陰法師 －捻くれ陰陽師の事件帖－

Case.7 神隠し

誰がための楽園

「ここは……」
　わたしは瞬きを二、三回繰り返す。歪んでいた景色が元に戻り、周囲に広がるのは先程と変わらない遊園地そのもの。でも、何かが決定的に違う。
「帰りたい、おうちに帰りたいよぉ」
「ここから出してくれッ、出せッ、出せよ！」
「ねえ、どうなってるの!?　何で出られないのよッ、もう嫌ぁ！」
　泣き叫ぶ子供、大声を出す男性、ヒステリックに喚く女性。辺りはまさに阿鼻叫喚。
　彼らが一様に取り乱す理由に気づいた。ここは普通の遊園地と違い、出入り口がないんだ。空を仰いでも、本来空がある場所はぽっかりと暗い穴が空いているだけ。外界から遮断された空間に遊園地が転移したとでも言うべきか。不気味なほど明るい音楽が、かえって群衆の恐怖を煽っている。
　そうか、神隠しに遭った人々はここに連れ込まれたんだ。もう一つの遊園地という名の檻に閉じ込められていた……。
「なんでみんな帰りたがるんだろうね？　楽しい時間はずっと続いた方がいいのにさ」
　不思議そうな声。フェアりんだ。泣き喚く人々を見ても同じる様子はない。わたしは知っている。異常事態において、平然としていられる方が普通ではないことを。微動だにしないにこやかな笑顔の奥に底知れぬ薄気味悪さを感じたのは、場の雰囲気に呑まれただけではなさそうだ。
「ね、暁アキラもそう思うでしょ？」
　フェアりんが話しかけたのは、いつの間にか隣に佇んでいた小学校低学年くらいの男の子だった。
「うん。ぼく、帰りたくない。ずっとずっと遊んでるんだもん」
　拗ねたように唇を尖らせて答えた少年を見ておや、と気にかかる。この子は他の人とは異なり怯えていない。いや、気になったのはそれだけじゃない。この子の顔にも見覚えがあるんだ。暁と呼ばれた少年。必死に記憶を手繰り寄せる。
　ここに来るきっかけ。霧雨篠が広げた写真。小学生の男の子に大学生の女性、サラリーマンの中年男性まで幅広い世代が写っていた。写真には名前と簡潔なプロフィールも添えられていて、そちらにも目を通した。その中に、彼はいた。確か名前は、新堂シンドウ暁くん。フェアりんが呼んだ名前とも一致する。
「ほら」我が意を得たりといった様子でフェアりんは頷いた。「きみだってつまらない現実に帰りたくないでしょ？」
「帰れるなら帰りたいよ。友達も、家族も心配するだろうから」
　少年の顔が歪んだ。触れられたくない事柄に言及してしまっただろうか。そういえば、シングルマザーの母親と一緒に遊園地に来ていたが、少し目を離した隙に行方不明になったと記されていた。
「心配なんかしないさ。だって、暁のお母さんはお仕事ばっかりで構ってくれないんだろ？」
　フェアりんの問いに、少年は小さく頷いた。
「お母さんいっつも一緒に遊んでくれないからつまんない。でもね、こないだね、遊園地に連れてってくれたんだ。すごく楽しかったから、ぼく帰りたくなかったんだ。そしたらね、フェアりんのおかげでここでずっと遊べるようになったの！　嬉しくってずっとずっと遊んでるの」