オアシス都市に嫁ぐ姫は、絶対無敵の守護者(ガーディアン)

八島唯

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第1章 タルフィン王国への降嫁

祝福の花火

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「なんだあれは?」
 国王を祝福していた群衆が音の方に釘付けとなる。
 高い石つくりの塔。ちょっとした高台の上にあり、まわりには建物はない。物見櫓として昔からあるその塔は、ゴルド=タルフィンの街なかからもよく見える。
 どーん!
 もう一度大きな音がなる。まるで雷のような地面に響き渡る轟音。
 がやがやと人々が不安になり始めた頃、それが始まった。
 塔の上からまるで滝のように光が流れ出る。
 炎、にしてはいやにきらびやかである。まるで暗闇の夜を切り裂く流星のようにそれは塔からかけおちる。
「きれいだなぁ......」
 先程までの不安はどこにいったのか、この美しい情景を見つめる群衆。
 ファルシードはシェランの方を振り向く。
 震えながらその様子を見守っているシェラン。
「おまえが......仕組んだのか?」
 うん、と小さくうなずくシェラン。
 『王妃のつとめ』最後は――『国王との結婚式。国民に喜びを与えよ。国民の笑顔こそが王妃のなによりの奉仕なり』であった。ファルシードは群衆を上から見つめる。見たことのない光の洪水に、ただ無邪気によろこぶ民の姿。
 光の洪水は色を変え、そして形を変え――そのたびごとに群衆から歓声があがる。
「花火、といいます」
 シェランがゆっくりと口を開く。
「『大鳳皇国』では人々が日々の疲れを癒やすために、皇帝が打ち上げるもので――でも最近では廃れていました。父様が大好きで、こっそり諸規模なものをよくやってくれました。その製法も一緒にこの本の中に記して――」
 そういいながら、古い本を取り出すシェラン。手書きで何頁にもわたる記録が綴られていた。
「それを一人で作ったのか?」
 少しの間。
「いえ、わたしだけではありません。ルドヴィカちゃん――いえ、街の女商人の方が助けてくださいました。今回だけではありません。すべての『王妃のつとめ』で彼女は私を助けてくれました。それが失格というのなら諦めます」
「そのようなことはない」
 女性の声。ファルシードが振り向くとそこには正式な礼服に身を包んだロシャナクがたたずんでいた。拍手をしながら二人のもとに歩み寄る。
「国王陛下には協力するなとは言いました。まあ、主賓ですからね。他のものに関しては協力は禁止してはおりませぬ。そもそも王妃たるもの――」
 背中のマントをひるがえし、ロシャナクは続ける。
「いかに能力のあるものを見つけ、そのものを信用し信用されるか。王族には人を動かす技量というものが試されます。なんでも一人でやる必要はございません。むしろ人を動かすほうがなかなか難しいことですよ。国王陛下は何でも自分でやっておしまいになられる傾向が強いようですが――」
 ぶぜんとするファルシード。ロシャナクは遥か遠くの塔のてっぺんに視線を移す。
「急げ!次の準備だ!」
 響き渡る、ルドヴィカの声。それに従い、ロシャナクの部下の兵士が忙しそうに太い縄を運ぶ。
 ロシャナクに頼ることを提案したのもルドヴィカである。
『花火かぁ......確かに製法はここに書いてるけど、結構危険そうだな。合わせて大量に作る必要があるし。どうだ?国王には内緒であの王族のおばさんに助けをお願いしてみては』
『それってルール違反なんじゃない?』
『明記されてなければ、法律じゃない。商売っていうのはそういうものさ。禁じられてなければ問題ない』
『それと......原料が必要になるんだけど』
『それなら私に任しとけ!鉱物、なんだろ?その火薬っていうやつは。タルフィンいちの商人を侮るなよ!』
 それからわずか一週間、ロシャナクの助力もあり、花火は完成した。
「花火、火薬......あいつはすごいこと知ってるな!これは商売になりそうだぜ!」
 そう言いながら縄に点火するルドヴィカ。縄を伝って火花をちらしつつ本体の太い縄に着火する。
 縄の中には火薬が仕込まれていた。花火、の名前通り大きな火花をちらしながら街へとそれは降り注いでいく。
 また大きな歓声が上がる。
「花火、火薬――聞いたことがない」
 ファルシードはただ美しい光の響宴を見つめながらそうつぶやく。
「火薬は炭と硫黄、これは『大鳳皇国』では薬として使われる鉱物です。それを適度な分量で混ぜ合わせると――花火の出来上がりです。水の中でも発火し、きれいな火花をちらします。父様はそれに金属の粉を混ぜました。そうすると赤とか青とか独特の光が生み出されるので」
 シェランの説明。よどみなく説明するシェランの顔は花火の光に照らされ、輝く。
 それをじっと見つめるファルシード。
「ありがとう、がんばってくれて」
「まあ、自分のためだけどね。かえるところないし」
「......もう少しいい方があるだろう。王妃なのだから」
「そっちこそ、国王なんでしょ。もう少し優しく――」
 いつの間にか同級生の言い争いのようになってしまう、二人。しかし、民衆の声に反応してニコニコ手を振る。
 それを後ろからうかがうのはロシャナクである。あごに手をやりなにやら考えながら――
(火薬か......面白い。もしかしたらこれがこの国を救う秘密兵器になるかもしれん。どのように使うか、それが難しいところだが。戦で使ったとしたら、無知な異民族は神の仕業と恐れおののいて士気を失うことだろう――)
 人それぞれに思惑をはらみながら、結婚式は終わりを迎えようとしていた。
「よし!じゃぁ最後のやつ行くか......まあ、うまくいくかどうかは......うん、大丈夫うまくいく!気合だ!」
 そう言いながら、兵士に指示を出すルドヴィカ。
 兵士は細長い筒の中に丸いボールのようなものをいれる。
「耳をふさいで~、そして......点火!」
 導火線にルッドヴィカは火を付ける。テラスに設置された筒にその火が――
 轟音。そして空高く打ち上げられるボール。
 かたずをのんでそれを見つめるルドヴィカと兵士たち。
 消える。そして――
 ばーんという音とともに、光の輪が何層にも連なってタルフィンの空を染め上げた。何度も何度もそれは続く。
 歓声とともにそれを見上げる人々。
 ファルシードとシェランは顔を見合わせる。
 そうして、結婚式の夜はふけるのであった――

第1章 完
 
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