神様はこの世にいない方がよかったのかもしれない。

ヒノト キオ

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番外編

  ウォーレン伯爵家の人々 5 ※

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 お腹の子の父親は私だとロイス様がお認めになったので母屋に部屋を移された。もし私を探そうとせず認知もしなければ、祖父の元で子育てをしながらこの屋敷に奉公することになっていた。それは父親が誰であろうと変わらなかった。
 これもジュリアン様とマリウス様のお口添えのおかげだった。使用人の私にここまで親身にしていただけておふたりには感謝しきれない。
 私はジュリアン様のように愛妾として離れで暮らして子供を手放すのも仕方ないと思っていたけれど、そうなれば家を出るとロイス様が頑として譲らなかった。ああ、私は何と幸せ者なんだろうか。 

 ロイス様はしばらくはこの屋敷から研究室に通われることになった。ペイジがロイス様を迎えにきて研究室に一緒に出勤して行った。今日からそれが私の役目じゃないということが少し寂しかった。
 ナイルズ様宛のお礼の手紙をロイス様に託けた。昨日までのやり取りとお医者様をご紹介いただいた話をロイス様には正直に話した。ハンス様にお願いしようかと思ったけれど、それはロイス様の面目を潰すことにもなるし、不義密通を疑われるかもしれないと思いやめた。
 ロイス様は嫉妬やお前の体調に配慮が足りなかったことへの自己嫌悪でかなり腹も立つが、隠すこともなく正直に話してくれたことや手紙を託してくれたことは嬉しいと喜んでくれた。ナイルズ様には申し訳ないけれど、私はロイス様には秘密をあまり持ちたくはない。

 母屋に移ってから祖父にカイル様と呼ばれて世話をされることに落ち着かなかった。祖父とふたりきりの時に僭越ですが早く慣れますようにお願い申し上げますと言われて、自分の覚悟が足りないことに気が付いてしまった。いつかはペイジにも世話をされるのだけど、祖父や父達に比べたら気が楽だ。
 食事の作法は大丈夫だけれど、昼食はロイス様が居ないので心細くて心配だった。そんな私をジュリアン様が何かと気にかけて下さるのでこれからは何とかなりそうで安心した。
 それでも急な変化に戸惑った私はこのまま離れでひっそりと暮らしたいなんて、贅沢な我がままを言いたくなってしまう。

 お昼の休憩時間にハンス様が転移魔法でロイス様と屋敷にお見えになった。そして、念のためにと魔法をもう一度掛けて下さった。臨月まで月に一度は顔を出すし、異変があれば夜中であろうといつでも呼んでくれと心強いお言葉を頂け安心した。

 そして、実はと研究室ではナイルズ様の恋が掛けの対象となっていたと教えて下さった。
   私がロイス様をお慕いしているのはロイス様以外の全員が気が付いていて、絶対にナイルズ様に靡かないと皆様は断言されていたそうだ。
 出勤して直ぐにカイルが自分の子を身籠ったので代わりにペイジが従者になったと研究室の皆さんにお話なさったのでその場は騒然となり、ナイルズ様の失恋は周知の事実となってその話は魔法局にあっという間に広がった。
 そうして独り負けしたナイルズ様の奢りで、研究室の給料じゃ行けない最高級店でのペイジの歓迎会を兼ねた大盤振る舞いの夕食会が決定し、週末はロイスを借りるよとハンス様は大喜びなさっていた。
 ロイス様が私のことを隠さないで下さったのは嬉しいけれど、そんなに顔に出ていたのかと落ち込んでしまった。
   恥ずかしくてもう二度と研究室に顔を出せないと顔を赤くしていると、素直で隠し事が出来ない君だからナイルズも好きになったんだよとハンス様は笑った。そんなに分かり易かったのだろうか。
 ロイス様はハンス様と私のやりとりを、ほんの少し不機嫌そうに黙って聞いていらした。
   軽口はここまでにしないとロイスが嫉妬しちゃいそうだねと、ハンス様はロイス様の肩を叩いて研究室にお戻りになっていった。
 
 午後からは昼寝をしたりのんびりと部屋で過ごした。体調が良くなれば、庭や近隣の散策に出たい。ここのお庭はウォーレンの屋敷に負けないほどに広く、薔薇が咲き誇って美しい。
 昨夜のロイス様とのやり取りを思い出して、早くお帰りにならないかとそわそわしている。時計を何度見ても時間がほとんど経ってはいなかった。
 そうしているとジュリアン様がお茶に誘って下さり、夕食まで楽しくおしゃべりをすることが出来た。私の顔色も良さそうなので、明日は屋敷の中と庭を案内して下さることになった。本当にお優しいお方だ。

 夕食後は私の体調もあるのでとふたりとも早々に部屋に戻った。水色の瞳に見つめられると身体が火照り、魔法に掛かったような気分になった。
   ロイス様に夜が待ち遠しかったと抱き寄せられ、私もと小さく頷いてその胸に身体を預けた。頭の中に心臓があるのかと思うほどに鼓動が激しく響いて、早く触れて欲しくて身体の最奥が疼いていた。

「ロイス様・・・」
「ロイスで良い。私とふたりきりの時だけじゃなく、誰の前でもそう呼べ」  

   荒々しく口付けられて私は舌を絡めながら、ロイスの背中から腰に手を滑らせて強く身体を引き寄せた。ベッドに押し倒されて、触れられる全てに感じて喘いでいた。
  私自身はすでに張り詰めていて、早く触れて欲しくて仕方がなかった。一糸纏わぬ姿で脚を開かされて、先走りが溢れる先端を指でなぞられて痺れるような快感に嬌声を上げていた。

「どうして欲しい?」
「もっと触って・・あっ・・ロイ・・・」

   望み通りに扱かれながら、口に含まれあっという間に達してしまった。肩で息をしながら脱力していると秘部に潤滑剤を垂らされて時間をかけて入念に解された。良いところをなぞられて指を増やされていき、私は与えられる快感に喘ぎ続けていた。
 ロイスの怒張が押し入ってくると圧迫感で一瞬息が出来ず、汗ばんだロイスの背中に腕を回してしがみついてしまった。異物感に耐えられず身体を強張らしてしまい、ロイスは私を宥めながら奥深くまでゆっくりと腰を沈めた。
 最奥まで受け入れ肌が密着し、ロイスの身体の重みと熱さに胸が一杯になった。本来は手の届かない相手に愛されている喜びに自然に涙がこぼれた。

「大丈夫か?動くぞ」 
「ん・・ロイス・・・」

 私が頷くとロイスは緩やかに抽挿し始めた。ロイスの荒い呼吸と恍惚とした表情に興奮していた。私もロイスに快楽を与えていると思うと堪らなかった。
 
「あ・・いい・・そこ・・・もっと・・・」

   身体を揺さぶられるほど激しく抽挿され、快楽に嬌声を上げ続けていた。浮き上がるような感覚と身体中が痙攣して頭の中が真っ白になった。あまりの快感に涎を垂らしながら、触れられてもいないのに射精をして果てていた。
 
 それから何度も絶頂を迎えてロイスの腕の中で、指一本動かすことも出来ない程の疲労と充足感を味わっていると、使う必要がなかったが私をその気にさせるための媚薬を用意していたと言われた。
   
「まあ、そんなに効き目が強い物じゃない、そこらで売っているものだ。暗部が使う拷問や籠絡のための媚薬はとんでもなく効くらしいが。そんな顔をするな、それを使う気はないよ。赤ん坊への影響が分からんからな。まあ、お前が望むなら伝手があるから譲り受けることも出来るが」

 そんな媚薬を使ったらどうなるのか恐ろしい。これ以上の快楽なんてあるのかと驚いていると、ロイスはお気に召して何よりと顔を綻ばせた。
 それからは時間があれば愛し合い、ロイスは職務以外では私から片時も離れようとせずに、あまりの仲睦まじさにエジル様の伴侶のマックス様ですら呆れると周囲にからかわれてしまうほどだった。


 それからひと月後に私達の婚姻が認められた。オズワルド家に形式だけの養子縁組を経て、ウォレーン家の一員に迎えられた。
   ジュリアン様がずっとここに居ればいいのにと涙ぐんで、レイモンド様もお前達が居なくなると寂しくなる、いつでも遊びにおいでと見送って下さった。
 子供が生まれた早朝におふたりはウォーレンの屋敷に駆け付けて下さった。ジェスロの首が座ってからは、おふたりには週に一度はジェスロの顔を見せに行った。

 生まれた赤ん坊は金髪と空色の瞳で、誰がどう見てもロイス様の子だと祖父達は安堵していた。身を引こうとしてついた嘘と分かっていても、生まれるまで気が気じゃなかったそうだ。
 実際、誰一人として父親を疑ってはいなかったようで、やはり私は嘘は下手なんだと再認識した。
   お祝いに研究室の皆さんからは産着とナイルズ様からは見事な彫金の銀の匙と可愛らしいぬいぐるみや玩具を頂いた。有名な工房の特注品のクマのぬいぐるみは、橙色の毛並みで瞳は私と同じ色の大きな宝石が縫い付けてあった。
   首の天鵞絨のリボンにはロイスの瞳と同じ色の宝石が中央に配置されて、絹の衣装には真珠のボタンや繊細な刺繍が施されていた。
   とても可愛くてジェスロも気に入って、そのクマのぬいぐるみと毎晩一緒に眠っていた。

 初恋の相手のフィンのことについては、ロイスには一切聞かなかった。そして名前を知っていることも黙っていた。彼のことは機密事項だろうし、いつか話してくれるかもしれない。それにこれは私が知らなくていいことだと思う。

 そうして、あっという間に八年経った。ジェスロにはウォーレン家の跡取りに相応しい人物になれるように厳しく教育と躾を施した。
   私に似た子も欲しいとロイスは望んだけれど、ジェスロは一人っ子のままだった。エジル様は四人も恵まれたので、ジェスロは従兄弟達が羨ましくて仕方がなかった。
 私達はジェスロが寂しくない様にと出来るだけ機会を作って従兄弟達と遊ばせていた。

「ウェスリーの父上達は幼い頃に婚約して、愛し合って結婚したって聞きました。父上と母上はどうして結婚したんですか」

 いつかは聞かれるとは思っていた。ウェスリーからエジル様達のことを聞いたジェスロが、両親の馴れ初めを聞きたいと目を輝かせていた。嘘じゃない程度に多少脚色した話をするつもりだったのに、ロイスはジェスロにはっきりと告げてしまった。

「もちろんカイルを愛していたからだが、きっかけは使用人だったカイルのお腹にお前が出来たからだ。お前も結婚前に孕ませるような真似はするんじゃないぞ」

 幼いためにその意味を理解してはいないが、ロイスな不穏な口調にジェスロは困惑していた。心温まる幸せな話を期待していた八歳の子供に話す内容じゃない。

「お前も惚れた相手にはちゃんと責任は持て。遊ぶなら相手を選んで上手にやれ」
「ああ、もう!なんてひどいことを!」

 息子の前で父親を罵るなんてしたくはなかったけれど、涙ぐむジェスロを抱き締めて泣き止むまで宥めた。

「僕は生まれちゃいけなかったの?」
「そんなことはないよ。私はジェスロがお腹にいると知って嬉しくて仕方なかったよ。父上にそっくりな子供を欲しいって、神様にお願いしたんだよ。そうしたら同じ髪と瞳を持った可愛いお前が生まれたんだよ。だから安心して、ジェスロは望まれて生まれた子なんだから」
「本当?父上は僕がいなかったら結婚しなかったの?」

 ジェスロは鼻をすすりながらロイスに問いかけた。

「いいや、カイル以外と結婚する気はなかったよ。愛してるよジェスロ、お前がカイルのお腹にいるって聞いた時は神様に感謝したよ」
「本当に?」
「ああ、私は世界一幸せだよ」

 ロイスはジェスロを私の腕から抱き上げると膝にのせて、生まれた日のことを話して聞かせた。難産で大変だったことや親族や友人から沢山のお祝いが贈られたことをジェスロは一生懸命聞いていた。生まれて半年後にウェスリーと会わせた話をしている頃には、ご機嫌でもっと続きをとロイスにせがんでいた。
 ジェスロを寝かしつけて寝室で本を読んでいると、ロイスが私を夜の営みに誘おうと首筋に触れて来たので睨みつけてその指を払った。

「もっと言いようがあったでしょう。最低な父親だと思われましたよ?」
「酔って人違いをして犯したことまでは言ってはいない。学園に入学したらどうせ口さがない連中からカイルは使用人だったと吹き込まれるのだから、先に言っておいた方がいいだろう?」
「だからと言って敢えて傷つけるようなことをしないで下さい」
「打たれ強く育てるつもりだ・・その、悪かった。分かった、気を付けるよ」

 怒り心頭の私の表情を見てロイス様は珍しく謝罪した。他の人には言わない方がいいことや、言えないことは誰しもあることだとジェスロに言い聞かせたけれど、このことをウェスリーにだけは話してしまった。
 それがエジル様の耳に入ってロイスはその日のうちに呼び出されてかなり絞られてしまった。これに関しては自業自得なので同情はできない。

 ジェスロにとってウェスリーは従兄弟であり初恋の相手である。今もウェスリーに恋をしていて彼には何でも話して相談しているようだ。そういった相手がいるのは良いことだ。
 従兄弟として血が濃過ぎることを抜きにしても、ウェスリーがジェスロに対して従兄弟以上の気持ちがないので婚約はさせてはいない。エジル様譲りの美しさに大勢に婚約を望まれるが、病弱で子供も望めないために全て断っていた。
 オズワルド伯爵はウェスリー本人が望む相手ならば婚姻を認めて下さるけれど、ジェスロは仲の良い従兄弟としか思われていない。残念だけれどいつかジェスロの恋が実りますようにと祈ることしかできない。


 結婚して十三年、ジェスロも手を離れウェスリーと同じ学園に通い出した。ジェスロがウェスリーを彼に求愛する生徒達から守って、まるでロイスとエジル様の学生時代のようだった。
 子供の成長は本当に早い。つい最近、ジェスロとウェスリーに精通が来て、ロイスは自分のように婚前に手を出すなと釘を刺した。全く、どうしてそんな言い方しかしないのだろうか。

 実は結婚当初から時々使用人の服装をして、ロイス様のお世話をする遊びがちょっとした楽しみになっている。
 避暑で滞在中の別荘のテラスから庭でジェスロと甥っ子達が遊んでいるのを眺めながら、ロイス様にお茶のお代わりをお出しした。別荘だと弟のペイジに使用人の真似ごとをするなんてと諫められることもない。
 今日はお茶の給仕だけのつもりだったけれど、彼はそれ以上の楽しみを求めていた。ゆっくりと私の腰から太腿に手を滑らして情欲を煽るように内股を撫で上げた。
 
「お戯れはお止め下さい。ロイス様、私は使用人です。それに庭にあの子たちがいるんですから」
「主人に逆らうのか?主を喜ばせるのが使用人の務めだろう。お前にはきちんと躾をしてやらんとな」

 私を荒々しく長椅子に押し倒して、唇を奪おうとするロイスを押し退けようと抗った。

「ロイス、放して下さい!」
「庭に子供達がいるという背徳感もなかなか乙なものだな」

 ロイスに唇を指で触れられながら耳元で囁かれた。その誘いに心が少し動いたけれど、さすがに情事を子供達に見られるのはまずい。

「ダメっ!いじめちゃダメだよ!」

 いつの間にか双子がテラスにいた。私達のお遊びを本気にしたアディが私を救おうと必死になっていた。アディはロイスの服を力一杯引っ張り、エディは恐怖で泣き始めてしまった。これはまずいと慌てて身体を起こしてふたりを宥めた。
 その騒ぎを聞きつけてジェスロ達が駆け付け、私の服装を見てジェスロが無言でその場で凍り付いていた。ジェスロとしては見慣れた両親の姿だけど、最愛の従兄弟のウェスリーには見せたくはなかったのだろう。

「いや、いじめている訳じゃない。むしろ、仲良くしているんだ。ジェスロに弟を作ってやろうとしていたんだ」
「ジェスロの弟って、僕らの従兄弟?」
「そうだよ、ジェスロはずっとお前達みたいな弟が欲しいと言っていたんだよ」
「そうなの?いつ生まれるの?」
「それは神様にしか分からないことなんだよ」

 大真面目にロイスは六歳の双子達に説明を始めてしまった。状況を察したウェスリーは気まずそうにして、まだ意味が分からないキースは興味もなく庭に戻っていった。

「いつも仲良く頑張っても出来なくてね。ジェスロを授かった時の再現は難しいから、現を担いでせめて同じ服装でと気分を盛り上げようとしているだけだ。だから意地悪じゃないよ。分かったかい?」
「うん、分かった!」

 ああ、またそんな説明を。子供だからといって適当に誤魔化すのは良くないという教育方針は本当に大丈夫なのだろうか。
 ジェスロは弟が欲しかったのは昔の話でもう要らないし悪趣味だと怒って、しばらく私達と口を聞こうとしなかった。
 案の定、この出来事を双子の口からエジル様の耳に入って、ロイスはまたお叱りを受けた。私は何も言われなかったけれど、これに関しては私も片棒を担いでいるので少し気まずかった。まあ、それでも私達はこの遊びはやめるつもりはないけれど。

 ジェスロ達も十七歳になり、ウェスリーが夜会で隣国の皇子の側近に見初められた。一生独身のつもりだったけど、レオナルド様の猛烈な求愛に心底呆れたとウェスリーは笑って嫁いで行った。
 それより少し前にジェイミー殿下が隣国の皇太子の求婚をすげなく断っていた。皇太子に対してひどい態度をとり、隣国との友好にひびが入るんじゃないかと重臣達が危惧するほどだったそうだ。それはウェスリーと皇太子の従兄弟のレオナルド様の婚姻でなんとか表面上は修復された。

 ジェスロはウェスリーに求婚したかったけど彼は一生結婚する気はないと全ての求愛を断っていたし、ウォーレン家の血筋を絶やすわけにはいかないので婚約したいと言えなかった。
 それでも諦めきれずに来年学園を卒業の日にウェスリーに求婚しようかと手をこまねいているうちに隣国に掻っ攫われてしまったと、私達はウェスリーが嫁いでからジェスロから聞いた。
 ロイスは跡継ぎなんて子沢山のオズワルド家から養子を貰えば良いだけで気にすることはなかったのにと、今更で全く励ましにならない言葉をかけた。
 いっそう落ち込むジェスロに爵位を捨てる覚悟で私と結婚することにしたと当時の話をして、欲しいなら二度と迷うなと苦手なお酒を夜中まで酌み交わしていた。
 もちろん翌日はふたりとも二日酔いで辛そうだったけど、ジェスロは少し元気を取り戻していた。私にはジェスロに新たな恋が訪れることを祈るしかできない。

 その翌年にアディが療養所に転地することになった。それを私達に告げたロイスの顔は、フィンが塔に入った頃と同じ表情だった。
 もしかしてアディもフィンと同じように塔に入ったのだろうか。ふたりが十二歳と同じ年齢だと気が付いて思いついたのだけれど、これは単なる憶測で確証は全くない。
 私は常日頃からロイスが言わないことは聞かないことにしている。だからこれはもう忘れようと心に決めた。
 ロイスはあんなに愛していた甥っ子達についてほとんど話題にすることもなくなった。残されたエディが我が家や研究室で魔法を学ぶことになった。彼はアディが居なくなってからふさぎ込んで物憂げな表情をしていたけれど、魔法が上達していくうちに明るくなり笑顔も取り戻した。

 アディは一年程で快癒して、療養地から隣国に留学している婚約者の元に旅立った。彼はまだ十三歳だというのに結婚して、翌年に伴侶に似たとても愛らしい子を出産した。昔からしっかり者で大人びていたけれど、あまりに早い結婚でとても驚いてしまった。
 ジェスロの失恋も癒えて、魔法局の同僚の恋人エリオットを紹介された。嫁いで来たら彼の前ではお遊びはやめてくれと陳情されたけど、当主は私で好きにするとロイスはそれを一蹴した。申し訳ないけれど私もやめるつもりはない。きっと当主の座を譲っても続けるだろう。
 そして、ジェスロとエリオットも結婚をして、ふたりの孫に恵まれた。孫が結婚する頃には職を辞して当主の座も譲って、私達だけでのんびりと近隣国を遊覧しようとロイスは引退後の夢を語った。
 ロイスは職務で長期休暇を取得できずに、私を新婚旅行に連れて行けなかったことを今でも気にしていた。私は結婚出来ただけで十分だったけれど、埋め合わせをしたいというロイスの提案はとても嬉しかった。


 ある日の昼過ぎにロイスが上機嫌で帰宅した。こんなに早くに何事かと思っていると私を背後から抱き締めて首筋に口付けて、国王陛下から賜ったと驚くほど豪奢な首飾りを私の首にかけた。
  首飾りは今までに見たことがない大きな宝石がいくつも連なっていて眩く輝いていた。これは長年連れ添ってくれたお前に贈るよと言われて瞠目してしまった。

「ああ、やはりこれはお前によく似合うな。カイル、今日で全てが終わったよ」
「ロイス・・・?」
「ずっと何も聞かないでいてくれて感謝しているよ」

 塔のことをロイスの口から初めて聞いた。光属性の子供達がお役目として塔に幽閉されていたこと、ロイスのいた研究室は王命で光属性の子供を救うために魔道具の開発研究をしていたこと。フィンは幼馴染で婚約はしてはいなかったがお互いに好き合っていて、彼が姿を消した本当の理由は研究室に勤め出してから知ったそうだ。

 アディとエディも光属性でアディが塔に送られたことは、婚約者で公爵家の跡継ぎだったグレイには知らされていた。それに王室まで関わって一騒動が起きたことにはとても驚いた。だから彼らはあんなにも早く結婚したんだと納得してしまった。お互いに好きな相手と結婚出来て本当に良かった。

 塔と光属性のことは研究員のロイスとジェスロとエリオットは知っていたけれど、守秘義務があるために私やウォーレン家の者には話せない。祖父であるマリウス様すらアディ達のことはご存じなかった。
 光属性には同じ属性の子孫が生まれることが多く、伴侶達の依頼でアディとエディの子供は出産後にすぐにロイスが調べて光属性と判明していた。それは余りにも酷だとふたりに告げることが出来なかったそうだ。
 きっと聡いあの子達は我が子も光属性じゃないかと毎日不安だったに違いない。

「お前がずっと側にいてくれたからこそ今の私はあるんだ。愛しているよ」
「私もあなたを愛しています。これからもずっとお側に置いて下さい。あなたのお仕事の成果が出て本当に良かった」

 ロイス達の研究が実を結び、塔から全員が解放されたと聞いて私は涙ぐんでいた。二度と何の罪もない子供を塔に送られることはないんだ。フィンの魂が神の御許で安らかでありますようにと祈った。

「今日はタイラー公爵家主催でオズワルド伯爵家の者達と研究室の者で祝杯を挙げることになった。私は断ったがジェスロ達は招待されているよ」
「副局長のあなたが行かなくてよかったのですか?」
「それはカーク局長が行けば十分だろう。私は愛するお前と祝いたい。この件は墓まで持って行かねばならんので、お前を宴に呼ぶことは出来ないからな。カイルがいないのに、酒を飲むなんてつまらん」
「それなのに私に全てを話して良かったんです?」
 
 ロイスは大げさに眉を顰めて、私の首筋から鎖骨に指を這わせた。

「この首飾りが口止め料だ。足りないのならこの身体で払うよ。交渉成立かな?」
「ええ、もちろん」

 ロイスの欲望に満ちた眼差しに身体が熱くなり、首飾りを外そうとしたらそのままでと抱き上げられた。それだけを身に纏ったお前が見たいと言われて熱い口付けで応えた。

「今までの休暇をまとめて頂いたから旅に出よう。明後日に出発だ。あの服も忘れるな」
「承知いたしました、ロイス様」


 そうして私達は少人数の従者と護衛を伴って旅に出た。最初に目指したのは隣国へ渡るための港町だった。
 私は生まれて初めて海を見た。どこまでも続く青い空と海原に感動して涙が溢れ、それをロイスに優しく口付けで拭われた。私は愛する人が側にいる幸福と喜びを噛みしめた。

 この世に生まれることが出来てよかった。私はなんて幸せなんだろうか。
 リックス家の者としてロイス様のために生まれ、共に歩むことが出来た幸運に感謝し、この幸せが末代まで続くようにと天に祈った。  



☆☆☆☆☆☆


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