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二四〇話
しおりを挟む人と家畜を比べるべきではないが、畜産業において、感染症が確認された場合の対応方法は、拡散防止の観点から施設内の家畜の全頭処分が基本である。
鳥インフルエンザとか、口蹄疫とかな。ニュースでよく聞く話だ。
結局、拡散を防止する最も有効な方法というのが、感染源の除去である、というこだ。
この国では、昔、それを人で行った、ということだった。
それが良いか悪いかを論ずるつもりはないが、治療方法がそもそもない、発病したら周囲を感染せ死に至る、ではおそらくそれ以外に有効な方法がなかったのだろうことは想像に難くない。
実際、そうしたことで被害を王都の人口のたった三割で押さえているわけだしな。
下手に対応が遅れていれば、もっと被害者が増えていたか、都市一つまるまる全滅していた、いや最悪、国そのものがなくなっていた可能性だって十分にある。
だが……
「それだと、国民の反発とか凄かったんじゃないか?」
なにせ、やっていること自体は強制死刑だからな。
理由を説明されても、はい分かりました、と素直に従う奴もそうはいないだろう。
「らしいわね。私も当時は小さかったから覚えがないうえ、危険だからと母方の祖父母の家に預けられていたから、実際どうだったかは知らないのだけれど、残された資料を読む限りでは、治安もかなり悪くなって相当荒れていたようね」
まぁ、だろうな。
更にセレスの話しでは、王都に入ることは勿論、出ることも許されなくなり、王都の各地で暴動が起きていた、とのことだった。
セレスの場合は、一早く危険性を察知した爺さんが、王都が封鎖される前に、セレスを信頼できる友人に託し、王都の外に逃がしたから事無きを得たようだ。
本当なら、感染の恐れがある者を一人でも街の外に出すべきではないのだが、そこは孫可愛さに、ということなのだろう。
しかし、セレスと同じく学者をしていた両親と爺さんは王都に残り、必死にこの病の治療法を研究していたのだが、両親は逆に病に感染してしまい亡くなってしまった、とそういうことらしい。
しかも、最終的には時の女王陛下とその夫である王配殿下、つまりプレセアの両親も感染してしまい、民に範を示すために自らも命を絶った……
プレセアが若くして王位を継承した……いや、しなくてはならなった理由がこういうことらしい。
「そうか……なんか、大変だったみたいだな」
陳腐だが、それ以外の言葉が出て来なかった。
「そうね。その所為か、大切な家族を奪われたと、今でも王家のことを恨んでいる人も少なくないのよ」
「仕方がなかった、の一言では片付けられんよな……」
で、その被害者……といっていいのか、当事者がここに一人いた。
だから、セレスはこのことを話す前に、ミラちゃんに確認を取ったのだろう。
「ミラちゃんは、国のことを……というか、王家の人のこととか恨んでたりするのか?」
プレセアという、この国の王にして、一人の少女を知っている手前、一国民であるミラちゃんがそれをどう思っているのか気になった。
「えっ? 私? ん~、どうだろ……その時は私も小さかったし、よく覚えてないんだよね……
ただ……ある時突然、騎士さん? 兵隊さん? ていうのかな? みたいな人達が家に来て、お父さんと何か話していたのはなんとなく覚えてる……
それで、少ししてお父さんが家を出て行くことになって……
お父さんが家を出て行く間際に、私のことをぎゅって抱きしめてくれて……その時の寂しそうなお父さんの笑顔だけは、今でもよく覚えてる……かな」
ミラちゃんのお父さんは非常な現実を受け入れた、ということなんだろうな……
自分が死ぬのはほぼ確定、このまま家に長居をすれば、大切な妻や子を巻き込むことになり兼ねない。
だったら、自分一人が……といったところか。
話しから、特に抵抗したり暴れたり、逃げ出そうとかしていない辺り、とても出来た人物だったことがミラちゃんの話しから窺い知れた。
出来れば、生きている時に会ってみたかったものである。
で、ミラちゃんの話しが落ち着いたところで、
「ぐすっ……」
と、小さく鼻をすする音が聞こえて来たので、音のする方を見てみれば、セレスが目頭を押さえて俯いていた。
ミラちゃんの生い立ちを悲しんだのか、両親のことを思い出したのか、それともその両方か……
その後は、暫し無言のまま、ただ静かに時間が過ぎて行った。
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
「うはっ! おっきいっ!!」
目的に到着して、屋敷を前にしたミラちゃんの第一声がそれだった。
さっきまでの暗い雰囲気などどこへやら、だらしなく口をポカンと開けながら、屋敷を見上げていた。
敢えてそうしているのかもしれないが、どうなんだろうか?
「お兄さんっお兄さんっ! 本当に私達ここに住んでいいんですかっ!」
そう言いながら、トテトテと俺の下まで駆け寄って来ると、目をキラキラさせてそう聞いて来た。
「……住む?」
その言葉を、セレスが耳聡く拾うと、何を考えたのか訝し気な目で俺を見て来る。
「変な誤解はするなよ? 屋敷の管理・維持、それと食事や掃除なんかの身の回りの世話……所謂、家政婦としてミラちゃんとお母さんのイースさんを雇ったんだよ」
「そうなの?」
俺がそう説明すると、セレスはそれを信じていないのか、ミラちゃんに改めて確認を取る。
あれ? もしかして俺ってば信用ないのか?
「そだよ~。ウチの宿屋ってそれはもうビックリするぐらい全然儲かってなくて、これはもう夜逃げするしかないっ! みたいな時に、お兄さんが「じゃあ自分の所で働かないか?」って声を掛けてくれてね。
お母さんはまだ迷っているみたいだけど、私はいいかなぁ~って思ってるの」
で、確認を求められミラちゃんはというと、やや誇張気味にだがセレスにそう説明した。
「そうだったんだ。私はてっきり……」
そこで言葉を止めると、セレスが俺を見る。
てっきりなんだ? 言いたいことがあるならはっきり言いなさい。きっぱり否定するから。
「はいはい。下らん話しはここまで。さぁ片付けを始めるぞ」
「それもそうね」
「特にミラちゃんにはお駄賃渡してるんだから、金額分は働くようにっ!」
「は~いっ!」
と、元気よく手を上げて返事をするミラちゃん。
ちなみに、セレスの場合は、事前に好きに視察なり観察するなりさせる代わりに、場合によっては手伝ってもらうという取り決めをしていた。
ギブアンドテイクというやつだな。なのでお駄賃はない。
で、ミラちゃんととセレスを連れ、昨日取り付けたばかりの、まだ鍵も付いていない大扉を開け早速屋敷の中へと入って行くことに。
「うわっ! 広っ! デカっ! んで、汚っ!!」
玄関広間に入った瞬間のミラちゃんの感想がそれだった。
確かに、ミラちゃんの言うように、玄関広間は広くデカかった。しかし、そこには長い年月を掛けて堆積したゴミで溢れていた。
ゴミの主な構成は、元は落ち葉や枝葉だったものが腐敗して出来上がった腐葉土的なものである。
それらが外部から自然と進入し、堆積していったのだろう。
その様子を簡単に言えば、廃村に取り残された家屋の内部、といった感じだった。
「何十年も放置されていたわけだからな。年月を考えればこんなもんだろ」
まずはこれらを取り除かないことには、内装など手も付けられない。
「でも、外は結構綺麗だったと思うけど?」
「それは綺麗にしたからだよ。ガワも最初の頃は結構酷いもんだったんだぞ?」
そう答え、最初の甲子園球場よろしくの姿を思い出す。
ということで、掃除スタートである。
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