陰法師 -捻くれ陰陽師の事件帖-

佐倉みづき

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Case.4 切り裂きジャック

嗅覚

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 御門ミカドカスミが自宅玄関を潜り、靴を脱ぎ捨て六畳間に上がり込むと、タイミングを見計ったようにスマートフォンが鳴動した。露骨に舌打ちする。ディスプレイを見ずとも判る、このタイミングで連絡を入れてくる知り合いは霧雨キリサメシノしかいない。
「……もしもし」
『やあ、元気かな? しばらく特怪トッカイに顔を見せてないだろう、御子柴ミコシバクンも心配してたよ』
「余計なお世話だっての。っつーか、テスト期間だって言わなかったっけ?」
『おや、そうだったかな。私はてっきり、切り裂きジャックを追っているものとばかり』
 全てを見透かし、なお戯けてみける霧雨篠の物言いは腹立たしいことこの上ない。霞は受話器の向こうに聞こえるよう、盛大に舌打ちした。
 霧雨篠は動じることなく飄々と続ける。
ユウちゃんから聞いたよ。キミの同級生も殺されたそうじゃないか。いやはや、キミがそこまで情に篤かったとはね。いいじゃないか、感心感心』
 感嘆の台詞も、彼女が口にすると白々しいことこの上ない。いや、それよりも。
木下コノシタさんは知ってたのかよ……」
 殺された同級生が、妊娠していたことを。確か、被害生徒は憂や霞とはクラスが違ったと認識していた。だから霞は殺された彼女のことを何も知らない。
『薄々気づいてたみたいだよ? 合同の体育の時に具合が悪そうだった、って教えてくれたんだ』
「ふーん……」
 いつの間に憂と連絡を取り合っていたのか謎だが、彼女の被呪体質を鑑みるに、大方先の吸血鬼事件の際に何かあったら連絡するよう言いくるめたのだろう。となると憂は律儀に言いつけを守っただけなのだが、霧雨篠を頼るのはどうにもいただけなかった。憂は霧雨篠の本性に気づいていないのだろうか? 忠告しようにも、胡散臭さに関してはカゲリも霧雨篠とどっこいどっこいだと思い直す。
『おや、嫉妬かい? いいねぇ、若くて』
「は? そんなワケないだろ」
『まあまあ落ち着きたまえよ。キミがそうやって動いているなら、もう目星はついたんだろう? 後はこちらで裏を取る、キミの考えを言ってごらん』
 複雑な心情を抱えた霞のことなど気にも留めず、霧雨篠は有無を言わさず促してくる。霞はもう何度目かわからない舌打ちをしてから渋々口を開いた。
「……カゲリが妙な気配を感じてる。ただのシリアルキラーじゃない、もっとヤバい奴だ」
『カゲリのセンサーに引っ掛かるならそういうことだろうね。私も同感だ。しかし、他人の子を攫うだなんて、まるで姑獲鳥うぶめじゃないか』
「姑獲鳥ね……」
 霞は失笑した。相手がそんな生易しいモノなら、どれほどよかったか。
 姑獲鳥、または産女。死んだ妊婦が化けた妖怪とされ、中国の姑獲鳥こかくちょうと同一視された。マーキングした他人の子を攫うと伝わっており、母胎から胎児を攫う今回の犯人は霧雨篠の言う通り、確かに姑獲鳥とも呼べるだろう。
 だが、霞の勘……というよりカゲリの嗅覚は、姑獲鳥などよりもっとおぞましいモノを知覚している。と主張したところで、人並みの感性を持たない霧雨篠には理解が及ばないだろう。
(ああ、面倒なことになりそうだ)
 霞は密かに嘆息した。
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