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三六話
しおりを挟む「か、硬さだけは、本物のようだな……」
今まで地面に片膝を突いてはぁはぁ言っていたセリカが、ゆっくりと立ち上がり一番初めに口にした言葉がそれだった。
「しかし、守り一辺倒だけで戦えるというものでもあるまい? それ以外では、果たしてどうかな?」
と、右手の剣を黒騎士へと突きつける。
「って、いやいやいやっ! 違げぇだろ! あんな危ねぇことしといて、言うのはそれだけかっ! 一言くらい謝れやっ! こっちにはソアラだって居るんだぞっ!」
俺一人ならまぁ、何があっても何とか出来んこともないが、ソアラが居るとなると話しは別だ。
「むっ、むぅ……確かにそれは申し訳なかった。
しかしっ! 壊せるものならやってみろ、と言ったのは貴殿ではないか? わ、私は私の全力を以ってそれに応えたまでのこと。
た、確かに、破壊するには至らなかったからな。防御の面では認めてやる。しかしっ! それで私が負けたということにはならんからなっ!」
続きだっ! と言わんばかりに、セリカは剣をぶんぶんと振り回す。その物言いに、俺はあることを察した。
ああ……この子あれだ……きっと、スゲー負けず嫌いなんだなぁ、と。
俺が出来るものならやってみろと、挑発的なことを言ったもんだからムキになってんのか。で、結果、黒騎士に傷一つ付けられなかったものだから、何かのスイッチが入ってしまった、と。
俺としては勝ち負けとかはどうでもよく、セリカに黒騎士が戦えるだけの力を持っていることを証明したかっただけなんだがな。
そもそも、それが本来の目的で、戦うのはそれを証明する手段でしかなかったはずだ。しかし、セリカの中ではすっかり目的と手段が入れ変わってしまっているようだった。
とはいえ、こちらから攻撃するわけにもいかないからな……さて、どうしたものか。
「さっきも言ったが、こちらから攻撃をするのはなしだ。火力が違いすぎるから、下手に攻撃したらセリカに大怪我をさせかねない」
「そう言って、実は碌に動けぬただのカカシなのではないか? 大方、賊を討伐したという話しも、相手が自滅したのをさも自ら倒したように語っているのだろう?」
あちゃー……もうなん、聞く耳持たずみたいになっちまってんな……
こういう手合いは、実力差をはっきり見せ付けないと納得しない奴が実に多い。最悪、見せ付けても何だかんだ言って納得しないパターンもあるのだが、それはそれとして……
実力を示そうにも、下手に攻撃して怪我をさせたくはない。しかし、それではセリカが絶対に納得しそうにない。
う~む。と、少しばかり考えて、ちょっとした案を思いついた。
「なら、こういうのはどうだ?
俺は、というか黒騎士からは一切攻撃しないことは変わらない。代わりに、徹底的に防御に徹する。
その黒騎士の体に、一撃入れられたらセリカの勝ち、防ぎきったら俺の勝ちってことでどうだ?」
敢えて勝ち負けに言及したのは、そうすればセリカが食いついて来るかと思ってのことだったのだが……
「良かろう。そのような安易なルールにしたことを、後悔するなよ!」
思った以上に簡単に食いついて来た。意外とチョロいぞこの子。
「ああ、ただし、さっきみたいな大技はなしだ。流石に危ないからな」
セリカもその辺りのことは分かっているようで、すんなりと同意する。
「オーケー、ならそれで行こう。
ただ、黒騎士の持っている大剣は特別制でね、少しばかり切れ味が良過ぎる。
だから、そこに飾ってあるバカデカイ剣を貸してくれないか」
そう言って、俺は壁に飾られていた大剣を指さした。
ぶっちゃけ、冗談抜きで、セリカの細剣程度ならバターの様に両断出来るだろうからな。
「分かった。よかろう」
セリカの了承を得た所で、黒騎士をガシャコンガシャコンと壁際へと近づけ、大剣を回収し手にする。
試しに一度振ってみるが……
うおっ、軽っ! いや、黒騎士が普段使っている大剣が重すぎるだけか。
力加減を誤って、吹き飛ばすようなことにならないよう気を付けないとな。
「んじゃ、開始の合図は……ソアラ、お願いしていいか?」
「私が、ですか?」
大剣を片手に、元の位置まで戻ると、未だに簡易シェルターの後ろに隠れていたソアラにそうお願いする。
こういうのは合図がないと始め難いしな。
「私はいつでもいいぞ」
と、黒騎士から少し離れて、セリカが構えを取った。
「こっちもいつでもどうぞ」
対して、黒騎士は特に構えるようなことはさせず、あくまで自然体で立ったままだ。
とはいえ、今回はあくまで勝ちを狙いに行くので、手を抜くつもりはない。
この茶番を速く終わらせるなら、ワザと負けてしまうのも手かもしれないが、セリカの性格からして下手に手を抜くとかえって長引きそうだからな。
ここは黒騎士の力の片鱗でも見せて、納得して負けてもらうことにしよう。
普通に戦っても負ける気はしないが、ダメ押しで俺は黒騎士に内蔵されているギミックの一つを起動し、ソアラの合図を待った。
“開始直後。踏み込みから、右手の剣での下段斬り上げ”
「えっと……それじゃあ、始めっ!」
ソアラの言葉の直前、黒騎士の瞳を通して、セリカが二重写しとなり、片方のセリカが黒騎士に向かって突っ込んでくる。そんなビジョンが見えた。
それに合わせて、ソアラの合図とほぼ同時に半歩だけ黒騎士に身を引かせる。
刹那。
今まで目の前にいた、本物のセリカが動いた。
セリカは、先に見えていたセリカの影をなぞるように黒騎士の眼前へ迫り、一閃。しかし、既にそこに黒騎士はなく、セリカの剣はヒュンと虚しく空を斬った。
セリカの踏み込みは驚異的な速さではあったが、事前に来ると分かっていれば怖いものでもない。
「っ!? 今のを躱すか……ならばっ!」
“左手の剣による、胴狙いの横なぎ。からの、左籠手狙いの右手剣での振り下ろし”
またしても、眼前のセリカが二人に分かれ、もう一人のセリカが黒騎士へと攻撃を仕掛けて来る。
今度は、先ほどよりも少し大きく後退する。
「くっ……」
しかし、斬るべき黒騎士が手の届かない所へと移動してしまったことで、先に見えていたビジョンと異なり、セリカの手が止まった。
だが、それも一瞬のこと。次の瞬間には、
“身を低くして、左横を通過”
と、そんなビジョンが見えた。
おそらく、大柄な黒騎士は小回りが利かないと、そう判断したのだろう。
背後に回ってさえしまえば、斬りかかるチャンスもあると思ったのかもしれないが、甘い甘い。
なので、今回は先にセリカの進路に手にした大剣の切っ先をそっと置く。
「っ!?」
今にも走り出そうしていたセリカが、一瞬ビクっとなり、多々良を踏む。
今のを突っ込んでいたら、頭から串刺しになっいただろうな。
まぁ、これだけ動けるセリカが、そんな凡ミスするとは思わないが。
その挙動から、彼女自身かなり戸惑っている様子が伺えた。しかし、それで手を止めてくれるほど彼女は諦めの良い性格ではなかったらしい。
“右に行く、と見せかけて左への高速切り替えし。からの、黒騎士直下への滑り込み。股下すり抜け際に脚部への斬撃”
器用なことするものだ。
足を狙ったのは、黒騎士と自身の体格差を利用するためだろう。それと、タッパのある黒騎士では、足元への対応が遅れるという考えもあったのかもしれない。
確かに、背丈の大きな黒騎士は、足元への攻撃が若干苦手だ。だが、それは使っている俺が一番心得ていること。そうそう簡単には潜り込ませはさせんよ。
セリカが前に出るタイミングを見計らい、今度は黒騎士も同時に前進。
黒騎士の体を右に振り、セリカの初手のフェイントに被せる。すかさずセリカが体を左に切り返すが、そのタイミングで黒騎士の持つ大剣で、軽く足を引っ掛けてやる。
俺は、攻撃はしない、とは言ったが、何もしないとは言っていないからな。
「っ!?!?」
大剣に見事に足を引っ掛かけ、大きくバランスを崩して危うく転倒しそうになるのをぐっと堪えるセリカ。
おおっ! よくもまぁ、アレで転ばずに耐えたものだ。すごい体幹だな。
しかし、体勢を立て直すのがやっとで、もうそこから攻撃に繋げるのは不可能になっていた。
そこで空かさず、黒騎士で軽くセリカの肩を押す。と……
「あっ……」
そう小さく声を上げて、セリカがぱたりと地面へと転がった。
「……なるほど。スグミは人形を操るだけでなく、随分と変わった技も使うようだな。その不敵なほどの自信はその技故か?」
尻もちを突いた姿勢で、セリカは不機嫌さを隠そうとせず、睨むような視線を俺へと向けるとそう問いかけて来た。
「まぁな」
そう簡単に答えて、俺自身がセリカへと近づき手を差し伸べる。
セリカが俺の手を見ると、不服そうに一つため息を吐き、俺の手を取り立ち上がる。
まぁ、正確には技ではなく、アイテムの効果なんだけどね。
俺がセリカの行動を先読み出来ていたのは、黒騎士に装備された“ラプラスの瞳”というアイテムのお陰だった。
ラプラスの瞳とは、“物理的に起きるであろう、確率の高い数秒先の未来”を先んじて知ることが出来る、というアイテムだ。
俺はこのアイテムの力で、次にセリカがどう攻撃してくるのかを知ることが出来ていた、というわけだ。
本当なら、こんなあからさまな行動はせずに、相手の動きに合わせてカウンターを狙うのが定石なのだが……
まぁ、今回は別にセリカを倒すことが目的ではなく、諦めさせるのが目的だ。
察しのいいセリカなら、この力の片鱗を見せただけで、黒騎士に攻撃を当てるのが至難の業であることを理解してくれると思ったのだ。
そうすれば、お互いにこんな不毛な戦いをする必要はなくなるからな。
そして事実、セリカはこの数度の打ち合いで、確信には至っていないようだが、何かを察してはくれたらしい。
ちなみに、未来予測と聞くとかなり強力な能力だと思われがちだが、このラプラスの瞳で見える未来は予知ではなく、あくまで現状から物理的に予測されたものでしかない。
だから、絶対に当たるというものではなかった。
実際、俺の行動如何でセリカの行動の結果が変わったり、外部から予測外の干渉があった場合などは予測が外れることも多々ある。
他にも、ラプラスの瞳は観測出来ている単一のもののみが効果の対象なため、複数対象の予測は出来ない、とか、一度予測すると次の予測に五秒のクールタイムが必要だとか、便利そうでいて意外に欠点が多い能力でもある。
だから、この能力を過信してはいけない。
あくまで参考程度にしておくのが、最も有効な利用法だと俺は思っている。
更に余談だが、実はこのラプラスの瞳は呪いのアイテムである。
一度装備すると特殊なアイテムを使用しない限り外すことが出来ず、また、装備中は常時HPが減少し続けるとかマイナス効果を受ける。
が、あくまでそれは普通にプレーヤーが装備した場合だ。
実はこうやって、プレーヤーが操っている人形にアイテムを装備すれば、マイナスな効果は受けず、プラスの効果だけを享受することが出来たりする。
これは数少ない人形使いのメリットだろう。
ただ、すべての呪いのアイテムの効果を無条件で受けないわけではないので、そこはよく考えて使う必要があるけどな。
「はぁ~、つまり、スグミからの勝負の条件を私が飲んだ時点で、私の負けは決まっていた、というわけか……
思った以上に機敏に動く鎧人形に、先を読まれているのでは、こちらに出来ることなどないからな……悔しいが私の負けだ」
実に悔しそうにセリカはそう言うと、両の剣を鞘へと収め、纏っていた赤紫色のオーラが霧散した。
「いや、そうでもないぞ?
俺は“一撃を入れたら”とは言ったが、その方法は言及してないからな。
例えば、さっきみたいに、何かしらの方法で砂を撒き上げで叩きつけられたら、流石にすべてを防ぐのは無理だっただろうな。
勿論、あんな威力で使うのはダメだが、威力を落とせば十分に有効だったはずだ。
剣で叩いても一撃。小石で叩いても一撃だ」
セリカが負けを宣言し武装を解除したので、俺もラプラスの瞳を解除した上で、俺が思い付いたセリカの勝ち筋を話した。
極論、砂を掴んでぱっと投げられただけで、意外と俺は負けていたかもしれないのだ。
俺の答えを聞いて、セリカが吹き出して笑った。
「ははははっ! 流石にそれで勝ちは誇れんだろうよ。だがまぁ、ルール上はそれで勝ちになったのか……
ああっ負けた! 負けたっ! 勝ち手まで教えられてはぐうの音も出ん。
しかし、そんな手があるとはまるで考え付かなかったな。もしかして、スグミは敢えて私が勝てる手を残していたのか?」
「いや。条件言ってから“あっ、これやられたら負けるわ”ってのが今の手だっただけさ。
“剣で一撃を入れる”って条件に入れておけばよかったって、結構ヒヤヒヤだったんだよ」
そう言うと、セリカは再度吹き出して笑った。
「私の敗因は、剣を当てることに拘ったことか……目的の達成のためには適した手段がある、良い勉強になったよ」
「おうおう、あの跳ねっ返り娘が素直に負けを認めるとはな……
こりゃ、明日には空から魚でも降るんじゃねぇか?」
と、突然背後から野太い男性の声が聞こえたのは、セリカがそう話した直後のことだった。
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