297 / 353
二九八話
しおりを挟む「……ねぇ? それは何をしているところなのかしら?」
百貫百足の一部をバラし、節を分けて足を抜き、その節を開いて内部をイジイジしていたら、いつの間に背後にいたのか、セレスが肩越しに手元を覗き込みながらそんなことを聞いて来た。
「あー、今はジンバル機構を組付けてるところだな……」
丁度、手が離させない作業をしていたところなので、振り返らずに声だけで答える。
ちなみに、今の俺は汚れてもいいよう、自動車の整備員ヨロシクのツナギスタイルである。
「じんばる機構?
機構、というからには何かの仕組み……装置なのよね?」
「簡単に言えば、水平を保持するための仕組み、だな。
外からどれだけ傾けでも、中心部分は必ず水平を保つ装置……って言ったら分かるか?」
当然だがこの百貫百足は動き回る。となれば、体全体が傾くこともあれば、最悪ひっくり返ることだってあるわけだ。
そんな状況で、そのまま内部に居住空間を作ってしまうと、その動きがダイレクトに伝わって中が大惨事になる。
例えるなら、船が嵐に遭うと船内が激しく揺れる、というような感じだ。もしくはジェットコースターか。
右へ左へ、上へ下へ、そして時には一回転。
これがそのまま居住空間に反映されたらどうなるかなど、考えるまでもない。
そこで必要になるのが、このジンバル機構だ。
ジンバル機構は、そうした外部の傾きを無視して中心部を常に水平を保つ仕組みである。
主に航空機のジャイロ機構や、カメラの手ブレ補正、そして古くは航海に使われた羅針盤に採用されている仕組みだ。
「勿論。水平保持器のことよね? 一般的には、手持ち用ランプの油がこぼれないようしている仕組みとして使われているわ」
と、セレスが話す辺り、似た様な仕組みはこちらにもあるようだった。
まぁ、だからって別に驚きはしないけどな。
江戸時代にも、龕灯、というジンバル機構を組み込んだ携行照明器具が作られている。
更にいえば、ジンバル自体が発明されたのはそれよりずっと古い、紀元前二〇〇年頃だといわれているのだ。
そのことを考えれば、似た様な物がこの世界にあっても、何も不思議なことではない。
「……にして、構造が複雑過ぎるような気がするのだけど?」
そう言って、セレスが俺の手元を見ようと、強引に横から頭を突っ込んで来た。
にゅっと飛び出したセレスの後頭部が、俺の視界を見事に塞ぐ。
邪魔いなぁ……
「今回は自由度3、三軸のジンバル軸を使ってるから、結構複雑になるんだよ」
ジンバル軸が一つなら、自由度は1、二つなら2、三つなら3、となる。
ちなみにだが、先に例に出した龕灯は二軸、自由度2のジンバル機構が組み込まれている。
羅針盤も、二軸自由度2である。
そして、この自由度3は最も安定率が高いとされている構造だ。
とはいえ、自由度が高過ぎると進行方向と体の向きが合わない、ということも起こり得るため、そこはある程度の制限を設ける必要はあるがな。
例えば、方位磁石の様に常に北を正面とした場合、南に移動する時は背後に向かって前進してしまうことになる。
流石にこれでは気持ちが悪いので、基本的にジンバルを利かせるのは上下角と左右の傾きのみ、つまり自由度を2にしつつ、左右の旋回については進行方向と内部を連動させ、一定以上の負荷がかかった場合のみ、自由度3、全方向へのジンバルを有効にする、というような処置が必要だ、ということだ。
更に付け加えるなら、全方向へのジンバルが有効になった後でも、自然に内部と外部の正面が一致するようなシステムも組み込みたいと考えていた。
三軸、自由度3のジンバルはただでさえ複雑になり、また装置自体が他に比べて大型化してしまう、というデメリットがあったが、今回はそこに更に余計なシステムを組み込むことでより複雑になってしまうのだが……
こればかりは必要経費だと諦めるしかないだろう。
厄介といえば、今回は組み込むスペースが決められているので、その中ですべてを収めないといけない、という点もそうだろう。
機構が大きくなるのに対して、組み込むスペースに限りがある以上、どうしても居住空間を犠牲にするのは仕方ない。
とはいえ、必要最低限の生活スペースを確保出来なければ、本末転倒である。
なので、そこは節をいくつか抜き、それぞれを内部で行き来出来るようにする、という構造にすることで居住空間を確保する、という方法を採用することにした。
まぁ、その分、構造がめっさ難しくなり、作業が倍々算で増加することになってしまい、作るのが大変なことになってしまうのだが……こればかりは致し方なしか。
なんてことを、いい加減邪魔になって来たセレスを退かしつつ説明し作業をする。
てか、気になるからって、作業している本人を押し退けてまで覗き込むのは止めなさい……
しかしこいつ。退かしてもすぐに戻って来るんだよなぁ……
マジで邪魔い。
なんて感じで、セレスに邪魔されつつコツコツ改造を突けていると……
ガンガン ガンガン
と、誰が乱暴にドアを叩く音が工房内に響いて来たのだった。
この乱暴な感じの叩き方は……
その時点で、何となくだが誰が来たのか察しがついたがな。
「ヤッホー、スグミくん♪」
そう言って入って来たのは、思った通りマレアだった。
俺は作業で手が離させなかったので、振り返って実際に顔を見たわけではないが、声だけでも十分それと分かる。
また、そんな状態なので、出迎えはセレスに頼んでいた。
工房の扉は外側からは俺しか開けられないようになっているが、内側からなら誰でも開けられる仕様になっているからな。
「マレアがここに来たってことは、例の件で返事があった、ってことでいいのか?」
俺は作業を続けたまま、振り返ることなくマレアにそう問いかける。
「そそ。オッケーだって。第七号遺跡だったらすぐに許可を出してもいいってさ」
実は、ベルヘモスのお披露目式典までの間に結構な時間があるため、マレア経由で近場の古代遺跡の調査の申請を行っていたのだ。
空き時間を無駄にしたくなかったからな。
本来、古代遺跡への進入、調査を行うには、資格や手続き等、色々と申請しないといけないらしいのだが、そこは向こうさんに便宜を図って頂いたという次第だ。
今までの貸の清算といった感じだな。
ちなみに、セレスにも事前にこのことは相談していたので当然知っている。
「セレス、七号遺跡って?」
許可は出たようだが、その肝心の七号遺跡というのが何か分からないので、その筋の専門家にご意見を求めることにした。
「第七号遺跡。今から二〇年くらい前に、国内で七番目に発見された遺跡のことよ。
王都から最も近い遺跡ではあるのだけど、ただ……」
「ただ?」
ふいに言い淀むセレスに先を促す。
「えっと、何と言えばいいのか……ちょっと、調査するのが難しい遺跡なのよ。そこ」
「……というと?」
「遺跡内部の一部が崩落していて、先に進めなくなっているの」
どういうことかと詳しく尋ねると、実は七号遺跡は入って近い部分、それも奥へと繋がっている重要な通路が崩落してしまっていて、そこから先に進むことが出来なくなってしまっているというのだ。
「なんだそりゃ……それじゃ調べようがないじゃないか……」
遺跡に俺が知りたい事が必ずある、とは言い切れないが、それでもわざわざ迷宮のようなものを作っているということは、その一番奥には遺跡を造った古代人達が残した何かがあると思って然るべきだろう。
何の目的も無く、そんな大規模なものを造ったりはしないだろうからな。まさか古代のアトラクションの一つ、なんてことはないだろうし。
なんにしても、それが俺にとって有用かそうでないかは、調べてみなければ分からないことだ。
が、そもそもその奥へ進めない、というのであれば本末転倒もいいところである。
「だから補足として、遺跡を大きく傷つけないなら、多少の破損は容認する、ってさ」
と、俺が思い悩んでいるところで、マレアがそう付け加えた。
それはつまり、だ。
「それは俺が個人で瓦礫を撤去して中に入る分には好きにしてどーぞ、ってことか?」
「そういうことじゃない? 明言はしてないけどさ」
「……要はこの際、王国側としてはスグミに遺跡への進入を許可する体で、未開拓だった遺跡の調査も一緒にしてしまおう、って狙いじゃないかしら?」
「だろうね。スグミくんが頑張ってくれれば、上手くすれば自分達は人手も費用も危険も背負わずに、生きている遺跡を一つゲット♪ って可能性もあるわけだし」
と、セレスとマレアがそれぞれの感想を口にした。
この国おいて、というかこの世界において、古代遺跡……正確には古代迷宮のことなのだが……とは、単純に、古代の遺跡、という意味だけには留まらない。
そこに発生するガードナーという謎のゴーレムから採取される魔石が、ある種の資源鉱物となっていた。
その為、古代遺跡を、鉱脈、なんて表現することもあるらしい。
つまるところ、遺跡とは資源でもある、ということだった。
マレアが口にした、生きている遺跡、とは、つまりガードナーが出現する遺跡である、ということを意味していた。
しかし……だ。
「そういう言い方をするってことは、その七号遺跡は、枯れている、ってことなのか?」
ガードナーが出る、生きている遺跡、とは反対に、ガードナーが出現しない、つまり資源が回収出来ない遺跡は俗に、枯れている遺跡、と呼ばれている。
「そうね。第七号遺跡は、枯れている遺跡、だと言われているわ」
で、それに答えたのはセレスの方だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
異世界転移魔方陣をネットオークションで買って行ってみたら、日本に帰れなくなった件。
蛇崩 通
ファンタジー
ネットオークションに、異世界転移魔方陣が出品されていた。
三千円で。
二枚入り。
手製のガイドブック『異世界の歩き方』付き。
ガイドブックには、異世界会話集も収録。
出品商品の説明文には、「魔力が充分にあれば、異世界に行けます」とあった。
おもしろそうなので、買ってみた。
使ってみた。
帰れなくなった。日本に。
魔力切れのようだ。
しかたがないので、異世界で魔法の勉強をすることにした。
それなのに……
気がついたら、魔王軍と戦うことに。
はたして、日本に無事戻れるのか?
<第1章の主な内容>
王立魔法学園南校で授業を受けていたら、クラスまるごと徴兵されてしまった。
魔王軍が、王都まで迫ったからだ。
同じクラスは、女生徒ばかり。
毒薔薇姫、毒蛇姫、サソリ姫など、毒はあるけど魔法はからっきしの美少女ばかり。
ベテラン騎士も兵士たちも、あっという間にアース・ドラゴンに喰われてしまった。
しかたがない。ぼくが戦うか。
<第2章の主な内容>
救援要請が来た。南城壁を守る氷姫から。彼女は、王立魔法学園北校が誇る三大魔法剣姫の一人。氷結魔法剣を持つ魔法姫騎士だ。
さっそく救援に行くと、氷姫たち守備隊は、アース・ドラゴンの大軍に包囲され、絶体絶命の窮地だった。
どう救出する?
<第3章の主な内容>
南城壁第十六砦の屋上では、三大魔法剣姫が、そろい踏みをしていた。氷結魔法剣の使い手、氷姫。火炎魔法剣の炎姫。それに、雷鳴魔法剣の雷姫だ。
そこへ、魔王の娘にして、王都侵攻魔王軍の総司令官、炎龍王女がやって来た。三名の女魔族を率いて。交渉のためだ。だが、炎龍王女の要求内容は、常軌を逸していた。
交渉は、すぐに決裂。三大魔法剣姫と魔王の娘との激しいバトルが勃発する。
驚異的な再生能力を誇る女魔族たちに、三大魔法剣姫は苦戦するが……
<第4章の主な内容>
リリーシア王女が、魔王軍に拉致された。
明日の夜明けまでに王女を奪還しなければ、王都平民区の十万人の命が失われる。
なぜなら、兵力の減少に苦しむ王国騎士団は、王都外壁の放棄と、内壁への撤退を主張していた。それを拒否し、外壁での徹底抗戦を主張していたのが、臨時副司令官のリリーシア王女だったからだ。
三大魔法剣姫とトッキロたちは、王女を救出するため、深夜、魔王軍の野営陣地に侵入するが……
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる