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今日は私の二十五歳の誕生日。仕事にいきたくなぁいーと、うねうねゴロゴロ駄々こねるエンリを宥めすかして、仕事に行かせ、ご馳走を作って待っていた。
自分の誕生日であっても、作っておかなければエンリが暴走するからだ。
ロナの誕生日だからドコドコの店予約したのーとか、ロナの誕生日だからバラの花束を用意したのーとか、ロナの誕生日だからと演劇のチケットを取ってきたのーとか、もったいない! 夫婦になったんだからそんな無駄使いしないで、普段よりちょっと豪華な夕食に、普段は飲まないお酒を二人で飲む、それだけで十分。
エンリがお祝いしてくれる、それが一番嬉しいのだから。
見えない尻尾をブンブン振って今年もケーキを買ってきてくれるだろう。小さくて丸い、ちょうど二人で食べきれるサイズで。『ロナぁー、おいしーね』と、ふにゃりと笑うエンリの顔を思い浮かべ頬が緩んでしまった。
もうすぐエンリが帰るころかなと、時計を見上げた時にノックの音。エンリだったらガチャバターン!「ロナぁー!」がワンセットだからこんな時間に誰だろうと思えば、「ロナちゃん」とよく知った声はエンリのお母さんだった。
はーいと扉を開けた先に立っていたのは、一目で貴族だとわかる風体の男性と、エンリのお母さん、その後ろにはこの貴族の護衛だろう、揃いの制服を着た、腰に剣を持った男たちが立っていた。
目の前の男は眉を顰めて私の頭からつま先まで、ゆっくり目をやり、紙を突きつけた。
離縁書。
そこには、すでにエンリの名が書かれてあった。
「なん……」
男の後ろでエンリのお母さんは顔を覆いごめんなさいと、繰り返していた。
「エンリ様は、我が国の八領主の一人、テオライン・ロウノック様の血を引く唯一の方、エンリ様はロウノック家を継がれる方です」
「え……」
「あなたが関われる方ではない」
「待っ……」
「しかしエンリ様はあなたに、王都郊外の別邸を与えました」
「え……」
「妻としてではなく、エンリ様の情人としてその屋敷に住むことを許されました」
「じょう……?」
「愛人です」
「え……」
「子はまだだとエンリ様から聞いてますが」
膝をつき、ごめんなさい、ごめんなさいと、震えるエンリのお母さん。
続ける男の言葉は、万が一、今、私がエンリ様の子を身ごもっていても、ロウノック家の者とは認められないと、そんなことを言った。
「ロウノックの血は正しい血筋にのみ、継がれるものです」
そう言って男はエンリのお母さんに冷たい目を向けた。
「離縁書に記入を。エンリ様は八領家の姫君との婚姻が決まっています」
震える手に無理やり握らされた重たいペン。
「最後です。記入をしなさい。ロウノック家の力を持ってすれば、あなたと、エンリ様の婚姻の事実すら無かったことにもできるのです。しかし、エンリ様はあなたと婚姻した証しを残すことを望み、離縁書を書かれたのです」
突きつけられた離縁書には、よく知ったエンリの文字。
「エンリ様とひと時でも夫婦だったことを思い出とし、口外することなければ、この先平穏に暮らしていけるでしょう」
ぼやける視界を何度も何度も瞬きし、瞳から溢れるものを追い出し、私はそこに名を書いた。
二十五歳の誕生日、エンリと結婚して四ヶ月と十二日。
私とエンリの夫婦生活は終わり、私は元夫の愛人になった。
***
「おはようございます、シアン様」
「あのガキはまだ寝室にこもっているのか」
前当主、テオライン・ロウノック様の実弟でありロウノック家の当主代行を務めるシアン・ロウノック様。
「はい、セルリーナ様をひと時も離す様子がないと……」
「……ふん、あれだけ元妻に執着を見せておいて、あっさりセルリーナに溺れたか」
応えずハイヤードは腰を折った。
「セルリーナは私の妻になる娘だった……」
セルリーナ様はシアン様の婚約者だった。
テオライン様が亡くなり、シアン様より魔力量が多いという理由だけで当主に選ばれたエンリ様。
手首の、鈍く光る腕輪を握る姿が目の端に入いり、深く腰を折り黙って主人が去るを待った。
エンリ様は、亡くなられた前当主、テオライン様に本当によく似ておられました。
容姿も、膨大な魔力量も。
惜しむのは、その魔力がありながらも、まったく、その力を扱うことが出来ずにいること。
エンリ様は愛する者と引き離され、大切な者の命を盾に取られ、それでも婚姻の証しを失くしたくないと泣き、震える手で離縁書に名を書いた。元妻を愛人として別邸に囲うほどの執着を見せておきながら、あっさりと新たに娶った若く美しい妻に溺れた。
自分の誕生日であっても、作っておかなければエンリが暴走するからだ。
ロナの誕生日だからドコドコの店予約したのーとか、ロナの誕生日だからバラの花束を用意したのーとか、ロナの誕生日だからと演劇のチケットを取ってきたのーとか、もったいない! 夫婦になったんだからそんな無駄使いしないで、普段よりちょっと豪華な夕食に、普段は飲まないお酒を二人で飲む、それだけで十分。
エンリがお祝いしてくれる、それが一番嬉しいのだから。
見えない尻尾をブンブン振って今年もケーキを買ってきてくれるだろう。小さくて丸い、ちょうど二人で食べきれるサイズで。『ロナぁー、おいしーね』と、ふにゃりと笑うエンリの顔を思い浮かべ頬が緩んでしまった。
もうすぐエンリが帰るころかなと、時計を見上げた時にノックの音。エンリだったらガチャバターン!「ロナぁー!」がワンセットだからこんな時間に誰だろうと思えば、「ロナちゃん」とよく知った声はエンリのお母さんだった。
はーいと扉を開けた先に立っていたのは、一目で貴族だとわかる風体の男性と、エンリのお母さん、その後ろにはこの貴族の護衛だろう、揃いの制服を着た、腰に剣を持った男たちが立っていた。
目の前の男は眉を顰めて私の頭からつま先まで、ゆっくり目をやり、紙を突きつけた。
離縁書。
そこには、すでにエンリの名が書かれてあった。
「なん……」
男の後ろでエンリのお母さんは顔を覆いごめんなさいと、繰り返していた。
「エンリ様は、我が国の八領主の一人、テオライン・ロウノック様の血を引く唯一の方、エンリ様はロウノック家を継がれる方です」
「え……」
「あなたが関われる方ではない」
「待っ……」
「しかしエンリ様はあなたに、王都郊外の別邸を与えました」
「え……」
「妻としてではなく、エンリ様の情人としてその屋敷に住むことを許されました」
「じょう……?」
「愛人です」
「え……」
「子はまだだとエンリ様から聞いてますが」
膝をつき、ごめんなさい、ごめんなさいと、震えるエンリのお母さん。
続ける男の言葉は、万が一、今、私がエンリ様の子を身ごもっていても、ロウノック家の者とは認められないと、そんなことを言った。
「ロウノックの血は正しい血筋にのみ、継がれるものです」
そう言って男はエンリのお母さんに冷たい目を向けた。
「離縁書に記入を。エンリ様は八領家の姫君との婚姻が決まっています」
震える手に無理やり握らされた重たいペン。
「最後です。記入をしなさい。ロウノック家の力を持ってすれば、あなたと、エンリ様の婚姻の事実すら無かったことにもできるのです。しかし、エンリ様はあなたと婚姻した証しを残すことを望み、離縁書を書かれたのです」
突きつけられた離縁書には、よく知ったエンリの文字。
「エンリ様とひと時でも夫婦だったことを思い出とし、口外することなければ、この先平穏に暮らしていけるでしょう」
ぼやける視界を何度も何度も瞬きし、瞳から溢れるものを追い出し、私はそこに名を書いた。
二十五歳の誕生日、エンリと結婚して四ヶ月と十二日。
私とエンリの夫婦生活は終わり、私は元夫の愛人になった。
***
「おはようございます、シアン様」
「あのガキはまだ寝室にこもっているのか」
前当主、テオライン・ロウノック様の実弟でありロウノック家の当主代行を務めるシアン・ロウノック様。
「はい、セルリーナ様をひと時も離す様子がないと……」
「……ふん、あれだけ元妻に執着を見せておいて、あっさりセルリーナに溺れたか」
応えずハイヤードは腰を折った。
「セルリーナは私の妻になる娘だった……」
セルリーナ様はシアン様の婚約者だった。
テオライン様が亡くなり、シアン様より魔力量が多いという理由だけで当主に選ばれたエンリ様。
手首の、鈍く光る腕輪を握る姿が目の端に入いり、深く腰を折り黙って主人が去るを待った。
エンリ様は、亡くなられた前当主、テオライン様に本当によく似ておられました。
容姿も、膨大な魔力量も。
惜しむのは、その魔力がありながらも、まったく、その力を扱うことが出来ずにいること。
エンリ様は愛する者と引き離され、大切な者の命を盾に取られ、それでも婚姻の証しを失くしたくないと泣き、震える手で離縁書に名を書いた。元妻を愛人として別邸に囲うほどの執着を見せておきながら、あっさりと新たに娶った若く美しい妻に溺れた。
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