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二三八話
しおりを挟む「えっと……それはどういう意味でしょうか?」
そんな突然の申し出に、イースさんが戸惑った様に俺を見る。
「さっきも話しましたけど、今、俺は屋敷を修繕していて、修繕が終わればそっちに移り住むつもりなんですよ」
「はい……それは先ほども伺いましたが……」
「で、その屋敷が結構デカくてですね。俺一人で管理するのはちょっと大変だなぁと、まぁ、そう思っていたわけですよ。掃除や食事の用意とか。
でも、俺は俺でやりたいことがあって、そちらに手を回している余裕もない。
そこで、自由騎士組合に信用が出来る家政婦というか、ハウスキーパーというか、とにかく、そういう屋敷を管理してくれそうな人を紹介してもらうかなって、そう考えていたんですよ」
「えっ、それってもしかして……」
そこまで話を聞いて、ミラちゃんがそう口にする。
「イースさん達が良ければ、俺の所で働きませんか? お給料は要相談、ということで」
俺があの屋敷で生活するのは、勿論、マキナバハムートの修理のためだ。
なので、マキナバハムートの修理が終わってしまえば、またこの宿に戻ってこればいいと考えていたのたが、店を畳んでしまうというならまた話は変わって来る。
現状では、マキナバハムートの修理にどれくらいの時間が掛かるか見当も付かないが、それでも二、三日で終わる様な楽な状態ではないのは一目瞭然であった。
少なく見積もっても、一ヶ月以上は掛かるだうろと踏んでいる。
勿論、俺のメインの目的は古代遺跡の調査なので、古代遺跡への入場が認められるようになれば、そちらを優先したい。
となれば、修理が片手間になってしまうため、更に時間が必要になることになる。
実際、マキナバハムートを造っていた時は、部品の製造から組み上げまでで一年以上を費やしていたからな。
まぁ、働きながらだったので、実際に作業をしていたのは土日と休日くらいだったのだが、状況としては似た様なものだろう。
なら、まずは修理期間、俺の所で働いてお金を稼ぎ、修理が終わったその時に、また身の振り方を考え直してもいいのではないか? というのが、俺が行き着いた結論だった。
稼いだ資金で宿屋を再開してもいいし、故郷に帰ってもいい。そこから先は彼女達の決断一つだ。
「……それは……それは、大変有難いお話しなのですが……今すぐお答えすることは……」
「分かってます。答えは屋敷の修繕が終わるまででいいですよ。
ミラちゃんとも相談して決めてください」
「え~っ! 私はすぐに受けちゃってもいいと思うけどなぁ~。
そりゃ、ここを離れるのは寂しいけど……まずは住む場所と先立つ物は絶対必要だしっ!」
と、悩むイースさんと真逆に、ミラちゃんの方はというと、既に俺の所に来ることを決断しているようだった。
しかも、理由が実にミラちゃんらしい現実的な意見である。
「そう簡単な話しじゃないの……」
そんなあっけらかんとしたミラちゃんに、イースさんが呆れた様にため息を吐いたのだった。
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
翌日からも、屋敷の修繕作業に精を出す。
最早、当たり前にの様に付いてくるセレスを引き連れて、今日は、第二王都予定地にの近くを流れている小川へと来ていた。
「さて、作業を始めるかね」
掛け声一つ。俺は早速準備に取り掛かる。といっても、クラフトボックスを適当な場所に置くだけだが。
「で? 川に来て、何をしようと言うの?」
「川底を浚うのさ」
「浚う?」
ここに来た目的は、川の底に堆積している砂を入手するためである。
砂から作れる物といえば? サンドボックス系クラフトゲームを少しでも齧ったことがある人にそう尋ねれば、ぱっと答えが返ってくるのではないだろうか?
そう、ガラスである。
砂からガラス。これはもう、基礎知識といっても過言ではないだろう。
つまり、ガラスの素材を調達しに来た、というわけだ。
屋根は昨日作ったが、窓と扉はまだだからな。今日はそこら辺を整備して回ろうと考えていた。
とまぁ、そんなことをセレスに話したら……
「ガラスですって?」
と、セレスが不信感丸出しの目で俺を見ていたので、目の前で実践することに。
まず、黒騎士にデカいシャベルを持たせて川底を浚い、掘った砂をクラフトボックスへと放り込む。
そして、クラフトボックスへとアクセスして制作一覧からガラスを選択。
ガラスの制作時間は三〇秒なので暫し待機。
で、クラフトボックス内のインベントリに、完成したガラスが追加されたので、完成したガラス第一号をクラフトボックスから取り出し、それをセレスへと差し出した。
サイズにして、縦横高さが各10センチメートルのガラスの塊だ。
今でこそ、こんな使い難い形状をしているが、実際に使う際は形状変化でいくらでも好きな形に加工出来るので問題ない。
もっといえば、クラフトボックス自体に、完成形の形状をデザインするシステムがあるので、初めから欲しい形が決まっているのなら、そちらでデザインしてから生成してもいい。
まぁ、今回は屋敷の窓のサイズや形状が、部屋ごとに異なっていたため使わなかったけどな。
いちいち、各種窓サイズに合わせて一つ一つデザインする方が手間である。
職人としての拘りなのか、それとも建設を指示した貴族の趣味なのか……
一つ一つ丁寧に凝った作りをしているのは認めるが、もう少し作業効率的なものも考えて欲しかったところだ。
なので、今回は素材だけ用意して現場で調整する方法を採用することにした。
で。
矯めつ眇めつ。入念にガラスキューブを見回していたセレスだったのだが……
「何? これ?」
と、ぽつりとそう呟いた。
「何って……ガラスだが?」
「ガラス? これが? 透明すぎじゃない?」
「そうか? こういうもんだろ? ガラスって?」
俺が何の気も無しにそう答えると、セレスの目が、あの死んだ魚のそれへと変わって行った。
セレス曰く、普通、こんな透明なガラスは存在しないのだという。
この世界において、というかこの国において、ガラスは貴重品ではあるが、庶民が手を出せない程の高級品、というほどではなかった。
実際、イースさんの宿でも、窓にはガラスを使っているからな。
ただ。
基本的に、一般流通しているガラスは色付きであったり、色のないものでも白く濁っているのが普通だった。
磨りガラス程ではないが、反対側にあるものの輪郭がはっきりしないくらい透明度は低い。
それが、まるっと向こう側が透けて見えるような透明度の高いガラスなど、王宮ですら使われていないのだと、セレスが教えてくれた。
まぁ、確かにガラス自体は砂と高温の炉があれば、割と簡単に作ることは出来る。
砂を溶かして固めるだけでいいからな。
ただ、透明度が高いガラスを作るとなると、話は一気に難しくなる。
ガラスの主原料は、珪砂、ソーダ灰、石灰石だ。
砂を材料にするのは、この珪砂が砂の中に含まれているからである。
しかし、砂の中には珪砂以外にも多くの物質が含まれており、砂を使ってガラスを作った場合、これら珪砂以外の不純物が色という形となって、出来上がったガラスに現れることになる。
つまり、透明度の高いガラスを作るには、混じり物のない純度の高い珪砂が必要になる、ということだ。
おそらく、ノールデン王国ではこの純度の高い珪砂を手に入れることが出来ない環境にある、ということなのだろう。
だから、透明なガラスが作れない、と。
だが、俺の場合はクラフトボックス大先生がいるので、砂さえあればその構成物質などお構いなしに、透明なガラスを量産することが出来た。
「ねぇ? 一つ試してみたいことがあるのだけれどいいかしら?」
不意に、セレスがそんなことを聞いて来たので、「いいぞ?」と深くは考えずに許可を出す。と……
「……ていっ!」
何を思ったのか、突然セレスが手にしていたガラスキューブを地面へと叩きつけるという暴挙に出たのだった。
ガラスキューブは、ここが川沿いということもあり、足元にあった大きめの石にゴンっと鈍い音を立ててぶつかると、数回小さく跳ねてそのままゴロリと転がった。
「ちょっ! 何してんだよっ!」
「……ガラスなら割れるかなって」
「そんな物騒な確認方法があるかっ! 危ないだろうがっ!」
俺はセレスが叩きつけたガラスキューブを拾い上げ、声を荒げて注意する。
ガラスキューブの状態を確認すると、多少、隅が欠けてはいたが、ガラスキューブ本体はほぼ無傷だった。
ガラスというと、ちょっとした衝撃で簡単に割れる程脆い、という印象があるが、実は案外硬いのだ。
ガラスの瓶でも、割るとなるとかなりの衝撃が必要だからな……
それが塊となれば、十代半ばの女の子の力で割るには、中々に難しいだろう。
「割れなかったから、ガラスじゃないわね」
「んなわけあるか……」
何故か、勝ち誇った様にセレスがそう言った。
単純に、セレスが非力だったこと、そして、形状的にガラスの強度が高かっただけである。
「割れずに済んだからいものの、もし運悪く割れてたらどうするつもりだったんだ?」
ここは大人として、ちょっと厳しめに注意しておく。
「うっ、わ、悪かったとは思っているわよ。貴重なガラスを割ろうとしたのはやり過ぎだったと思うけど、こんな透明な物がガラスだなんて信じられなかったから……
で、でもそんなに怒ることないじゃない……
ど、どうせスグミならいくらでも作れるでしょ?」
と、一応の反省を示すセレスだが、どうにも思い違いをしているらしい。
「そうじゃない。
このガラスが割れようが砕けようが、そんなのはどうでもいいんだよ。こんなもの、セレスの言う通りいくらでも作れるんだから。
俺が注意しているは、ガラスが割れて、もしセレスが怪我をしたらどうするんだ? って言っているんだ」
「あっ……」
俺の真意が伝わったのか、セレスが何処かシュンと大人しくなった。
「その、ごめんなさい……」
「分かればよろしい。次からは危なくない方法で確認してくれ」
「善処はするけど、確約出来ないわね。私、自分の目で確認しないと気が済まない性質だからっ!」
泣いたカラスが何とやら。
しょげていたように見えていたのも束の間。途端、何時ものように、よく分からない自身に満ちたセレスとへ戻ってしまった。
だからって、ガラスを割って確認しようとするのはどうかと思うぞ?
にしても、それ、絶対善処しない奴の言い分だろ……
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