ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー

東雲一

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タイムベル編

04_地下室

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 月光が降り注ぐ、タイムベルの大部屋に、床から微かに聞こえるピアノの旋律が、不安と恐怖を誘う。

 このピアノの曲、よく聞こえないけれど、どこかで聞いたことがあるような......。

 床に耳を当て、ピアノの音を聞いていると、アルバートが話しかけてきた。

「どこかに地下に行ける経路があるはずだ」 

 アルバートは、ピアノの旋律を聞いて居ても立ってもいられないらしい。

「白い大蛇ではなさそうだね。大蛇がピアノを弾いているところなんて想像できないし」

 僕たちが、タイムベルに来た目的は、白い大蛇の噂の真偽を確かめることだ。手足のない大蛇が、ピアノを弾いていることは考えにくかった。

「ああ......だけど、タイムベルに地下があり、ピアノを弾いている何者かがいる。これは白い大蛇以上の収穫があるかもしれないな」

 タイムベルに地下があるということは、どこかに地下に向かう入口があるはずだ。僕たちは、入口のようなものがないか探した。

 目線を動かし、床を注意深く観察すると、すぐ近くに、若干、周りと色が違う床を見つけた。もしかしたらと思い、その床に、耳を当て確かめてみた。

 さっきの床よりも、はっきりと地下からのピアノの音が聞こえる。

「地下への入口を見つけたかもしれない。ここだけ、床の色が違うんだ」

「何!?やるじゃないか」

 僕たちは、地下への入口と思われる床を、調べてみたところ、床が取り外せることに気がついた。二人がかりで、床を持ち上げてみると、地下へと通じる階段が現れた。

「まさか、こんなところに、地下に行けるルートがあるとはな。面白くなってきた」

 アルバートは、地下への入口を、見つけて嬉しそうだった。

 わざわざ、地下への経路をふさいで、人目につかないようにしているのが意味深だ。何か、人目につくと不味いものが、あるということではないだろうか。それは、僕たちが求めるものなのかもしれない。

 僕たちは、ゆっくりと一段一段、慎重に階段を下りて行った。ピアノの音は、下に行くほど、大きなうねりとなって僕たちの耳に流れ込んできた。

 誰が弾いているのか分からないが、美しく、心地のよい音色だ。しなやかな音の中に、 ピアノの力強さも、伝わってくる。繊細ながら、刺激的な旋律に、気を抜けば、心を奪われてしまいそうになった。

 階段を下りると、広く開けた場所に出た。この地下室にも、長椅子がいくつか設置されており、奥には、舞台があった。まるで大きなコンサートホールだ。

「あれは......」

 舞台の上で、ピアノを弾く女性がいた。彼女は、長髪で細身な容姿端麗な女性で、黒色のドレスを着ていた。

「しっ、静かにしろ。長椅子の影に隠れるぞ」

 アルバートは、小声で、僕が普段の声量で話そうとしたところを止めてくれた。

「うん」

 僕たちは、気付かれないようにできるだけ足音を立てずに、長椅子の後ろまで行くと、少しだけ顔を出して女性の様子を観察する。

「ちっ、やっぱり白い大蛇じゃないな」

 地下室に並べられた長椅子の影に隠れて、彼女の様子を見ていたアルバートが呟いた。

「そうだね。でも、綺麗な女性だな」

「へえ~、お前って、あんな感じの女性がタイプなのか」

「いや、別にそういのじゃないよ!ただ綺麗な人だなって思っただけだ」

「まあ、とりあえず、ここで隠れて、様子見ておこうぜ。見つかると、何かと面倒臭そうだし」

「そうだね」

 僕たちは、長椅子に身を潜め、舞台で女性が演奏するピアノの音色を聞いた。僕は、彼女の奏でる曲を知っていた。これは、ドビュッシーの「月の光」だ。

 心地のよい音色のおかげで、異様な雰囲気を纏うタイムベルの地下室にいるというのに、僕たちは安らぐことができた。気を抜けば、あまりの心地よさに、眠ってしまいそうだ。

「心地のいい曲だね」

 僕が小声で言うと、アルバートは頷き、一言言った。

「ああ」

 曲に酔いしれていると、あっという間に、彼女の演奏が終わり、辺りが、静寂に包まれた。

 曲が止んだ......。

 すると、舞台裏から、誰かが拍手する音がした。どうやら彼女以外にも、地下には人がいるようだった。舞台裏から、何人か出てくる足音が聞こえた。

 アルバートは、出てきた人たちを見て、目を大きく見開き、とても驚いた表情を浮かべた。
 
「おい、見ろよ!出てきた奴らの顔。獣の顔だ」 
 
「う、嘘だろ!まるで悪夢でも見てるみたいだ」

 舞台裏から出てきた三人の男性は、皆、獣の顔をしていた。狼、象、ライオンの顔をしている。決して作り物などではない。あれは本物だ。頭から伸びる耳は動いているし、黒目も、視線にあわせて移動している。

 同級生たちが言ってた、白い大蛇以外にも、狼男や象男がいるといっていたけれど、あの噂は、本当だったんだ。

 獣顔の人たちを見てから、僕の心臓が激しく鼓動して、ずっと落ち着かない。僕たちは、この場所に来るべきではなかったのかもしれない。

 今までの当たり前の平和な日常が、崩れ去ってしまう。そんな予感がした。
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