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その82
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「おはよう、クリス。今日はいい朝だね」
「あなたはだれ?」
「まさか、僕のことを忘れたわけではあるまいね?」
「わたしはあなたのことをしらないの」
「……ふーん、そうか……」
これは恐らく夢なのだろう、と思った。疑心暗鬼に陥っているだけだと思った。
「嘘ではないと言ったはずだ。クリスは何も覚えていない。彼女にとって、君は初めて会った人物と変わらないんだ」
恐らく、クリス以外何も変わっていなかった。朝もやを吹き抜ける風は相変わらず痛い。そのうち太陽が昇ってきて、あれだけ寒かったバルコニーが鳥たちのたまり場になる。つがいの鳴き声にでも耳を傾けてみれば、そのうち昼がやって来る。日常の煩わしさを忘れて、花を愛でてみる。クリスがそこに加わって、フランツの人生は少し変わった。皇帝になりたいわけではなかったが、クリスと婚約することを条件に、皇帝になることを決意した。
クリスとの婚約が正式に決まった矢先のこと、クリスはフランツの記憶をなくした。フランツは公務を全て中止して、クリスの面倒を見続けた。一過性の病かもしれないと思って、優れた医者を呼んだが、その結論は得られなかった。
貴族たちの界隈では、クリスとフランツの破断を占う者たちが増えた。そもそも、最初から名の知れない少女と婚約すること自体に問題があった、とご意見番の長老たちは騒ぎ始めた。
「どちらにしても、私の自由意志は介在し得ないのである」
フランツの手記には、毎日書かれていた。クリスの父が幻想であったとしても、あるいは、皇帝という冠が通用する世界が幻想だとしても、フランツはクリスのことしか考えていなかった。
「あなたはだーれ?」
クリスはフランツのことを忘れていた。あるいは、最初から赤の他人である世界線に移動したのかもしれない。いずれにせよ、このまま正式に婚約することは不可能だった。
「フランツがまず、クリスとの婚約を破棄する……。そうすると、フランツは新しい令嬢と婚約して、その後3人の強力な子を産む。この世界線はとりあえず安泰だ……」
クリスの父はコクリコクリと頷いた。
「後はフランツが婚約破棄するだけか……」
フランツを利用したのは、皇帝という冠に背くことはできないと思ったからだ。どれほど人生を嘆いても、結局は周囲に屈する形で、間もなく婚約破棄を高らかに宣言する……そう思っていた。
「あなたはだれ?」
「まさか、僕のことを忘れたわけではあるまいね?」
「わたしはあなたのことをしらないの」
「……ふーん、そうか……」
これは恐らく夢なのだろう、と思った。疑心暗鬼に陥っているだけだと思った。
「嘘ではないと言ったはずだ。クリスは何も覚えていない。彼女にとって、君は初めて会った人物と変わらないんだ」
恐らく、クリス以外何も変わっていなかった。朝もやを吹き抜ける風は相変わらず痛い。そのうち太陽が昇ってきて、あれだけ寒かったバルコニーが鳥たちのたまり場になる。つがいの鳴き声にでも耳を傾けてみれば、そのうち昼がやって来る。日常の煩わしさを忘れて、花を愛でてみる。クリスがそこに加わって、フランツの人生は少し変わった。皇帝になりたいわけではなかったが、クリスと婚約することを条件に、皇帝になることを決意した。
クリスとの婚約が正式に決まった矢先のこと、クリスはフランツの記憶をなくした。フランツは公務を全て中止して、クリスの面倒を見続けた。一過性の病かもしれないと思って、優れた医者を呼んだが、その結論は得られなかった。
貴族たちの界隈では、クリスとフランツの破断を占う者たちが増えた。そもそも、最初から名の知れない少女と婚約すること自体に問題があった、とご意見番の長老たちは騒ぎ始めた。
「どちらにしても、私の自由意志は介在し得ないのである」
フランツの手記には、毎日書かれていた。クリスの父が幻想であったとしても、あるいは、皇帝という冠が通用する世界が幻想だとしても、フランツはクリスのことしか考えていなかった。
「あなたはだーれ?」
クリスはフランツのことを忘れていた。あるいは、最初から赤の他人である世界線に移動したのかもしれない。いずれにせよ、このまま正式に婚約することは不可能だった。
「フランツがまず、クリスとの婚約を破棄する……。そうすると、フランツは新しい令嬢と婚約して、その後3人の強力な子を産む。この世界線はとりあえず安泰だ……」
クリスの父はコクリコクリと頷いた。
「後はフランツが婚約破棄するだけか……」
フランツを利用したのは、皇帝という冠に背くことはできないと思ったからだ。どれほど人生を嘆いても、結局は周囲に屈する形で、間もなく婚約破棄を高らかに宣言する……そう思っていた。
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