前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~(原文版)

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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75話 鎧袖一触

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 例のブツの出所の裏を取るため、目星をつけていたハロリア商会の隊商の後を付け回すこと早数日……

 クラレンスの街を出て、二つ、三つと農村を通って来たが、今のところこれといって特に怪しい動きは見せていない。
 一応夜半にこっそり隊商に忍び込み、荷を調べてみたり、各村に怪しげなものがないか探ってみたりしていたのだが、すべて空振りに終わっていた。
 しかし、あくまで本命はこの村だ。
 今まで隊商の後を付けていたのも、他の村を調べてみたのも、念のために過ぎない。
 あれだけ巧妙に情報を隠蔽していたことを考えると、ブツの生産場所と受け取り場所を変える、ということくらいしていてもおかしくはないのだ。
 念には念を、である。
 何事も、警戒して警戒しすぎる、ということはないのだ。

 ヴァルターは登っていた木の上から、ハロリア商会が入って行った村へと視線を向ける。
 そこにはなんとも長閑のどかな風景が広がっていた。
 あぜ道を、荷車を引いたヤムが行く。
 農夫がそれを引き、荷車には麦が積まれ、子どもたちも一緒になって乗っていた。
 折しも、村は麦の収穫作業中のようで村人たちがせわしなく働いている姿が見て取れた。
 とはいえ、近づきすぎてバレてしまっては元も子もないので、やや離れた場所からの観察ではある。
 しかし……
 見える限りの畑の麦が皆、穂のこうべを重たそうにたれ下げている風景にはしものヴァルターも開いた口が塞がらないものがあった。

(どうなってやがんだこの村?
 世は、凶作だ不作だって騒がれてるってのに、なんでここだけこんなに実ってんだよ?)

 今、巷を席巻しているブツの裏取りをする為に、この村へと来ていたのだが……
 今回の件とは関係のない別の発見に、少々戸惑う。
 
(取り敢えず、これも旦那への報告案件だな……っと)

 ヴァルターは今一度辺りを見回すと、そのまま木の幹に背を預けた。
 村中を住人が歩き回っている様な状態では、村への潜入はリスクが高い。
 第一、日が高いうちは仕事はしないことにしているので、どのみち今は行動を起こすつもりはない。
 すべては日が沈んだその後だ。

(それまでは、ちっと一休み一休みってな……)

 正直、隊商の強行軍に付き合わされた所為で、かなり疲労は溜まっていた。
 ハロリア商会の……というか、イスュタードの組んでいる行商の日程は過酷なものだった。
 草木も眠るような深夜に町を立ち、一度の休憩を挟むことすらせずに目的地へと向かうのだ。
 そして、着いた場所で商いを行い、その日の夜にはすぐ出発だ。
 あとを付ける方の身にもなって欲しいものだった。

 まぁ、そこにはイスュタードなりの考えがある訳だが、それはヴァルターの与り知らぬこと……

 寒くもなく、かといって暑い訳でもなく……
 そんな心地よい気温の中、ここ数日の強行軍の疲れも相まって、ヴァルターがついウトウトしかけた時、それは何の前触れもなく足元から聞こえて来た。

「おい、おっさん!
 んなとこでなにしてんだ?」

 と。

(っ!?)

 一気に眠気が吹っ飛び、慌てて下を見てみれば、そこには一人……見るからに小生意気そうな目をした子どもの姿があった。

(どこから湧いて来た、このガキ……)

 いくら疲れてウトウトしていたからとはいえ、これだけ見晴らしのいい状態で、人一人の、それも子どもの接近に声を掛けられるまで気が付かなかったなど、ヴァルターにとってはあり得ないことだった。
 今まで一体どれだけの手練れと渡り合って来たことか……あのグリエルムにすら、ここまで近づけさせたことはないというのに、だ。

「おい! 聞いてんのかよおっさん!
 何してんだって聞いてんだ!
 ってか、取り敢えずそこから降りて来い!
 で、ここに座れ! 正座な! 正座!」

 驚きと戸惑いで黙ったままでいた所為か、子どもから矢の催促が飛んで来た。
 目つきも小生意気なら、しゃべり方もまた生意気そのものだ。
 少し……いや、かなりイラッとするヴァルター。

(んだこのガキ? シメっぞこらぁ! ケツ引っ叩いてビービー泣かせたろか!
 って、そうじゃねぇーだろ……
 さて、これはどうしたもんかね)

 このクソ生意気なガキがどこからやって来たのかは謎だが、今はそのことを考えるのは二の次だ。と、思考を即座に切り替える。
 存在に気づかれたからには、生かしておく訳にはいかない……
 と、までは言わないがあまり喜べる状況でもない。

(一度出直すか?)

 とも考えたが、何も子ども相手に逃げる必要もないのではないか、とも考えた。
 ここで引けば、間違いなくこの子どもは村に自分の存在を知らせるだろう。
 となれば、勿論村は警戒するだろうし、“村の秘密を探りに来た”という自分の目的にも勘づく聡い奴もいるかもしれない。
 自分が離れている間に、ブツを隠されてしまっては元の木阿弥もくあみだ。
 ならばいっそのこと、潜り込んで内側から調べた方が確実だ。

(よしっ! 
 こいつをいい感じに手懐けて、村に入る口実をつくろう。
 なに、所詮はガキ一匹。
 手八丁口八丁でどうにでもなんだろ……)

 と、ヴァルターは腰を下ろしていた木の枝から飛び降りた。

「いやぁ~、驚かせたみたいですまねぇな坊主。
 俺はヴァルターって言うしがない旅人だ。
 こっちの方面に来るのは初めてなもんでな……
 恥ずかしい話、道に迷っていたところなんだ。
 上から見てた時に畑も見えたし、お前みたいなガ……子どもがこんな所にいるってことは、近くに村があるんだろ?
 よかったら案内して……」
「んなド下手な芝居はどーでもいいんだよ。
 大体どのツラ下げて“しがない旅人”とかぬかしてんだ?
 どう見たって、堅気の顔じゃねぇーだろそのキズ。
 こちとら、テメェが朝からここに潜んでるってことは先刻承知之助なんだからなっ!
 で、テメェは何処の誰だ?
 どうせ名乗った名前なんて偽名なんだろ?
 ここに来た目的はなんだ?
 何を探ろうとしてた?
 誰の差し金でここに来た?
 あとは……そうだな……
 住所と生年月日、身分証明書の提示を要求するっ! 
 ほれっ! キリキリ全部吐いちまいなっ!」
「っ!?」

 目の前のガキの言葉に、ヴァルターは一歩後退った。

(気付かれていた!? それも、こんなガキに!?!?
 んなバカな……村の端からどれだけ離れてると思ってやがんだよ!)

 一瞬、ヴァルターの思考は真っ白になって停止する。
 が、すぐさま考えを切り替えて思考を再開させた。

(待て待て……ガキの言う事を真に受けるバカがいるか……
 はったりや、ごっこ遊びの延長ってことだって考えられるだろ……)

 このくらいの歳の子、特に男は自警団や騎士などの強い大人に憧れを持ち、その姿を真似して遊んだりする。
 このガキもたまたま・・・・見つけた知らない人間を敵と見立てて、そういう遊びをしている、という可能性がない訳ではない。
 ならば、ここは話を合わせて遊んでやることで親睦でも深めれば、村に入りやすくなるのではないだろうか?

「フハハハハハッ!
 バレてしまっては仕方がない!
 そう、俺は悪の領主から使われた使者であるっ!
 村に眠る秘宝を奪いに来たのだぁ!」
「……あっ、いや、そういう見てるこっちが恥ずくなるようなのはいらないんで……
 ってか、いい年してそんなことやってて恥ずかしくないのか?」

 両手を上げてポーズを取っていたヴァルターに、子どもの冷やかな視線が突き刺さった。

(あれ? もしかしなくても外した……のか?)

 ヴァルターは上げていた手を下ろし、子どもにコケにされる滑稽な自分の姿を脳裏に思い浮かべて、声もなく悶え苦しんだ。

「ああ、断っておくけど、お前を取っ捕まえるのは大前提な。
 大人しくお縄に付くならそれでよし。
 ただ、暴れたり逃げようとしたりしたら、それなりに“痛い目”に合ってもらうから覚悟はしておくように。
 お前からは聞きたいことが沢山あるので、殺したりはしないから、その点だけは安心していいぞ?
 まぁ、死んだ方がマシだったと思うようになるかもしれないがなぁ……」

 目の前のガキが、ガキとは思えない嫌らしい笑みを浮かべていた。

 どうやら、色々な意味でバレているのは間違いないらしい。
 とはいえ、ここにいるのはガキが一人だ。
 周囲を見回しても、他に人影はない。
 まぁ、遠くにはちらほらと農夫の姿が見えたが、急いで駆け付けたとしてもそれなりに時間は掛かるだろう。

(こいつは出直しだな……)

 捕まえる、だの、痛い目に合わせる、だの……
 言ったところで、そう言っている当人はただの子どもなのだから脅しにすらならない。
 何を言われたところで、まったく怖くもなんともないのだ。
 だが、これ以上騒ぎを大きくされてもいい事は何もない、ということで戦略的撤退を選択したヴァルターが半歩、足を引いたその刹那……

「っ!?」
「何処に行こうっていうんだい? 捕まえるって言ったろ?」

 そんな言葉と同時に、突然周囲がぐっと暗くなったかと思えば視界に一人の男が現れたのだ。
 しかもその手には三又に分かれた槍のようなものが握られており、今まさにそれが自分へと向かって突き出された、その瞬間だった。

「くそっ!? どっから湧いて来やがった!」

 ヴァルターは咄嗟に持っていた杖で、男の得物を受け止めた。
 辺りに、ガッという鈍い衝突音が響く。
 よくよく見てみれば、男が持っていたそれは、先が三本に分かれたすきだった。
 つまりはただの農具という事だ。

「へぇ~、今ので折れないんだ……
 ってことは、それ“仕込み”だね?」

 止められること自体は想定していたのか、男は受け止められた事よりヴァルターの杖が折れなかったことに驚いているようだった。
 ヴァルターが手にしていた杖は、一見ただの杖だ。
 旅人なら誰が持っていてもおかしくない、ありふれたものだ。
 しかし……
 その内側には、男の言う通り一振りの刃が仕込まれていた。
 もし、この杖がただの木製の杖であったなら、今の一撃で間違いなく折れていたことだろう。
 男の突きは、それほどまでに強烈で鋭いものだった。
 そして、見かけの線の細さとは裏腹に、重く内に響く一撃……

(この若い奴、闘技使いかよ……なんでこんな辺鄙な村に……)

 それだけでもヴァルターを驚かせるには十分だったが、ことはそれだけでは済まなかった。

 初撃を受け止められたことで、男はすぐさますっと後ろへと下がりヴァルターと距離をあけ……姿を消したのだ……

「なっ!? きっ、消えたっ!?」

 男は、まるで初めからそこにいなかったとでも言うように、ヴァルターの前からすぅっと……風景に溶けるように消えたのだった。
 そして、周囲の明るさが元に戻っていることに気づく。

(近づかれたら暗くなって、離れれば明るくなる……?
 ちっ! 魔術の類か?
 ってことは、この術で俺に近づいて来たって訳かよっ!)

 自分が不覚をとった理由を知るも、だからといって何が出来る訳でもない。
 ヴァルターも己の技には自信があるが、魔術に関しては門外漢もいいところなのだ。

(若い奴が闘技使いなら、この魔術を使ってるのはこのガキってことか……)

 それはあくまで推測で、もしかしたら男が魔術と闘技の両方を使っている可能性も捨てきれない。
 だが、このまま手をこまねいていても埒が明かないのは事実だ。
 とにかく、姿が見えないのを何とかしなくては話にならない。
 なら……
 本意ではないが、ここは一度子どもの方を気絶なりさせて無力化して様子を見るのが妥当だろう。
 それで、男の姿が見えるようになるならそれでよし。
 ならないなら……その時また何か別の手を考えるだけだ。
 その考えに至ったヴァルターは、姿が見えている子どもの方へと一歩を踏み出そうとして……

「先に子供からってのは、ボクは感心しないなぁ~
 まぁ、気持ちは分かるし、ボクも同じ立場なら同じことをするだろうけど」

 今度は背後から聞こえた声に、ヴァルターは慌てて振り向くと、そこにはすでに男の姿があった。

「クソがっ!」

 しかもご丁寧にも、振り返りに合わせて男はすきを突いて来ていた。
 ギリギリのところで、ヴァルターはその一撃を受け止める。
 今ので、ヴァルターは確信した。

(こいつ、遊んでやがる……いや、手を抜きまくってやがんのか……)

 その気になれば、男はヴァルターを殺す機会などいくらでもあった。
 そもそも、攻撃をする前に声を掛ける必要などないのだ。
 そんなことをしても、自分の居場所を教えているだけでなんの得もない。
 折角の“見えない”という利点が台無しだ。
 こういう場合なら、無言のまま背後から近づき、一撃ブスリ……
 これだけで終わりなのだ。
 しかし、そうはしない。
 殺すつもりはない、捕まえるのだと言っていたことは本気の様だった。
 そして、それを実行するだけの力をこいつらは持っている……
 
(ホント……どうなってやんがだよ、この村はよぉ!)

「先生っ! 離れてっ!」
「はいよっ!」

 子どもの言葉に合わせて、男はすっと身を引いた。
 そして、先ほどと同じように姿を消す……
 ヴァルターは周囲への警戒を、より一層厳にする。
 いくら姿は見えなくとも、音まで消すことは出来ないらしい。
 物音一つ、蟲の足音すら聞き逃すまいと、神経を集中させる。 

「おいっ! おっさん!」

 そんな中、不意に掛けて来たのは子どもからの言葉だった。

「抵抗しても無駄だってことが、これで分かったか?
 大人しく捕まるなら、これ以上手荒な真似はしない。
 素直に全て話すってんなら、それなりの待遇で迎えると約束する。
 どうだ? 素直に捕まる気はないか?」

 ヴァルターはそう語る子どもへと静かに振り返る。
 勿論、だからといって警戒を緩めたりなどは決してしない。

「折角の忠告だが、聞けねぇな。
 こっちにもこっちの事情ってのがあるんだよガキんちょよ」
「そうかい……そりゃ残念だ。
 ……んじゃ、これでも喰らって捕まれや!
 ハイビ~ム!」

 と、子どもが何かをヴァルターへと向けた瞬間、

 世界が白に包まれた。
 迸る閃光。痛みすら感じる強烈な光。

「ぐわっ! 目がぁっ!!
 ガキっ! テメェ何しやがった!」

 まだ昼間だというのに、一瞬にして視界は白の光の中だった。
 目を開ける事すらできそうにない……

(閃光の魔術かっ!)

 この子どもが魔術師かもしれない、ということは念頭にはあった。
 がしかし……
 念頭にあっただけで、本当のところは子どもと侮っていたのだ。
 そのツケが、ここになって払われることになった……

「先生っ! 今のうちです!
 や~っちゃってくださいっ!」
「あいよっ!」

 どっ、という鈍い打音と共に、首筋に鈍痛が奔った。

「かはぁっ!」

 男の声が聞こえた時には、ヴァルターの首筋に鈍痛が奔っていた。
 その一撃が、どこから放たれたものなのか、まるで認識することが出来ないまま、ヴァルターは意識を刈り取られたのだった……

(おいおい……
 こんな一方的にボコにされたのなんて、旦那と戦った時以来だぜ……)

 それが、彼が意識を失う間際に、脳裏に過った言葉だった。
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