最弱で最強な人形使いの異世界譚

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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二九八話

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「……ねぇ? それは何をしているところなのかしら?」

 百貫百足の一部をバラし、節を分けて足を抜き、その節を開いて内部をイジイジしていたら、いつの間に背後にいたのか、セレスが肩越しに手元を覗き込みながらそんなことを聞いて来た。

「あー、今はジンバル機構を組付けてるところだな……」

 丁度、手が離させない作業をしていたところなので、振り返らずに声だけで答える。
 ちなみに、今の俺は汚れてもいいよう、自動車の整備員ヨロシクのツナギスタイルである。

「じんばる機構? 
 機構、というからには何かの仕組み……装置なのよね?」
「簡単に言えば、水平を保持するための仕組み、だな。
 外からどれだけ傾けでも、中心部分は必ず水平を保つ装置……って言ったら分かるか?」
 
 当然だがこの百貫百足は動き回る。となれば、体全体が傾くこともあれば、最悪ひっくり返ることだってあるわけだ。
 そんな状況で、そのまま内部に居住空間を作ってしまうと、その動きがダイレクトに伝わって中が大惨事になる。
 例えるなら、船が嵐に遭うと船内が激しく揺れる、というような感じだ。もしくはジェットコースターか。
 右へ左へ、上へ下へ、そして時には一回転。
 これがそのまま居住空間に反映されたらどうなるかなど、考えるまでもない。

 そこで必要になるのが、このジンバル機構だ。
 ジンバル機構は、そうした外部の傾きを無視して中心部を常に水平を保つ仕組みである。
 主に航空機のジャイロ機構や、カメラの手ブレ補正、そして古くは航海に使われた羅針盤に採用されている仕組みだ。

「勿論。水平保持器のことよね? 一般的には、手持ち用ランプの油がこぼれないようしている仕組みとして使われているわ」

 と、セレスが話す辺り、似た様な仕組みはこちらにもあるようだった。
 まぁ、だからって別に驚きはしないけどな。
 江戸時代にも、龕灯がんどう、というジンバル機構を組み込んだ携行照明器具が作られている。
 更にいえば、ジンバル自体が発明されたのはそれよりずっと古い、紀元前二〇〇年頃だといわれているのだ。
 そのことを考えれば、似た様な物がこの世界にあっても、何も不思議なことではない。

「……にして、構造が複雑過ぎるような気がするのだけど?」

 そう言って、セレスが俺の手元を見ようと、強引に横から頭を突っ込んで来た。
 にゅっと飛び出したセレスの後頭部が、俺の視界を見事に塞ぐ。
 邪魔いなぁ……

「今回は自由度3、三軸のジンバル軸を使ってるから、結構複雑になるんだよ」
 
 ジンバル軸が一つなら、自由度は1、二つなら2、三つなら3、となる。
 ちなみにだが、先に例に出した龕灯がんどうは二軸、自由度2のジンバル機構が組み込まれている。
 羅針盤も、二軸自由度2である。
 そして、この自由度3は最も安定率が高いとされている構造だ。
 とはいえ、自由度が高過ぎると進行方向と体の向きが合わない、ということも起こり得るため、そこはある程度の制限を設ける必要はあるがな。

 例えば、方位磁石の様に常に北を正面とした場合、南に移動する時は背後に向かって前進してしまうことになる。
 流石にこれでは気持ちが悪いので、基本的にジンバルを利かせるのは上下角と左右の傾きのみ、つまり自由度を2にしつつ、左右の旋回については進行方向と内部を連動させ、一定以上の負荷がかかった場合のみ、自由度3、全方向へのジンバルを有効にする、というような処置が必要だ、ということだ。
 更に付け加えるなら、全方向へのジンバルが有効になった後でも、自然に内部と外部の正面が一致するようなシステムも組み込みたいと考えていた。

 三軸、自由度3のジンバルはただでさえ複雑になり、また装置自体が他に比べて大型化してしまう、というデメリットがあったが、今回はそこに更に余計なシステムを組み込むことでより複雑になってしまうのだが……
 こればかりは必要経費だと諦めるしかないだろう。

 厄介といえば、今回は組み込むスペースが決められているので、その中ですべてを収めないといけない、という点もそうだろう。
 機構が大きくなるのに対して、組み込むスペースに限りがある以上、どうしても居住空間を犠牲にするのは仕方ない。

 とはいえ、必要最低限の生活スペースを確保出来なければ、本末転倒である。

 なので、そこは節をいくつか抜き、それぞれを内部で行き来出来るようにする、という構造にすることで居住空間を確保する、という方法を採用することにした。

 まぁ、その分、構造がめっさ難しくなり、作業が倍々算で増加することになってしまい、作るのが大変なことになってしまうのだが……こればかりは致し方なしか。

 なんてことを、いい加減邪魔になって来たセレスを退かしつつ説明し作業をする。
 てか、気になるからって、作業している本人を押し退けてまで覗き込むのは止めなさい……
 しかしこいつ。退かしてもすぐに戻って来るんだよなぁ……
 マジで邪魔い。

 なんて感じで、セレスに邪魔されつつコツコツ改造を突けていると……

 ガンガン ガンガン

 と、誰が乱暴にドアを叩く音が工房内に響いて来たのだった。
 この乱暴な感じの叩き方は……
 その時点で、何となくだが誰が来たのか察しがついたがな。 

「ヤッホー、スグミくん♪」

 そう言って入って来たのは、思った通りマレアだった。
 俺は作業で手が離させなかったので、振り返って実際に顔を見たわけではないが、声だけでも十分それと分かる。
 また、そんな状態なので、出迎えはセレスに頼んでいた。

 工房の扉は外側からは俺しか開けられないようになっているが、内側からなら誰でも開けられる仕様になっているからな。

「マレアがここに来たってことは、例の件で返事があった、ってことでいいのか?」

 俺は作業を続けたまま、振り返ることなくマレアにそう問いかける。

「そそ。オッケーだって。第七号遺跡だったらすぐに許可を出してもいいってさ」

 実は、ベルヘモスのお披露目式典までの間に結構な時間があるため、マレア経由で近場の古代遺跡の調査の申請を行っていたのだ。
 空き時間を無駄にしたくなかったからな。
 
 本来、古代遺跡への進入、調査を行うには、資格や手続き等、色々と申請しないといけないらしいのだが、そこは向こうさんに便宜・・を図って頂いたという次第だ。
 今までの貸の清算といった感じだな。

 ちなみに、セレスにも事前にこのことは相談していたので当然知っている。

「セレス、七号遺跡って?」

 許可は出たようだが、その肝心の七号遺跡というのが何か分からないので、その筋の専門家にご意見を求めることにした。

「第七号遺跡。今から二〇年くらい前に、国内で七番目に発見された遺跡のことよ。
 王都から最も近い遺跡ではあるのだけど、ただ……」
「ただ?」

 ふいに言い淀むセレスに先を促す。

「えっと、何と言えばいいのか……ちょっと、調査するのが難しい遺跡なのよ。そこ」
「……というと?」
「遺跡内部の一部が崩落していて、先に進めなくなっているの」

 どういうことかと詳しく尋ねると、実は七号遺跡は入って近い部分、それも奥へと繋がっている重要な通路が崩落してしまっていて、そこから先に進むことが出来なくなってしまっているというのだ。

「なんだそりゃ……それじゃ調べようがないじゃないか……」

 遺跡に俺が知りたい事が必ずある、とは言い切れないが、それでもわざわざ迷宮のようなものを作っているということは、その一番奥には遺跡を造った古代人達が残した何かがあると思って然るべきだろう。
 何の目的も無く、そんな大規模なものを造ったりはしないだろうからな。まさか古代のアトラクションの一つ、なんてことはないだろうし。

 なんにしても、それが俺にとって有用かそうでないかは、調べてみなければ分からないことだ。
 が、そもそもその奥へ進めない、というのであれば本末転倒もいいところである。

「だから補足として、遺跡を大きく傷つけないなら、多少の破損は容認する、ってさ」
 
 と、俺が思い悩んでいるところで、マレアがそう付け加えた。
 それはつまり、だ。

「それは俺が個人で瓦礫を撤去して中に入る分には好きにしてどーぞ、ってことか?」
「そういうことじゃない? 明言はしてないけどさ」
「……要はこの際、王国側としてはスグミに遺跡への進入を許可する体で、未開拓だった遺跡の調査も一緒にしてしまおう、って狙いじゃないかしら?」
「だろうね。スグミくんが頑張ってくれれば、上手くすれば自分達は人手も費用も危険も背負わずに、生きている遺跡を一つゲット♪ って可能性もあるわけだし」

 と、セレスとマレアがそれぞれの感想を口にした。

 この国おいて、というかこの世界において、古代遺跡……正確には古代迷宮のことなのだが……とは、単純に、古代の遺跡、という意味だけには留まらない。
 そこに発生するガードナーという謎のゴーレムから採取される魔石が、ある種の資源鉱物となっていた。
 その為、古代遺跡を、鉱脈、なんて表現することもあるらしい。

 つまるところ、遺跡とは資源でもある、ということだった。

 マレアが口にした、生きている遺跡、とは、つまりガードナーが出現する遺跡である、ということを意味していた。
 しかし……だ。

「そういう言い方をするってことは、その七号遺跡は、枯れている、ってことなのか?」

 ガードナーが出る、生きている遺跡、とは反対に、ガードナーが出現しない、つまり資源が回収出来ない遺跡は俗に、枯れている遺跡、と呼ばれている。

「そうね。第七号遺跡は、枯れている遺跡、だと言われているわ」

 で、それに答えたのはセレスの方だった。
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