悪役令嬢の遠い記憶

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遠い現実

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 転生。過去からやって来た。過去の記憶はなんとなくある。特別何かをしたわけではない。ただただ、普通に生きただけだった。  

 私はそこそこ大きな貴族の子供となった。家族は皆、私を赤ちゃんとして扱う。さすがに赤ちゃんの頃の記憶はないから……どう振る舞えばいいのかよく分からない。

 私を見つめるのは、父、母、そして、家政婦?兄弟とかはいないのだろうか?随分と質素だ。

「あなた……この子、大丈夫かしら?」

 大丈夫って……そうか、私はまだ赤ちゃんなんだ。

 天井を見上げて難しい顔をしているものだから、心配になるのは当然のことだ。

 やばい、怪しまれる……。どうすればいいの?

 とりあえず笑えばいいのかしら?

「あなた……この子、やっぱりおかしいわよ……。病気かしら?」

 母らしき女性が金切声をあげた。そうそう……私の母もこんな感じだった……。

「あなた……何とか言って!」

 確か、父が他の女を作って、母との婚約を破棄するとかなんとかって話だった。すると母は、一晩中叫びまくった。すごくうるさかった。でも、私には母の気持ちがよく分かった。女っていうのは、非常に感情的だ。怒りのスイッチが入ると、中々止められない。殿方にしてみれば、そんなことで一々怒るな、と言いたいのだろうが、そうはいかないのだ。

「あなた…………!」

「うるさい!少しは黙れ!」

 夫婦喧嘩が始まると、子供は何もしないほうがいい。子は鎹なんて言うけれど、それは嵐が過ぎ去った時の話。仕方がない。少し眠ろう…………。

 眠れば何でも解決する、というのは安易かもしれない。でも……これが本来の赤ちゃんでしょう?きっと。難しいことなんて分からないからね。


 眠りから覚めると、時間が大部進んでいた。私は10歳くらいになっていた。小さい男の子が1人いた。弟だろうか?それにしても……母の機嫌は相変わらず悪いな。

 ひょっとして……隠し子?

 そうか、だから機嫌が悪いんだ……。

「お姉さま……一緒に遊びませんか……?」

 見た目は弱弱しいが、その分可愛い。この子なら……お姉さまになってあげてもいいや。

「分かった。遊びましょう」

 とはいうものの、何をすればいいのだろうか?

 とりあえず、お庭でも散歩すればいいのかしら?私の方が迷子になりそうだけど?

 だって、この家のことなんて、何も知らないから……。

「お姉さま……手をつないでもらっても……いいですか?」

 私はこくりと頷いて、手を差しのべた。

「ありがとうございます。嬉しいです!」

 満面の笑顔。ただ手をつないだだけでこんなに?

 決めた。この子を責任もって守ります。お姉さまとして、精一杯弟の面倒を見ます。

「お姉さま…………お姉さま?」


 あれっ……力が入らない……。

 どうして?弟が私から遠ざかっていく……。

 違う。私が弟から遠ざかっているんだ……。

 どうして…………?

 弟が泣いている。

 その声が……もっともっと遠ざかっていく……。 








「お姉さま……手をつないでくれませんか?」

「いいわ……いや、ダメ」

「……どうしてですか?」

「あなたのことが……嫌いだから?」

 嘘だ

 私は嘘を言っている。

 どうして?

 こんなに可愛い弟を嫌いにならなきゃいけないの?

 どうして?

 お願い。本当のことを言わせて!

「お姉さま…………」

 知っている。弟はこうして心を閉ざしていく。手を差しのべるチャンスはいくらでもあるはず。でも、それを邪魔される。私は……弟を大切にしたいのに……。

 さっきの世界は何?

 弟と手をつないだ瞬間、意識が無くなってしまった。

 この世界は……きっと最悪。

 また転生したのかしら?

 どんどん悪い世界へ転生していくのかしら?

 神様?

 あなたが仕組んだのですか?

 嘗て私がそうであったように……過ちは二度と起こさないと決めたのに……。神様?このままだと、弟がまた世界を壊してしまいますよ?それでもいいんですか?

「もういいです。お姉さま…………」

 既に弟の目は死んでいる。この世界は……弟の手できっと壊される。

 そうだ、もう一回眠ればいいんじゃない?

 また赤ちゃんからやり直すとか……。

 よし……眠れ……眠れ……。



 家族は崩壊の危機にあった。

 皆それぞれ、家族に対し敵意をむき出しにしていた。命を絶たれる前に絶ってしまう。

 どうしたの?

 こんな世界を望んだわけではないのに……。

 私は弟を避け続けた。神様が仕組んだ世界では、自分の意志で行動することなんて出来ない。

 あの時……安易に転生を選んだせいだ……。



「お姉さま……お姉さま……愛しています……お姉さま……私と結婚しましょう?」

 全部……全部間違っていた。現世にも弟がいた。こんな可愛らしい弟ではない。それでも、血のつながった唯一の弟である。私は弟をあしらい続けた。子供が子供を嫌うのは、時に、親が子供を嫌うよりも残酷である。

 自慢ではないが、私はある国の王子様から婚約を持ちかけられていた。世間一般の女よりは美しい自信があったが、それくらいで王子様と婚約できるものなのか、甚だ疑問だった。

 婚約は真実だった。王宮から数百の侍従を連れて我が家にやって来た時は本当に驚いた。王子様は私の手を取り、馬車に乗せてくれた。シンデレラストーリーが始まる。今まで生きてきた中で一番幸せ……でもそれは、本当に空虚な幸せだった。

 私のことをよく思っていない弟が、王宮に乗り込んで王子様を殺した……。

 そんなバカな、と思うかもしれないが、これは事実である。弟は捨て身だった。いや、どれほど攻撃を受けても死ななかった。

 弟は悪魔になっていた。自分の欲に忠実だった。私が悲しむ姿をずっと笑っていた。思い返せば、数年来の復讐だったのだ。私の悲しみなんて、簡単に通り越していたはずだ。そんなことは分かっていた。

 弟は腹いせに私の処女を奪った。お姉さま、愛しているという言葉だけ連呼して、私を一晩中犯し続けた……。

 私は孕んだ。弟との子供を。最初は気持ち悪くて……。でも、新しい命を背負うと女は強くなる。誰の子供かなんて、案外関係ない。先のことはよく分からないけれど、子供を産もう……歪んだ希望を抱いていた。

 当然、そんな希望は脆いので、直ぐに壊れた。

 弟が、私の腹にナイフを突き刺した。命は潰えた。私も……死ぬことを悟った。

 自殺というオプションがなかったわけではなかった。しかしながら、惰性で生きてきた。結局怖かった。しかしながら、やっと終わる。私はほんの少し安堵した。

 神様が現れるまでは……このまま死ねればよかった。

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