新緑の子守唄

tartan321

文字の大きさ
1 / 5
第一章

出発前

しおりを挟む
 紅葉の頃合い、登山客でごった返す高尾駅は、八月の初旬とだけあって閑散としていた。六両編成の長野行きが入線してきたのは、正午を少し過ぎた頃だった。東京へ向かう列車を待つ客はまばらにいたのに対し、下りホームに隆司以外の人影は無かった。
 隆司の旅の持ち合わせは、簡素な食事、本、鉛筆、メモ用紙、カメラだった。中でもカメラは、国産の最高級品であるため、ちょっとした自慢であった。大学合格の記念に買ってもらった物で、旅行の度に持ち歩き、既に数千の風景を記録していた。写真に興味を持ち始めたのは中学二年の頃で、漠然と父の趣味であった鉄道写真の展覧会に同行した時だった。プロから、アマチュアまで、様々な人が個展を開き、互いに批評し合っていた。
 「たかちゃんも、せっかくだから色々と見てみればいい。少しでも興味を惹いたものがあれば、それを目指して頑張りなさい」
どれほど背中を押されても、そもそも写真にあまり興味ないのだが、と思いつつ、様々な作品を鑑賞した。モチーフになっている車両のほとんどを把握していた隆司にとって、特段と感じることは無かった。
 「こんにちは。少し見て行ってください」
 鉄道写真を撮り続ける人たちの苦労は、父から散々聞かされていて、このように声を掛けられると、努力だけは称えなければという思いから、自ずと足が向かうのだが、それでも感想を聞かれると、考えた挙句、モチーフの車両、走行区間などについて説明することから初めて、
 「大変な苦労をなさったんですね。新たな表情を垣間見ることが出来て、記憶に残りそうです」
 と返した。
 十人ほどの個展ブースを後にして、新たに手招きする中年風の男性の姿を見かけた。勘弁してくれ、という思いが募っていた。
 「どうも、ありがとう。私は鉄道風景写真を専門に撮っています。最近の撮り鉄さんは、どうも車両をメインにしがちで、周りの風景を活かそうとしないんだよね。日本ほど、四季の移ろいを鮮やかに描ける国はないと思うんだ。僕は、各季節一枚ずつ選んで、展示してあるんだ」
 
 展示スペースに招かれた隆司の目の前には、本人の言う通り、四季の情景が綿密に織り込まれていた。
 春、微かに残る雪と、冬の終焉、新たな生き物の芽吹きを感じる頃合い。その象徴ともいえる一面の桜。東北線の気動車は、威勢の良い汽笛で散りゆく華に挨拶をする。
 夏、今日もまた海だ、とはしゃぐ子供たち。海岸線が続いているだけかと思うと、とぎれとぎれに山の情景。新緑を感じながら、踏みしめる登山道。トンネルを抜けると、再び広がる碧い世界。東海道線が駆け抜ける線路は、今日も富士山と共にある。
 秋、紅葉が見たいという娘に、ませたものだ、と呟く両親。本当は、単に旅行したいだけだった。久しぶりの家族旅行。日本に生まれて良かった、と思える瞬間。勾配のきつい峠を駆けのぼる信越線。ほら、見て。もみじがいっぱい。
 冬、赤、緑、黄と変わっていく四季の終焉を表す色は何か。黒、それとも白。そうか、だから銀世界なんだ。漆黒に染まった日本海。ホームすら曖昧な無人駅。それでも、ほら、通学帰りの高校生が二人歩いている。一両編成の羽越線が過ぎ去った後、一面のゲレンデは静寂を取り戻す。さあ、雪合戦の始まりだ。
 帰り際、称賛の言葉を浴びせることはしなかった。ただ、一言、
 「僕もこういった写真を撮りたくなりました」と告げた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

刈り上げの教室

S.H.L
大衆娯楽
地方の中学校で国語を教える田辺陽菜は、生徒たちに校則を守らせる厳格な教師だった。しかし、家庭訪問先で思いがけず自分の髪を刈り上げられたことをきっかけに、彼女の人生は少しずつ変化していく。生徒たちの視線、冷やかし、そして自分自身の内面に生まれた奇妙な感覚――短くなった髪とともに、揺らぎ始める「教師」としての立場や、隠されていた新たな自分。 襟足の風を感じながら、彼女は次第に変わりゆく自分と向き合っていく。地方の閉鎖的な学校生活の中で起こる権威の逆転劇と、女性としての自己発見を描く異色の物語。 ――「切る」ことで変わるのは、髪だけではなかった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...