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七三話
しおりを挟む「なん……だと……?」
その事実が受け入れられないのか、ギュンターが目の前に立つ黒騎士を見上げ、茫然とした表情を浮かべていた。
まぁ、大した威力だったと、そこは認めてやろう。
相手が俺でなければ、結構良い線はいっていたのではないだろうか。
実際、受け止めた黒騎士の足が、石で出来た床に足首くらいまで埋まっていたからな。だが、そこまでだ。
単体攻撃スキルとして見るなら、確かにセリカよりは上だろう。
まぁ、それでも【蟷螂之斧】の発動前なら、多少は良い攻撃にはなったかな? といった程度だが。
スキル【蟷螂之斧】の効果は、自分自身と戦う相手とのステータスの差によって、自身の持つスキル一つの効果に上方補正が加える、というものだ。
要は、戦う相手が自分より強ければ強い程、大きな補正が受けられる、というスキルなのである。
その最大増加値はなんと一〇倍。
俺のステータス合計値はたったの41。
対して、ギュンターのステータス合計値は素の状態で約5000。現在はモリモリの強化を受けて約四倍程上昇しているので、2万弱だ。
その差、実に約490倍差である。
もう、ここまで差があると最大増加の一〇倍など余裕で受けることが出来る。
大体、ステータスが二〇倍離れていると、最大補正を受けられるようになるからな。余裕過ぎだ。
こちとら、伊達や酔狂で低ステータスを貫いているわけではないのだ。低いには低いなりの、歴とした理由がある、ということだな。
で、この【蟷螂之斧】の対象を【傀儡操作】に設定しておくことで、黒騎士の基礎値が【力】値1000から一〇倍され1万に変更。
これに伴い、【銘切り】と【潜在開放】の計算値が更新され、基礎値が更に三倍された上で三割増しになるため、トータル【力】値が3万9000になる、というわけだ。
俺がいうのも何だが、ブっとんでんなぁ~。
ギュンターの【力】値3000とか、もうゴミにしか見えないレベルだよ、コレ。
ちなみに、【蟷螂之斧】の対象を【銘切り】に設定しても、基本増加効果の三割が三〇割……要は三倍にしかならず、付属効果の【潜在開放】は対象外である。
だから、3000の三倍加算で1万2000にしかならないんだよなぁ。
もしこれが【潜在開放】まで対象だった場合、基礎値三〇倍の三倍加算のため、12万までいったのだが、流石にそれは許されないらしい。
と、ここだけ見ていれば随分強いスキルに思えるが、実際はそう使い勝手がいいスキルではない。
このスキルを使うにはいろいろと条件が必要で、一つは自分と相手とのステータス合計値の差が大きく開いている必要があること。
少し差がある程度では、まったく役に立たないのだ。
そしてもう一つは、使用前に一〇分の発動準備時間が必要であること。
つまり、自分より圧倒的に強い相手に一〇分間粘ってようやく発動出来るという、非常にクセの強いスキルなのである。
普通なら、数段格上を相手に一〇分も粘るとかほぼ不可能だ。
しかも戦闘が開始された状態でなければ使用不可能であるため、事前に準備だけしておく、なんてことも出来ない。
俺の場合、【潜在開放】やそもそも黒騎士より強い人形を使うことで、一〇分間耐え凌ぐことも出来るが他はそうは行くまい。
仮に、そういう芸当が出来るとしたら、俺の様な本体では戦わない、魔獣使いや土人形使いなどの職種でなら、同様のことがなんとか可能なくらいだろう。
それでも、相当に強い手駒が必要なことには違いないがな。
そのため『アンリミ』でも、このスキルを使っているプレイヤーは殆ど……というか、俺以外でこのスキルを実用している奴を見たことはない。
まぁ、なんしろ。
俺はギュンターとの戦いが始まった段階……正確には、ギュンターに一本目の大剣を投げつけた時だが……から、もしものことを想定しこの【蟷螂之斧】を準備状態にしておいたのだ。
ちなみに、蟷螂之斧の“蟷螂”とはカマキリのことである。
意味は、カマキリはどんなに相手が強く大きくとも、手の斧(鎌)を掲げて立ち向かうことから、弱者が自分の実力を考えず強者に立ち向かうことの喩えとして使われることわざだ。
「……ざけんな……ふざんけんじゃねぇ!!
こんなことがっ……こんなことがあってたまるかぁぁああ!
俺様が、俺様がこんなっ! こんなやつにぃぃぃ!!」
渾身の一撃がほぼ無意味だったのが、よっぽど奴のプライドを傷つけたのか、そうギュンターが騒がしく喚き散らすと躊躇う事無く黒騎士が握るソウルイーター(仮)を蹴り砕いて、黒騎士の拘束から脱出する。
力では勝てないことを学習して、剣を即破壊することで脱出を選んだようだな。
判断は悪くないが、何をしたところでもう手遅れなんだよなぁ。
拘束から脱出し、一度立て直しを計るために距離を取ろうとするギュンター。だが、そんなことを許すつもりはない。
【蟷螂之斧】が発動した以上、無駄に時間を使うつもりはないのだ。
別に制限時間があるわけではないが、効果発動中はバカみたいに秒間MPを消費するからな。長々とこいつに付き合って、無駄にMPを消耗する理由もない。
俺は残った一本の大剣を床へと深く突き立てると、黒騎士を一気にギュンターーと詰め寄らせた。
「……ぶぉ!」
黒騎士を突っ込ませ、ギュンターの頭部を右手で鷲掴む。ついでに、そのまま持ち上げて宙吊り状態にしてやった。
ただし、今の黒騎士の【力】値は3万9000なので、ちょっとでも力加減を間違うと、奴の頭をプチっとしてしまうので注意が必要だ。
潰した瞬間、ソウルイーター(仮)の復元能力で復活してまた逃げる可能性があるからな。
「がはっ! テメェ……今、何をしやがった!」
黒騎士の手の中で、手足をバタつかせてみっともなくべジタバタと暴れ出すギュンター。
おそらく、今の黒騎士の動き、ギュンターには一瞬のこと過ぎて、何が起きたのか分からなかったことだろう。
【蟷螂之斧】の発動により、速度は先ほどより更に向上しているのだ。
何せ、【力】値3万9000の速度だ。
ここまで差が開くと、余程の実力がない限り黒騎士の動きを捉えるのは不可能だろう。
少なくとも、ギュンターには無理だろうな。俺が知っている人物の中で対応出来る人物がいるとするなら、ブルックならギリギリ可能性があるかな? といったところか。
ちなみにだが、ここまで速度が向上してしまうと、俺自身、黒騎士をまともに操ることは出来なくなってしまっていた。
黒騎士の試作機で、初めて【蟷螂之斧】を使った時など、そのあまりの速さに操作が追いつかず、敵モンスターに激突して大破してしまったからな。
まぁ、それで敵モンスターを倒せたわけだが……それはいいとして。
では、今はどうやってそんな黒騎士を正確に操っているかというと、【全能領域】という知覚領域を拡張するスキルを併用しているのだ。
このスキルの能力を一言でいってしまえば、“時間をゆっくりに感じられるスキル”といえるだろう。
一流のスポーツ選手が極限の集中状態の中にいる時や、事故に遭う瞬間など、見ている光景がゆっくりになって見えるという話を聞くが、あの状態に強制的に持って行くのが、この【全能領域】である。
【全能領域】による拡張率は最大で二〇倍なので、スキルを最大で使用した場合は一秒が二〇秒に感じるぐらい、世界がゆっくりになる、ということだな。
倍率は自由自在に変更出来るので、現在は五倍から一〇倍の間で適宜変更して使用している。
ちなみに、このスキルも制限時間はないが、スキル起動中は秒間でMPを消費する。また、消費量は拡張倍率に比例するので、高倍率で長時間使っていると結構な勢いでMPを消費することになる。
まぁ、普通なら要所要所でちょこちょこ使うのがセオリーなのだろうが、俺は特性上MPだけはバカみたいに高いからな。そうケチケチする必要もない。
とはいえ、同じく秒間MP消費型の【蟷螂之斧】との併用だ。
流石にそう簡単に底を突くことはないが、早く終わらせられるならそれに越したことはない。
通常時はこれより便利なラプラスの瞳があるのでまったく使うことはないのだが、ことここまで強化してしまうと逆に【全能領域】がないとまったくといっていい程、何も出来なくなってしまうのだ。
ぶっちゃけ、ちょっと小走りさせただけでも、大事故になる。マジでどこに突っ込んで行くか分からんからなぁ……
そんなわけで、【全能領域】とラプラスの瞳の能力を上手く使って、俺は今の状態の黒騎士を操っているのである。
そんな世界の中でも、今の状態の黒騎士なら普通に歩いたり走ったり出来るのだから、どんだけやべぇー能力をしてるのかが良く分かる。
ただし、スキル効果中は聞こえる音もゆっくりになってしまうので、声もモワモワと間延びした音が聞こえるだけで会話等は一切不可能だ。
さっきもギュンターが何か言っていたようだったが、正直俺は聞き取れてはいなかった。
さて、ここからこの宙吊りにしたこいつをどうするか、だが……
「このっ! 離しやがれっ! クソ野郎がっ!!」
宙吊りにされて尚、文句を言いながらゲシゲシと黒騎士に蹴りを入れるギュンター。だが、うん。何を言っているかはさっぱり分からんな。まぁ、どうでもいいか。大したことは言ってないだろうし。
で、俺はギュンターの頭を掴んだままの黒騎士を大きく振りかぶらせると、勢い良くギュンターを先ほど床に突き立てた大剣へと向かってぶん投げてやった。
「なっ……!?」
人間砲弾と化したギュンターは、一時の空中散歩を楽しんだ後、狙い通り大剣へと激突し鈍い音を立てる。
「くっ!」
ギュンターがぶつかったのは、大剣の刃の部分ではなく腹……というのか面の部分だ。
そして、ギュンターが大剣からずり落ちる前に、一瞬で黒騎士が間合いを詰めると……
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!
一撃が余裕で致命傷とも成り得る、黒騎士の重金属の拳が流星となってギュンターを殴打する。ペガサス的なアレである。
拳がギュンターに当たる度、奴の体が右に左に、上へ下へと跳ね踊る。一応、これでもめっちゃ手加減してんだぜ?
加減を誤ると、大剣ごと何処かに吹っ飛んで行ってしまうからな。
俺がわざわざ大剣にギュンターを磔にしているのには理由があった。
普通の石壁でこれをやると、黒騎士のパワーに耐えられず壁が簡単に抜けてしまうのだ。ギュンターに少しでも隙を与えると、ソウルイーター(仮)の能力ですぐに逃げられてしまうからな。
奴が逃げられないようにするには、何かで動きを封じる必要があった。
そこで黒騎士の大剣だ。これなら、ちょっとやそっとの力ではびくともしない。
一度動きを封じてしまえば、後は簡単だ。ソウルイーター(仮)に蓄えられた生命力が空になるまでダメージを与え続ければいい。
高速打撃による連続攻撃。
ダメージは無効化出来ても、殴られた衝撃自体を無効化出来ない以上、この状態にハマった奴に出来ることはもう何もない。
ちなみに、大剣で有無を言わさずナマスにしても良かったのだが、ソウルイーター(仮)の能力が何時切れるか分からないので、うっかり殺さないように打撃で削っているというわけだ。
で、そんなことを考えている間に、変化が現れた。
「ぐふっ! がはっ! ごふっ!」
ギュンターから、くぐもったうめき声の様なものが聞こえて来たのだ。
それと同時に、ギュンターを殴る黒騎士の手からも、今までとは明らかに違う手応えを感じた。
今までは肉を打つ感覚しかなかったのだが、それに何かが折れるような、潰れるような……そんな感覚も混じり出していたのだ。
試しに黒騎士の手を止めると……
ズルズルと、ギュンターの体が力なくその場で崩れ落ちて行った。
俺は黒騎士で奴の頭部を鷲掴みにして再度持ち上げると、そこには腕があらぬ方向に折れ曲がり、顔を血塗れにしてボロ雑巾の様になったギュンターの姿があった。
まぁ、やったのは俺なんですけどね。
そして、今まで必死に握っていたソウルイーター(仮)が奴の手から滑り落ち、乾いた音を立てて床に転がったのだった。
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