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Case.4 切り裂きジャック
蛭子
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「チッ……」
豹変した姉弟を前に霞は舌打ちした。
――ああ、そうだよ。おかしいとは思ってたんだ。両親を失った子供が独りで生きていける訳がないと。
九曜玲の弟は確かにいた。まともに産まれることができぬまま、母の胎内から攫われた水子が。
これは亡霊だ。九曜玲により取り上げられた胎児の成れの果て。九曜玲がその存在を望みカタチを得た、歪なヒルコ神。それこそが九曜玲が弟だと思い込む陰法師の正体。恐らくこれまでの被害者の子供達も、全てヒルコに取り込まれてしまっているだろう。
最早ヒトのカタチすら留めていない不定形の化け物が、殺気を滲ませて襲いかかってくる。
まずいな、と霞は思う。地球が太陽の影に隠れている時間帯――夜はカゲリの本領だ。遺憾なくその力を発揮できるが、それは相手も同様。九曜玲の心の闇から発生した陰法師は、彼女の影が濃ければ濃いほど力を強くする。
玲が陰陽師の末裔であることも災いした。強い妄念から陰法師を生み出しておきながら、玲自身もコントロールできないでいる。弟だと思い込み、存在を正しく認識できていないのがその証拠。
(ああ、クソ。厄介だ)
先の祟り神はまだよかった。どちらも人の心の闇から生じた存在に違いはなく、かつ陰の気が溜まりやすい山間部にいながら、対峙したのは昼間だった。祟り神に使役者はおらず、目的も定まらぬ不安定な存在だったため勝ち目はあった。
しかし今、両者は同じ土俵に立っている。すなわち、力が弱い方が強いモノに呑み込まれる。弱肉強食の理。霞の頬を一筋の汗が伝わり落ちる。
「オイオイ、何をもたくさトロついてんだよ? いつもみたいにさっさと喰わせろよ。アイツよりオレの方が強いぜ?」
イヴを唆す蛇の声音で、カゲリが囁く。
「まさか、弟に執着するあの女に自分を重ねちゃってたりする? それともヒルコに同情でもした? オマエも安倍にとって要らない子だもんなぁ?」
――五月蝿い。
「オマエモ、要ラナイ子……ボクト一緒!」
ゲッゲッゲ……カゲリの声を聞いたヒルコは霞を指し、ケタケタと嗤い出だす。
――黙れ。
「累、お友達が欲しいでしょう? きっと、彼は良い友達になる」
子をあやす姑獲鳥は妖艶に微笑う。
ああ、五月蝿い。煩い。黙れ、黙れ。
「いい加減認めろよ霞、オマエはどうせマトモに生きれりゃしない。だったらやることは一つしかないよなぁ?」
――もう、元には戻れない。それならば、俺が生きていくためにはアイツを喰らうだけだ。
「喰らい尽くせ、カゲリ!!」
鋭く叫んだ霞の足元から、放射線状に影が拡がる。それはさながら、獲物を絡め取る蜘蛛の巣。断末魔を上げることも叶わず、ヒルコは影に絡め取られ、奈落に呑み込まれていった。
「累ッ!」
玲の悲鳴に似た叫び声。しかし、駆け寄った先には既に何もない。底のない奈落に堕とされたヒルコはカゲリに捕食され、いずれ彼を構成する一部となるだろう。
「貴様あッ、よくも累を……!」
激昂して霞に殴り掛かろうとした玲の動きが、寸でのところで止まる。彼女は肉体の自由を失っていた。力を解放したカゲリが全ての影を支配したからだ。
「死にたくなきゃ今すぐ失せろ。二度と俺の前に姿を現すな」
怒りに震える玲に向かって吐き捨て、霞はその場から立ち去る。振り返らない。振り返りたくない。もう、何も考えたくなかった。
豹変した姉弟を前に霞は舌打ちした。
――ああ、そうだよ。おかしいとは思ってたんだ。両親を失った子供が独りで生きていける訳がないと。
九曜玲の弟は確かにいた。まともに産まれることができぬまま、母の胎内から攫われた水子が。
これは亡霊だ。九曜玲により取り上げられた胎児の成れの果て。九曜玲がその存在を望みカタチを得た、歪なヒルコ神。それこそが九曜玲が弟だと思い込む陰法師の正体。恐らくこれまでの被害者の子供達も、全てヒルコに取り込まれてしまっているだろう。
最早ヒトのカタチすら留めていない不定形の化け物が、殺気を滲ませて襲いかかってくる。
まずいな、と霞は思う。地球が太陽の影に隠れている時間帯――夜はカゲリの本領だ。遺憾なくその力を発揮できるが、それは相手も同様。九曜玲の心の闇から発生した陰法師は、彼女の影が濃ければ濃いほど力を強くする。
玲が陰陽師の末裔であることも災いした。強い妄念から陰法師を生み出しておきながら、玲自身もコントロールできないでいる。弟だと思い込み、存在を正しく認識できていないのがその証拠。
(ああ、クソ。厄介だ)
先の祟り神はまだよかった。どちらも人の心の闇から生じた存在に違いはなく、かつ陰の気が溜まりやすい山間部にいながら、対峙したのは昼間だった。祟り神に使役者はおらず、目的も定まらぬ不安定な存在だったため勝ち目はあった。
しかし今、両者は同じ土俵に立っている。すなわち、力が弱い方が強いモノに呑み込まれる。弱肉強食の理。霞の頬を一筋の汗が伝わり落ちる。
「オイオイ、何をもたくさトロついてんだよ? いつもみたいにさっさと喰わせろよ。アイツよりオレの方が強いぜ?」
イヴを唆す蛇の声音で、カゲリが囁く。
「まさか、弟に執着するあの女に自分を重ねちゃってたりする? それともヒルコに同情でもした? オマエも安倍にとって要らない子だもんなぁ?」
――五月蝿い。
「オマエモ、要ラナイ子……ボクト一緒!」
ゲッゲッゲ……カゲリの声を聞いたヒルコは霞を指し、ケタケタと嗤い出だす。
――黙れ。
「累、お友達が欲しいでしょう? きっと、彼は良い友達になる」
子をあやす姑獲鳥は妖艶に微笑う。
ああ、五月蝿い。煩い。黙れ、黙れ。
「いい加減認めろよ霞、オマエはどうせマトモに生きれりゃしない。だったらやることは一つしかないよなぁ?」
――もう、元には戻れない。それならば、俺が生きていくためにはアイツを喰らうだけだ。
「喰らい尽くせ、カゲリ!!」
鋭く叫んだ霞の足元から、放射線状に影が拡がる。それはさながら、獲物を絡め取る蜘蛛の巣。断末魔を上げることも叶わず、ヒルコは影に絡め取られ、奈落に呑み込まれていった。
「累ッ!」
玲の悲鳴に似た叫び声。しかし、駆け寄った先には既に何もない。底のない奈落に堕とされたヒルコはカゲリに捕食され、いずれ彼を構成する一部となるだろう。
「貴様あッ、よくも累を……!」
激昂して霞に殴り掛かろうとした玲の動きが、寸でのところで止まる。彼女は肉体の自由を失っていた。力を解放したカゲリが全ての影を支配したからだ。
「死にたくなきゃ今すぐ失せろ。二度と俺の前に姿を現すな」
怒りに震える玲に向かって吐き捨て、霞はその場から立ち去る。振り返らない。振り返りたくない。もう、何も考えたくなかった。
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