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二三九話
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そこそこの数のガラスが用意出来たところで、俺達は屋敷へと戻り、帰りがけに伐採した木材と合わせて、扉や窓を付けて回った。
ついでに嵐などに襲われた時用として、各窓に雨戸を追加で設置していく。
風で枝や石などが飛んで来て、ガラスが割れでもしたら大変だからな。
一応、ガラスは強化ガラスにしてあるのでちょっとやそっとのことでは割れたりしないだろうが、念のためだ。
ちなみに強化ガラスは、ガラス三つを合成して出来るガラスの上位素材である。
耐久力が、強化ロープ同様、元の強度の五倍になるので、マッチョメンがドデカいハンマーで本気で殴りでもしない限り、割れたりはしない……と思う。
また、雨戸や扉などに使われている板材も、強化合板という上位素材にして使用している。
余談だが、屋根にこの強化合板を使わなかったのは、単純に屋根の面積が広いので、材料節約の為だ。
仮に、屋根まで全部強化合板にしてしまうと、この辺りの樹木が禿げ上がることになってしまうからな。それを避けてのことだ。
こうして、扉と窓の設置が終わった頃にはすっかりいい時間になっていたので、今日の作業はこれにて終了とし帰ることに。
しかし、基本、何でも一人で出来るとはいえ、屋敷の広さも相まってやはり一人で作業をするには限界を感じてしまうな……
俺がおよそ常人離れな事ばかりしているから一人作業が多くなってしまっている、という自業自得的なところは否めないが、それでも人に任せられるような雑務などはいくらでもあった。
例えば、掃除とかな……
一応、セレスもちょっとしたことは手伝ってはくれるが、一人では出来ることもそう多くないし、そもそもが、彼女は俺の手伝いで同行しているわけでもない。
こうなると、少しでも人手が欲しくなってくるところだが……さて、どうしたものか。
で、翌朝なのだが……
「スグミ、彼女は?」
「この子、お兄さんの知り合い?」
例によって例の如く。
街門前にてセレスが俺のことを待っていたのだが、俺がミラちゃんを連れて顔を出しら、朝のあいさつも無しに、いきなりそんな質問が飛んで来た。
で、隣にいたミラちゃんも、セレスを見て同様の質問をする。
なんだろ……
別に何か悪いことをしているわけではないのだ、両者からの視線が痛い……なんでだ?
「あぁ~……、セレス。この子は俺が世話になっている宿屋の娘さんで、名前はミラちゃんっていうんだ。
屋敷の掃除を手伝ってくれるって言うから、連れて来た」
まず初めに、セレスにミラちゃんをそう紹介する。
昨日、夕食時に屋敷の掃除で人手がいる、みたいな話をしたら、ミラちゃんが手伝いを申し出てくれたのだ。
丁度、人手が欲しいと思っていたところなので、ならばとお願いすることにしたわけだ。
まぁ、ミラちゃんとしては半分は屋敷を見てみたいという興味本位だとは思うが……
ずっごく興味ありそうに屋敷のことを聞いて来ていたからな。
それでも、伝手だってくれるというのなら、断る理由は特にない。
……お手伝い賃はきっちり取られたけどなっ!
「で、ミラちゃん。こちらが学術庁神秘学研究会学部長のセレス……なんだっけ?」
次いで、ミラちゃんにセレスを紹介しようとしたのだが……
「マクレーンよ。セレス・マクレーン」
「そうそう、セレス・マクレーン女史だ」
ずっと名前呼びだったこともあり、名字をすっかり忘れてしまっていた。
そんな俺に、セレスが呆れたように溜息を吐く。
「えっ!? 家名があるってことは……き、貴族様なんですかっ!」
そんな紹介に、ミラちゃんか目玉が飛び出しそうなくらい大きく目を見開いて驚いていた。
俺には馴染みがないが、平民が貴族と直に顔を合わせる事って滅多にないらしいからな。
そりゃ、ミラちゃんだって驚くというものだ。だが……
「いいえ。家名はあるけど、ウチは準男爵家だから。一応、家名の世襲は許されているけど、厳密には貴族ではなく平民階級よ。
とはいえ、実際のところは平民よりはいろいろと権利が認められているから、貴族と平民の真ん中、といったところかしら?」
と、そう説明する。
「そうだったのか……それは俺も知らなったよ。家名があるからてっきり貴族かと思ってた」
「よく間違われるわね。ウチはお爺様の研究が国に認められたことで叙勲して、それから準男爵として取り立ててもらったのよ」
と、そこまで話すと、セレスはずいっとミラちゃんの前に進み出て、右手を差し出した。
「今、紹介されたばかりだけど、セレス・マクレーンよ。王国政府機関の一つ、学術庁は一学部、神秘学研究会の学部長をしているわ。
スグミには、神秘学の研究の一環として同行しているの。よろしく」
「あっ、えっと……その、ミラ……です。中六区でお母さんと二人で宿屋をやっています……
今日はお兄さんのお手伝いで来ました……」
セレスの自己紹介に、ミラちゃんはそう返しつつ差し出された手を握り返した。
このままここで立ち話をしても他の通行人の邪魔だからと、とっとと移動することに。
で、だ。
「……何これ?」
「ホント、頭おかしくなりそうよね……
私も初めてこれに乗った時は、自分の目が信じられなくなったもの」
現場までの移動に、何時ものようにキャリッジホームを使ったわけだが……
初乗りのミラちゃんが、他の奴らが皆そうであったように、見かけと内部の広さの違いに理解が追い付かずその場で茫然としていた。
「何もない所から、突然おっきな馬車が出て来たのにも驚いたけど、中はもっと凄いことになっているんだね……」
キャリッジホームに乗ったばかりの時は、こんなことを言っていたミラちゃんだったが、走り始めて一〇分もしないうちにもう慣れたのか、今はセレスと並んでソファに座り、セレスお気に入りのバニラミルクシェイクを二人してちゅーちゅーしていた。
キャリッジホームが走り出した時は、あっちをウロウロこっちをウロウロしていたんだがな……
この子、適応力高くね?
にしても、だ。
セレスは政府案件の仕事、と言っていたが、実はこいつ、ここにコレを飲みに来ている感、あると思います。
で、今はというと……
「へぇ~、セっちゃん一三なんだ。私一四。私とあんまり変わらないのに、お城で働いてるなんてすごいね」
「おじいちゃんが先代の学部長をやってたから、その関係もあるんだけどね」
そんな感じで、二人仲良くおしゃべりに興じていた。歳が近いこともある所為か、アッいう間に仲良くなっていたな。
基本的には、コミュ力の高いミラちゃんがぐいぐいセレスに話し掛けている、といった感じか。
ただ、セレスの方もそれを疎んでいる、といった様子は特にないように見えた。
というのも、セレスが自覚しているかどうかは別として、セレスは俺やセリカと話している時はどこか言葉が硬いというか、無理をして背伸びをしているような感じで話していたのだが、ミラちゃんと話している時はそういった取り繕った感がまったく感じられなかったのだ。
年相応の、自然な感じというか……まぁ、そんな感じだ。
まぁ、セレスの場合、今までの環境が環境だからな……
大人社会に身を置いていたセレスにとって、周囲は全員年上ばかりであり、侮られないよう無意識に虚勢を張っていた、という可能性はあると思う。
そう考えると、歳の近い友人などいなかったのでないだろうか?
少なくとも、セレスの口から友達などの話題の話しは聞いたことはない。
研究や職員なんかの話題はよく話してくれるんだがな……
そんなこんなで、俺は特に二人の間に割って入る様なこともせず、何気ない世間話に耳を傾ける。
「……それで急にイヌっぽい人たちが部屋の中に入って来て、「静かにしろっ!」って言われたの。
最初は何が何だか分からなくて、お母さんと二人でビックリして固まっちゃった。
「大人しくしていれば危害は加えない」って言われたけど、あの時は怖かった~」
で、セレスがミラちゃんにワーウルフ達の衝撃事件の話題を振ったことで、話はその時ことに。
「あの人たちは銀狼族の中でも一番の穏健派だから、多分、本当に最初から危害を加えるつもりはなかったと思うわよ。本人達もそう話していたし」
「えっ!? セっちゃんあの人たちとお話ししたのっ!」
「ええ。銀狼族について知っている人が少ないから、一応参考人って形でね。
とは言っても、詳しいのはおじいちゃんで、私も銀狼族と直接話をしたのは今回が初めてなの。
被害にあったミラの前でこういうのはあれなんだけど、私としてはとてもいい体験になったわ」
「へぇ~、そうなんだ。セっちゃん凄いんだね!」
「べ、別に凄くはないわ……」
ミラちゃんのそんな手放しの勝算が恥ずかしいのか、セレスの頬が少し赤くなる。
「あっ! もしかして、セっちゃんが学者さんをしてるってことは、お父さんやお母さんなんかもお城で働いてる学者さんだったりするの?」
「……ううん。確かにお父さんもお母さんも学者だったけど、随分前に“灰死病”で死んじゃったから、今はもういないの」
「……そっか。それじゃあ私と同じだね。私もお父さんがあの病気に罹って連れて行かれちゃったから……」
「……そうなんだ」
「あっ、でも私はお母さんがいるから、セっちゃんより全然マシかな?」
「ううん。大切な人を失って、それが被害に遭った人数が少ないからマシなんて、そんなこと絶対にない。
一人でも二人でも、みんな同じくらい、辛くて、苦しくて、悲しいんだよ……」
「……そっか……そだね」
そうか……セリスから爺さんの話しはよく聞いていたが、両親の話しを聞かないと思ったら病気で亡くなっていたのか……
話題が暗くなり、急に二人のトーンが下がるのが、あからさまに見て取れた。
しかし、何か気になる単語が二つほど出て来たのだが、今、それを聞いていいものかどうか迷う。
が結局、今、聞かないと次に聞ける機会があるかどうか分からいとそう決断し、意を決して聞くことにした。
「なぁセレス。今聞いていいかどうか迷ったんだが、“灰死病”ってのは?」
俺がそう聞くと、セレスは暗くなっていた顔を上げ、何時ものキリリとした学者の顔へと戻って行った。
「別に構わないわ。
“灰死病”。今から一〇年くらい前に王都を襲った奇病よ。
発病すると、体の末端、手足から順に徐々に白く結晶化していって、最終的には結晶化した部分が灰の様に崩壊してしまう病気よ。
発病すれば必ず死に至る。そんな極めて致死性が高い病気で、その症状から“灰死病”と呼ばれるようになって行ったわ。
おじいちゃんが治療法を研究していたらしいんだけど、結局有効な方法がみつからなくて……」
そんなことがあったのか……
で、その病気でミラちゃんのお父さんとセレスの両親が亡くなった、と。
十年前に両親が亡くなったとなれば、セレスは当時三歳くらい。で、残された爺さんに育てられた、という感じか。
「それじゃあ、さっきミラちゃんが言っていた、連れて行かれた、ってのは?」
「…………」
俺がそう聞くと、セレスは一旦口籠り、視線をミラちゃんへと向けた。
話してもいいか? という確認だろう。
ミラちゃんにとっては、思い出したくもない辛い記憶かもしれないからな……
それでも、俺は聞くことを選んだ。俺はこの世界のことをまだ何も知らないのだ。
今、それを知ったからといって、何かの役に立つとは思っていない。
しかし、今後、知っていたから取れる対応というのもあるかもしれない。
まずは知るということ、それが大事だと俺は思う。
「…………」
そんなセレスに、ミラちゃんはコクンと首を縦に振る。
それを見て、セレスがゆっくりと口を開き始めた。
「……“灰死病”は、治療不可能な病だと言われているの。そして、人から人へと感染する病気でもあった」
セレスのその言葉を聞いて、真っ先に頭に浮かんだのが、黒死病のことだった。
1300年代中頃、ヨーロッパを中心に起きたペストのパンデミック……
「当時、この“灰死病”で王都の人口の三割近くもの人達が亡くなったと、そう資料には残されているわ」
治療法がなく、かつ、それが感染症ともなれば、そうなるのも当然といえた。
しかし……
「こう言っちゃ悪いが、よくその程度で済んだな。
治療法もないうえ感染症じゃ、最悪国が滅んでもおかしくなかったろうに……」
実際、感染症が切欠で国が滅んだ、という話しは少なくないのだ。
もしてや、医療技術が発達していないこの世界では尚更だ。
もしかしたら魔術的な、何か俺が想像もつかないような治療法があるかもしれないが、一般に広く利用されているようには思えない。
「まぁね。実は灰死病には四つ、大きな特徴があって、一つは発病してからでなくては感染しないこと。
二つは、感染してから発病するまでの期間が長いこと。
三つは、潜伏期間に、明確な兆候があらわれること。
そして四つが、発病してから死に至るまでが非常に早いこと。発病後は、早ければ一日、遅くても二日ほどで死に至るわ。
それらが判明した段階で国が取った方針が、感染の兆候が表れた者を、隔離し処分することだった……」
淡々とそう語るセレスの言葉に、俺は言葉を失った。
隔離……処分……つまりは、感染者が感染源になる前に殺してしまう、ということだ。
ミラちゃんのお父さんはその感染の兆候が表れたことで、連れて行かれ、そして……
「治療方法はない。一度発病すれば、周囲を巻き込んで死に至る。ならいっそ……ということね」
そこまで話して、セレスは口を閉ざしたのだった。
ついでに嵐などに襲われた時用として、各窓に雨戸を追加で設置していく。
風で枝や石などが飛んで来て、ガラスが割れでもしたら大変だからな。
一応、ガラスは強化ガラスにしてあるのでちょっとやそっとのことでは割れたりしないだろうが、念のためだ。
ちなみに強化ガラスは、ガラス三つを合成して出来るガラスの上位素材である。
耐久力が、強化ロープ同様、元の強度の五倍になるので、マッチョメンがドデカいハンマーで本気で殴りでもしない限り、割れたりはしない……と思う。
また、雨戸や扉などに使われている板材も、強化合板という上位素材にして使用している。
余談だが、屋根にこの強化合板を使わなかったのは、単純に屋根の面積が広いので、材料節約の為だ。
仮に、屋根まで全部強化合板にしてしまうと、この辺りの樹木が禿げ上がることになってしまうからな。それを避けてのことだ。
こうして、扉と窓の設置が終わった頃にはすっかりいい時間になっていたので、今日の作業はこれにて終了とし帰ることに。
しかし、基本、何でも一人で出来るとはいえ、屋敷の広さも相まってやはり一人で作業をするには限界を感じてしまうな……
俺がおよそ常人離れな事ばかりしているから一人作業が多くなってしまっている、という自業自得的なところは否めないが、それでも人に任せられるような雑務などはいくらでもあった。
例えば、掃除とかな……
一応、セレスもちょっとしたことは手伝ってはくれるが、一人では出来ることもそう多くないし、そもそもが、彼女は俺の手伝いで同行しているわけでもない。
こうなると、少しでも人手が欲しくなってくるところだが……さて、どうしたものか。
で、翌朝なのだが……
「スグミ、彼女は?」
「この子、お兄さんの知り合い?」
例によって例の如く。
街門前にてセレスが俺のことを待っていたのだが、俺がミラちゃんを連れて顔を出しら、朝のあいさつも無しに、いきなりそんな質問が飛んで来た。
で、隣にいたミラちゃんも、セレスを見て同様の質問をする。
なんだろ……
別に何か悪いことをしているわけではないのだ、両者からの視線が痛い……なんでだ?
「あぁ~……、セレス。この子は俺が世話になっている宿屋の娘さんで、名前はミラちゃんっていうんだ。
屋敷の掃除を手伝ってくれるって言うから、連れて来た」
まず初めに、セレスにミラちゃんをそう紹介する。
昨日、夕食時に屋敷の掃除で人手がいる、みたいな話をしたら、ミラちゃんが手伝いを申し出てくれたのだ。
丁度、人手が欲しいと思っていたところなので、ならばとお願いすることにしたわけだ。
まぁ、ミラちゃんとしては半分は屋敷を見てみたいという興味本位だとは思うが……
ずっごく興味ありそうに屋敷のことを聞いて来ていたからな。
それでも、伝手だってくれるというのなら、断る理由は特にない。
……お手伝い賃はきっちり取られたけどなっ!
「で、ミラちゃん。こちらが学術庁神秘学研究会学部長のセレス……なんだっけ?」
次いで、ミラちゃんにセレスを紹介しようとしたのだが……
「マクレーンよ。セレス・マクレーン」
「そうそう、セレス・マクレーン女史だ」
ずっと名前呼びだったこともあり、名字をすっかり忘れてしまっていた。
そんな俺に、セレスが呆れたように溜息を吐く。
「えっ!? 家名があるってことは……き、貴族様なんですかっ!」
そんな紹介に、ミラちゃんか目玉が飛び出しそうなくらい大きく目を見開いて驚いていた。
俺には馴染みがないが、平民が貴族と直に顔を合わせる事って滅多にないらしいからな。
そりゃ、ミラちゃんだって驚くというものだ。だが……
「いいえ。家名はあるけど、ウチは準男爵家だから。一応、家名の世襲は許されているけど、厳密には貴族ではなく平民階級よ。
とはいえ、実際のところは平民よりはいろいろと権利が認められているから、貴族と平民の真ん中、といったところかしら?」
と、そう説明する。
「そうだったのか……それは俺も知らなったよ。家名があるからてっきり貴族かと思ってた」
「よく間違われるわね。ウチはお爺様の研究が国に認められたことで叙勲して、それから準男爵として取り立ててもらったのよ」
と、そこまで話すと、セレスはずいっとミラちゃんの前に進み出て、右手を差し出した。
「今、紹介されたばかりだけど、セレス・マクレーンよ。王国政府機関の一つ、学術庁は一学部、神秘学研究会の学部長をしているわ。
スグミには、神秘学の研究の一環として同行しているの。よろしく」
「あっ、えっと……その、ミラ……です。中六区でお母さんと二人で宿屋をやっています……
今日はお兄さんのお手伝いで来ました……」
セレスの自己紹介に、ミラちゃんはそう返しつつ差し出された手を握り返した。
このままここで立ち話をしても他の通行人の邪魔だからと、とっとと移動することに。
で、だ。
「……何これ?」
「ホント、頭おかしくなりそうよね……
私も初めてこれに乗った時は、自分の目が信じられなくなったもの」
現場までの移動に、何時ものようにキャリッジホームを使ったわけだが……
初乗りのミラちゃんが、他の奴らが皆そうであったように、見かけと内部の広さの違いに理解が追い付かずその場で茫然としていた。
「何もない所から、突然おっきな馬車が出て来たのにも驚いたけど、中はもっと凄いことになっているんだね……」
キャリッジホームに乗ったばかりの時は、こんなことを言っていたミラちゃんだったが、走り始めて一〇分もしないうちにもう慣れたのか、今はセレスと並んでソファに座り、セレスお気に入りのバニラミルクシェイクを二人してちゅーちゅーしていた。
キャリッジホームが走り出した時は、あっちをウロウロこっちをウロウロしていたんだがな……
この子、適応力高くね?
にしても、だ。
セレスは政府案件の仕事、と言っていたが、実はこいつ、ここにコレを飲みに来ている感、あると思います。
で、今はというと……
「へぇ~、セっちゃん一三なんだ。私一四。私とあんまり変わらないのに、お城で働いてるなんてすごいね」
「おじいちゃんが先代の学部長をやってたから、その関係もあるんだけどね」
そんな感じで、二人仲良くおしゃべりに興じていた。歳が近いこともある所為か、アッいう間に仲良くなっていたな。
基本的には、コミュ力の高いミラちゃんがぐいぐいセレスに話し掛けている、といった感じか。
ただ、セレスの方もそれを疎んでいる、といった様子は特にないように見えた。
というのも、セレスが自覚しているかどうかは別として、セレスは俺やセリカと話している時はどこか言葉が硬いというか、無理をして背伸びをしているような感じで話していたのだが、ミラちゃんと話している時はそういった取り繕った感がまったく感じられなかったのだ。
年相応の、自然な感じというか……まぁ、そんな感じだ。
まぁ、セレスの場合、今までの環境が環境だからな……
大人社会に身を置いていたセレスにとって、周囲は全員年上ばかりであり、侮られないよう無意識に虚勢を張っていた、という可能性はあると思う。
そう考えると、歳の近い友人などいなかったのでないだろうか?
少なくとも、セレスの口から友達などの話題の話しは聞いたことはない。
研究や職員なんかの話題はよく話してくれるんだがな……
そんなこんなで、俺は特に二人の間に割って入る様なこともせず、何気ない世間話に耳を傾ける。
「……それで急にイヌっぽい人たちが部屋の中に入って来て、「静かにしろっ!」って言われたの。
最初は何が何だか分からなくて、お母さんと二人でビックリして固まっちゃった。
「大人しくしていれば危害は加えない」って言われたけど、あの時は怖かった~」
で、セレスがミラちゃんにワーウルフ達の衝撃事件の話題を振ったことで、話はその時ことに。
「あの人たちは銀狼族の中でも一番の穏健派だから、多分、本当に最初から危害を加えるつもりはなかったと思うわよ。本人達もそう話していたし」
「えっ!? セっちゃんあの人たちとお話ししたのっ!」
「ええ。銀狼族について知っている人が少ないから、一応参考人って形でね。
とは言っても、詳しいのはおじいちゃんで、私も銀狼族と直接話をしたのは今回が初めてなの。
被害にあったミラの前でこういうのはあれなんだけど、私としてはとてもいい体験になったわ」
「へぇ~、そうなんだ。セっちゃん凄いんだね!」
「べ、別に凄くはないわ……」
ミラちゃんのそんな手放しの勝算が恥ずかしいのか、セレスの頬が少し赤くなる。
「あっ! もしかして、セっちゃんが学者さんをしてるってことは、お父さんやお母さんなんかもお城で働いてる学者さんだったりするの?」
「……ううん。確かにお父さんもお母さんも学者だったけど、随分前に“灰死病”で死んじゃったから、今はもういないの」
「……そっか。それじゃあ私と同じだね。私もお父さんがあの病気に罹って連れて行かれちゃったから……」
「……そうなんだ」
「あっ、でも私はお母さんがいるから、セっちゃんより全然マシかな?」
「ううん。大切な人を失って、それが被害に遭った人数が少ないからマシなんて、そんなこと絶対にない。
一人でも二人でも、みんな同じくらい、辛くて、苦しくて、悲しいんだよ……」
「……そっか……そだね」
そうか……セリスから爺さんの話しはよく聞いていたが、両親の話しを聞かないと思ったら病気で亡くなっていたのか……
話題が暗くなり、急に二人のトーンが下がるのが、あからさまに見て取れた。
しかし、何か気になる単語が二つほど出て来たのだが、今、それを聞いていいものかどうか迷う。
が結局、今、聞かないと次に聞ける機会があるかどうか分からいとそう決断し、意を決して聞くことにした。
「なぁセレス。今聞いていいかどうか迷ったんだが、“灰死病”ってのは?」
俺がそう聞くと、セレスは暗くなっていた顔を上げ、何時ものキリリとした学者の顔へと戻って行った。
「別に構わないわ。
“灰死病”。今から一〇年くらい前に王都を襲った奇病よ。
発病すると、体の末端、手足から順に徐々に白く結晶化していって、最終的には結晶化した部分が灰の様に崩壊してしまう病気よ。
発病すれば必ず死に至る。そんな極めて致死性が高い病気で、その症状から“灰死病”と呼ばれるようになって行ったわ。
おじいちゃんが治療法を研究していたらしいんだけど、結局有効な方法がみつからなくて……」
そんなことがあったのか……
で、その病気でミラちゃんのお父さんとセレスの両親が亡くなった、と。
十年前に両親が亡くなったとなれば、セレスは当時三歳くらい。で、残された爺さんに育てられた、という感じか。
「それじゃあ、さっきミラちゃんが言っていた、連れて行かれた、ってのは?」
「…………」
俺がそう聞くと、セレスは一旦口籠り、視線をミラちゃんへと向けた。
話してもいいか? という確認だろう。
ミラちゃんにとっては、思い出したくもない辛い記憶かもしれないからな……
それでも、俺は聞くことを選んだ。俺はこの世界のことをまだ何も知らないのだ。
今、それを知ったからといって、何かの役に立つとは思っていない。
しかし、今後、知っていたから取れる対応というのもあるかもしれない。
まずは知るということ、それが大事だと俺は思う。
「…………」
そんなセレスに、ミラちゃんはコクンと首を縦に振る。
それを見て、セレスがゆっくりと口を開き始めた。
「……“灰死病”は、治療不可能な病だと言われているの。そして、人から人へと感染する病気でもあった」
セレスのその言葉を聞いて、真っ先に頭に浮かんだのが、黒死病のことだった。
1300年代中頃、ヨーロッパを中心に起きたペストのパンデミック……
「当時、この“灰死病”で王都の人口の三割近くもの人達が亡くなったと、そう資料には残されているわ」
治療法がなく、かつ、それが感染症ともなれば、そうなるのも当然といえた。
しかし……
「こう言っちゃ悪いが、よくその程度で済んだな。
治療法もないうえ感染症じゃ、最悪国が滅んでもおかしくなかったろうに……」
実際、感染症が切欠で国が滅んだ、という話しは少なくないのだ。
もしてや、医療技術が発達していないこの世界では尚更だ。
もしかしたら魔術的な、何か俺が想像もつかないような治療法があるかもしれないが、一般に広く利用されているようには思えない。
「まぁね。実は灰死病には四つ、大きな特徴があって、一つは発病してからでなくては感染しないこと。
二つは、感染してから発病するまでの期間が長いこと。
三つは、潜伏期間に、明確な兆候があらわれること。
そして四つが、発病してから死に至るまでが非常に早いこと。発病後は、早ければ一日、遅くても二日ほどで死に至るわ。
それらが判明した段階で国が取った方針が、感染の兆候が表れた者を、隔離し処分することだった……」
淡々とそう語るセレスの言葉に、俺は言葉を失った。
隔離……処分……つまりは、感染者が感染源になる前に殺してしまう、ということだ。
ミラちゃんのお父さんはその感染の兆候が表れたことで、連れて行かれ、そして……
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かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
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