妻のち愛人。

ひろか

文字の大きさ
3 / 10

3

しおりを挟む
 着の身着のまま、その日の内に王都郊外にある、ロウノック家の別邸に連れてこられた。

 初めて転移門なんてものを体験した。門から別の場所にある門へ、一瞬で移動できるの魔術を駆使したそれは、たった一回の使用にも半年は余裕で生活できるような料金がかかるという、貴族のためだけのもの。こんなものまで使えるほどの貴族にエンリは本当になってしまったのか……。
 ロウノック家は、王家に仕える八大貴族の一つだといわれた。貴族といえば魔力量が高く、国の中心にいる存在であり、田舎ではほとんどお目にかかることのない魔術士の血をエンリが引いてるというけれど……。

 エンリが術士? ううん、魔法なんて使うところ見たことがない。
 学校も一般科で農学部だった。就職先も魔術とは無縁の出荷場の事務員。なのに……。

 この屋敷に来て一週間。私は与えられた部屋から一歩も出ることなく過ごしていた。
 世話をしてくれる人が勝手に窓を開けていくのに、空気の入れ替えのためかと思ったら、外でお喋りする使用人たちの声を聞かせるためなのだと一週間もしてから気がついた。

 聞かされるのはエンリのこと。

 エンリのお母さんはもともと、ロウノック家の使用人だったが、当主であったテオライン様に手をつけられ、子供ができたと分かると同時に、手切れ金とともに屋敷を追い出されたらしい。それはテオライン様、百五十二歳。エンリのお母さんが二十二歳の時。
 力ある魔術士は寿命が長く、老いる時間もゆっくりなのだと聞いていたが、百三十も年下の娘に手を出すなんて、私からしたら度の超えたロリコンでしかない上に、いい歳してしでかしたことに金で済ませるなんて、田舎じゃ一生後ろ指さされるような恥ずかしいことを、お貴族様は平気でするってことに嫌悪感しか持てなかった。

 そして、エンリはどこぞの貴族のご令嬢と結婚したそうだ。
 私と離婚した翌日に。
 王様からも盛大に祝福された結婚式は、それはそれは華やかだったそうだ。

 エンリの妻、セルリーナ様はエンリに負けず可愛らしい姫君だそうで、二人が並ぶ姿はそれはそれは美しく、何人もの絵描きが二人を描きにきたとか。
 夫婦仲はとても良く、エンリはセルリーナ様を溺愛し、毎朝遅くまで部屋から出てこないだとか。時間がある限りセルリーナ様を手放すこともしないほどだと、細かく教えてくれた。

 そんな私は使用人たちに指をさされて笑われている。

 一度は夫婦だった私に遠慮し、愛人という位置に置き囲ったがそれっきり放置。手紙の一つもなし。セルリーナ様に比べればイイトコなしの平凡女に情なんてすでに無いのだろうと。

 そんな話ばかり聞かされている。

 エンリはそんな人じゃない。
 簡単に心変わりする人じゃない。
 エンリと出会ってからの十年間を、一途なエンリを知っているからそんな話を信じられなかった。
 会いに来れないもの、連絡を取れないもの、事情があるに決まってると。
 もしかして、閉じ込められて動けないのかもしれないと。
 だからエンリは、きっとエンリは……と、都合のよいことばかり考えてた。
 エンリを信じていたから。

 『ロナぁー、ねーねーロナぁ』思い出すのはふにゃりと笑うゆるい顔。

 エンリに会いたいな。


 毎日三食、信じられないほど豪華で、大量の食事が出される。
 部屋から一歩も出ることのない私がこんな量を食べられるわけもなく、残してしまうのがもったいないので品数を減らしてほしいと言えば、ロウノック家の食事に不満があるのかと言われた。

 ここに来て三週間、残すことにもったいないという気持ちもなくし、何を食べても美味しいと感じることもなくなった。

 『ロナぁ、おいしいよぉ、ありがとー!』思い出すのはエンリの顔ばかり。

 エンリに会いたい……。



***

 いつもならまだ、セルリーナ様と部屋にこもられている時間にエンリ様は出てきた。
 今まで何をしていたかも隠す気もない着崩れた姿で、髪をかき上げ言った。

「月のものだって」

 一瞬何を言われたのか理解できず思考が止まったが「そうですか」と顔に出さないようハイヤードは応えた。

「うまくいかないものだな……」

 ロウノック家の後継をと望まれ、セルリーナ様と朝も昼も夜もなく過ごされているエンリ様。
 手首にはシアン様と同じ腕輪という枷が嵌められている。
 膨大な魔力を宿しながらも、その力を扱うことのできないエンリ様がロウノック家のために役立つのは、その魔力をシアン様へ譲り渡すこと。

「ロナのところに行く」

 別邸に囲った元妻である愛人の名に、承知しましたと腰を折った。

 エンリ様はロウノック家の当主とは名ばかり、当主代行とはいえ実権を握るのは、前当主の実弟であられるシアン様。
 エンリ様に必要なのは世継ぎを、その力を継ぐお子を残すことのみ。
 先触れを出しますと言えば「それなら」とドレスに髪型まで指定された。セルリーナ様と比べれば何も目の引くもののない平凡な元妻。あの陽に焼けた肌にドレスが似合うとは思えないが、着飾らせ少しでも見れるものにしたいのか……そんなことを考えながら、魔力を込め、鳥に変化した手紙を空に放った。

 そういえばと思い出す。愛人に着せるドレスを指定するエンリ様の表情。

「ここに来て初めて見たな……エンリ様の笑った顔」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ついで姫の本気

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。 一方は王太子と王女の婚約。 もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。 綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。 ハッピーな終わり方ではありません(多分)。 ※4/7 完結しました。 ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。 救いのあるラストになっております。 短いです。全三話くらいの予定です。 ↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。 4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。

虐げられたアンネマリーは逆転勝利する ~ 罪には罰を

柚屋志宇
恋愛
侯爵令嬢だったアンネマリーは、母の死後、後妻の命令で屋根裏部屋に押し込められ使用人より酷い生活をすることになった。 みすぼらしくなったアンネマリーは頼りにしていた婚約者クリストフに婚約破棄を宣言され、義妹イルザに婚約者までも奪われて絶望する。 虐げられ何もかも奪われたアンネマリーだが屋敷を脱出して立場を逆転させる。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。 ……。 …………。 「レオくぅーん!いま会いに行きます!」

〈完結〉姉と母の本当の思いを知った時、私達は父を捨てて旅に出ることを決めました。

江戸川ばた散歩
恋愛
「私」男爵令嬢ベリンダには三人のきょうだいがいる。だが母は年の離れた一番上の姉ローズにだけ冷たい。 幼いながらもそれに気付いていた私は、誕生日の晩、両親の言い争いを聞く。 しばらくして、ローズは誕生日によばれた菓子職人と駆け落ちしてしまう。 それから全寮制の学校に通うこともあり、家族はあまり集わなくなる。 母は離れで暮らす様になり、気鬱にもなる。 そしてローズが出ていった歳にベリンダがなった頃、突然ローズから手紙が来る。 そこにはベリンダがずっと持っていた疑問の答えがあった。

禁断の関係かもしれないが、それが?

しゃーりん
恋愛
王太子カインロットにはラフィティという婚約者がいる。 公爵令嬢であるラフィティは可愛くて人気もあるのだが少し頭が悪く、カインロットはこのままラフィティと結婚していいものか、悩んでいた。 そんな時、ラフィティが自分の代わりに王太子妃の仕事をしてくれる人として連れて来たのが伯爵令嬢マリージュ。 カインロットはマリージュが自分の異母妹かもしれない令嬢だということを思い出す。 しかも初恋の女の子でもあり、マリージュを手に入れたいと思ったカインロットは自分の欲望のためにラフィティの頼みを受け入れる。 兄妹かもしれないが子供を生ませなければ問題ないだろう?というお話です。

姉の引き立て役の私は

ぴぴみ
恋愛
 アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。 「どうしたら、お姉様のようになれるの?」 「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」  姉は優しい。でもあるとき気づいて─

隣の芝生は青いのか 

夕鈴
恋愛
王子が妻を迎える日、ある貴婦人が花嫁を見て、絶望した。 「どうして、なんのために」 「子供は無知だから気付いていないなんて思い上がりですよ」 絶望する貴婦人に義息子が冷たく囁いた。 「自由な選択の権利を与えたいなら、公爵令嬢として迎えいれなければよかった。妹はずっと正当な待遇を望んでいた。自分の傍で育てたかった?復讐をしたかった?」 「なんで、どうして」 手に入らないものに憧れた貴婦人が仕掛けたパンドラの箱。 パンドラの箱として育てられた公爵令嬢の物語。

処理中です...