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三四三話
しおりを挟むSIDE バレーノ
バレーノは、スグミと別れた足で、とある場所へとやって来ていた。
コンコン コンコン
そして、目の前の扉を数度ノックする。
「…………」
が、暫し待てど、中からの返答はなし。
ここはバレーノの知人である研究者の研究室兼自室前。
バレーノは、この部屋の主と少し話しをしようと思い、こうして尋ねて来たわけだが……
(でしょうね……)
バレーノは、そう心の中で軽くため息一つ。
これも、いつものことといえばいつものことだった。
そもそも、今まで彼女が一度目のノックで姿を現したことは、一度たりともありはしないのだから。
留守、という可能性はない。
何故なら、この部屋の主はとある理由から極度の出不精であることを、バレーノは知っているからだ。
それを踏まえれば、自室であるこの部屋以外にいるとは考えられなかった。
余談だが、そんな人物が、古巣の研究室を出てまで、スグミの屋敷へと来ていることを思うと、ベルヘモスという存在が、如何に研究者界隈から注目を集めているかがよく分かるというものだ。
なので、再度ノックする。
今度は少し強めに、だ。
コンコンっ コンコンっ と……
ガチャ……
「もぉ、うるさいわね……こっちはさっき寝たばっかりだってのに……一体、誰よ?」
ようやくのお出ましである。
そう言って、扉の向こうから姿を現したのは一人の若い女性だった。
歳の頃はスグミやバレーノと同じ、二五前後といった感じか。
背丈は女性にしてはやや高め。
今は猫背となっているため少し低く見えるが、背筋を伸ばして立てばバレーノより少し低いくらいにはなるだろう。
ぱっと見はかなりの美人……なのだろうが、それもちゃんと身なりを整えていれば、の話しである。
栗色の長い髪はボサボサに乱れ、化粧っ気のないスッピンの肌はやや荒れており、わずかに存在するソバカスが目立って見えた。
そして、終いには目の下には立派なクマまで出来ている。
おまけに、寝起きの所為か目つきも悪い。
しかも、着ている白衣はシワだらけのヨレヨレの挙句、所々に得体の知れないシミが無数に付着している始末。
おおよそ、世の女性の多くが、見られたくないであろう姿を総まとめにしたような、そんな格好であった。
これでは折角の原石が台無しもいいところだ。
「また徹夜かい、ヴィヴィオ?
研究熱心なのも結構だが、キミはまず健康的な生活を送ることを心掛けてみてはどうだろうか?」
と、バレーノは尋ね人へとそう声を掛けた。
この女性、ヴィヴィオ・クローバーもまた、バレーノ同様、今回のベルヘモスの研究調査に参加した学者の一人であった。
所属は学術庁の魔術医薬学研究局、そしてこの若さで新魔術薬研究開発の主任である。
ヴィヴィオ自身、主に魔獣由来の素材を薬として使えないかの研究を行ってこともあり、今回の研究に参加していた。
そしてまた、バレーノにベルヘモスの血の成分検査を頼んだ張本人でもあった。
ちなみに、バレーノとヴィヴィオは学年と学部は違うが、同じ学習院に在籍しており、その頃からの顔なじみでもある。
「ん? って、バレーノじゃない……」
ヴィヴィオが訪ねて来たのが誰かを確認すると、眠たげな様子で無造作に頭をボリボリと掻きだした。
その折に、細かい何かが舞って見えたが、バレーノは気にしないことにする。
これもまた、彼女にとってはいつものことであった。
「ふぁ~……あんたがここに居るってことは……もしかして、もう検査が終わったの?」
「まさか。今しがた採取が終わり、検査はこれからですよ」
「は? ならなんで来たのよ? 私も忙しいんだから、用があるにしても、検査結果が出てからにしてほしいんだけど?」
人にものを頼んでおいてこの態度である。
普通の人なら腹の一つも立つところだが、バレーノにとっては昔からのこと。
慣れたものだと、バレーノは気にすることもなく話しを続けた。
「私はそれでもよかったのですが、貴女にとっては有意義……かもしれない情報を入手したのですが……
お邪魔なようなら私はこれにて……」
「ちょっと待ちなさい」
バレーノが意趣返しとばかりに、自らヴィヴィオが食いつきそうな話題を振っておいて踵を返……そうとしたところでヴィヴィオから透かさず待ったがかかる。
流石に、自分に関わる話しとあり、ヴィヴィオも無視出来なくなったようだ。
「私がそういう持って回ったような言い方が嫌いなの知ってるわよね?
無駄話しにこれ以上無駄な時間を使いたくないから、要件だけさっさと言ってくれない?」
「それでは……“ドラゴン”と“血咳症の治療薬”について、御興味はありませんか?」
「……入って。詳しく聞かせなさい」
「では、失礼して」
バレーノからその話しを聞くや、ヴィヴィオは扉を大きく開きバレーノを自室兼研究室へと招き入れた。
バレーノがヴィヴィオの部屋に入るなりまず感じたのは、何とも表現しずらい臭気が鼻に付くことだった。
薬品や獣から発せられる独特な臭い、それらが混ざり合い渾然一体となったような……
まぁ、有体にいえば臭かった。それも鼻で呼吸出来ないくらいのレベルでだ。
なので、バレーノは咄嗟に鼻呼吸から口呼吸へと切り替える。
これはおよそ、女性の部屋の匂いではないし、していい臭いでもない。
正直、アパートなどでこの臭いを出していたら、確実にご近所トラブルになること請け合いである。
しかし、更にバレーノが信じられないのは、この環境でヴィヴィオが平然と生活をしていられる、という事実であった。
最早、ヴィヴィオの神経を疑う……というか、五感が正常に機能しているかすら疑わしい、とバレーノは感じていた。
と、このような問題を抱えているヴィヴィオの自室兼研究室だが、実のところ現在までに苦情の類が出たことは一度もなかった。
というのも、この部屋がある場所が少々特殊な所にあるのがその理由だ。
ヴィヴィオの自室兼研究室は、他の研究員同様、スグミ達が生活している本棟西側にある別棟、通称・西棟と呼ばれる場所にあるのだが、他の研究員と違いその部屋は地下にあった。
本来、ここは地下倉庫として設計されていたようなのだが、部屋割りの際に、ヴィヴィオが自室以外にも研究室が欲しい、という要望を出したことにより、この部屋が充てられることとなったのだ。
ちなみに、倉庫予定地ということもあり、部屋の広さは従来の個室の二、三倍ほどには広い。
これだけを聞くと好立地のようにも思えるが、地下という環境上、窓がないため日も入らなければ風も入らず、おまけに湿度が高くジメジメしているということもあり、競業する者もなかった為に、すんなりとここがヴィヴィオの部屋として決まったのである。
また、部屋が地下にあるため臭気が外部に拡散することもなく、まさかの被害ゼロという奇跡を実現していた。
一応、換気用に外部へとつながる通気口があるにはあるが、その通気口も屋敷の裏手側にある為、被害を受ける対象がいないことも幸いしていた。
「で?」
二人して部屋に入ったところで、ヴィヴィオが言葉少なに早速話の先を促す。
余談ではあるが、ヴィヴィオの自室兼研究室に、客人をもてなすような備品は椅子一つとして存在していないので、両者共に立ち話スタイルである。
「では、単刀直入に。
まず、ベルヘモスが我々が“ドラゴン”と呼称している存在である可能性が非常に高いと思えること。
そして、そのベルヘモスの血……敢えて“ドラゴンの血”と呼称しますが、それから“血咳症の治療薬”が作れる可能性がある、という二点ですね」
「……情報の出所は?」
「スグミ様ですよ。スグミ様が、ベルヘモスの血を見て“ドラゴンの血”だと仰っていました」
「“血咳症の治療薬”については?」
「同じくスグミ様です」
「現物は?」
「私は見てはいませんが、以前、どなたかに処方されたようなことを仰っていたので、もしかしたら今も所持しているかもしれませんね。
もしくは、頼めば精製してくれるやもしれませんが」
「他には?」
「以上です」
「それだけ?」
「はい。それだけ、です」
「確証は?」
「なにもありません。私はスグミ様から話しを聞いただけですので」
「話しを聞いただけって……たったそれだけ今の話しを私に信じろと?」
「初めに言いましたよね? “貴女にとって有意義かもしれない情報”だと。
その話しの真偽を確かめるのは、私ではなく魔術薬の専門であるヴィヴィオ、貴女の務めなのではないですか?
正直、専門外の私としては、この話しが真実でも与太話でもどちらでもいいですからね」
「それは……あっ……うぅ……」
バレーノにそう返された途端、ヴィヴィオが言葉を詰まらせる。
確かに、バレーノの言っていることはその通りであった。
この件に関しては、魔道具の研究開発が専門のバレーノより、魔術薬の研究を専門にしているヴィヴィオの方が適任である。
というか、むしろヴィヴィオがしなくてはいけないことであった。
だが、しかし……
ここに一つ、大きな問題をヴィヴィオは抱えていた。
それは……彼女が極度のコミュ障である、ということだった。
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