いとまのティアラ~異世界憑依 男子高校生が送る金髪美少女エルフライフ!?~

千秋 綾香

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プロローグ 命日、それは運命の日

0-2 「俺と一緒の墓に入ってください」

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「糸麻 宏実」

 担任の先生の野太い声が教室に響いた。

 宏実は渋々と椅子から立ち上がり教卓へと向かう。

「先生、これは採点間違ってたりしません?」

「間違ってるのはお前の回答だ馬鹿もん」

 受け取ったのは一学期の期末テストの成績表だった。欠点である四十点以下が三つ、四十点台が三つ、七十点を超える科目が一つもないという散々たる結果である。

 鬼のような形相で睨む母親の顔が容易に想像できて思わずため息が漏れる。

「相変わらずアホな点数取ってんのな」

 背後から覗き込んできたのは山本竜司。中学一年のころから同じクラスでかれこれ五年目だ。

「うるせー! どうせお前も同じようなもん……嘘だろ!?」

 竜司の手に握られていたのは全て六十点以上のテストだった。入学してから一年間、欠点の数で互いにしのぎを削った竜司の姿はもはやどこにもなかった。

「まぁ当然さ。真剣ゼミ高校講座を始めたからな」

「へえ、そうか。みな聞いたか。竜司はこの忌々しい地獄のようなテスト期間の間、天高の頭の良くて可愛い幼馴染の彼女さんにお勉強を手取り足取り腰取り教わってたんだとよ」

 宏実がわざとらしく大声で言うとクラス中から猛獣のような獰猛な男子の視線が竜司へと集まる。

 ここ、第一高校は男子校である。彼女がいるというだけでそれは大罪なのだ。青い春とは程遠い枯れ木のような世界で生きている男たちは血よりも濃い絆で結ばれている。

「審判の時はきた」

「裏切りものには粛清を」

「俺という人がいながらほかの女に手を出すなんてひどいわ」

「ちょ、待て、ギャー」

 竜司の汚い悲鳴が校舎を揺らすのだった。


「で、結局いつものか」

 竜司が嬉しさを隠すようにため息をつく。

 学校終わりに駅前のカラオケに来ていた。

「そりゃそうだろ。こんなのカラオケで歌でも歌って発散しなきゃやってらんねえよ。なあ健」

「当たり前だよ。このような難しいテストを作る教師とリア充は即刻滅びるべきだと思うね」

 健は眼鏡をくいッと上げて言う。見た目は優秀ながり勉君だが実際のところはただの馬鹿である。テストの点数は宏実よりもさらに下だ。

「はいはい、嫉妬乙。だいたい、お前ら童貞はリア充を僻むばかりで彼女を作る努力をしないからダメなんだぜ」

「う、図星過ぎて何も言い返せない」

「うるせぇえええ、誰のお陰で付き合えたと思ってんだ。俺の完璧なサポートあってこその今だろ。忘れたとは言わせねえ」

「宏実には感謝してるぜ。お前は早く好きな子を作れ。そしたらいくらでも協力してやるよ」

「クッソ、どうして俺の学校には黒髪でショートヘアの清楚な女性がいないんだ!」
 宏実は自らの膝を叩いて運命を呪う。

「国語の武藤先生がいますよ」

「四十のババア相手にどうしろと! もう、俺から歌うぜ。DT賛歌」

 宏実が曲を入れて歌い始める。お世辞にもうまいとは言えない微妙にずれたメロディと酷過ぎる歌詞に二人は思わず苦笑いを浮かべる。だが全力で歌う姿勢には確かに魂がこもっていた。

「飲み物をお持ちいたしました」

 そんな中入ってきたのは可愛らしい黒髪でショートヘアの清楚な雰囲気の店員だった。

 突然のことに熱唱していた宏実の動きが止まる。背後のモニターには相も変わらずひどい言葉の羅列が流れていく。

「すみません。失礼しましゅっ」

 目がハートマークになった宏実の熱烈な視線に耐えられなくなったのか、そそくさと部屋から出ていく店員。
微妙な空気の中、宏実の頭の中では既に手を繋いでデートをしている場面が流れている。そろそろ指輪でも取り出しそうなレベルだ。

「俺と一緒の墓に入ってください」

「いや、今の一瞬にどこまで妄想してるんだよ! プロポーズ? つーかその台詞、プロポーズの時に死後の話するとか演技悪くね? もっといい言葉探せよ!!」

 宏実は雑にツッコむ竜司の手を握って思いっきり顔を近づける。

「おい、プロポーズする相手間違えてるぞ!」

 竜司は慌てふためく。

「さっき、好きな人が出来たら何でもするって言ったよな」

「言ってねーよ。協力するって言っただけだ。辞めろ。俺には仁美がいる」

「何言ってんだ? だから、さっきの女の店員さんに一目ぼれしたんだよ! 手伝ってくださいまし」

「お、おう」

「ふっふっふ、そんな事だろうと思ってたよ。彼女の名前は宮條。身長は158㎝、体重は45㎏、Cカップといったところかな。着やせするタイプと見たね」

 健が足を組んでソファに座り眼鏡をクイッと上げる。

「健、俺の為に……」

「いや、控えめに言ってキモイからな。あの一瞬の邂逅でどこまで全身隈なく観察してんだ」

「これこそ僕の九十九の奥義の一つ、神の審美眼の力だよ」

「うるせえよ」

「ちなみに仁美ちゃんは上からグヘッ」

 竜司のボディーブローがクリーンヒットする。

「俺の仁美をその薄汚い目で見てんじゃねえ」

「ああ、なんかあの時俺と宮篠ちゃん完全に見つめあってたよな。運命だよな」

「お前が一方的に熱い視線を向けてドン引きされてただけだろ。というかあの歌、歌っているときに遭遇とかもう第一印象最悪だからな。立ちションしてるところに出くわしたレベルの印象の悪さだっての」

「一概に印象が悪いというのは悪い事ではないね。一番ダメなのは印象に残らないことだから。ほら、恋愛漫画でも多いよね。最初は印象が最悪だけど徐々に惹かれていくみたいな話。今回の場合は糞みたいな曲を糞みたいな歌唱能力で披露したわけだよね。それなら、今やるべきことは歌の練習をしてカッコいい曲をカッコよく歌い上げることじゃない? それならあんな歌を歌った人がここまで上手くなるなんて、カッコいい!ってなるに違いないよ」

 いつの間に復帰したのか健がずれた眼鏡を直しながら言った。

「さすが健! 天才だろ!」

「じゃあそうと決まれば特訓しよう」

 この時竜司は普通に気が付いていた。店員さんいちいち音痴な客のことなんて覚えてないということに。




 しばらく交代で歌ったりアドバイスをしたりしていたが宏実は膀胱に圧がかかったのを感じた。

「すまん。トイレ行ってくる」

 内股になりながらも小走りでトイレに向かう。

「ごめんなさい。仕事中ですので、そういったことはちょっと」

「ねぇちゃん。そのお客がいいって言ってんだから別にいいじゃん」

「そうそう、ささ、ここ座って座って。何か言われたら俺らが店長に話付けてやるからさ。一緒に楽しもうや」

 不穏な会話が耳に入り足を止める。

「へぇ、楽しそうなことしてるな。俺も混ぜてくれよ」

 あっけに取られた不良の手を引き払うと店員を自らの後ろへと隠す。

「ッチ。何だてめぇ。邪魔してんじゃねえぞコラ」

 男の怒鳴り声に思わず身をすくめる。体の大きさも筋肉量も宏実の方に軍配が上がるだろう。だが、金色の髪の毛と耳についた大きなピアスだけで威圧感が増している。

 戦闘力の上がる装備品かよ。心の中で悪態をついた。

 だが、恐怖よりも後ろに感じる女性の暖かさに意識が向く。相当怖かったのか服の裾をつかんで離さない。

 あれ? 咄嗟に何も考えず飛び出したけどこれって滅茶苦茶チャンスじゃね。まさに漫画みたいな王道的な展開。不良に襲われる女の子を助けてキャーカッコいいってなる。通称泣いた赤鬼展開。しかもマッチポンプじゃない。もう、これ運命だろ。頭の中がピンク色に染まっていく。もうすでに頭の中では不良は立ち去りお名前だけでも聞かせてくださいと店員にせがまれていた。

「なんなんだよテメェ」

「俺の名前は糸麻宏実。17歳。趣味は読書や映画鑑賞などを嗜んでます。あとは、ええと、将来は安定した生活を送れる公務員になりたいです。子供は少子化の世の中に貢献するためにも三人は欲しいです」

「婚活パーティの自己紹介か! 舐めてんのか?」

 目の前で今にも殴り掛かってきそうな男を見て慌てて自らの失敗に気づく。

「あ、いえいえ舐めるなんてとんでもないです。ごめんなさい」

「てか、お前可愛い名前してんじゃねえか。その図体で宏実ちゃんはねえだろ。宏実ちゃんって、アハハハハ。」

 不良たちがケタケタと爆笑する。

 うるせえ! 昔から名前で馬鹿にされてきた気持ちがお前らに分かるのか。

 宏実は言葉にする代わりに三ケタの数字を入力して威嚇するように不良たちに見せつける。

「アハハハ、知ってっか。117番は救急車だぜ。警察は119。今どき幼稚園児でも知ってんぜ」

 慌てて画面を確認すると入力された番号は117だった。

「アホか。救急車が119だボケ。警察は110。テメェも小学生以下のオツムしてんな」

 リーダー格の不良が軽くどついた。

「あれ? 117も何かあったよな。確か」

「前テレビでやってんの見たはずだ」

「ああ、気分悪い。思い出せねぇ。お前覚えてるか?」

「わ、わかんない。でもなんか聞いたことがある気はするな」

 宏実を含めて首をかしげて悩んでいると後ろにいた店員が恐る恐るといった様子で顔をのぞかせる。

「時報だと思います」

「「「「時報ってなんだよ!!」」」」

「えと、正確な時間を読み上げてくれるだと思います」

「「「なるほど!!」」」

 奇妙な一体感の後、微妙な空気が流れる。先ほどまでの緊迫した空気は弛緩しきっていた。

「なんか、うん、もういいわ。悪かったな。ちょっと悪ノリが過ぎたぜ。迷惑をかけた」

 リーダー格の男が頭を下げたことにより不良たちも店員に対して口々に謝罪の言葉を口にする。

 不良たちが自分の部屋に去った後、狭い廊下には宏実と店員の二人が取り残された。

「あ、あのどうもありがとうございました」

 店員はニッコリと天使のような笑顔を浮かべると宏実にお礼を言った。

 宏実は慌ててびしっと立ち上がると背筋を伸ばして姿勢よく振舞う。

「もしよろしければ、俺と付き合ってください」

 頭を下げて手を差し出す。

 店員は突然の展開に顔を赤くしてワタワタと慌てふためいている。

「ごめんなさい。私彼氏がいるので無理です」

数分後、カラオケルームに宏実の慟哭が響いた。

「なんでだよぉおお。完全に行ける流れじゃん。運命的な出会いじゃん。世界中のリア充全員爆発しろ」

「まぁ、そういうこともあるって。とりあえずなんか歌ってストレス発散しろよ」

 竜司がマイクを渡しながら言う。

「ああ、もう全力で歌い上げる。ボエーーーー」

 腹の底から放たれた声は歌というよりも兵器と呼ぶに相応しいものだった。本来人間に備わっているはずのリズム感を破壊し三半規管を狂わせる。まるで乗り物酔いした時のような倦怠感と眩暈が二人を襲う。慌てて音量を下げようとするがもはやマイクなしでも部屋に轟く大声の音量はさして変化はなかった。

 カラオケルームを出るころには青白く衰弱した様子の二人とストレスを発散して元気になった宏実の姿があった。


―――――――


「僕、天才かもしれない」

 学校からの帰り道のことだった。雨上がりの道をいつも通り歩いていた時に、突然、健が何かを悟ったように呟いた。

「どうした?」

 竜司が尋ねると眼鏡をくいッと持ち上げて格好をつける。

「水たまりって反射するよね。っていうことはスカートの中のパンツも反射するんじゃないかな。この覗きの方法を水面痴漢法と名付けたよ」

 どや顔を披露する健とは対照的に二人は苦い顔をしており反応が良くない。

「健よ、現実はそんなに甘くないんだぜ」

「そうだ。大人になれよ。そこまでしてパンツを見たいのか? というか彼女に頼めば見せてくれるぜ」

 二人は優しく健の肩をポンッとたたく。その後宏実と竜司によるいつもの流れになったことは想像に難くない。そのくだりがひと段落したところで健が口を開く。

「二人とも悪いものでも食べた? それとも宇宙人に乗っ取られたとか」

「んなわけあるか。そうか、健は知らないのか。俺と竜司は中学二年の夏の自由研究でそのことについて調査した。道路の上で二人してスカートを履いてどうにかしてパンツが見えないかの試行錯誤を繰り返したよ。我に返った時の無常観というか虚無感はやばかった」

「そうそう、世の中は残酷だぜ。仁美にスカートを借りた時なんて俺ビンタされたしな。今でもあの時のことでからかわれるんだぜ。やってらんねゴフッ」

「「惚気話は聞きたかねえよ」」

 二人のボディーブローが炸裂した。

「いててて、んで何だったか。そうだ、結論から言えば見ることは不可能だ。ハッととのいました。水たまりに映るスカートの中とかけまして、全年齢対象の健全なゲームの女キャラのスカートの中とときます」

 竜司が反応を求めるように二人の方に視線を向けた。宏実はそれに対して渋々と答える。

「その心は」

「どちらも、どれだけ頑張ってアングルを変えても黒い影だけがかかってパンツが見えないでしょう」

「ああ、それだ! 完璧な例え。てか、そのなぞかけ無回転すぎるわ。そのままか」

「うるせえ、童貞」

「なんでや! 童貞関係ないやろ。なんでもそれでマウント取ったらいいと思ってたら大間違いだからな」

「悔しかったらお前らもこっち側に来ることだな!」



 この時はいつまでもこんなくだらない事で言い合えると疑いもしなかっただろう。しかし当たり前の日常なんてものは薄氷の上で奇跡的に成り立っているものに過ぎない。ほんの少し歯車が狂えば一瞬で崩壊してしまうのだ。

「いいアイデアだと思ったんだけどなぁ」

「てか、今日竜司ん家でゲームしね。スマシスやろうぜ」

「いいね」

「すまん、今日はこの後、仁美とデートだ」

 宏実が提案すると竜司は申し訳なさそうに頭を掻いて答えた。

「けっ、遊んでくれてもいいじゃん。あの薄情者め。そんなに彼女のほうが大事か。チキショウ」

 二人と別れて家に帰る途中のことだった。

 宏実は夕暮れの閑静な住宅街を一人でゆっくりと歩く。隣の公園からは子供たちの元気な声が聞こえてくる。

 人生の分岐点は突然訪れる。ゆっくりと考える暇すら与えてくれはしない。

 その一瞬、宏実の目は前方から走ってくるトラックと公園から転がり車道へと出たボール、そしてそれを追いかけて飛び出した少年の姿をとらえていた。

 頭で考える時間など一秒もなかった。気づけば身体は反射的に動き出していた。少年はボールを拾ったところで向かってくるトラックに気づいて為す術なく立ち尽くす。

 トラックの運転手も突如として飛び出してきた少年を見て慌ててブレーキへと足を伸ばす。しかし焦りは判断のミスを誘発する。運転手が慌てて踏んだのはブレーキではなくアクセルだった。

 宏実はカバンを放りなげて立ち尽くす少年を抱きかかえる。突如としてスピードを上げたトラックに本能的に間に合わないなと察する。少年だけでも助けるべきだ、咄嗟の判断でその体格を活かしてラグビーボールを投げるように少年を放り投げた。

 ああ、俺死ぬのかな。最初の記憶は母親の腕の中で泣いている場面だ。どうして泣いていたのかはもう覚えていない。幼稚園ではガキ大将としてブイブイいわせていた。今思えばあの時が一番女の子にモテていた気がする。頬っぺたにチューをされた記憶さえある。人生の絶頂期が幼稚園って笑えない。

 小学生の頃はあの少年みたいに公園でよく遊んでいた。そういえば同じようにボールを取りに道路に出てこっぴどく近所のおじさんに怒られた記憶がある。初恋もこの頃だった。無論叶わないまま中学生に上がって別々の学校になった。

 中学に上がったころからこの名前でからかわれることが多くなった。体格も大きくなり宏実という可愛らしい響きの名前とのギャップが大きくなったのは認めよう。それでも宏実の名前で勝手に女子だと勘違いして俺だとわかると露骨にがっかりするのはよくないよな。中学では竜司と出会ってよく馬鹿やって遊んだ。あの頃も本当に楽しかった。

 高校に入って仲の良かった奴は竜司だけになったが健や新しい友達が大勢できた。男子校だから女友達は絶滅したけど。それでも男子校のバカバカしさは好きだ。人生悪い事ばかりじゃなかった。むしろ楽しい不自由ない人生を送らせてもらったと思う。心残りがあるとすれば親より先に死ぬことと童貞のまま死ぬことだろう。というか、走馬燈って本当にあるんだな。ファンタジーだと思ってた。

 そこで思考が途切れた。

 グシャ。

 何かが砕けたような鈍く激しい音が住宅街に響き渡った。

 道路には真っ赤な宏実の血が流れ出ていき水溜まりを作る。それと同時に命の灯が急速に小さくなっていった。救急車が到着した頃には心肺停止状態に陥っており、医師による懸命な治療も甲斐なく病院へと搬送された直後に死亡が確認された。
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