたのだが、これも全方位からとなれば同じ理由で無理があった。
で結局、妥協に妥協を重ねて出来上がったものはといえば、一方向から見えにくくするだけ、というなんとも中途半端なものになってしまった、という訳だ。
出来たはいいが碌に使い道もないので、今の今まで机の引き出しの奥底に眠っていた代物だ。
もし完全透明化迷彩が出来ていたら何をしていたか? だって?
そんなもん覗……げふふんっ……秘密だ。
と、いうようなことを出来るだけ噛み砕いて神父様たちに説明した。
「つまり、これを使って近づけば相手に気づかれない、とそう言うことですか?」
「まったく気づかれないかは分かりませんが、気づかれにくくなるのは間違いないと思いますよ。
と、いうわけで……」
俺はそこまで言って、近くに立っていた先生の体をガジガジとよじ上った。
「って、なにっ!?」
「まぁまぁ……はいこれ」
で、首に折光陣の書かれた紙を通した細い縄を首に掛けた。
これは、手で持っていては面倒だろうと、神父様がそこら辺に落ちていた麦藁を編んで作ってくれたものだ。
そして、風で札がめくれないように、魔術陣を先生の服の中へと押し込んだ。
折光陣の効果範囲は正面という限定空間なので、札の向きが変わるとこちらの姿が見えてしまう可能性がある。
「タニアの話で、相手の潜伏先のおおよその検討はついているので、そこを正面にまっすぐ近づきましょう。
たぶん、それが一番確実かつ安全です」
「って、まさかロディフィス、お前も一緒に来る気なのかい?」
未だに先生の背中から降りず、しがみ付いたままでそう言う俺に先生が驚き混じりの声色で尋ねて来た。
「当然。
一人で行くよりかは二人の方がなにかと安心でしょう?
それに鎧熊さえ一撃で屠ったロディフィス様が一緒なら、先生もさぞや心強いことでしょうからね。
なに、礼には及びませんよ」
「何をふざけたことを言っているのですかキミはっ!
危険すぎますっ! 何が起こるか分からないのですよ!
以前あれだけの目にあったことを、もう忘れたのですかっ!
ここは素直にディムリオに任せておきましょう」
と、俺の軽口に猛然と怒ったのは神父様だった。
「“だから”ですよ。
何が起こるか分からないから、一緒に行くんです。
もしもの時は、少しでも戦力は多い方がいい。
もう“あんなこと”はまっぴらごめんですからね」
「ロディフィス、キミという子は……」
そう言って、俺は愛用の肩掛けカバンを軽く叩いて見せた。
言外に、“それなりの用意はしている”というアピールだ。
あんな大惨事、二度も三度もあってたまるか。
事前に防げるなら、それに越したことはないのだ。
それに今回は、前回の鎧熊のときとは違い、使えそうなものを取り敢えずありったけ突っ込んできていた。
破術陣のような攻撃力過多なものはさすがにもうないが、使い方次第では先生のサポートを出来そうなものならいくつかあった。
ちなみに鎧熊戦で使った破術陣だが、消費した魔力の量が激しかったためか自己崩壊を起こして粉々になってしまった。
なので、もう手元にはない。
丸々同じものを作ることは勿論可能だが、今はその気はない。
出来れば、もう少し安全性と実用性を向上させないと、いくらなんでも危険すぎる。
「なら、私がディムリオに同行します。
キミはここで待っていなさい」
「それは無理っすよ神父様。
この折光陣、こう見えて範囲狭いですからね。
大の大人が二人も入れるスペースはありません。
神父様が間違いなくはみ出ます。丸見えです」
「…… ……」
俺の言葉に神父様は静かに目頭を押さえた。
すいませんねぇ……なんか、もう心配ばっか掛けてしまって……
「ディムリオ、ロディフィスの事を……」
「分かってますって。
ロディフィスの面倒はボクがちゃんと見ておきますよ。
もし、無茶しそうだったら気絶させても止めますから、安心してくださいヨシュアさん」
なにそれコワっ!
逆に俺が安心できねぇーよっ!!
「……お願いします」
と、神父様がゆっくりと先生に頭を下げた。
「それじゃあ準備も整ったところで、れっつらごー!」
「はいはい……
まさかボクまでロディフィスの馬にされる日が来るとはね……
もう、クマーソンさんのことからかえないなぁ~」
先生はそんな事をぶつくさ言いながら、タニアが指示した先、畑の向こう側の林へと向かって速足で歩を進めたのだった。
得体の知れない何かがいる、かもしれないとはいえ別段急ぐ必要はない、と俺は思っている。
と、いうのも、朝から今に至るまで一向に行動を起こしていない、ということは村とはそもそも何の関係もないのか、もしくは“今は”動く気がない、という事だ。
野盗の類なら日没、夜陰に紛れて行動する方が得策なはずだからだ。
だから慌てる必要はない。
とはいえ、準備は手早く済ませるにこしたことはない。
俺は目的のものを手にして、神父様たちのいる所へと戻って来た、のだが……
「あれ? 神父様は?」
そこにはディムリオ先生の姿があるだけで、神父様の姿が見当たらなくなっていた。
「ん? ああ。
ロディフィスが行ったあとに、村長にだけは話を通しておいた方がいいだろうってことになってね。
ヨシュアさんはその報告に行ったよ……って、噂をすれば」
そう言って先生が首を向けた先に視線を巡らせれば、そこにはこちらに向かって歩いてくる神父様の姿があった。
「待たせてしまいましたか?」
「いえ、俺も今戻って来たところですよ」
「そうですか。
それは丁度よかった」
なんて、まるで付き合い始めたばかりのカップルのようなことを口にする。
俺がこの言葉を口にする日が来るとはな……しかも男に。
……言ってから気づいて、気持ち悪くなってきた。ぐえっ。
「村長、なにか言ってましたか?」
と、先生。
「ええ。
“無理だけはするな”と。
これで村のことはバルに任せておけば大丈夫でしょう」
まぁ、村長のことだから“もしも”のことを考えて、クマのおっさんやバルディオ副団長……は当然として、年配の自警団員の方くらいには連絡してるだろうな。
しかし、鎧熊の一件で怪我をした人たちの中には、まだあの時の傷が完治してない人たちもいる。
だから荒事にだけはなって欲しくないのが正直なところだ。
ちなみに俺は、怪我人の中では比較的重症な方だったのだが、若いお陰か治りが一番早かったのだ。
やっぱ、若いっていいね。
疲れも溜まらず、すっと抜けるし……年は取りたくないものだ。
「で、ロディフィス。
キミが言っていた“いいもの”とは何なのですか?」
戻って来た神父様は、自分の話はそこそこにさっそく俺にそう聞いて来た。
「ぐっふっふっふっふぅ~!
これですっ!」
と、俺は、待っていました、とばかりにどこぞの青ダヌキよろしく、ポケットの中から一枚の紙を取り出した。
「名付けて“折光陣”!
字の如く、光を折り曲げる魔術陣ですっ!」
「光を……」
「……折り曲げるぅ~?」
神父様と先生が“何言ってんだこいつ?”みたいな目で俺の事を見下ろしていた。
ちなみに、前半が神父様で後半が先生だ。
まぁ、二人が不審がるのも仕方がないことだろう。
なにせ、この世界の科学レベルでは“物が何故見えるのか”その原理を明確に理解している人間がほとんどいないだろうからな。
「まぁまぁ、取り敢えず現物を見てくださいって!
話はそれからってことで」
と、いう訳で、俺は二人から多少の距離を開けると、手にした札・折光陣へと魔力を供給、そして札を二人に向かって突き付けた。
「っ!? そんな……」
「ロ、ロディフィスが消えたっ!!」
おお! 驚いてる驚いてる。
ナイスリアクションです先生。
というのも、こちら側からは二人の姿が見えているが、向こう側からは俺の姿が消えたように見えているのだ。
「ロディフィス……そこにいるのですか?」
恐る恐ると言った感じで、神父様が問いかけて来た。
「ええ、いますよ。
そちら側からは、見えにくくなっているだけで、俺が移動したとか、そういう事じゃないですから。
試しに、ぐるっと横に回り込んでみてくださいよ」
俺の言葉に従って、二人はゆっりと俺の横へと向かって歩き始めた。
そして……
「おっ!! いたっ!」
「これは……なんとも……」
俺が姿勢を変えずにいると、ある一定角度を超えた辺りで二人が俺の姿を認識したようだった。
「これは、一体……?」
「細かい理屈は省きますが、簡単に言ってしまうと“人の視線”を曲げているんです。
本来見える物を飛び越えて、その真後ろが見えるような……
何と言いますか、そうですね……いわば、“結界”のようなものを展開しているんですよ。
ただし、実験段階かつ試作品ってことで、見えなくできるのは陣に対して正面と後ろだけですけどね」
“人の視線”とは、つまり“光”のことだ。
“ものを見る”という行為は、物体に光が当たり、その反射光を目が感知して脳が認識する行為一連を指していう。
つまり、俺に当たった光が反射して、それを神父様たちの目が捉えることで、俺の姿は神父様たちに認識されている訳だ。
では、この魔術陣が何を行っているかというと、光の通り道の迂回路の形成だ。
俺の周囲、とはいっても前面と背面のみだが、一部の空間の光の屈折率を制御して俺を飛び越えさせている。
これによって、神父様たちの視界から俺が消えたように見えるのだ。
分かりやすくいうなら、俺の前面に巨大なディスプレイがあり、それが真後ろの風景をリアルタイムで表示している、と思えば間違いではないだろう。
ただし、この方法では俺からも神父様たちの姿を確認することも出来なくなってしまう。
というのも、光とは双方向からの連続した情報であるため、一方からの光の流れが遮断された場合、もう片方も当然遮断されてしまう。
光を強引に曲げている以上、神父様側からの反射光が俺に届く事もない、といことだ。
ちなみに、なにもしていなければ、俺の前と後ろには真っ黒な壁が現れるだけで何も見えなくなってしまう。
片方からは見えないが、もう片方からは見える、という状態は通常ならあり得ないのだ。
だが、そのあり得ないを可能とするものがある。
そう、マジックミラーだ。
マジックミラーは、片側からは鏡に見えるが、反対側からは普通のガラスの様に向こう側を見ることが出来るという不思議な鏡だ。
とはいえ、原理だけなら至って単純な代物だ。
例えば夜間、明るい室内から暗い外を見ようとしたとき、ガラスに室内の風景が写り込んでしまい、外が見えにくい時がある。
反面、暗い外からは明るい室内がよく見える、なんてことを経験したことは誰にだってあるはずだ。
マジックミラーの原理は、まさにこれである。
ガラスに反射した明るい反射像が、外からの暗い透過像を打ち消してしまっているのだ。
だから、ただのガラスがまるで鏡の様になってしまう。
サングラスに施されているミラー加工も原理は同じだ。
俺が魔術陣で再現したのはこの原理の応用だった。
すべての光を屈折させるのではなく、七~八割ほど屈折させて残りを透過させる。
透過しているという事は、同じ量の光が外に出ているということでもあるので、こちらからの透過像が神父様たちに届ているはずなのだが、この時、俺の周囲の光量は透過分のみであるのでかなり暗くなっている。
そのため、周囲の明るい光に透過像がかき消され、俺の姿が見えにくくなっている。
というのが、この魔術陣・折光陣のからくりである。
なので、周囲を暗くし光量の差を減らして、目をこらしてよ~っく見ると、薄っすら見えたりする。
これはマジックミラーも同じだ。
ピッタリくっついて、手で庇を作り光を遮断。
そして、目を皿にしてよ~く見ると向こう側が見える。
もし街中で、全面鏡張りの車を見かけたら試してみるのもいいかもしれない。
何が見えても、責任は持てんがな。
これは、石ランプ・光術陣の改造をしていた時の副産物だ。
元々は夜間、クララで外出する際などに、遠くまで照らせるヘッドライト的なものが欲しいなっと思い、拡散する光を屈折させて集光、レーザー光線の様に指向性を持たせることは出来ないか? と実験していた時に思いついたものだった。
アルミホイルみたいなものでもあれば、光術陣だけでガンドウ(江戸時代に使われた懐中電灯のようなもの)を作ることもできたのだが、生憎とそんなものはないし金属そのものが高価なので無理だった。
で、光を曲げれるなら、光学迷彩的なSFチックなものが出来るかも? なんて思いから試しで作ったものがこれだ。
機械で出来た体を持ち、電脳化された刑事たちがドンパチするアレっぽいものが出来たらかっこいいな、という軽い気持ちだったのだが……
結論だけいってしまえば、これは失敗作だった。
まず自分だけを完全に透明化させる、ということが非常に難しくて挫折した。
人間の体は平面ではない、そのため当たった光をその都度反対側へ逃がす、という制御が情報量が膨大過ぎて手に負えないということが分かった。
ならばと、自分の周囲の光を曲げる事を考えたのだが、これも全方位からとなれば同じ理由で無理があった。
で結局、妥協に妥協を重ねて出来上がったものはといえば、一方向から見えにくくするだけ、というなんとも中途半端なものになってしまった、という訳だ。
出来たはいいが碌に使い道もないので、今の今まで机の引き出しの奥底に眠っていた代物だ。
もし完全透明化迷彩が出来ていたら何をしていたか? だって?
そんなもん覗……げふふんっ……秘密だ。
と、いうようなことを出来るだけ噛み砕いて神父様たちに説明した。
「つまり、これを使って近づけば相手に気づかれない、とそう言うことですか?」
「まったく気づかれないかは分かりませんが、気づかれにくくなるのは間違いないと思いますよ。
と、いうわけで……」
俺はそこまで言って、近くに立っていた先生の体をガジガジとよじ上った。
「って、なにっ!?」
「まぁまぁ……はいこれ」
で、首に折光陣の書かれた紙を通した細い縄を首に掛けた。
これは、手で持っていては面倒だろうと、神父様がそこら辺に落ちていた麦藁を編んで作ってくれたものだ。
そして、風で札がめくれないように、魔術陣を先生の服の中へと押し込んだ。
折光陣の効果範囲は正面という限定空間なので、札の向きが変わるとこちらの姿が見えてしまう可能性がある。
「タニアの話で、相手の潜伏先のおおよその検討はついているので、そこを正面にまっすぐ近づきましょう。
たぶん、それが一番確実かつ安全です」
「って、まさかロディフィス、お前も一緒に来る気なのかい?」
未だに先生の背中から降りず、しがみ付いたままでそう言う俺に先生が驚き混じりの声色で尋ねて来た。
「当然。
一人で行くよりかは二人の方がなにかと安心でしょう?
それに鎧熊さえ一撃で屠ったロディフィス様が一緒なら、先生もさぞや心強いことでしょうからね。
なに、礼には及びませんよ」
「何をふざけたことを言っているのですかキミはっ!
危険すぎますっ! 何が起こるか分からないのですよ!
以前あれだけの目にあったことを、もう忘れたのですかっ!
ここは素直にディムリオに任せておきましょう」
と、俺の軽口に猛然と怒ったのは神父様だった。
「“だから”ですよ。
何が起こるか分からないから、一緒に行くんです。
もしもの時は、少しでも戦力は多い方がいい。
もう“あんなこと”はまっぴらごめんですからね」
「ロディフィス、キミという子は……」
そう言って、俺は愛用の肩掛けカバンを軽く叩いて見せた。
言外に、“それなりの用意はしている”というアピールだ。
あんな大惨事、二度も三度もあってたまるか。
事前に防げるなら、それに越したことはないのだ。
それに今回は、前回の鎧熊のときとは違い、使えそうなものを取り敢えずありったけ突っ込んできていた。
破術陣のような攻撃力過多なものはさすがにもうないが、使い方次第では先生のサポートを出来そうなものならいくつかあった。
ちなみに鎧熊戦で使った破術陣だが、消費した魔力の量が激しかったためか自己崩壊を起こして粉々になってしまった。
なので、もう手元にはない。
丸々同じものを作ることは勿論可能だが、今はその気はない。
出来れば、もう少し安全性と実用性を向上させないと、いくらなんでも危険すぎる。
「なら、私がディムリオに同行します。
キミはここで待っていなさい」
「それは無理っすよ神父様。
この折光陣、こう見えて範囲狭いですからね。
大の大人が二人も入れるスペースはありません。
神父様が間違いなくはみ出ます。丸見えです」
「…… ……」
俺の言葉に神父様は静かに目頭を押さえた。
すいませんねぇ……なんか、もう心配ばっか掛けてしまって……
「ディムリオ、ロディフィスの事を……」
「分かってますって。
ロディフィスの面倒はボクがちゃんと見ておきますよ。
もし、無茶しそうだったら気絶させても止めますから、安心してくださいヨシュアさん」
なにそれコワっ!
逆に俺が安心できねぇーよっ!!
「……お願いします」
と、神父様がゆっくりと先生に頭を下げた。
「それじゃあ準備も整ったところで、れっつらごー!」
「はいはい……
まさかボクまでロディフィスの馬にされる日が来るとはね……
もう、クマーソンさんのことからかえないなぁ~」
先生はそんな事をぶつくさ言いながら、タニアが指示した先、畑の向こう側の林へと向かって速足で歩を進めたのだった。
1
あなたにおすすめの小説
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?
くまの香
ファンタジー
いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる