婚約破棄された令嬢は第二の人生を謳歌して狭い自由を手に入れる

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その3

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さて、話を少し巻き戻すことにしよう。情報はすぐさまもたらされることになった。

マリアが婚約破棄されたことを知った公爵は、あまりの驚きで、何度かひっくりかえってしまった。

「旦那様、お気を確かに!!!」

執事のダートマスが、公爵を励ました。

「ダートマス……だがな、これが驚かずにいられようか……婚約破棄だなんて……とんでもない話じゃないか!!!あの王子のよからぬ噂は本当だったんだなあっ!ああ、この私がバカだった!!!何とかして連れ戻さねば!!!」

公爵はマリア奪還作戦をこっそりと計画し始めた。それと同時に、婚約破棄に関して詳細なる調査を皇帝に進言するための準備も始めた。

マリアの父である第45代クラーギン公爵は、その伝統を受け継ぎ、自分の娘を王家の人間に嫁がせることを画策した。公爵家の中でもひと際王室に近いことで有名だったので、時の皇帝も、第一王子のバビンスキーと令嬢マリアとの婚約をすぐさま承諾した。このようにして、王家と世界有数の公爵家が互いに手を取り合って国を支えていくというやり方は、古来よりの伝統だった。

しかしながら、近頃になってそのような堅苦しい伝統を嫌う王族や貴族が出現しているのは事実だった。まさに、バビンスキーやマリアがその代表例だった。とは言え、その飛びぬけ具合は、マリアの方が強烈だったはずである。

公爵は、マリアが生まれた時から、将来王族に嫁がせることを確信していて、王妃にふさわしい令嬢になるよう、厳格な教育を施してきた。普段の生活から、旅行に行くときまで、一瞬たりとも気を抜くことはできなかった。

そして、公爵は普段からマリアに言い聞かせていた。

「わがクラーギン家にとって、娘が王族の元に嫁ぐと言うのは、当たり前のことなのだ。だから、マリア。君は、その当たり前のことをきちんとこなせればいいんだ。分かったね。近頃の令嬢ときたら、礼儀作法をわきまえない輩が増えているからな。学校に通うと、そう言う輩がわんさかいるだろう。でもね、君はそういう低俗な令嬢や貴族と関わりを持つべきではないと思うんだ。朱も交われば赤くなるという諺があるように、君自身が穢れてしまうからね。さあ、分かったね?これから君がすべきことは……」

こんなやり取りを永遠に繰り返して、マリアはその都度、

「分かりました」

と答えるものだから、公爵はさぞかし安心したはずだ。貴族の伝統にのっとった麗しい娘になることを確信していたのだ。最も、そもそも何を言っているのかいまいちわからないということも言えた。


しかしながら、現実は異なっていた。物心つくようになると、マリアは様々なことに対して反抗するようになった。自分が嫌なことは正直に嫌と言う。普通の人間であれば許されることであっても、公爵令嬢マリアには赦されなかったのだ。

「お前は物事の良し悪しが分からないのか?そんなふうに育てた覚えはないぞ?ああ、私は一体どこで教育を間違えたのだろうか……」

親のしつけに対して、口を挟むなんてもっての外である。だが、そんなことも、マリアにとってはお構いなしだった。公爵が危惧した通り、格式ある貴族の伝統に従わない、そして疎んじる貴族や令嬢の巣窟となった学校に通ったせいなのか、マリアの意識はどんどんどんどん悪い方向(公爵による考え)に流れてしまった。つまり、自分がお飾りの令嬢で、人形のように操作されることが嫌だったのだ。自我をもって生きる。若い貴族の風潮だった。公爵には理解できない話だった。だから、いくら議論をしてもかみ合うことはなかった。マリアは気が付いていなかったが、公爵は本気で娘の将来を心配し始めた。

「だんなさま、何も心配する必要はございませんよ。お嬢様はいつか、自らの過ちに気が付かれます。そして、より一層素晴らしい令嬢におなりになるのでしょう……」

ダートマスがこのように励ますと、公爵は、

「ああ、そうだ。きっとそうに違いない」

と、幾らか希望を持つことができた。だが、現実は違っていた。時には、ダートマス自身が、自分の安直な考えを反省することもあった。だが、公爵は決してダートマスを責めなかった。公爵は、このような事態を予測していなかったが、それが、ダートマスのせいでないことを知っていた。そして、王子との婚約が叶わない事態を想定して、なんとか、マリアの名誉を保つ方法はないものか、と考えていた。


令嬢の異端児と一部で言われることになったマリアの婚約者である第一王子バビンスキーも、その例外として有名だった。ある意味、公爵家よりも厳格なしつけが施されるわけで、幼少期は誰しもが、仕方なく従う世界なのである。反抗することなんて絶対に許されない世界なのだ。だが、やはり、物心ついて来ると、少しは反抗してやろうと思う者も出てくる。それを再び強硬で押さえつけることもあるし、場合によっては自主的に気付かせる場合もある。バビンスキーの場合、どちらも上手く機能せず、結果として非常に自分勝手で、時折自分の立ち位置を見失う王族になってしまった。父親である皇帝陛下が、幾度となく悩んだのだが、やはり、第一王子であるため、将来の皇帝候補筆頭であることに変わりはない。それでも、この度、公爵令嬢マリアと婚約し、所帯をもつことによって少しは変わることを期待していた。

そんな親の期待を見事に打ち砕いた青年王子の暴走……とでも言えばいいだろうか?いずれにしても、二人は前途多難なのだ。だが、双方は逆の意味で期待が持てた。お互いが変わり者であるわけだから、その二人が交われば、想定していない、ある意味では良い方向に進んでいくのではないか、と期待していたのだ。

結果として、そもそも婚約が破棄されてしまったわけではあるが。

「しかし、このまま行きますと非常にまずいことが起きそうな予感がいたします……」

ダートマスが言うと、公爵もうなずいた。

「私もさっきからそのように感じていたんだ。いったい、マリアはこれから何をしようと考えているんだろうか?ひょっとしたら、いやさすがにそれは考えすぎだろうか?」

「だんな様。みなまで言わないでください。私にはだんな様が想像なさっていることがよくわかります。そして、それが実行されたら、非常に厄介なことになりますね?」

そんなことが起こるはずがないと、公爵は自らに言い聞かせることしかできなかった。

「私の情報筋によりますと、お嬢様は非常に満喫した生活を過ごされているようですよ?」

それを聞いて、公爵は、皮肉なことに一安心した。

「やはり、どこかで育て方を間違えたのかもしれないな。マリアはマリアなりに生きたいと思っているんだ。親として、やっぱりそういうものは全て認めたほうがいいのかもしれないね。ああ……」

公爵はしばらく1人になるため、寝室に向かった。ダートマスは、引き続き情報収集に努めた。

ダートマスの情報筋は非常に緻密だった。最高レベルのスパイとでも言えばいいのだろうか。

「入り給え……」

「失礼いたします」

「それで……お嬢様の様子はどんな感じなんだ?」

「はい、私が一日見ておりますと、どうも、お嬢様は監禁小屋での生活を楽しまれているようなのです。私も最初は目を疑いました。しかしながら……やはり、お嬢様は人を利用するのが得意みたいです。第一王子バビンスキー様が、恐らくお嬢様に多少の贅沢を許されたのでしょう。お嬢様はバビンスキー様に様々な要望を伝えて、ご自分なりの生活を楽しまれているようです」

「そうなのか?監禁小屋だと言うのに、随分と呑気なんだなあっ……」

「まあ、そのようにおっしゃいますと、お嬢様が可哀想ではありませんか?」

「それもそうだな……。ところで、皇帝陛下は、バビンスキー様が婚約破棄したことを知っているのか?」

「いいえ、それが、バビンスキー様は皇帝陛下に今回の件について、何も伝えていらっしゃらないようなのです。ですから、皇帝陛下は何も知らないはずなのです」

「とすると……だんな様が皇帝陛下の元に行くというのは、つじつまの合わないことになってしまうなあ……。どうすればいいのだろうか?」

「恐らく、バビンスキー様は、婚約破棄の原因が自分にあると、世間にばれることを危惧しているのだと思います。ですから、婚約破棄について何も言わないのだと思います」

「そうだよなあ……」

ダートマスは、頭を抱え込んだ。両者、特に公爵とマリアがなるべく良い待遇となるようにするには、どうすればいいのか、その答えを出すのに難渋した。

「何らかの形で、皇帝陛下にこの件が伝わればいいのだがなあ……」

「いずれにしましても、もう少し監視を続けようと思います」

「ああ、頼むよ。ただし、絶対に気付かれないようにな。どういうわけだか知らないが、時折、バビンスキー様ご自身が監禁小屋に出向かれることがあるらしいから」

「承知しました」

ダートマスの眠れない夜が再び戻ってきた。夜が明けると、公爵は皇帝陛下の元に乗り込むだろうと思った。それを止める術はなかった。

「だが……やはり、だんな様がなさりたいことを止めてはならないと思う。全てはお嬢様のため、そして、正義のためなのだから……」

マリアの安全と公爵の名誉復権を祈って、ダートマスは再び考えをめぐらせることになった。








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