焼け跡のイサナトリ

八島唯

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倉庫

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 久連が帳面にまとめた膨大な数字は、終戦間際取り扱った物資のデータである。
 そこには海軍が保有する小麦、米、ガソリン――ろうそく一本に至るまでの物資の数と保管場所が記されていた。
「ちょっと、久連さんのこときいてな。まるで写真機のように見たことを覚えられるという海軍士官がおると」
 どこからうわさを聞き付けたのか、少し久連は気味が悪くなる。
「まあ、情報は価値じゃ。それを軽んじたから戦争に負けた。国民にうその情報を流す大本営――それを分析もできない新聞。国民にはほんまにがいなはなしやが」
「まあ、統計をまとめるときには重宝はしたが。ただの暗記で、結局統計書類を見ればわかる程度の能力なのだけれど」
「もったいないことだ。もし久連さんが情報将校でその膨大な情報を分析できる参謀がおったら、空母の一、二隻沈めおったでよ」
 過大評価だな、と久連は心の中でつぶやく。
「わしはあんたの参謀じゃ。あんたがまとめた物資の所在。それはあくまでも過去の情報じゃが、そうそう遠くまでは運べん。隠す場所も必要だし、運ぶ手段も必要じゃ。そもそもこのどさくさで移動させるのも一苦労。とすれば――」
 そこに、『物資』があるということか、と久連はうなずく。
「しかし、その物資は軍――国家のものだ」
「かたいこといわんがに。軍はもう消滅した。国家も滅びた。せいぜい人のために使わしてもらおうじゃないかえ」
 久連は先日、軍に正式に辞表を出していた。
『新しい勤め先が見つかったので退官します』
 久連は自分でも驚いていた。こんなにあっさりと仕事を辞める決断をしたことが。
 一つには和泉の語る話が魅力的だったことがある。
『多くの人をすくいたいんじゃ』
 詐欺師かもしれない。しかし、実際に戦争孤児たちを会社で雇い、飢えから救っている。一人だけではない。和泉言うところの「臨時社員」も含めれば子供社員は十人をゆうに超えるだろう。
 何も夢のない時代。
 闇物資として隠匿され、個人の懐に入るくらいならこのような男の策に乗ってみるのも面白いかもしれないと久連は判断したのだった。
「さあ、ついたけ。あの――建物じゃ」
 集落からは離れた山のふもとの工場のような建物。
 トラックを降りてそれに近づく二人。
 大きな扉は鎖によって取っ手が封印されていた。
「この程度の鍵なららくなもんじゃ」
 そういいながら、なにやら道具を取り出す和泉。ねじ回しのような工具で、鍵穴をちょちょっとつつく。
「開いたけ」
 ぎりっとという鈍い音とともに、鍵が開く。
「さあい行くけに。開けゴマ、ともいうとこかな」
 和泉はそういいながら扉を開ける。ぎぃーと重い音があたりに響き渡る。暗い空間。いつの間にか夜になったのだろうか。天窓から月の光が差し込んでいた。
 土の床の上には木箱の残骸が多く散乱していた。識別番号が焼き印されている。間違いない。ここは海軍の倉庫だ。
 手元の懐中電灯をつけ、奥に奥へと足を進める二人。
「あったとよ」
 ドラム缶の前で足を止める和泉。
 和泉はドラム缶の栓を開けその中を懐中電灯で照らした。
 透明な液体――あたりに気化したガソリンのにおいが広がっていった。
 
 
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