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24 真夏の旅行・悪いやつ ☆

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 旅行の日が来た。
 キリエのクラスメイトを中心に、他クラスの男女も交えて、総勢15名。声が掛けられていたのは20名以上だったが、最終的にはこの人数に落ち着いた。

 さすがに綺麗に男女半々とはならなかったが、男子が8名、女子が7名。
 男女混合であることは家族には内緒にして、宿では男女がそれぞれ2部屋ずつを予約している。

 一応、口裏合わせはしているが、どこからか情報が漏れる可能性はある――だが、旅行が始まってしまえばこちらのもの。帰宅後にバレたところで叱られる程度で済むだろう……という、割とゆるい計画だ。

(こういうの、あんまり好きじゃないけど……)

 家を出るときも、そしてこうして駅に向かうあいだも、キリエは罪悪感で浮かない気分だった。

 駅に着くと数人がもう集まっていて、キリエに気づいたクラスメイト――相川萌あいかわ・もえが手を振ってきた。

「おはよ、キリちゃん。良かった、本当に来た」
「なによそれ」
「だって、ずっと渋ってたし。良かったぁ」

 じゃれてキリエの腕に抱きついてくる。ボブカットの髪。優しげなたれ目。派手な外見ではないが、人懐っこくて男女問わず友人の多いクラスメイトだ。

 キリエからわずかに遅れて、和樹と愛花も到着した。そろっての登場にさっそくはやし立てられ、からかわれている。

 和樹は、「やめてよ」なんて言いながらも、さも自慢げなニヤけ顔だ。キリエの視線にも気づいていないようだ。

 だが、隣にいた愛花とは目が合った。

(…………)

 互いに、ささやかな目礼を交わす。先日の邂逅については秘密にしてもらっているので、少々バツが悪い。一方で愛花のほうも、まだ居心地が悪そうだ。

 もうキリエのほうでは、以前のような嫌悪感は抱いていない。
 もちろん2人の姿を見ると、思うところはある。
 でも――
 
「おはよう」

 そのとき聞き慣れた声がして、キリエはビクリと背筋を伸ばした。

「おう、涼介」
「遅いぞ」

 彼の男友達が口々に言う。
 キリエはそっと……傍らの萌にも気づかれないように、そっと横目で彼の姿を追う。

 今日は黒色のキャップをかぶっている。長い手足。同級生たちよりどこか大人びた横顔。友人たちの冗談に応じる微笑。

 こうして改めて友人たちの前で会うと、感慨深いものがある。

 だって彼はもうキリエの恋人で、友人たちには断じて秘密だが、彼とは何度も何度も――

「…………っ」

 夏の暑さとは違う種類の火照りで、かあっと顔が赤くなるのが自分でも分かった。

 ついこのあいだまで――
 夏休みに入る前までは、ただのクラスメイトだったのに。それどころか、嫌いなタイプの男子ですらあったのに。

「――キリちゃん?」
「ん、ううん! 何でもない」
「そう?」

 こうしてキリエたちの旅行は始まった。
 目的地は、海だ。



 ■ ■ ■


 県境を越えた目的地までは、乗り換えを含め2時間ほどかかった。

 到着後、まずは宿でのチェックインを済ませた。

 予約の宿は和風の旅館だった。
 海からは少し離れた小高い林の中にある、学生には贅沢すぎるほどの宿だ。

 キリエは学生だけの旅行は始めてだったので、カウンターで友人のうしろに並んでいるだけで緊張した。

 自分たちだけで入ったのは、観光用の宿やホテルより涼介と訪れた恋人向けのホテルのほうが先であったのだと思い至って――またひっそりと頬を紅潮させたりもした。
 
 そうして宿に荷物を置き、さっそく昼前から海に繰り出したのだった。

 
  + + +


「わあ、キリちゃんの水着可愛い!」

 萌が明るい声で言うので、更衣室で注目を集めてしまった。
 オフショルダーのビキニ。涼介と選んだ水着だ。

 旅行のために調達したと思われると嫌だな、と気後れしたが、他の子たちも似たりよったりだったようだ。
 楚々として控えめな雰囲気の愛花ですら、可愛らしいフリルの付いたビキニを着ている。

 まだ水着の露出の多さには慣れないが、 

(むしろ、正解だったのかな)

 と、少しだけ涼介に感謝した。
 
 更衣室を出て、男子たちとの合流地点まで歩いていく。

 予想通りに人出は多かったが、ネットで見るよりずっとキャパシティの大きな海水浴場で、混雑で不快な思いをするほどではなかった。

 この環境では、水着姿の女子集団というのも殊更目立つものでもない。

 それでも、すれ違う男性の視線は感じる。
 キリエの水着はスタイルの良さを強調するものだったし――彼女自身が思うより目立つ美貌でもあるので――、注目を浴びるのも無理はなかった。

 それに、愛花の水着姿も目立つ。
 活発な雰囲気がするキリエとは違って、肌を晒しそうにない、深窓の令嬢めいた美少女だ。


 ――キリエたちは集団で騒いでいるので声をかけられるようなことはまだないが、もしもこの2人で歩いていれば、すぐに目ざとい男どもに行動を起こさせていただろう。


「お待たせー」
「お、来た来た!」

 海の家のそばで男子グループと合流する。

(なんだろ、みんな慣れてる……)

 水着姿で邂逅しても、男子も女子も特に恥じらいも見せない。キリエは男子からの視線に恥ずかしくなってしまい、自然に振る舞えずにいるというのに。

 と、

霧崎・・、似合ってんじゃん」
「――えっ」

 不意打ちのように声をかけられる。
 涼介だ。
 
 彼は約束通り恋人関係を隠してくれているだけだが、それでも白々しい物言いにムカっとくる――と同時に、ドギマギもしてしまう。友人たちの前で、お互いこんなに肌を晒して、とても近くで。

「…………っ! あ、あんま見ないでよ、セクハラだから!」

 半分本気、半分演技で刺々しい態度を取るが、それも微苦笑で躱されてしまう。

「もう、師藤くんダメだよ? キリちゃんはデリケートな生き物なんだから」

 萌が涼介の前に立ちはだかる。もっとも、彼女も半笑いだったが。

「はは、そうなんだ。じゃあ大事に扱わないとな」
「そうだよ? ねー、キリちゃん」
「……ど、どうでもいいからっ!」

 もどかしい立ち位置に、キリエはむず痒さを覚えるのだった。



 ■ ■ ■



 それからキリエたちは、パラソルを借りて砂浜に陣取り、持参したボールを膨らませてビーチでバレーをしたり、浮き輪を膨らませ海にも飛び込んだ。

 海の家で焼きそばを食べたり、かき氷を買ったり。

 はじめこそ大勢の旅行に乗り気でなかったキリエだったが、そうこうしているうちに自然と楽しめるようになっていた。

 次第に、15名のグループは思い思いに行動するようになる。


「愛花、あっち行ってみようよ」

 意識はしていなかったが、和樹の声が耳に入ってきた。
 彼は恋人を連れて海の家を挟んだ反対側へと歩いて行った。

「…………」

 嫉妬の感情はない。

 ただ、羨ましいとは思った。
 もし涼介との関係を公表すれば、自分もあんな風に並んで歩けるのだろうか――と。 

 キリエは、萌に誘われ海に入った。

 沖の方まで進んでいく。
 ギリギリ足が付かないほどの深さで、キリエが浮き輪に身をくぐらせて浮かび、萌はその浮き輪に顎を乗せるようにして漂っていた。

「ふー、気持ちいいねぇキリちゃん。来て良かったでしょ?」
「まあね。ムチャクチャ暑いけど」
「ふふっ。素直じゃないなぁ」

 リラックスした顔で笑う友人に、キリエも微笑を返す。

 しばらくそうしてまったり過ごしていたのだが、ふいに萌が声を上げた。

「よーし、休憩終了! それじゃ私泳いでくるから、またあとでねー」
「ちょっと、萌?」

 急にパワフルに泳いでいってしまった萌にあっけにとられていると、ぐい、と浮き輪が背後から引っぱられた。

「お姉さん1人? このへん案内してあげよっか。大丈夫、俺、悪いやつじゃないからさ」
「…………。悪いやつでしょ」

 と、キリエは後ろを見ずに応じた。

「あれ、気づいてた?」
「――当たり前でしょ」

 振り向く。
 浮き輪を掴んでいたのは、やはり涼介だった。

「ナンパかと思って焦った?」
「別に。来ても追い払うし」
「キリエが? 出来るかな」

 本日初めて名前で呼ばれたことに秘かに胸を弾ませつつも、顔には出さずにキリエは言う。

「涼くんみたいな人には私、付いていかないから平気」
「はは。でも、ちょっと危なかったんだぜ」
「え?」
「あっち――」

 涼介が顎で示す方向に目をやると、浅黒く日に焼けた2人組の男が、こちらに送っていた視線を逸らし、つまらなそうに顔を歪めながら遠ざかっていった。

「キリエたち、狙われてたから」
「え……」
「相川も大丈夫」

 今度は砂浜のほうを見ると、萌には別の男子が寄りそって守っていた。彼もクラスメイト。どこか萌に似た雰囲気の、優しい性格の男子だ。

 どうやら彼と涼介が萌にジェスチャーで合図を送って、逃げるように指示していたらしい。
 萌はクラスメイトのほうに避難させ、キリエのほうには涼介が別方向から接近して。

 ナンパ男たちはその咄嗟の行動に戸惑っているうち、獲物に取り付くタイミングを逃したらしかった。


 機転を利かせたのは恐らく涼介だろう。
 萌はあのクラスメイトと特に仲がいいので、遠距離の意思疎通にも支障はなかったようだ。

「あの2人もお似合いだよな」
「……私は助かったっていうより、別の悪い男に捕まったって感じだけどね」
「なんだよ、やけに突っかかるな」

 言いながらも、涼介はおかしそうに笑っている。

「――ああ、寂しかった? ごめんごめん、ほったらかしにして」
「そ、そんなワケないでしょ、馬鹿なの!?」

 声を上げて反論するが――
 すぐにキリエは思い直して、からかわれるのを承知で素直に言ってみた。

「……あ、ありがと。涼くんが来てくれて、ちょっとホッとしてる」
「どういたしまして」

 特に茶化すこともなく、涼介も答える。
 彼は、さっき萌が居たところに顔を載せて、真っ直ぐにキリエを見ている。

「お礼に、キスしてもらえると嬉しいんだけど」
「っ……!? こ、ここで!?」 

 周りに人は多いが、旅の同行者たちは遠くの砂浜や海の家のほうへ行っているらしく、キリエたちの姿を見咎める者はいない。

 彼もこの状況を承知で言っているのだろうが――

「じょ、冗談でしょ」
「ん。本気」
「…………っ」

 ついさっきまで、気を許せる友人と遊んでいただけだったのに。
 今日は2人きりになれないから、涼介とは他人行儀で通そうと思っていたのに。

 突然のシチュエーション。
 水面に照りつける陽差しと海の浮遊感が、キリエの高揚を後押しする。

「……せ、せめて、目つぶってよ」
「いやだ」
「っ、馬鹿……!」

 代わりにキリエはギュッとまぶたを閉じて首を伸ばす。

 唇の先が触れ合う。
 1度、2度。

 恥ずかしさに顔を火照らせながらキリエは、
 
「うぅ……、やっぱり目、開けてるし……!」
「いや、キリエが可愛すぎるから」
「……!」

 周囲で漂っている海水浴客は、キリエたちのことを見ていない。

 ――もしかしたら目の端で捉えているのかもしれないが、恋人同士の行為に、わざわざ関わろうとはしない。誰しもが開放的になっているし、寛容的になっている。

「キリエ、もう1回して」
「……っう、ぅん」

 か細い声でうなずいて、今度はもう少し大胆な長さでキスに興じる。

「あ、んっ……ちゅむッ」
「キリエ、足」
「え?」
「……絡ませてきてる?」
「ッッ!?」

 海中を漂う涼介の右脚に、キリエは無意識のうちに両脚をすり寄せていた。

「こ、これは涼くんのほうが……!」
「違くない? キリエでしょ」

 薄笑いを浮かべたままの涼介が、キリエの耳元まで首を伸ばしてくる。

「……興奮した?」
「してない――っ」
「足、離さないくせに」
「だ、だって……!」

 指摘されても、彼に触れるのをやめられなかった。

「やばいね、みんな居るのに」
「やっ、やッ――、あっ!?」

 涼介も足を引くどころか、むしろ挿し込んできた。太腿の内側が海中で擦れる。彼の硬い脚が下腹部に触れる。

「んぅッ、だめ、だめっ」

 この声ばかりは、見知らぬ他人にも聞かれるわけにはいかない。必死で噛み殺しても漏れる小さなあえぎ声。ゆらめく海面の音や、海水浴の歓声が打ち消してくれるのがせめてもの救いだ。

「今日、こんなつもりじゃ――っ」
「俺もそうだったけど。ただでさえキリエの水着が見られて、その上こんなことされたらさ」
「やんっ、や、やぁ……っ」
「ホントに似合ってたし。すげぇ可愛いよ。そりゃあ他の男も寄ってくるよな」
「んぅッ、ぅううっ……! や、やだっ、コリコリって、しないでっ……、足動かしちゃ、やだっ……!」

 動いているのは涼介の脚ではないことを、キリエは自覚していた。動いているのはキリエの下半身。

 涼介のことを太腿で挟んで、はしたなくも腰を擦りつけて、より強い快感を得ようとしている。

「いいよキリエ――気持ち良くなっても」
「で、でもでもっ……!」
「こっち向いて」
「えっ――んむッ!?」

 また一瞬のキス。
 しかし今度は彼のほうから、まさしく奪われると表現するのがふさわしい力強い口づけだった。

(こ、こんなのされたら……ッ、き、気持ち良くなるっ、あたま、何も考えられなくなっちゃうっ……!)

 赤面して照れる顔とは裏腹に、海の中では、腰が淫らにくねり、欲望を満たそうとする。

 陸のように自由が利かない、海の浮力が恨めしい。浮き輪も邪魔だ。これさえなければ――

(りょ、涼くんにギュってしてもらえるのにっ……! んッ、う、うぅッッ!? い、今のとこ、コリコリって……! やだ、いいっ、これいいッ――、い、イく!? イっちゃうッッ!?)

 電流が背筋を貫いた。
 こんなに人がいるのに。他人が近くにいるのに。

「ンぅ――ッッ、……ン、ぃっ……!!?」

(わ、私、イっちゃった――っ!? こんなところで、みんなと旅行中に……っ!)

 普段のキリエなら、絶対に良しとしないはずの淫乱な振る舞い。
 開放的になっているのは自分も同じだったらしい。

「は、あッ、ふぅっ、フぅっっ……!」

 この期に及んでも、脚を解くことができない。甘えるように、ねだるように絡みつかせてしまう。

「……キリエ。まだ時間あるから」

 耳元で涼介が囁く。
 それは、彼女を更なる堕落へといざなう一言だった。


「人の居ないトコ、行こうか」


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